第四話 執行部到着三日前
本島から遠く離れた三つの孤島からなる、この神名島は神名、浅間、逢須を総じて成している。
神名は田園の多い田舎の風景が広がる三島の一つで、神名島で最も歴史が古いとされる月之杜神社があり、初詣にはこの島の住人のほとんどが集まるほどの人気がある。
浅間は本土にある町並みほどではないがマンションや住宅地が建ち並ぶ、神名島では最も発展した地区だ。神名島に住む人がショッピングというとたいていはこの浅間にまで足を運ぶ。
そして最後の島、逢須。ここは神名よりも田舎……というより辺境の島で、元々人口の少ない神名島の中でもより住んでいる人が少ない地域。山が多く、主に林業や山菜で生計を立てている者が多い。
三島は互いに行き来できるように一本の鉄橋と鉄道橋がかけられており、これらの橋を使わずに海を泳いだり、船に乗る以外の方法で他の島に渡る道はない。
本土から神名島に訪れるには海路しかなく、その場合、船は浅間に停まる。ただし、この島にやって来る者が一般人ならばという条件付きとなるが。
先日、マジョカル本部から『マジョカル諜報部神名島管轄取締役』宛て……つまり自分に届いたメールを自分の部屋に置いてあるパソコンのトリプルディスプレイの画面に映したまま再度読むでもなく、倉敷雅はズレた眼鏡を定位置に戻しもせずにただ眺めていた。
今日より三日後、マジョカル執行部がとうとうこの神名島にやって来るという本部からの正式決定の旨が書かれていた。島を訪れる理由は倉敷雅が以前から懸念していた瑞原薙斗への粛清……そして瑞原薙斗が庇い立てした魔女の討伐――
(この内容からして、執行部がナギ先輩と音羽先輩を対象にしてるのはまず間違いないとして、問題は珠々香と逢花さんか……多分、珠々香は大丈夫……。珠々香の情報はこれまで苦労したけど、ナギ先輩たちが魔女を倒してくれたことで魔女との関係性は隠し通せたはず……でも逢花さんはどうなんだろ……)
そもそも薙斗が組織に狙われる切っ掛けとなったのは、マジョカルだった薙斗が組織に魔女認定された音羽水葉を助けるために、薙斗と同じ任務に就いていたレン・オルティブに逆らったのが原因のはずだと倉敷は思っている。
実際には魔女ではないのだが魔女扱いされていた逢花と音羽を狙うレンと薙斗は戦ったのだ。けれど、薙斗は仲間たちと共に本物の魔女を討伐するのに大いに貢献している。
通常一人のマジョカルの人生で実際に魔女と遭遇し、討伐できた数は一人あれば良い方である。多くても二人。0ということも珍しくないのだ。それを新人である薙斗が仲間の協力もあったとはいえ短期間に二人も魔女を討伐したという快挙を成し遂げた。
逢花と音羽が魔女ではないということを大前提に、この実績を持ってすれば執行部に手を引いてもらえるかもしれない。それが今、倉敷が考えれる最善の手だった。
ただし、不安要素もある。
薙斗に倒されたレン・オルティブが組織に何の報告もせず、本部にも戻らず行方不明になったままなのだ。レンの動向は本部でも掴めていないらしい。
それなのに、どういうわけか薙斗への粛清に執行部が動いた――
レンが本部に報告していないのであれば、執行部にまで薙斗がマジョカルに背いたという情報は通常いかないはず。この島を情報管理している倉敷ももちろん本部にも執行部にも何も通達していないというのにあまりにも不可解だった。
自分でもレンでもない第三者がこの島で起きた情報を執行部に流した可能性も考慮に入れなければならないと考えたところで、倉敷は一人だけ今回の情報を知り得る第三者を思い出した。正しく言うと、今、倉敷が思い浮かべた第三者は第三者に当たるかと言えば、きっと否だろうから存在を選択肢から除外していただけだが。
『彼女』は確かに情報を持っている。それは間違いない。
黒いシスター姿だった『凶鴉の魔女』が生み出した魔女の世界……灰色の世界から薙斗たちが見事に脱出した際、その様子を倉敷と一緒に見ていた女性。彼女は倉敷以上にこの島の情報を管理した『知り得る者』なのだから。
それでも第三者に彼女が当たらないというのは、彼女がマジョカルを良く思っていないというのと、彼女の性格がそれをきっと許さないと倉敷は思ったからだ。それゆえ倉敷は彼女を候補から省いた。
結局のところ、いるかどうかもわからない第三者のことに心を削るよりも、今はどうやって執行部にこの島からすぐに出ていってもらうかを考えた方が良いという結論に至る。
つまり、いかに執行部を説得するかを――
失敗すれば、薙斗たちと執行部との争いは最早不可避となるだろう。
そうなれば『撃剣』の二つ名に恥じぬ実力を持つ逢花がいるとはいえ、倉敷には薙斗たちが執行部に勝てる場面が想像できないでいたのだ。それほどまでに組織の治安維持を成す執行部の名は伊達ではない。下手をすれば、薙斗を庇ったとして自分も粛清の対象にされかねないことを倉敷は把握していた。
「……ほんとはめんどくさいし責任重大だからやりたくないんだけどなぁ……。まぁ……僕がやるしかないか……でも、その前に明日にでもナギ先輩には話しておかないといけないかな…………」
ズレていた眼鏡をいつもの位置に戻す倉敷。
そして目の前にある三つのディスプレイを注視しながら、踊るように指先がキーボードを叩き出した。
三日後、少しでも説得の成功率を上げるために有利になりそうな情報を片っ端から集めておかなければいけない。それこそが倉敷雅が最も得意とする戦いだからだ。
(ちぇ……僕ってこんなキャラだったっけ……? 自分と珠々香以外の人間なんてどうでも良かったはずなんだけど……)
キーを打つ指の速度が緩むほどでもなかったが、思考が寄り道をしだす。
学校の昼休憩時間、珠々香も含めた皆と一緒に初めて弁当を食べ、わいわいした時間を倉敷は思い出していた。照れくさくて口には出せなかったが、ああいう時間を今まで過ごしてきたことがなかった倉敷にはとても新鮮で、それでいて心が温まるものだったのを今でも覚えている。
「……ほんと……どうしちゃったんだろうね」
――そんなの決まっている。
瑞原薙斗だ――彼が自分を変えたのは明白だ。
自分一人で珠々香を狙う魔女を倒してやろうと息巻いてはみたものの、どうしようもできなくて自分の無力さを知った。ならば、周りを利用してやろうとしたが結局それも上手くいかなくて……そんな時、別の魔女の一件でこの島に派遣された瑞原薙斗がやって来た。
最初、薙斗の印象は組織ではよくいる新人マジョカル程度にしか思っていなくて、本当に魔女のいるこの島でこんな奴が何の役に立つんだとさえ思っていた倉敷。
けれど薙斗は、組織内でどこにでもいるようなマジョカルとは一線を画していた。
力も知識も経験も足りない新人らしい新人。どれを取っても魔女と戦うには物足りない。そんな薙斗が魔女を倒すどころか、魔女認定された音羽水葉を助けようと自分の所属していた組織の者と戦う選択をした。
これには倉敷は大いに驚いた。
組織に逆らって、死に急ぎたいのかと正直薙斗の計画性の無さを馬鹿にしていたのだ。愚かすぎると……。それなのにそういう気持ちとは裏腹にそれ以降、まるで自分の意思に反するかのように倉敷の注目は彼に興味という形で注がれるようになってしまう。
マジョカル内では伝説級の魔女とされ十年以上も行方がわからなかった、あの『剣撃』と恐れられている逢花と接触し協力できたことにも驚いたが、音羽水葉を救い、魔女も倒し、魔女狩りのベテランだったレンまでも退けた。逢花の力がこの結果に大きく貢献しているのは疑いようもないが、それでも逢花と協力体制を築いたのは薙斗の成果といえる。
思いもよらないところで珠々香を救うことができるかもしれない駒を見つけた倉敷は、すぐに薙斗に接触することを思いついた。
結果、ただ一点を除いて、倉敷の思惑通りに薙斗たちは珠々香を苦しめていた魔女を倒し救ってくれた。倉敷にとっての唯一の計算外は、何の見返りもなく珠々香や仲間たち……自分が守りたいと思ったら魔女でさえ助けるであろう薙斗の「目の前で苦しんでいる人がいたら助けてあげたい」という心の根の一番大事なところに根付いた薙斗の信念に倉敷が気付いてしまったことだ……そしていつの間にか自分自身が感化してしまっていることに気付いたら、もう後には戻れなくなってしまっていた。
(……先輩には大きな借りがあるし、借りっぱなしってのも趣味じゃないしね)
再び、倉敷は三つのディスプレイに映る多数の流れる文字列に意識を戻す。ブラインドタッチも極みに入り、指の動きはさらなる速さを求めるかのように増していく。
その作業は夜が明けるまで続いたという。




