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まじょカル  作者: リトナ
まじょカル×魔女×マジョカル ~第三章 情勢変異~
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第三十六話 月下の拝殿に願うこと

 夕陽が落ちた際に、山と山の間から拝むことができる黄昏は何度見ても美しい。特に今日は、今朝方まで降り続いていた雨が、木々の葉に残っているのか、夕陽に反射して山の至るところでキラキラ輝いて見える。


 そんな自然が作り上げた芸術的光景を俺は今、月之杜神社にある音羽家二階の八畳一間の自分の部屋から眺めていた。


 放課後、俺は水葉と逢花と一緒に帰宅したわけだが、水葉の足取りは軽く、本人も言っていたが、もう大丈夫みたいだ。


 その一方で、保健室で感じた不安が杞憂で済まなかったことも知った。下校中もどこか元気がない逢花に、付き合いの長い水葉が気付かない訳がない。それでも逢花は水葉に何かあったのか聞かれても「何でもない」と答えるばかり。やがて俺も水葉もこれ以上聞くのを諦めた。


 珠々香は今日も紅栗先輩の家でお泊りなので、三人それぞれ部屋着に着替えた後で夕食を終えた。今はそれぞれが自室に戻っているはずだ。


 窓から入ってくる新緑の香りが乗った自然の風をその身に浴びながら、俺は時間を無為に物思いに耽けることで費やしていた。


 大きく肺に溜まった息を吐き出す。


 今日はいろんなことがあった……


「……あいつの話では、逢花は裏師団の奴らに狙われているってことだけど……」


 逢花の持つ魔剣や宝剣を狙ってか、それとも逢花自身に用があるのかわからない。いや、それとも……


「両方ってこともありえるよな……」


 マジョカルの訓練生だった頃の俺の耳にさえ入ってきてた『剣撃の巫女』の知名度は抜群で、もし出くわしたならば、各師団の団長以外は決して一人で戦うな――副団長以下は、必ず各自の団長、もしくは情報管理を主に行っている十一師団に連絡するようにと言われていた。


 八年ほど前に『剣撃の巫女』たる逢花の目撃情報はあったらしいが、それ以来、行方を眩ましたとのことだ。実際、生きているのか死んでいるのかもわからず、年月が経つにつれ、信憑性に拍車がかかる。いつしか伝説の魔女『剣撃』として恐れられることとなった。


 力を欲する者にとって、逢花の力は喉から手が出るほど欲しいものだというのは容易に想像できる。


 ただし、力があることがイコール恐ろしいこととは限らない。


 逢花と知り合って二ヶ月近くになるが、彼女は分け隔てなく誰にでも優しい。実際、俺もその恩恵に現在進行形で預かっている。そんな逢花から恐ろしさを感じるというのは、俺としては想像できないもので、唯一あるとすれば、それはきっと彼女を本気で怒らせた時だけだろう。そして彼女が本気で怒る時というのは、他者が他者の命を私欲で奪う時だけ――


 そんな彼女を俺は、俺を救ってくれた逢花の母同様の最大級の尊敬の念を抱いている。


 そんな彼女と仲間でいられることが、すごく誇らしかった。


 憧れの人の娘で伝説の女の子……俺はどこか運命的なものを逢花に感じている。例え独りよがりだとしても、俺は彼女を恋愛感情とは別の、特別な目で見ていることを自覚していた。


 でも――


「なんかモヤモヤするんだよなぁ……」


 俺以外、誰もいない部屋で一人呟く。当然、俺の漏らした言葉に応える声などない。


「……逢花が魔女認定されて、マジョカルに狙われ出したのは、昨日今日に始まったことじゃないっていうのに……何でこんなに気になるんだよ……」


 昼に学校近隣の森に潜んでいたグラヴェルが言っていたことを思い出す。


『……あれほどの魔女がいつまでも、お前たちと一緒にいられると本気で思っているのですか?』


 これで何度目になるのか、あの時、言われた言葉が頭の中で繰り返される。その度に俺の心臓を、誰かが鷲掴みにしたかのような胸苦しさを覚えた。


「ちょっと、気分転換でもするか」


 このまま、ジッとしてると気が滅入るだけな気がした俺は、逃げるように自分の部屋を後にした。




 夕闇から完全な夜へと移り変わろうとする、空に浮かぶ数多の星の真下を、俺は境内にある穂型の飛石に沿って歩いていく。


 やがて、導かれるように拝殿に着くと、賽銭箱の前で両手の掌をぴったりと合わして拝む、長い髪を後ろで束ねた巫女の姿を捉えた。


「ナギ?」


 見慣れた顔がこちらに気付き振り向いた。


 端正に整えられた美しい顔が、夜空に存在する月光に照らされ鮮明に映し出されている。


「こんな所で何してんの? 水葉」

「あら、こんな所とは言ってくれるわね。音羽家の財源の一角を担ってる場所だっていうのに」


 普段の刺々しい感じは一切ない。逢花と話す時のような落ち着いた、本来の調子で珍しく俺に声をかけてきた。

 

「夜はまだ冷えるし、傷に障るんじゃないか? 身体大丈夫?」

「もう。ナギも逢花も心配し過ぎ! ……大丈夫よ。それにあんまり女の子の身体の調子聞くのって、セクハラと間違われるわよ? ……まぁ、ナギはその辺わかってなさそうだけど」

「……え~……と……」


 水葉の言う通り、何故セクハラになるのかわかっていない俺を見て、水葉は「やっぱりね」と言わんばかりに呆れた仕草をわざとらしく見せた。


「その先のことは自分で調べて。間違っても女の子に聞いちゃダメよ? あくまで、じ・ぶ・ん……でね。でも……その……心配してくれて、ありがと。」


 最後の方は消え入りそうな声だったので、全部は聞き取れなかった。それでもなんとなく想像ができた俺は、水葉が恥ずかしそうに顔を赤く染める理由に見当がつき、野暮な真似をするのを慎むことにした。


 気まずい時間が過ぎる。


 吹き付ける冷たい風が水葉の顔の火照りを冷ましたのか、頬から赤みが薄れていく。


 すると、水葉が再び口を開いた。


「ねえ、知ってる? この拝殿、月之杜神社が祀る神様がよく遊びに来るって、以前から噂があるの」

「本殿じゃなく、拝殿に?」

「うん。夜になるとどこからか鈴の音がチリーン、チリーン……って。夜中にやってきた参拝客たちも聞いたことがあるって話をチラホラとね」


 現実味のない話だが、だからといって水葉の言ってることが可笑しいとも思わない。


 この世には科学で証明できない非現実的なことなど幾らでもある。


 魔女がまさにそうだ。


 魔術や魔法など常識では測れない奇跡のような力だ。


 特に灰色の世界(グリモア・シェール)の構造なんて、理屈云々の話ではない。


「普通、神様って本殿に現れるもんじゃないの? 確か月之杜の神使って……兎、だっけ?」

「大体はそうなんだけど……うちでは本殿でそういう噂聞いたことがないわね……。だからね……拝殿にお願いしに来たのよ。ほら、兎って寂しがり屋って言うでしょ? だから、お参りしてたら、寂しくなった神様がひょっこりと来てくれるんじゃないかって」

「願い?」


 願い事が何なのか興味を唆られた俺がダメ元で尋ねてみると、意外にも水葉は答えてくれるようだ。こういうのは、願い事を他の人に教えると叶わなくなるというふうに認識していたので、あっさり教えてくれようとする水葉に正直驚いた。


 神社の娘が、まさか知らないということはないと思うので、願い事自体がそれほど大したものではない、もしくは叶うことをはなから期待していないのか……


「私と逢花にナギ……三人が神籬(ひもろぎ)の前で誓ったこと覚えてる?」


 神籬とは神様の依代となる物のことで、月之杜神社では桜の木がそれに当たる。俺がこの神社に居候する切っ掛けとなったものだ。当然、忘れるはずがなかったので、俺は短く肯定の言葉を返した。


「あの時と同じよ。……皆がいつまでも一緒にいられますように……って。今は珠々香ちゃんもいるから四人分だけどね」


 違った――


 大した願いじゃないわけでもなければ、願いが叶うことを期待していなかったわけでもない――


 まったく逆だ――


 水葉は本気で願っていたんだ。


 俺たちと一緒に日常を過ごせることを。


「……確か、あの時って水葉、俺と……っていうか男と同居するの快くは思ってなかったんじゃないのか?」


 水葉の純真な願いに触れ、なんだか照れ臭くなってしまった俺は我ながら情けないことに、小学生の男子が好きな子に照れ隠しで意地悪するような憎まれ口をつい吐いてしまった。


「ふん……。いったい、いつの話してるのよ。でも、今でもえっちなことするのは許してませんから、ね~だっ!」


 両目をギュッと閉じて、舌をこれでもかと伸ばそうと、子供っぽいが可愛らしい一面を見せる。


 気が済むと真顔に戻り、俺の顔を真っ直ぐ見据えてきた。


「……私に黙って、どこか行ったらダメだからね……絶対に……良い!? わかった!?」


 最初の方こそ真剣なものだったが、後半は恥ずかしさが勝ったらしい。いつもの顔を真っ赤にして言う水葉に戻っていたので、俺は心の中で「ツンデレか!」と苦笑いしてツッこんだ。


 水葉がここまで頑張って言ってくれた以上、俺も照れてる場合じゃないかもしれない。


「わかった。……約束するよ」

「うん、よろしい!」


 返事に気を良くしたらしく、普段なかなか見せることのない満面の笑顔を、水葉が押し目もなく向けてくれる。俺はこの笑顔を絶対に崩させたらいけないと心に深く刻もうと思った。


「それじゃ、私、部屋に戻るね。ナギもあまり遅くならないうちに家に帰るのよ?」

「わかってるって」


 賽銭箱のすぐ前にある段数の少ない階段を水葉が降りていく。


 そのまま俺がここまで来る時に通った飛石の上を進んで、家の方へとゆっくり歩いて行く。俺はその背中が見えなくなるまで、目が離せずに水葉の姿を追った。


「いつまでも一緒に……か」


 先程の水葉の言葉が思い出される。


 正直、水葉の願いが彼女が願う通りに永続的に続くものとは思えない。


 珠々香はまだまだ先の話になるが、俺も水葉も逢花も、二年も経てば高校を卒業する。大学へ行ったり、早ければ高卒後すぐに社会に出るかもしれない。異性のパートナーでも見つければ、結婚だって可能な年齢だ。ずっと一緒にいるなんてことはあり得ない可能性の方が高い。


 それでも俺は、水葉の願いが叶うことを望んだ。


 先のことも大切だが、今は皆と一緒に学校へ通い、一緒に食事をし、何気ない会話に一喜一憂する……そんな今の生活と皆との関係を大事にしたい。


(水葉の願い……それを叶えるには……)


「逢花にも協力してもらわないとな」


 空を覆う闇の深さが、時間の経過を俺に悟らせる。暗闇が増せば増すほど、そこに浮かぶ三日月が綺麗に映えて、俺はしばし自分の胸にひた隠しにしていた不安から目を逸らすことができた。



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