ランクD:配達任務を完了せよ
剣士の青年、盾と棍棒を持つ大男、魔法使いの婦人、修道女姿の少女で構成されたパーティーは今、最大の危機を迎えていた。
「ぐわぁぁ、配達、配達はまだかぁぁ」
そんな野太い悲鳴が、周囲に響き渡る。
ジメジメとした洞窟が如きダンジョン、そこで四人の冒険者が大型犬のサイズを誇るアリ型のモンスターに襲われていた時の発言であった。
「おいオリカ。壁際まで追い詰められた以上、逃げ場は無いぞ、配達はまだか!」
ガチガチと顎をかみ合わせ獲物を狙うアリを大きな盾で防ぎながら、大男はオリカと呼んだ剣士の青年に情報を求める。
「耐えろ、ゴラカス。ここは俺達の力だけで凌ぎきるしか無いッ。っていうか、そもそも配達っていったい何の事なんだッ」
オリカと言われた青年は、前方で守ってくれるガラコスの盾から抜け出し、懸命に剣を振ってモンスターを駆逐しては壁際に戻る戦法を繰り返す。
――だがアリ型モンスターは群体である。百を超える敵の前には焼け石に水だ。
「くそ、数が多すぎる。メリアさん、魔法で焼き払ってくれ」
「無理よ。魔力切れ」
「そんなバカな、どうしてもっと早く言ってくれないんだ!」
「今、気付いたから。唱えようとした瞬間、息が詰まったの。魔力切れの特徴よ」
オリカに攻撃を頼まれた魔法使いメアリは、もう戦えないと首を横に振る。
そして出来る限り壁際に背中を貼り付け、避難態勢を整えていた。
「い、いや待て、それならシャルアさんに回復して貰えば勝機はある!」
絶体絶命。人生最大のピンチだったが、オリカは諦めなかった。
パーティーメンバー最後の一人、回復術士のシャルアに望みがあると信じたのだ。
だが。
「あ、すみませんが出来ません。私は他人への回復魔法を習得していないので」
「え?」
「ここまで教える機会がありませんでしたが、専門は自己強化魔法なので」
「――――」
予想外の返答にオリカは思考停止した。
隣で聞いていたメアリは信じられない、といった様子でシャルアを見る。
「はぁ? 何の為に貴方を戦わせず温存したのよ、せめて回復薬くらい出してッ」
生命の危機である状況ゆえに、激高したメアリが詰め寄る。
しかしシャルアは、とくに気にした様子も無く笑顔で応えた。
「回復薬とか無いです。私、医者や薬に頼らず生きてきたので」
「は? 待って。じゃ、じゃあ貴方、何が出来るの?」
「料理とか得意ですけど」
「……え?」
「アリ型モンスターを使った料理は初めてですが、挑戦くらいは出来ます」
今ではなく、勝った未来を思い描いてチャレンジ精神を燃やすシャルア。
ソレを見てメリアは現実を見据えたて呟く。
「あ、もうダメかも」
メリアは人生を諦めて座り込んだ。
背中越しに仲間の戦意喪失を感じ取ったガラゴスは、大声で叫ぶ。
「配達、配達はまだかぁあぁ。早く荷物を届けてくれぇぇ」
「これは、不味いな」
現実逃避する仲間達を前に、オリカは剣を握る己の手をじっと見る。
魔力切れの魔法使い、精神が混乱している盾役、役に立たない修道女。
まともに戦えるのは自分のみ。そこから導き出せる答えは。
「……よし殺そう。せめて苦しまないよう、みんなを殺そう」
ボキ、とオリカの武器は折れていた。剣では無い、心の方である。
そんな敵の隙をモンスター達は見逃さず、距離を詰めて一斉に押し寄せた。
だがその瞬間、魔力を伴った一陣の風が周囲に吹き荒れる。
「ウインド・カッター」
四人とは別の、少年の声。ソレは紛れもなく、魔法発動の合図だった。
ザクザクザク、と。
風が刃物となり、魔物の身体が細切れになる。
「なっ」
すでにガラゴスへ剣先を向けていたオリカは、命の恩人を見て驚く。
助けてくれたのは小さな木箱を抱え、青色で統一された作業服を着た少年。
髪は白銀、瞳は緑色。年齢は十五くらいだろうか。その彼が、再び口を開く。
「……アース・ウォール」
言葉が放たれた後、オルカ達とモンスターの境界線上にある地面が隆起した。
それはガラゴスの盾よりも大きな土壁となって、オルカ達の前を塞ぐ。
瞬く間に完成した、モンスター達の侵入を防ぎオルカ達を守る砦である。
「た、助かった?」
座り込んだままのメアリが、ほんの少し希望を抱いて土壁を見上げる。
正気に戻ったオリカも、ピンチを救った少年を思い出し呟いた。
「まさか、防御力皆無の作業服で此処まで来たのか? 彼は一体、何者なんだ?」
などと外野が感想を述べている最中も、少年は静かに戦っていた。
壁の出現により、アリ達は標的を変えて身体を反転させて来たのだ。
だが無数の敵意が食い殺そうと睨み付けても、少年は怯えず一言。
「ファイア・ウェイブ」
少年が唱えると今度は布で包むように、炎の波がモンスター達を覆った。
大きいとは言え、この熱波による攻撃は身長の低いモンスターに効果抜群だ。
まさに駆除、という言葉が相応しい光景だった。蟻は足をジタバタさせ燃焼していく。
「ウォーター・スプレッド」
少年の言葉に応え、大気の水分と蒸発した魔物の体液が結合して魔法の滝を作る。
ソレはバケツに入った水をぶっかけるような勢いで死骸たちを洗浄する。
こんがり焼けた死骸と悪臭が、文字通り水に流された。
「……す、凄い。四大元素の適性者だ。しかも若いのに省略詠唱。天才だわ」
水の勢いで土壁が剥がれボロボロと風化していく最中、メリアは驚嘆の意を込めて呟く。
魔法で長年生計を営む婦人が思わず唸るほど、少年は高位の術者と言う事だ。
彼女と一緒に同じ光景を目にしたオリカは気持ちの高まりが我慢できず、命の恩人に近付いた。
「ありがとう、助かったよ! 僕はオリカ。Dランクの冒険者だ。君の名前は? 出来ればランクも教えてくれると嬉しいんだけど」
まずは御礼、そして自己紹介。何よりオリカは少年の事が知りたくて話しかける。
だが、少年はそうでも無かった。
「荷物、届けに来ました」
「え?」
「冒険者ギルドに場所と時間を指定して、荷物の配達依頼しましたよね?」
そう言って少年は、ずっと持っていた木箱をオリカに差し出した。
だが身に覚えの無い話に、オリカは困惑するしか無い。
オロオロするオリカとボケッとした少年。その間にガラゴスが、ドカッと割って入った。
「おう御苦労、それは儂の依頼だ。中身、見ても良いか?」
「もちろんです」
「うむ、では早速」
ガラゴスは盾と棍棒を置き、少年から荷物を受け取ると木箱の蓋を取った。
……パカッと開けて出てきたのは赤、青、黄など様々な色彩を持つ液体瓶だ。
「ちょ、これポーションじゃない! 魔力回復や体力回復、解毒薬もある!」
「おうよ。ここら辺で必要だと思ってな、ダンジョンへ入る前に注文しておいたのじゃ」
「ちょ、さすがはベテラン、頼もしい!」
箱を覗き込み中身に興奮するメアリに対し、ガラゴスは満更でも無い様子で腕組みをする。
そんな顧客の様子を窺いながら、少年は己の業務を進める為に声を掛けた。
「……どうやら、不備はなかったようですね」
「あぁ、完璧だ。受け取りサインを書くから、ペンよこしてくれ」
「はい。毎度ありがとうございます」
少年は青い作業着の上着ポケットから、筆の無いペンをガラゴスに渡す。
一見すれば壊れた筆記用具だが、実は魔法の品であった。
ガラゴスがペンを握った途端、筆先が出現する。
「うわぁ、ねぇ見てオリカ。あのペン、本人認証機能付きのマジックアイテムだわ。予め登録された相手じゃないと作動しないの。市販品じゃなくて特注ね。絶対、高値がつくやつ」
ポカンとしているオリカを尻目に、メリアは好奇の目で事の推移を楽しみ始める。
ガラゴスは右手でペンを持ち左手で自分の服を探ると、一枚の紙を取り出した。
なにも写されていない白紙。そこに魔法のペンを使ってガラゴスの名前が刻まれる。
「ほれ、これで良いのじゃろ?」
「……えぇ。これで手続き完了です」
「うむ、良い仕事だった。儂らの窮地を救ってくれたしな」
「いえ当然のことをしたまでです」
「ほう?」
「だって死なれたら、荷物受け取って貰えないじゃないですか」
「わっはっは、確かにその通り。礼を兼ねて、また利用させて貰おう」
「えぇ、では俺はこれで失礼します」
紙を受け取った少年はペコリと頭を下げて、さっさとダンジョンの出入り口通路へと向かう。
少年からすれば用事は済んだと言う事なのだろう。だがオリカの事情は違う。
「待ってくれ!」
「なんでしょう、ダンジョン内での配達依頼はお断りしていますが」
「……いや、違う。君の正体が知りたくて。君は一体何者なんだ、どうして此処に来た?」
「――――」
質問には答えず、少年はジロリとオリカを見る。
その視線の意味は値踏みであるとオリカは肌で感じた。
……果たして、少年が推し量った結果は。
「フェニティ、いやフェティです」
「え?」
「俺の名前はフェティ。ここのような地下迷宮内部での困りごとを解決し処理する迷宮依頼総合請負人、ダンジョン・コンシェルジュです。今日の依頼が迷宮での荷物の受け渡しで、指定場所が此処だから俺がいるんですよ、お客様」
「こ、コンシェルジュ?」
「迷宮を利用する冒険者の手助け、まぁ賃貸物件の管理人のような業務だと思って頂ければ」
「だ、ダンジョンの管理人? そんな職業、聞いたことが無いぞ」
「えぇ、当然ですね。開業したばかりですから」
「……開業したばかり? まさか、君一人でやっているのかい?」
「ご明察。新規事情なので仕事の依頼は歓迎ですよ、お客様。ギルドを通して連絡ください。ギルド以外の依頼は受け付けを拒否していますので、ご注意を」
ニッコリとした営業スマイルを浮かべるフェティ。
彼は命を助けた事に恩を売る様子は無く、職種の宣伝に終始する。
こうも事務的に対処されては、オリカとて冷静を取り繕う必要があった。
「あ、あぁ。用事が出来たら是非、お願いするよ。出来るなら命を助けて貰った御礼もしたいんだ、良ければ連絡先なんか教えてくれると嬉しいんだけど」
「いえ。お気になさらず。では、今後ともご贔屓に」
そう言うとフェティは今度こそオリカ達の進路とは真逆の、ダンジョン入り口に向かう。
無人の荒野の如く静まりかえったダンジョンも、魔物蠢く空間へと戻りつつあった。
ゆえに、一部始終をジッと観察していた少女の小さな呟き声は誰も聞いていない。
「ダンジョンの管理人さんですか。なるほど、都会にはそんな役割もあるのですね」
コクコクと頷き独り言を零す少女は、自分を助けてくれた少年を凝視する。
それは感謝でも興味本位でも無い、記憶に留めておく為の作業といえた。
……次に出会うとき、決して見間違わないように。