第九話 四面楚歌
特別裕福というわけではなく、どこにでもある平均生活水準を満たした一般家庭に生まれた僕。
歳がちょうど二桁離れた妹の世話を当時の僕……倉敷雅はよく面倒を見ていた。公園に遊びに連れて行くのが僕の仕事。本当は同年代の子と一緒に遊びに行きたかったけど、両親は仕事で家に居ないことが多かったので、両親が帰ってくるまでは妹の珠々香の面倒を見るのが僕の役目だった。
でも僕は……本当はそれが凄く嫌だった――――
中学に入って間もなくして、僕の前にマジョカルの人が突然現れた。
その人が言うには僕の中に魔力が秘められている可能性があったらしい。そのためマジョカル内で僕を管理したかったそうだ。
マジョカルのその人は両親にはもちろん本当のことなど言うわけもなく、僕の才能を買って海外のエリート校で面倒を見たいとかなんとか言って、両親は僕をマジョカルに喜んで預けることにした。
両親が喜んでくれるならと思った僕は反対することもなく、妹の世話から解放されると思って、むしろ喜んで海外にあるマジョカルの訓練所へと旅立ったことを、僕は今でも鮮明に覚えている。
覚えているのには他にも理由がある――
組織に連れられてから知ったことだが、両親にはかなりの金額のお金が渡されたらしい。一般人が普通に働いても一生手にすることができないような金額だったそうだ。僕が海外に行くことに両親があんなに喜んでくれていたのは実は僕を組織に売ったからだと知った時は、怒りと悲しさで気が狂いそうだった。
そんな僕の元に風の知らせで、両親が別れたことを知った。
突然、身の丈に合わないお金を手にした両親は遊んでばかりいるようになり、家にもろくに帰らなくなったらしい。そしてお互いに別々の異性を見つけ…………。そうなると、両親は二人揃って実の娘の珠々香を邪魔に感じたらしく、孤児院に預けたという。
孤児院に珠々香が預けられる時、珠々香は家から出るのを激しく拒んだようだ。いつか僕が家に戻ってくるかもしれないから、僕をいつまでも待とうとしたのだという。けれど当時たった三歳の珠々香に両親に逆らうことなど出来るはずがなかった……。
その話を初めて聞いた時、珠々香を邪険に思っていた自分を僕は激しく恥じた。
僕にとって、僕を本当に家族だと思ってくれていたのは、僕が慕っていた両親などではなく……僕が距離を空けたがっていた、他でもない珠々香だったのだ。
たった一人の妹をもっと大事にしてあげれなかったことへの後悔と、自分の軽率な行動で両親の人生を狂わせ珠々香を孤児院に預けさせてしまったという自責の念とで、僕は嗚咽を漏らして泣き喚いた。
それからの僕は珠々香と再会するために、正式なマジョカルとして、すぐに認められるよう訓練に死に物狂いで励んだ。正式マジョカルになりさえすれば、行動にかなりの自由が認められるため、そうすれば、また珠々香に会えると思ったからだ。
二年後――
正式にマジョカルとなった僕は、諜報や情報管理を主に行う聖教第十一師団に所属。
妹がいる孤児院のある神名島への派遣を立候補した。
辺境の何も無い島など誰も行きたがらなかったこともあり、念願叶って神名島での魔女捜索の任を任されるようになった僕が、この島に着てすぐにしたことといえば、もちろん珠々香に会うことだ。
調べれば、すぐに珠々香のいる孤児院の場所を突き止めた……だが……そこには魔女がいた……。それも珠々香の中に秘められている魔力を引き出そうとして……
僕がマジョカルに行けたのは、自分の中に眠る魔力があったためだ。この魔力を制御し、暴走して魔女になってしまわないように組織に連れられ訓練させられたのだ。そう考えれば、自分にとっての唯一の肉親である珠々香にも魔力が秘められていて、何ら不思議ではなかったことに今更になって僕は気付いた。
そうだ――
珠々香に魔女になってしまうだけの魔力があるように、妹ほどではないにせよ僕にも魔力はある――
「魔力解放! 【自動操縦】!!」
霧深めの深夜の船着き場で、僕は……いや『俺』は魔力を使用した時にのみ使える能力を発動させた。
執行部三人を囲むように様々な形式のライフル銃が霧の中から銃身を見せる。そのどれもが宙を浮いていて、狙いを標的に定めている。その数ざっと三十。
銃火器……主にライフルを手で触れずとも自在に操ることができる。逢花先輩が剣を操るのによく似ているが、さすがにそこまでの威力は無いうえに銃を喚び出したりも出来ない。ただ操るだけ。その代わりに銃ならではの射撃攻撃がこちらは可能だ。
ただ、この数を一度に操るとなると維持するのに集中力がハンパなく、ライフル本来の遠くからの精密射撃には向かなかった。
相手が一人なら遠距離からの精密さをウリにした単発射撃でも良いのだが、自分より格上の三人を相手にしないといけない俺は、近くから数に物を言わせた一斉射撃で戦うことを選んだのだ。
この【自動操縦】は本来の俺には使えない。
正しくは『使うことが許されない』
「……なるほど…………魔弾ですか」
「!!」
驚いたことに、先ほど脅しで撃ったたった一発の弾丸を見ただけでエイルフィールはこれが魔力を宿した物だと瞬時に悟ったようだ。しかも死角から放ったというのにだ。
魔力を使うという行いは例えマジョカルであっても魔女と何ら変わらないとされ禁忌とされている。
時折、一般人の子供が魔力を秘めて生まれることがあるが、俺のように魔力の制御の仕方を覚え使用しないようにすれば、魔女認定されることも無いし、マジョカルにだってなることができた。それゆえ俺は今までずっと魔力を使うことを自身に禁じていたのだ。
だが、ここで魔力を行使するということは、それは如何な理由があったとしても魔女として処罰されるということ。
そして今の俺にはその覚悟があった。
マジョカルの特化戦力である十二師団ある中で、武力においては上から間違いなく三位以内に入るほどの強者揃いの第十二師団……その中で女性ながらに副団長を務めるほどの実力を持つエイルフィール。……やはり出し惜しみなど出来る相手ではない。
「ゴルドバ、ギルガ。あなたたちは構わずお行きなさい」
「では」「はっ」
「だから行かせないって!!」
彼女彼らにとって霧によって視認できない三十ものライフル銃が同時に火を噴き、魔力で精製された弾丸が執行部三人に迫る……はずだった――
目にも止まらない速さによる達人が生んだ無数の斬撃……それは剣の結界となって、弾道の読めないはずの全ての魔弾を斬るという人間離れした動きをエイルフィールが見せる結果となった。
驚く俺を余所にその隙をついてダルバ兄弟が巨体に似合わない俊敏な動きで、この場から飛び去ろうとするところを俺は下唇を噛んで黙って見逃すしかなかった。今は金髪の女性から目を離す余裕なんてとてもじゃないができない……ダルバ兄弟の相手をしている暇なんて微塵もなかった。
遠距離からの狙撃よりも、中距離による一斉射撃を選んだのにはこちらの隠れている場所を相手に悟らせないためでもある。いくら長距離で撃ったとしても弾道がわかれば、エイルフィールほどの強者ならば場所を突き止めることなど動作もないだろう……例え霧が立ち込めていようとも。それを恐れての中距離一斉射撃だったのだが……
(こいつ……霧の中でも視えているのか!? ……それなら、これで!)
数あるライフル銃のどれにも赤外線スコープが備え付けられており、俺はそこから映る金髪の女性をいろいろな角度から一度に映像として視認することができた。魔力使用時のこの能力があれば霧の中でも俺は対象を見失うことはない。一方で対象は俺と違って霧に苦しむことになるに違いないので、今や地の利は完全に俺のものだ。
筋肉兄弟がいなくなったおかげで、その分エイルフィールに銃口を向ける数を増やすことができた。今度は全ての銃が一人を狙い撃つ――
静寂に包まれた船着き場に再び激しい銃撃音が鳴り響く。
エイルフィールはまたしても先ほど見せた剣の結界を披露する。飛んでくる魔弾の数は増えたというのに、些細なことのように涼しい顔で難なく剣で魔弾を弾いていった……と思いきや、途中までスコープ越しに捉えていた彼女の姿が突然消えて……
!!
背後から感じたのは獲物を狙う捕食者の気配……そして今、自分が立たされている状況は被食者のものだと俺は直感で理解してしまった。理解したと同時に背中にびっしりと冷たい汗が流れているのがわかる。今、振り返れば必ず彼女の持つ愛剣によって斬り伏せられるという確信……
「どうして、こんなにも早く俺の場所がわかったのさ? 俺の魔力を追うにしても、銃一つ一つに俺と同一の魔力が帯びていて俺だと判別できないはず……そのいくつかの銃と一緒にこの霧の中にいた俺の場所を特定することなんて尚更無理なはずだけど……?」
「……あなたの言う通り確かに魔力を追うことはできなかったわ。あなたと同じ魔力がこれだけある中にこの霧だと本物を見つけることは困難と認めざるを得ないでしょう。……ただし、あなたの殺気はどうだったでしょうか? 私を攻撃する時に殺気を隠しきれないようではせっかくの作戦も無意味……三流のすることです。ですが、それも無理のないことなのでしょう……あなたは所詮、戦場に身を置く立場の者ではないのですから。あなたの敗因は己が分をわきまえずに執行部に逆らった時点で決まっていたのです」
悔しいことにエイルフィールの言う通りだ。
俺と彼女とでは戦闘経験に圧倒的な差がある。そしてその強さも……せめて当たりさえすれば、なんとかなるはずなんだけど…………
「ふぅ……」
「!?」
「……まだ戦う意思は残っているようですね。……良いでしょう。その心意気に免じて、あなたの攻撃を一度だけ避けずに受けてあげましょう」
「な……なめるなぁっっ――――!!」
ここまで馬鹿にされては黙っていられなかった俺は我を忘れて、彼女の生死など気にも止めずに、振り向き様に前方位攻撃を彼女に対して喰らわそうとする。
そんな俺を尚も挑発するかのように、事もあろうかエイルフィールは俺の目の前で手にしていた剣の構えを解いたのだ。自殺行為としか思えないが、その行いが俺の怒りにさらに火を点けた。
躊躇など一切ない無情なほどの魔弾が霧を切り裂き無防備な金髪の女性に降り注ぐ――――はずだった。
対象に命中したことを証明するかのように噴煙が巻き起こる……が、銃撃が終え風に流されていくと、すぐに相対する女の変化に俺は気付いた。
流れる噴煙の隙間のところどころから、いつの間にか胸部金属の白銀の鎧に身を包むエイルフィールの姿が現れる。
「……そんな……弾が消えて……?」
全ての魔弾がエイルフィールから十センチほど離れたところで目に見えない何かに当たり消滅――鎧を纏った彼女の周りを膜のようなものが包んでいるらしく、一発たりとて不可視の膜を抜けることはなかった。弾が膜に触れた途端、溶け込むように消え去ったが……
「この鎧を着ている時にのみ発動できる『反魔力』……魔力を用いた全てを強制的に無効にする力よ。私の意識に関係なく、それは受動的に作用するわ」
彼女の言葉は詰まるところ魔女相手には反則級の能力があるということで、魔力を用いた俺の攻撃は一切を封じられたことを意味する。
これ以上は無意味と、俺は眼鏡を掛け直すことで魔力の使用を諦めた。
宙を浮いていたライフル銃が途端、重力に逆らうことなく落下。
気持ちが昂ぶった時にのみ魔力を使える俺は、マジョカルから自分の身を守るために何か良い方法はないかと思案した時期があった。その時に閃いたのが気持ちをコントロールできるようにとスイッチとなるものを用意……つまり眼鏡の有る無しで魔力コントロールする術を身に付けたのだった。
「ほんと、嫌になるぐらいチートだね……」
エイルフィール以上に魔女に強い人間はいないんじゃないかと思う。
魔力を封じ、自身の圧倒的な剣技で相手を押し退ける戦闘スタイル。
(……ナギ先輩、こいつとだけは戦っちゃダメだ…………多分、逢花先輩でも勝てるかどうか……僕がここで食い止めないと……)
「覚悟は決まりましたか?」
「……さぁて、何の覚悟かな!!」
魔力を閉じたことで制御を失い、ただのライフル銃となった物を拾い上げる僕。
実は一丁だけ最初から魔弾を撃つためではなく、実弾を込めていた銃を使用せずに常に自分の手の届く位置に配していたのだ。三十もの銃があれば一つぐらい何もせず浮き続けていただけのがあったとしても、簡単にバレはしない。
そして、今度の弾には魔力は含まれてはいない。
至って普通の物理属性の銃弾だ。
これこそが僕の本当の切り札――!!
「――――!!」
ライフル銃を握ったまま肘から上を失った右腕が空に回転しながら舞う。遅れて、すぐに飛んだ腕を追って鮮血が宙に散った。
何が起きたのか分からなかった僕の思考は時間にして一瞬であったと思われるが停止してしまっていた。突如右腕から流れてきた激しい痛みが無情にも僕を現実に引き戻す。
「うああああああああああああぁぁぁ――――!!!」
飛んでしまっていたのは僕の斬られた右腕――
目の前の女の握る剣の刃からは赤い液体がべっとりと滴り落ちており……金髪の女は僕目掛けて、今にも剣を振り下ろそうとしている姿が目に入る。
(先輩……ごめん……。……僕はここでリタイヤみたい…………)
凶刃が振り下ろされる――
降ってきた刃から目を離せない――
時間がコマ送りにされたかのようにゆっくりと剣が動く様が見える……この後、すぐに走馬灯でも見え始めるんじゃないかと考えれるぐらいに思考がクリアだ。
けれど予想に反して見えてきたのは、目前に迫る剣よりずっと奥に見える、エイルフィールやダルバ兄弟が乗っていた船から新たに現れた人影だった。
その数は三人……どれも見覚えがある。
聖教第十二師団団長兼執行部隊長……つまりエイルフィールの上司に、同隊員のNo.3……聖十二の実力者がまるまる神名島にやって来ていたのだ。
そして……
レン・オルティブ――
彼が執行部を動かしたのか?
(完全に詰んでる……こんなの勝てっこない……)
心の奥深くにある何かが折れる音が僕の耳に届いた気がした。
(……珠々香…………ごめん……最期に会いたかったな……)
静かな風切音を鳴らして、刃は完全に振り下ろされた――――