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まじょカル  作者: リトナ
まじょカル×魔女×マジョカル ~第三章 情勢変異~
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第三十八話 去る心と追う心

「こんな時間にどこに行くんだ? 逢花」


 名前を呼ばれた、薄青みがかった銀髪の少女の顔に驚きが見れたのも一瞬、その表情を見せまいと思ったのか、すぐに顔を伏せた。


 誰にも会いたくないから、こんな夜更けに家を出たというのに、まさか、その会いたくないうちの一人と出くわすとは逢花も想像していなかったのだ。


 いや――


 出くわしたんじゃない。


 彼――瑞原薙斗は待っていた。


 去ることを誰にも話していなかったにも関わらず、深夜の二時も過ぎた時間。理由もなく、ここにいる方が不自然である。


 当然知る由などなかったはずなのだが、逢花がここを通ることをまるで知っていたかのような。


 最後の一段から足を離す。


 次に靴底が触れたのは、土剥き出しの草も生えていない、よく踏み固められた地面。


「……よくわかりましたね? 私がここへ来ること」


 もう会えないと覚悟してたのに、僅か数分でその思いを台無しにしようとするかのような薙斗の登場。


 不意に顔が綻んでしまいそうになるのを逢花は必死に堪えて、薙斗の言葉を待った。


「昼、レンとグラヴェルが学校に攻め込んで来てから、なんとなく逢花の元気がないように見えてさ。……何か悩みでもあるのか?」


 涼しい夜風に乗って、薙斗の優しい声が逢花の耳に届く。


 労るような温もりの篭った視線。


(相変わらず、相手の感情の機微に鋭いですね)


 自分と歳も変わらないはずの少年なのに、今だけはどこか大人っぽく逢花には見えた。


「心配……してくれるのですか?」

「うん、まぁ……」


 少し恥ずかしそうにしつつも、薙斗は肯定した。


 こういうところはやっぱり自分と同い歳の男の子なんだなぁと思う。


 けれど、薙斗は次にこう言った――


「俺に出来ることなら力になるし相談にも乗るよ。話によっては()()()()()()()()()()()()()()


 つまり、薙斗は自分に出来ないことがあったとしても、そんなの関係なく逢花を助ける――そう言ってくれてるのだ。


 これには逢花も困った。


(決心が鈍りそう……)


 ここで耐えれなければ、きっと自分はもうここを離れることが出来なくなる――……


 皆と会えなくなることを心が拒絶してしまう――。


 幸せを自分から捨てようとしているのだ。


 その幸せを繋ぎ止めてくれようとしてくれる言葉が、どれだけ今の逢花の心に響いているか……きっと薙斗はわかっていない。


 どれだけ、薙斗の言葉に甘えたくて――


 どれだけ、薙斗の言葉に縋り付きたいことか――




 ――だけど、それは無理だ……




「ナギトさん。私ね……マジョカルに行くことにしました」

「!? ……何を言って――っ!?」


 顔を変えて驚く薙斗を一瞥する逢花。


 間髪入れずに言葉を紡ぐ。


「昨日の夜、神社にエイルフィールさんと攻めてきた影使いの人いましたよね。今日の昼にも学校に来てた人……。」

「……グラヴェル……か」


 マジョカルに行くなんて言い出した理由をすぐにでも聞き出したい――喉元まで出かかっていた薙斗だったが、気持ちと言葉をなんとか飲み込んで堪えた。この話がここで終わりでないはずだという考えに至ったからだ。


「私の力が欲しいんだそうです。スカウトですよ」


 両手を真横に広げて、強弱を付けて一定のリズムで身体をクルクル回しながら言う逢花の様は、まるで踊っているかのよう。


 それは例えるなら、新卒の学生が希望していた企業に就職が決まり、喜びはしゃいでいるみたいだ。




(――――やめてくれ)




「私が行くのは第十三師団。団長はシオンという方らしいです。今は日陰で細々と活動している団ですが、私の加入と共に活動を表に移し、執行部の任を手に入れる手筈となっています」

「へ~……そこまで言って良いのか? 十三師団って言えば、存在自体が秘匿性の高い団って聞いてるぜ。表の世界に出ると言うなら、存在を隠す必要は無くなるだろうけど、活動内容まで俺に話すのはマズくないのか?」


 逢花の目がすぅっと細められる。


 相手が興味のある話、それを言うか言わないかを相手の表情を見て焦らし、楽しむような小悪魔っぽい笑みを浮かべた。




(――――やめてくれ)




「それは今となっては些細なことみたいですよ。エイルフィールさんには悪いですけど、今の執行部の失脚はほぼ間違いなく()()()()そうです。そうなれば、執行部に並ぶ実力を元々有していたのです。取って代わるのは容易いことでしょう」

「起こせる……か。全部十三の奴らの計画通りってわけかよ……」


 踊り動いていた逢花の両足の歩がピタリと止まった。


 先ほど浮かべてばかりの笑みが一層深くなる。




(――――やめてくれ)




「よく知ってましたね? さっきのナギトさんの言葉じゃありませんが、十三師団は秘匿性の高かった団なのに……ああ、エイルフィールさんですね? 彼女と会ったのです?」

「ああ」

「なるほど、なるほど」


 納得したことを(わざ)とらしくアピールする彼女。


「なら、もうご存知だとは思いますが、執行部である第十二師団団長……つまりエイルフィールさんのお兄様ですね。その方は昨日、戦死されました。……戦ったのは十三師団団長です」

「それも彼女に聞いた。彼女からしてみれば仇だから……エイルフィールはシオンを追うよ」


 眉間に皺を寄せて、困った顔を逢花が見せる。


「なら、いずれ彼女と戦うことになるかもしれませんね……。彼女のものの考え方や性格には好感を持っていたのですが」


 本気で困っているわけじゃない。


 付き合いがまだ短くたって、そんなのわかる――……




(――――やめて……くれよ……)




 逢花と話している間、ずっと薙斗の心の中で燻っていたモヤモヤした気持ち――


 一度言葉にすれば、もう元には戻れなくなる……引き返せなくなる。


 その原因となり、核心ともなる言葉は、既に薙斗の胸の内に用意してある。


 後はどこで発するかだけ――……タイミングの問題だ。


(そんなの……言えるわけないだろっ!!)


 けれど、いつまでも引き延ばせない――


 言わないという選択もある。


 だが、それは結果を見るまでもなく、100%バッドエンドとなる道だ。


 言葉の節々から、逢花の決意の固さが窺える。


 言わなければ、そこで終わる。


 だから薙斗は意を決す。


 いつの間に緊張でもしていたのか、酷く喉が乾く。


 それでも薙斗は、絞り出すようにして言葉を発することにした。


「だったら、マジョカルに入らなければ良い……。あの騎士はもう俺たちを追っては来ない。戦わなくて済むんだよ」


 少女騎士エイルフィールが追うのは逢花じゃない。第十三師団だ。さらに言うなら十三師団にいる団長のシオンである。


 よって、十三師団に関わらなければ、逢花があの高潔な少女と戦う必要も、その機会も無い。


 そんなこと言われるまでもなく逢花だって分かっている。


 だけど、逢花の首は左右へと動き、


 薙斗の願いをあっけなく拒み、


「それは出来ません」


 きっぱりと、そう言ったのだった。


「どうして……?」

「……昼休憩の時間。水葉ちゃんを助けに行ったはずの私が、そうできなかったのは、何も十三師団への勧誘話を聞くためではありませんよ」


 だろうな、と薙斗は思った。


 逢花が水葉の危機より優先するものなど、そうそうあるとは思えない。


 そして、それこそが逢花が十三師団に突然行くと言い出した、最大の理由だと薙斗は読んでいた。


「あの時、学園の生徒たちが人質に取られていました。私が十三師団へ協力しないなら、影を通して人質を襲うと……」

「それなら、グラヴェルはもういないんだ! 俺たちが……エイルフィールがあいつを討った! だから、逢花がマジョカルに行く理由はもうないんだよ!」


 縋るように懇願する薙斗から、逢花は視線を切る。雲の狭間から覗き、夜闇に覆われた山を所々照らす、星空を見上げた。


「……星に願いを込めるには、今夜は微妙な日ですね」

「……ああ。そうだな」


 苦笑する二人。


 逢花に習って薙斗も、頭上で雲と雲の間から輝きを放つことで存在を示す星々に目を遣る。


 静寂の時間が二人の間に流れた。


 この間も薙斗の緊張は収まらず、何より猛烈な不安が薙斗の思考を支配していた。


 次に逢花から出るであろう言葉をどうしても想像してしまう。


 考えれば考えるほど、薙斗にとって呪いとも言える言葉しか浮かんでこない。


 それでも、きっと逢花は言うんだろう。


 ――ならば、言わせなければ良いのか。


 話題を代える?


 言葉を言葉で被せる?


(……そんなの無理だ――……そんなことが通用するほど逢花の決意は甘くない……)


 悩み、考え、選び……そうして苦悩して出た言葉を拒めるだけの言葉――そんなもの、薙斗は持ち合わせてはいないし、閃きもしない……その権利すら無いだろう。 


 もしも、逢花の恋人になっていたら、自分の言葉は届いたんだろうか?


 いいや――


 自分のことより他人のことを優先して考える逢花が、自分の幸せを第一に選ぶような真似はしない。


 それ以前に、恋人になっているのが前提条件の話を、今持ち出しても意味はない。


 だったら、このまま時が永遠に止まってくれたら……何の解決にもならなくとも、時間が停止してる間は余計なことを考えなくて済む……


 ――などと、それこそどうしようもないことと気付きつつも、薙斗の頭の中では堂々巡りを繰り返していた。


 だが、それも長くは続かない――


 無情にも薙斗の予想通り、逢花の小さな唇がゆっくりと持ち上がり始めたからだ。


「グラヴェル・シール……ナギトさんも知っての通り、影の中を自由に行き来できる能力を持ちます。能力の有効距離も長く、急襲、暗殺にとても長けていると言えるでしょう。この者に影を操る能力を与えたのは団長のシオンという方……。その者は同種のより上位の力を有しています…………ナギトさん。この意味が分かりますか? 今も学園の皆を……いいえ、その気になれば島中の人々を人質に取れるということです」

「そんなこと……」


 出来るわけがない――そう言おうとして、薙斗の思考が冷静にそれを拒んだ。


 逢花が言う通り、影の中を行き来できるというのは、とてつもなく暗殺に優れている。そのうえ汎用性も高い。


 グラヴェルも行っていたが、自分に敵意を持つ者が、影の中からスゥ~っと気配を消して背後に現れたりしたら、された方は堪ったものじゃないだろう。寝ているところを狙われようものなら、どうしようもなく無抵抗に命を絶たれることだって。


 さらにグラヴェルよりも優れた影使い……執行部を兼任することから戦闘能力の高い、十二師団の団長をも倒すほどの実力者が能力を使うのだ。グラヴェルと同格な訳がない。


 それゆえに逢花は危惧しているのだ。


 シオン一人でも、逢花の手の届かないところで、学園の生徒たちを皆殺しに出来る可能性を。


「それでも俺は……!!」


 歯を強く食い縛る。


 認めない。


 認められない。


 それを認めれば、逢花はシオンの元へ赴く。


「逢花一人じゃ無理でも、俺が手伝う! きっと水葉だって! 学生に危険が及ぶ以上、紅栗先輩だって黙っていないはずだ! 協力してもらえる!」


 自分自身の考えを否定するように、必死に逢花の気持ちを止めさせようと言葉を並べるも、言葉とは裏腹に気持ちは正直だ――


(無理だ、無理だ、無理だ、無理だ、無理だ、無理だ、無理だ、無理だ、無理だ…………こんなのじゃ逢花の決意は変わらない……!!)


「――俺はまだ何も……君のお母さんにも、君にもお返し出来てない……!!」


 年端もいかなかった頃、逢花の母親に薙斗は命を助けられた。


 恩返しがしたくて、再会した時、少しでも力になれるようにと、薙斗は強くなった。


 けれど、それは薙斗の思い上がりでしかなかったことを、この島に来て思い知った。


 レンの時も……珠々香が魔女となってしまった時も……グラヴェルの時も、薙斗一人では解決できなかった。  


「お返しなら……もう十分にしてもらいましたよ」


 薙斗の心中をまるで察したように、優しく笑いかける逢花。


「温かい生活を頂きました。ナギトさんが音羽家に来てからは、まるで家族が一人増えた気がして。一人暮らしが長かった私には、それで十分幸せだったんです。だから、もうそんなに苦しまないで……」

「なんで、過去形なんだよ……」



「……ありがとう」




 爪が皮膚に食い刺さるほど強く握り締められた拳。掌からうっすらと血が流れる。緩みそうになる涙腺を薙斗は掌の痛みで誤魔化すように、強く強く、尚も拳に力を入れ続ける。


 灯籠の灯火に照らされた逢花の目尻から、薙斗が今も必死に堪えている、涙の粒が流れ落ちた。


「……行かせない」


 絞り出すように、一語一語ゆっくりとした口調で薙斗が溢す。


「本当は行きたくないと思っている逢花を行かせるわけないだろ! 本当は助けて欲しいんだろ!? その涙が逢花の本当の気持ちだってこと、俺が幾ら鈍くたって分かる! だったら、俺は逢花……君をなんとしても助ける!!」


 逢花の涙で濡れた瞳が驚きで大きく開く。


「……そうですか」


 途端、逢花の足元を魔力渦ならぬ霊力渦が吹き荒れた。


 強大な魔力・霊力を持つ者が力の解放と共に、術者の周囲に現れる現象。


 これまで逢花と戦ってきた薙斗は、この状態を何度も見たことがあるのでよく知っている。逢花が戦闘態勢に入ったのだ。


「初めて逢花と会った次の日。この山で、こうして今みたいに対峙したことあったよな……」


 逢花と薙斗が対峙したのは、その時が初めてで最後。


 元々、最初から戦う意志が逢花に無かった、あの時と違って、今、薙斗の瞳に映る目の前の少女は違う。


 問答無用な強大な霊力によって作られた風に乗ってきた戦意を前に、薙斗の全身が総毛立つ。


「……どうしても止めたければ、私を倒してみてください」


 マジョカルに最強クラスの魔女と謳わしめた『剣撃の巫女』が、こうして薙斗の前に立ちはだかることとなった。



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