第十七話 剣撃
「なぜです? なぜお前がここに……。骨犬の群れがお前の相手をしていたはず……」
私の言葉を聞いた、まだ子供にしか見えない少年が見ていて腹立たしいほどのしめしめ顔を見せた。
「そいつらなら残らず全部動けなくしてやったぜ」
目の前の少年の言葉に私は大いに驚いた。
なぜなら少年よりも、少年と一緒に行動していた、あの緑髪のマジョカルの方が遥かに強いと思っていたからだ。
なのに少年は僅か十分ほどで用意していた二十体の骨犬を全滅させたと言う。
私が戦った、あのマジョカルでももう少し時間が掛かるはずだ。
それが本当ならば、この少年はもしかしたら緑髪の男と同等……もしくはもっと危険かもしれないと私の中でやっと警戒心が生まれた。
「では、再開しましょうか」
言葉通り逢花が私に向かってゆっくり歩き出す。
どうして…………!!
どうしてこうなった…………!?
一年もの時を懸けて丁寧に作り上げてきた計画。それは全て今日というこの日のためだ。これが叶えば私は再び自由を得るはずだった……。
700年前に故郷を追われ……十数年前には水葉の母に封じられ、いつの間にか私には自由と言える時が無くなっていた……。
「私の魔法は完璧なはずよ…………!!」
パリンッ!!!!
「この結界は魔女との戦いに備えて開発した魔法なのに……お前がいつか私の邪魔をするのは分かっていた………………なのに、どうして!!」
パキンッ!!
私はただ700年前には当たり前だった、私の自由を取り戻したいだけなのに!!
パッリィ――――――――ッッッッッッン!!!!!!
***
圧倒的だった。
少なくとも薙斗の目にはそう映っていた。
魔女の口ぶりからして、儀式の日が来れば、逢花さんが音羽水葉を助けようと自分に敵対することを魔女は予め予想していたみたいだ。
…………にも関わらず。
逢花さんの攻撃は魔女イスカの防御をまったく苦にもしていない。
彼女が敵じゃなくて良かったとつくづく俺は思った。
「……先ほども言いましたが私は魔女ではありません…………」
ここに来る前にも同じことを銀髪の少女が言っていたのを俺は思い出す。
「似て異なる存在…………仙女ですよ」
「……仙女……仙術を使うという、あの……」
「瑞原さんも勘違いされているようでしたが、魔力と非常に似て異なる力……私の力の源は霊力であり仙力です」
魔法とは人々の願いを具現化する思念そのものである。
その願いが強ければ強いほど、非現実なことでも実現させてしまう。
ただし、非現実であればあるほど、魔法を実現化させるのは難しく多くの魔力を消費してしまう。
つまり魔女とは、魔法を使う触媒であって主体ではなく、魔法を生み出すための根源である魔力の使い方を有した存在である。
一方、仙女は俗界から離れ清浄な場にて心身を鍛えた者たちである。
辛い苦行から生まれた清らかな力を気に変え体内に集め、その練られた気を行使して様々な神通力を使えるようになった存在。
魔女と仙女はどちらも一般人には敵いもしない奇跡のような力を用いることができるが、それぞれの力の根源はまったく異なるものなのだ。
初めて逢花さんの魔方陣を見た時に感じた違和感の理由を薙斗はようやく知った。
魔方陣は魔方陣でも、仙女版魔方陣とでも言おうか。そもそもの仕組みが違っていたのだから見覚えが無くて当然か。
魔女の張った対魔女結界……つまりは対魔法結界が仙女の使う仙術に対しても、魔法同様の効果を得られるはずは当然なかったのだ。
言わば、何の特性もない『ただの』結界だ。
並の相手であれば、ただ硬いだけの結界で十分なのだが、目の前の仙女は違った。
「……そうよ! 何も結界に拘る必要なんかないわ。だって、そうでしょ? 守れないのはお互い様のはず……なら、こちらから攻撃すれば良いだけの話よ!」
まるでイギリスの童話に出てくる豆の木のような巨大な木とそれを取り巻く無数の蔦が床を突き破って、拝殿内を埋め尽くさんばかりの数と大きさが逢花さんを襲う。
「仙女であるあなたにこれほど強大で巨大な魔法が防げて?」
自分の言葉に心酔したかのような表情を浮かべ話す魔女。
この危機的状況を目の当たりにしても尚、俺と左程歳の変わらない少女は先ほど結界を破壊しながら魔女に向かって歩いて行った時とまったく同じことを始めた。
まるで意思でも持ってるかのように自由に宙を飛び回る魔剣が無数の蔦も、巨大な木すらもまるで豆腐を細かくさいの目切りするかのようにいともたやすく切り刻んだ。
ダイス状となった破片がパラパラと穴だらけの床に落ちる。
魔女の攻撃には見向きもせず、逢花さんは真っ直ぐに魔女の顔を直視しながら進む。
新緑の魔女の顔からはもう余裕など一切感じられない。
それどころか顔を歪めてさえいる。
「あ……あなた、いったい何者なの……? 普通、魔女と仙女にそれほどの力の差はないはずよ……」
「マジョカルの人から見れば、私も魔女と同類なのかもしれませんが…………私の二つ名は『剣撃』……だそうです」
仙女が持つ二つ名『剣撃』――
「……その二つ名は、全てを斬り払い、全てを打ち砕く、絶対防御不可の攻撃から名付けられたという噂を聞いたことがある」
彼女がまさか、あの『剣撃』だったとは。
どうりで強いわけだ。
どうやら魔女もその二つ名を聞いたことがあったらしく、先ほどまでの怒りに狂った表情が、初めてその顔にはっきりとした恐怖の色を見せていた。
「まさか……あの『剣撃』だとでも言うの?……」
「少し力を入れます。本気で結界を張らないと大変ですよ」
魔女は無意味と知りながらも、生まれてしまった恐怖から反射的に自分の身を守るために結界を張り直す。
一切の攻撃を捨てて、防御にのみ意識を集中しだした。
すでにそこに冷静さなど感じられない。
スッと、銀髪の少女が右手を自分の胸の前に突き出し五指を広げる。
すると掌に吸い込まれるように、頭上に浮いていた【操技絶剣】が持ち主の元に帰ってきた。
その魔剣を重そうに右肩に背負うような姿勢で剣を構える逢花さん。
「剣装変化、魔剣【報復する剣】!!!!」
途端、刀身が黒く変化していく。
「天仙の山々に住まう逢花がここに命じます。光点の星々、闇中の輝き、集いて我が剣となれ……」
薙斗が初めて聞く逢花さんの詠唱する姿。
その姿を見て初めて、今まで詠唱無しで戦っていたことを知る。
詠唱があるのと無いのとでは、同じ魔法や術でも威力や性質がまるで異なる。
前者は基本的に性能アップの効果があるが発動までに時間がかかる。中には必殺技と言えるようなものまであるだろう。
一方、後者は発動時間が短く、または皆無だったりするので隙が少なくなるが、その代わりに詠唱時と比べると威力が断然落ちる。
今、逢花さんは術本来の力を行使しようとしている。
漆黒の刀身に光の粒のようなものが次々集まっていく。
驚くことに、その度に刀身が肥大化していっている。
「【交差する斬撃】!!!!!!」
元が一メートルほどしかなかったはずの刀身が、今では三メートル近くにまで育った魔剣を肩から落とすように振り下ろした。
全てを闇に飲み込まんと線状となった黒い波が床を抉りながら魔女へと向かっていく。
結界は抵抗を微塵も感じさせることなく崩れ、一瞬で魔女の全身を黒光が包んだ。
「ぎゃああああああああああっっっっ――――――!!!!!!!!」
漆黒の斬撃は魔女に命中しても尚その威力を失うことなく、魔女の背後にある儀式台もろとも壁を吹き飛ばした。壁があった場所はスッポリ穴が開き、境内が丸見えだ。
ここまでだとは想像していなかった俺は、音羽水葉を助けるどころじゃないのではと思ったが、それは杞憂だったようだ。
吹き飛ばされた壁と共にどうやら魔女も一緒に外に投げ飛ばされたらしい。
満月の光に照らされながら仰向けで倒れていた。
仙女VS魔女の戦いはこれで決まっただろう。
「う……うう…………」
良かった、息はあるらしい。
俺と逢花さんは穴の開いた壁からボロボロになった本殿を出て、倒れたままの魔女へと向かう。
「…………正直こんな目に遭うとは思わなかったわ」
首だけをなんとか動かし、魔女は逢花を見た。
「もう終わりです。水葉ちゃんに身体を返せば、これ以上のことをするつもりはありません」
「ふふ……。確かに戦いには負けたけど……逢花、気付かない? 儀式はほとんど完成していたのよ? 後は時間と……この満月の光だけだった!」
魔女は歓喜の声を上げた。
ひび割れたスマホを取り出し画面を見る。
23時59分55秒。
「あなたのおかげで満月の下に来れたわ!! 光は十分!」
58秒。
「……そして時間も!!」
59秒。
「しまった!」
60秒。
日付が変わり0時。
「あーはっはっははははは――――っ!! やった!! ついに……ついに私は身体を得たのよ!!」
日付の変わり目である0時に儀式は完了。魔女が音羽水葉の肉体を得、本当の身体の持ち主は翡翠のペンダントへ魔女と入れ替わりで封じられる。
…………そのはずだった。
「なんてな」
「……!?」
ニシシッ、という笑い声が聞こえてきそうな笑みを俺は魔女に見せた。当然、怪訝な顔をする魔女。
「あんた、まだ気付いてないのか? ……って言っても、俺も何であんたがこんな『勘違い』しているのかわからないんだけど」
「…………少年、何を言っているの?」
どうやら本当にわかっていないようだ。……と言っても、魔女がなぜこんな『ミス』をしてしまったのか俺にもまったく理解できずにいると、代わりに逢花さんが口を開いた。
「あなたのスマホ……それは水葉ちゃんのじゃありません」
「!?」
「……あ。俺の…………」
でも、なんで俺のを持って? まさか時間が狂って……いや、確か落とす前は確かに時間は合っていたはず……。
「おそらく水葉ちゃんが、瑞原さんが落とした携帯を拾ってくれていたのでしょう。それで、その……これは瑞原さんには言い難いのですが……」
「ん?」
魔女に続いて、今度は俺が疑問符を頭に浮かべる番がきた。
「水葉ちゃん、悪戯……と言いましょうか……多分、瑞原さんに水浴びを見られた仕返しと言いましょうか…………時計を少し早めていたようでして…………」
これには俺も魔女もそれぞれリアクションは違えど絶句した。
「なっに――!」
「そんなバカな……では、今の本当の時間は……?」
突然、倒れたままの魔女の周囲に光り輝く円形の魔法陣が地面から浮かび上がってきた。
「な!! 何よ、これ!?」
自分のスマホの液晶部分を逢花は見せた。
本当の現時刻23時52分。
なんつう、地味な嫌がらせだ……。
「あの……クソガキめ――――――っ!!!!」
バッ、と魔女が起き上がろうとするがダメージが残った身体ではそうはいかず、すぐに倒れ伏した。
「……これはあなたが儀式を始めたら、その儀式の力を逆利用して使うつもりだったものなので儀式が失敗した以上、本来の効力は期待できませんが……あなたの動きを止めておくぐらいはできますよ」
魔法陣を包む光が縦に伸び始める。
銀髪の少女は前へ歩み寄り、魔法陣が発する光の壁に掌いっぱいに広げて触れた。
途端に光が強く、夜空に浮かぶ満月へと向かおうとするかのように真っ直ぐ円錐状の光の柱ができた。
「お……のれ――――――――っっっっ!!!! ……ぐっ…………がががががが――――――!!!!」
これは……!? いきなり魔女の苦しみ方が変化したので駆け寄ろうとする俺だったが、それを銀髪の少女の声が制した。
「大丈夫です。魔女の力が抑え込まれたことで、水葉ちゃんが表に出てこようとしてるんだと思います」
表に出る……首飾りに意識が移動してしまっていた音羽水葉が、本来の自分の肉体に戻ろうとしてるのか。
「今、水葉ちゃんの身体には本来あるべきはずがない水葉ちゃんの意思と魔女の意思が同時に存在しようとしてるんです……。そのあるはずがない状態がどちらかを肉体に……どちらかを首飾りに、心の依代を決めようとせめぎ合っています」
魔女を一瞥した後、こちらを見て逢花さんはこう言った。
「瑞原さん……使わせてもらっても良いですか?」
主語が抜けていて一瞬何のことかわかりづらいが、この場面で使うものと言ったら一つしかない。
俺の中に存在するという精神を操作できる剣の刃を取り出す時がきたのだ。
彼女がやりやすいように彼女の側に行く俺。
「ありがとうございます……」
微笑み、空いてる方の手に持つ刃だけが無い剣が俺の胸にソッと触れた。
その姿勢のまま、僅か三秒後。
銀髪の少女は柄を握る手を扉の鍵を開けるかのように左に手首を回す。すると俺と鍔の間からまばゆいばかりの光が漏れ初めた。
鞘から刃を抜くかのような流れるような動作で腕を引く少女。
――――こうして一振りの光を宿した刃を持つ剣が完成した。
強く発光する刃……一見いつまでも輝きが止まないように思えるが実はそうではない。
今、この瞬間に全ての力を振り絞らんがための輝きのように俺には思えた。
その証拠に姿を顕現してばかりだというのに光の粒子のようなものが少しずつだが四散してしまっている。
「逢花、やめなさい!! …………今なら許してあげるわ……だから!!」
(――――逢花……私は大丈夫。だから…………ね)
一度目を伏せる。
それも時間にして一瞬のことで、次に目を開けた時には逢花さんの目にはより強い想いが込められていることに俺は気付いた。
「………………これで終わりです。『新緑の魔女』イスカ」
静かに振るわれた一太刀――――
魔女の……いや、音羽水葉の身体を斬撃がすり抜ける。刀身を纏っていた光は今そこには存在しない。
光ごと斬撃に乗せて放たれた最初で最後の一撃。
翡翠の首飾りが持ち主から離れ宙を舞う。
(…………ああ……どうしてこうなったの……かしら…………)
斬撃が通り過ぎた後、長い漆黒の美しい髪が遅ればせながら頭上にフワッと広がった。
(……私は……ただ…………静かに暮らし……かった…………だ……なの……に…………)
俺も、そして逢花さんも、翡翠色の意思が砕け散る儚い様から視線をしばし外すことができず、静かに見届けた。




