第八話 執行部到着
日付が変わろうとする五分前。
二日続けて今日も夜空は生憎の曇りに包まれており、美しい夜の景色を見せてくれないらしい。天気予報では朝方から明日にかけて本格的に雨が振るとのこと。
荒れ始めた揺れる波を掻き分け小型船舶が浅間の波止場に現れた。
離着岸に左舷から横付けしようと船が近付いてゆく。
やがて無事に接岸に成功し、少ししてから明かりと鞘に収まった剣を手にした細身の女が操舵室と思われるところから出てきた。金髪が吹きつける塩風に拾われ宙に流れているのが遠目にわかる。
この様子を200メートル以上離れた場所から物陰に隠れて探る者がいた。
明るめの色をした茶髪の少年は、浅間の地に足を踏み入れた女が自分の待ち人であるかを確認するため目を凝らす。女の正体を確認し終える間もなく、すぐに後ろから他の人影が現れだした。遠くからでもかなりの巨体だとわかる男が二人。
少年はこの男二人も、最初に姿を見せた金髪の女にも見覚えがあった。なぜなら、この神名島に最も着て欲しくなかった待ち人で間違いなかったからだ。
三人共にデザインに男女で多少の差はあれど、詰襟タイプの制服を着ている。この制服は見習いや新人が着れるものではない。組織から正式にマジョカルと認められた者だけが着ることを許された、マジョカルの正装姿である。
そちらからは見えるはずがない位置に角度に距離と万全を期しているにも関わらず、女がこちらに首を向ける。隠れ潜む少年を女は建物越しに透視でもしてるかのような、少年の正確な位置を注視し始めた。
(ちょっと! チートすぎでしょ……)
「いつまでそうしてるつもりです? 出てこないのであれば……」
かなりの距離があるはずなのに、出てこなければ、そこから攻撃するとでも続きそうな不穏な言葉が届くので、少年……倉敷雅は観念することにした。
「まったく……何も時間キッカリに来なくても良いと思うんだけど……相変わらず執行部は真面目だね」
現時刻0時ちょうど。
本日来るとは聞いていた倉敷だが、日付が変わってすぐとは思っていなかったのだ……執行部の厳格過ぎるほどの生真面目さが伺える。
「あなたは聖教第十一師団の諜報部神名島管轄取締役、倉敷雅で違いありませんね?」
「僕みたいなマイナーな人間をよく覚えてるね。僕もあなたのこと知ってるよ……僕と違って、あなたは有名だからね。聖教第十二師団副団長エイルフィール・エル・ヴェルナーゼさん」
金髪の女性に目をやる倉敷は、次に女性の後ろに付き従う体格の良い二人に視線を移す。
「後ろのお二人はゴルドバ・ダルバとギルガ・ダルバのダルバ兄弟だよね? 聖十二のNo.4とNo.5。……こんな田舎の島に随分と豪勢なメンバーだと思うんだけど?」
冷静に話してはいるものの、倉敷の内心はまったく穏やかではなかった。
孤島にいる魔女など、危険度にもよるが師団の一団員に討伐&調査を任せるのがマジョカル内では通説であって、一師団の副団長が乗り出すほどの案件では本来ではない。ましてや、その師団の4番5番手の実力者まで揃えてこようとは……かなりの大物魔女と戦うことを想定した人選としか思えなかった。
聖十二が最悪の事態を想定している相手……倉敷には一人だけ思い当たる人物がいる。
それは……
「Bランク……もしかすればAランク相当かもしれない魔女がこの島にいるとの報告を受けています。この島の情報を一手に担っている、あなたならば魔女の情報は既にお持ちでしょう? 直ちにその情報をこちらへ。あと裏切り者……瑞原薙斗と、魔女・音羽水葉の情報もお願いします」
やっぱり『剣撃の巫女』たる逢花が目的らしい。新人に過ぎなかった瑞原薙斗や魔女認定グレー扱いだった音羽水葉を裁くためだけでこの面子はありえなかったので、むしろこれで納得がいく。というか……
(今、音羽先輩のことをグレーとしてじゃなく、ハッキリと『魔女』って言ったよね? それって逢花先輩だけじゃなく音羽先輩も、こいつらは最初から魔女と決めつけているってことか……)
考えていた中で限りなく最悪な予想が当たってしまった倉敷。
(あと気になるのは、逢花先輩をAランク相当魔女だなんて……レン・オルティブから正しい報告受けてないの? 『剣撃の巫女』がそんなわけないじゃん。……こっちにとってはありがたいけどさ」
マジョカル幹部クラスともなれば、最上級魔女の情報を何かしら持っているのが当然で、名前を覚えていないなんてことはありえないことである。それなのに彼女――『剣撃の巫女』たる逢花のことを『魔女』と一括りにエイルフィールは言った。瑞原薙斗や音羽水葉の名前は出したというのに。Sランクあろう逢花と比べれば、二人など取るに足らない存在だというのにだ。
――それは執行部が逢花のことを『剣撃』としても、本当のランクもまだ認識しておらず、ただのAランク魔女としてしか思っていないからだろう。
ただし、Aランククラスの魔女は、精神的な心の変化や外部的干渉によって時折……本当に稀なことではあるのだがクラスチェンジ……一つ上のランクへ上がることがあるとされている。その条件などはマジョカルでもまだ詳しいことは分かっていない。
各国に多大な影響を与えかねないほどの力を持つとされるSランクにでもなれば、それこそ大変なことになりかねないので、マジョカルは昔からAランクに達している魔女に対しては他のランク以上に積極的に討伐を行っている。今回もその例に漏れない『いつもの行為』なのだろう。
「はぁ~……」
(こうなるとナギ先輩は二人を守るために戦うんだろうなぁ……)
例え、自分より遥かに格上の実力者が相手で歯が立たないとわかったとしても、瑞原薙斗は決して相手に背中を見せたりしない――そう倉敷に思わせるものをこれまでの薙斗の戦い方が物語っていた。だからこそ、倉敷には出来なかった珠々香を助けるという奇跡を彼が見せてくれたのだろうから。
「それなんだけど……副団長さん、悪んだけど何も言わずに引き返してもらえないかな?」
「それはどういう意味です?」
「そんな怖い顔しないでよ。理由はもちろんちゃんとあるから。まず音羽水葉だけど……調査の結果、彼女は魔女なんかじゃないよ。僕が保証する。それと、今回の任務を受けていたレン・オルティブがマジョカルとしての役目を見失って、彼女を自身の愉悦のために襲うという暴挙に出てしまったんだけど、それを防ぐために瑞原薙斗が戦ったってわけ。つまり彼も不可抗力ってことで、執行部のお手を煩わせることもないと思うんだけど」
「……もう一人の魔女はどうしました?」
「彼女は今回の騒動を沈めるのに協力してくれたよ。正直彼女がいなかったら、かなりヤバかった……。この島にいた人に害成す魔女は二人いたんだけど、どちらもその子と音羽水葉……そして瑞原薙斗たちが解決に導いた。よって諜報部としてこの島を預かる僕の見解は、この三人は悪しき魔女でもなければ、それに迫る者でもないと断定するよ。むしろレン・オルティブを追った方が良いんじゃない?」
「そのことでしたら問題ありません」
(問題ない……? 本部の諜報部でも掴んでいないレンの居処を聖十二は何か掴んでるの?)
倉敷と面と向かっている金髪の女は、さすが一師団の副団長らしく堂々としていて、見た目の年齢以上に様になっている。
微塵も揺るがない、自分の行いにまったく疑問を感じていないような意思の強い視線を倉敷はずっと感じていて居心地が悪かった。なにより自分の言葉がどこまで、この女に届いたのか不安を抱き始めてしまう。
「瑞原薙斗、音羽水葉の両名に関しては、執行部が知る情報と食い違うところがあるので、私が直々に会って判断しましょう。……ただしAランク相当あるかもしれない魔女に対する我々執行部の方針に変更はありません」
「な! ちょっと待ってよ……!!」
話し相手に詰め寄ろうとする倉敷の前を阻むように、エイルフィールの後ろに控えていたダルバ兄弟がその巨体に似合わない俊敏さで上司を守るように前に立つ。
「これ以上、近寄ると言うならば、我らが相手することになるぞ、小僧?」
「執行部の言うことは絶対だ。大人しく退け!」
兄・ゴルドバ、弟・ギルガと続けて倉敷に警告を発した。
しかし「はい、そうですか」とそれで納得できるはずもない。もちろん、こういう事態も想定済みだったので、次の作戦に移行することにする。
「……あ~あ……なんか、こうなる予感はしてたんだよね~」
スマホを取り出し、指を数度タップ。
「あなたと対象がどういう関係にあるのかはわかりませんが、もう忘れることですね。そして、もし私たちの前に立ちはだかることがあれば、その時は……諜報部のあなたなら執行部がどういう役目を担っているかよく存じているでしょう?」
「……そうだね…………」
自分に話しかける金髪の女性の言葉をちゃんと聞いているのか甚だ疑問が残る態度で、スマホを尚も触り続けている倉敷。
エイルフィールの両端を守るダルバ兄弟の弟の方が、倉敷のそんな失礼な態度に怒りを覚え飛び出そうとする。それを瞬時に彼女は片手で制した。ギルガを止めたのは何も倉敷を襲わせないためではない。周りの異変に気付いたからだ――
自分たちの足元をいつの間にか霧が立ち込め始めている。霧は船着き場全体にまで広がりを進めていっているようだ。特に倉敷の周りは濃く、すでに彼の胸元から下までを霧の中へと隠している。
異常な速度で広がった、この霧が自然が生んだものではないことをエイルフィールはすぐに気付いた。マジョカルの任務で使用を許されている魔導装置の類で霧を発生させたに違いないと推測する。
聖十一のほとんどの団員は個人の力は大したことないが、その手の機器の取り扱いに長けた者が多い。
ついには倉敷の姿を霧が完全に覆う。エイルフィールが最後に少年の顔を見たのは、彼が眼鏡を外す瞬間だった。
(彼があれを触り始めてから霧が発生した……つまりは…………)
「どういうつもりですか? 倉敷雅」
「……さすがはそこの頭の悪そうな筋肉の塊と違って、副団長様は冷静だな。悪いけど、ここから先へは行かせない! この島の諜報管理を担っている『俺』が彼らを白だと認めたんだ。それを執行部だからって勝手に黒にされたんじゃ『俺ら』情報統括管理を担う聖十一の面子に関わるんだよ!」
(『俺』? 『俺ら』? さっきまで彼の一人称は『僕』だったはず…………それに喋り方も荒くなったような……まるで人が変わったかのよう……。それに微量ですがこれは…………)
「どうします、エイル様? ここは我らが……」
「いえ。彼の相手は私がしましょう。あなたたちはこれから魔女たちの反応を探りなさい」
「「はっ!」」
副団長命令でこの場から離れようとするダルバ兄弟だったが――
「兄者!?」
兄ゴルドバの足元のコンクリートが後方から突然の射撃物によって削られた。
「今のはわざと外したけど、動けば次は当てる!」
「あの、クソガキが――!!」
「落ち着きなさい、ギルガ」
(声は遠ざかってますがさっきと変わらず前方から聞こえる……だというのに先ほどの威嚇射撃は後ろから放たれた……他に人がいればそれも可能ですが、そんな気配は無かったのに……やはりこの霧に仕掛けがありそうですね)
「手際の良さからして、この霧も、ゴルドバを狙った射撃といい、前々から準備されたものなのでしょう……非戦闘員の多い聖十一の者にしてはなかなかやるわね」
手にしていた鞘から剣をゆっくりと抜き出した。長さ1メートル近くあろうか。鞘もそうだが、剣全体に見事な装飾が施されており、使う者の品格をまるで現しているかのよう。
マジョカル聖教第十二師団副団長エイルフィール・エル・ヴェルナーゼが遂に動き出す。
「執行部の恐ろしさ、身をもって教えて差し上げましょう!」




