第四十話 初めての真剣勝負
目の前の少女の手によって、大気が震え、突風が巻き起こり、まるで新緑に覆われた山が震えているようだ。
月之杜が管理している標高400メートルほどの八重山において、動物たちがいち早く異常を察したのか騒ぎ立てている。鳥は急いで空へ羽ばたき、獣は我先にと山を下りだす。
そのどれもが、この現象を起こした銀髪の少女から慌てて逃げるように。
戦意を一皮剥いただけで、これである。
もし彼女が周りに一切の気遣いなく、本気になったらいったいどうなるんだろうと思うと、薙斗はその惨状を想像し戦慄した。
「わかってはいたが相変わらず、とんでもないな……」
逢花が誰かと戦う時「逢花なら、きっと大丈夫」……いつもそう思って安心して送り出してきた。
マジョカルで新人だった薙斗が実際のところ、どこまでマジョカルのことを分かっていたか定かではないが、それでも薙斗は、絶大な実力を誇る逢花以上の力の持ち主を、マジョカルにいた時ですら見たことがない。
その強さに憧れとも言える感情を抱いていた薙斗の前に、今は最強の敵として立ちはだかる。
怖くないはずがなかった……。
実力の差は明白……それも埋めようもないほどの差。
けれど、負けるわけにはいかない。
負ければ、きっと日常の全てが崩れてしまう――
逢花と水葉と珠々香に自分……四人で一緒に過ごしてきた幸せな時間――皆がいれば、何でも乗り越えられる気がしてた。
一人だけでも欠けてはいけない――
「本気で行くぞ、逢花――っっ!!!」
「ナギトさん……私も加減しませんよっ!!」
いつも行っていた朝の稽古とは違う。
初めての逢花との真剣勝負。
何度も実践形式の模擬戦をしたことはあるが、薙斗はともかく、逢花が常に加減をしてくれていたのを薙斗は知っている。
そんな気遣いを逢花にさせてしまうのが申し訳ないと思う反面、全力で戦ってもらえない悔しさを常に感じていた。
けれど、それは仕方がないことで、薙斗が彼女の実力に追いついていないということ。
その証拠に、これまでの勝敗は薙斗の全戦全敗。
不満を言えるわけがなかった。
彼女の本気が見たければ、彼女を本気にさせるだけの戦いを見せ付けてやれば良いだけの話。
ゆえに、薙斗は今まで以上に我武者羅に強くなることを望んだ。
(ここで逢花を本気にさせれないんじゃ、逢花の意思を変えることなんて到底無理だ……!!)
自分より格上を相手に加減するような、自殺行為な真似出来るはずもなく、もとより、そんな余裕など微塵もない。
(出し惜しみなんてできない……! 俺の身体が壊れたって良い!! 俺の力の全てを出して逢花を止める!!!)
逢花はまだ剣を構えるどころか、喚び出してすらいない。
(今なら戦闘準備が整う前に、速攻で畳み掛ければ、勝機はある。元々、俺の能力じゃ長期戦なんて考える余地なんてない……。況してや逢花相手に尚更だ……。でも、それは……できない。……やっちゃいけない……)
なぜなら、逢花に自分の力を認めさせなければ意味がないからだ。
マジョカル……延いては第十三師団の魔の手から、自分たちの周りの人たちを、あらゆる暴力から守れることを逢花に示さないといけない。不意打ちで勝利を掴んだって、逢花も、薙斗自身だって納得なんてできようはずがないのだ。
だから、薙斗は正面から逢花に挑む。
胸の前に差し出した右手に、薙斗が逢花の持つ剣の中で今まで最も目にした、逢花の愛剣……魔剣【操技絶剣】が喚び出された。
顕現した逢花の力の象徴は、右手の掌から開放されると宙に浮き、フワフワと持ち主の周りを漂い始める。
逢花の準備ができたところで、薙斗は彼女に向かって強く地を蹴った。
全速力で――……ただし能力はまだ使わない。
能力抜きの、元々備わっている薙斗の敏捷力のみ。
二人の距離が半分を切ったところで――
「【閃瞬】っ!!!」
エネルギー操作によって、強化された脚力がもたらしたのは、急激な速度の向上。
「――――っっ!!!」
これに逢花は驚いた。
突然の速度の変化に、薙斗の姿が逢花の視線から振り切れ――
薙斗の拳が先制攻撃を与えんと、逢花の腹部目掛けて放たれた。
――……が、
「考えましたね。速度に変化を付けて、私の目を誤魔化そうということですか」
軸足で半円を描くことによって、身体が弧を描き流れるような優雅な動きで、力一杯込められた薙斗の拳を難なく躱す逢花。滑り込むように薙斗の側面に並ぶ。
速度変化によって、視覚を惑わす戦法は、逢花にとって想像の範疇だった。
それゆえ、躱すのは容易い。
今度は逢花に側面を取られた薙斗にピンチが訪れた。
けれど薙斗も、逢花がそれぐらいの攻撃を安々もらうとは考えていない。
避けられることは想定内だ――
「うおおおおお――っっ!!!」
踏み込んだ右足が地面から離れてしまわないようにグッと堪える。そして逢花が今さっきそうしたように、薙斗は円運動してみせた。
遠心力の乗った拳が、逢花の弧の動きを追尾するような形で、再び逢花の腹を穿とうとして――
「――っっ!!」
逢花の背中の影に隠れて、突然と空飛ぶ魔剣が横薙ぎを食らわさんと姿を見せた。
(さっき攻撃を躱すのと同時に、自分の身体を目眩ましに使って魔剣を隠してたのか……。このままじゃ、俺の攻撃が届くより先に、こっちがやられる!!)
瞬時に、足に集めていたエネルギーの大半を右拳に移動し――
「【閃劫命刻】っ!!!」
目視できるまでに密集したエネルギーによって作られた光の剣が、薙斗の胴体を真っ二つにせんと薙ぎ払われた魔剣を弾いた。
上へと弾き飛ばされた魔剣が、まるで意思を持つかのように宙で急停止したかと思ったら、そこで浮き留まる。
たまらず、薙斗は逢花から一旦距離を取ることに。
一方、驚いたことに逢花はその場からまったく動いていない。
その姿は、まさしく強者だけが持ち得る佇まい、そのもの。
「今のを防がれるとは思いませんでした。……強くなりましたね、ナギトさん」
「よく言うよ……。回避と攻撃を同時に熟したうえに、その攻撃はこっちの不意まで突くなんて……なんて戦闘センスだ」
そう――、逢花はただ魔力、もとい仙力が高いだけじゃない。
華奢な外見に似合わず、逢花自身の戦闘能力も高く……そして戦い方が上手い。
どこで身に付けたのか熟練された動きは、一朝一夕で身に付けれるものではないことは明らか。
自分と同じ年齢で、ここまでの高みに辿り着いた少女に、薙斗は尊敬の念を抱くばかり。
(今の攻防で再確認したけど、俺と逢花の身体における速さは、きっと俺の方が上。……けど俺と魔剣を比べた場合は、その逆……剣の速度に今のエネルギー配分じゃ追いつくのでやっとだ……。こっちは逢花より優れているところといったらスピードしか自信ないって言うのに! ……それにあの剣から目を離すこともできない……)
魔剣【操技絶剣】には、もう一つの姿がある。
魔剣【報復する剣】――
逢花の仙力の高まりによって操技絶剣が昇華した黒き魔剣。
これを薙斗は一度だけ見たことがある。
新緑の魔女に水葉の肉体が乗っ取られそうになった時だ。
昇華した魔剣から放たれる一撃は凄まじく、逢花の一振りで、この八重山の四分の一ほどの地形を削り取ってしまった。今もその傷跡は残っている。
形を変えた山の痛々しい姿を見る度に、薙斗は逢花の潜在能力の高さを思い知らされた。
「だったら――……っ」
やられる前に倒してしまえば良いだけの話――
「ぐぅ……お、おおおおお……おおおおおっっっ――――――!!!!」
人は普段三割程度の力までしか出ないように、無意識に制限をかけて活動している。それを超えると肉体が保てずに、自身を傷つけることを脳がわかっているからだ。
火事場の馬鹿力のような限界以上の能力が発揮されることがあるが、その状態でだいたい七割方のパフォーマンス。それを続けようものなら肉体に多大な負荷がかかるのだが、普通は一瞬のことなので、自身を傷つけるまでには至らない。
そうならないように、脳がリミッターを設けているから。
けれど、薙斗の能力はエネルギーを身体の一部に重点的に集めて、そのリミッターを強制的に外す。
他の人には無理なことでも、火事場の馬鹿力を……いや、それ以上の力を薙斗は意図的に発動し続けることができる。
自分の肉体を犠牲にして……
これから逢花は、自分を倒す為だけに、自身が傷つくのもお構いなしに、人の限界を超える人間の姿を目の当たりにする。
「ぐ、ぐぐぎ……100%……」
両脚の筋肉がはちきれんばかりに膨張。許容範囲を超えた筋繊維がプチプチと切れる音が耳朶を打つ。
その度に神経を襲う痛みに眉をしかめる薙斗。
身体の警鐘を無視して、尚も薙斗は出力を上げようと、身体中の隅から隅まで残っているエネルギーを両足へと集束させ続け――……
「ぐ……う、おおおおォォォ――――ッッ!!! 120%だっっ!!!!」
地面に根付いていた、限界の限界を超えた薙斗の両脚が、待ち詫びたと言わんばかりに勢い良く地から離れた。
瞬きをする間を逢花に与えず、薙斗が一気に距離を詰める。
その距離、最早目と鼻の先。
手を伸ばせば、相手の身体に届くまでに。
(これで決める!!)
さすがの逢花も、無防備となってるところを攻撃されれば、たまらないはず。
衝撃で気を失うことだってありえる。
むしろ薙斗にとっては、それが最善であり、そうなることを望んで――
――けれど、薙斗の思惑は飛来してきた魔剣によって、惜しくも外れた。
(くそ! ダメか! でも今の状態なら、こっちの方が僅かに速い! ……このまま押し切ってやる!!)
逢花との距離が離れてしまわないように、絶えず間合いを維持する。
ただし、考え無しに間合いを維持しようとしてもダメだ。
そんなことは模擬戦を何度もした時に判明しきっている。
「――っ!!」
逢花の動きに一瞬だけだが戸惑いが見えた。
「……なるほど。先ほどの応用ですか」
これまでの薙斗の攻めは、ギアを一速からトップにギアチェンジして、自身の瞬発力を突然速くするもの。速度を突然アップするやり方は奇襲する分には良いが、二度目以降は効果が半減する。幾ら、いきなり最高速の攻撃を放たれようが、わかりきった速度の攻撃が来るとわかっていたら防ぎようはある。逢花ほどの実力者なら、尚のこと。
それに対して、薙斗が今行ったのは、そこからさらにギアを減速し、あるいは加速し、速度の幅を急激に変化させたものだった。攻撃の際、最高速で攻めるだけじゃなく、ギアをあるいはセカンド、あるいはサードと、速度に緩急をつけて攻めるやり方。
野球でも、どんなに球速が早い投手でも、打者の目が速さに慣れてきたら打つことがある。逆に球速が遅い投手が、ストレートにカーブなどといった変化球を織り交ぜ緩急をつけることによって、打者を抑えることだってある。速いことは有利であるのは確かだが、必ずしも速ければ良いというわけではないのだ。
それを今、薙斗は逢花の前で実践している。
自分と薙斗の間に操技絶剣を挟んで、逢花は防戦する一方。【閃劫命刻】と【操技絶剣】の刃が何度もぶつかり合う。
「常にフェイントを掛けられているようで、なかなか厄介ですね……」
「だろうな! 自分でもそう思うよ!!」
自画自賛だが、なにも自惚れで薙斗はそう言ったわけではない。
薙斗自身、同じことをされたら、自分では対策できないだろうなと思ったからだ。
それゆえ、逢花が次に取る行動を薙斗は予想できなかった――
「宝剣【二竜剣】召還――っ!!」




