第三話 入浴中のひととき
風呂床も浴槽も木製で造られた風呂場でのひととき。
箱型の檜風呂に浸かる私の黒い髪が浴槽に疎らに広がっている。
朝の稽古で汗をかいた私たち女性陣は身体の汚れを洗い流すため朝風呂を頂いている最中で、珠々香の背中を磨いてあげている逢花の後ろ姿を私はぼんやり眺めていた。
「まさか本当に二人がかりでこんなに簡単にあしらわれるとは思わなかったわ、逢花」
「ふふ。水葉ちゃんが言うほど楽だったわけではなかったですよ」
私とナギは逢花との模擬戦に挑んだのだけど、悔しいことにまったく歯が立たなかった。だから私は練習で愛用している先に刃の無い先竹製の薙刀を持って再度逢花に挑むのだけど……これもまた完敗したわけで……その後はもう私もナギもがむしゃら過ぎて、負けた記憶以外はあまり覚えていない。
「でも意外だわ。逢花がこんなにナギの面倒を見てあげるなんて」
「そう? あ、珠々香ちゃん、洗い終わったから、水葉ちゃんのところに行っててもらえる?」
「は~い」
逢花に洗ってもらった珠々香が湯に浸かりに私の横にちょこんと座る。
手の空いた逢花は今度は自分を洗い始める模様。
「ほら、逢花って、今まで私が朝稽古してる時は見学することはあっても稽古に付き合うってことは滅多になかったじゃない? まぁ今回はナギに頼まれたからってこともあるんでしょうけど」
「ん~……ナギトさん見てるとなんだか羨ましくなっちゃって……それでかなぁ」
「羨ましい?」
「私、前から自分のやりたいことっていうのがこれといってなくて…………。でもナギトさんは、私の母のように困っている人を助けてあげれる人になりたいっていう想いからマジョカルにまでなって……母のことを吹っ切った今でもそれは変わらないみたいで強くなろうとしてます。……娘の私以上に母のことを想ってくれているのがなんだかありがたくて……眩しくて……だから少しでも協力したく思えちゃうんです」
女の子の私から見ても綺麗な身体にお湯を何度か流す逢花。
身体を洗い終えた逢花が、浴槽にやってくる。さすがに三人湯に浸かるとなると少し狭くなるけど、それでも元々がそれなりに大きな浴槽なので入れなくはない。
ゆっくりと右足から湯に触れる。
その様子を私は横目で見ながら、逢花が完全に腰を下ろし肩まで湯に浸かったのを確認してから私は再び口を開いた。
「な~んだ。やりたいこと、もう見つけてるんじゃない」
「え?」
「逢花って、昔からあまり自分のしたいこと話してくれないから、ちょっと心配してたんだけど……気付いてない?」
両目を見開いて素早く数回瞬きをした逢花が不思議そうに私を見たところ、どうも本当に自分のことに気付いていないみたいね。仕方ないなぁ……。
「ナギに協力したい……強くしたいっていうのも立派なやりたいことなんじゃない?」
やっと先ほどの自分の言葉に思い至ったらしい。
逢花は天井を見上げ――
「……そっか。私……やりたいこと、もうあったんだ…………うん……これは確かに私のやりたいことですね……」
「ふぎゅうぅぅぅ~……」
しばしの静寂に似つかわしくない、なんとも変わった声が私と逢花の間から聞こえたので、何事かと隣を見てみると……
「珠々香!?」「珠々香ちゃん!」
特別熱く設定していたわけではなかったんだけど、長いこと浸かっていたからどうやら逆上せてしまったようね。……シリアスっぽい話してたし、途中で抜けにくかったのかしら……悪いことしちゃったかな。
「珠々香、私と一緒に出ましょうか」
「う~ん……」
肯定なのか否定なのか、よくわからない返事をする珠々香。意識はあるが顔が茹でダコ状態なのが一目瞭然。
「はいはい。……私が連れて行くから逢花はもう少しゆっくりしてて良いわよ」
「大丈夫?」
「涼しいところで少し休んだら多分平気よ」
湯船から腰から上を出し自分も付いていこうとする逢花を私は止めた。実際それほど深刻なものでもないので、休めばすぐに快調すると思われるから。
「そう……じゃあ、お願い。……それと、ありがとう」
私は珠々香を両手に抱えて脱衣所へと向かう。
頬に朱が差したことは内緒にして――――