一話 私という人間
初めての作品だし、まだ学生なので語彙力とか言葉遣いが幼い部分もあると思いますが、何卒よろしくお願いします。
体がブルッ、と震える。生きている。
頭から冷水のシャワーを浴びる。体がブルッと震える。モサッとした私の髪の毛が垂れて、視界の三分の一程を埋める。次に、シャンプーを三プッシュ、いや、足りない。五プッシュ手に取り出す。片手では垂れ落ちてしまう量のシャンプーをすぐに冷えた髪の毛の上で泡立たせる。体が冷えている。髪の毛を洗っている間、くしゃみを一つ。程よく頭を揉んだら、シャワーで私の髪の毛で汚れた、大量の泡を洗い落とす。
湯船に浸かる。湯の温度は40℃。冷え切った体が今度は熱くなる。体の芯が燃えるように熱くなった後、最後に頭から湯船に潜り、お風呂から出た。
タオルで乱暴に体を拭く。洗面所の縦に長い鏡を見ると、汚れ一つない綺麗な鏡の奥に体の所々が濡れた、裸の青年がいた。わずかに腕に筋肉があり、それはごく最近発達したようにも感じる。それが人間というものだ。何もせずとも体が勝手に変わっていく。今までのぷにぷにした身体から、少しガッチリした身体へ変わっていく。もともとの自分ではなくなっていく。鏡の奥で私と目があっている彼は誰だろう?
パンツを履き、シャツを着たあと、今度は頭をタオルで豪快に拭く。ある程度水気を落としたら、服を着る。特に目立った模様のない、安い素材のTシャツと、ジーパンを履く。ドライヤーもせずに洗面所の扉を開けた。
キッチンに行くと母が掃除をしていた。昔から掃除が好きで、わざわざ雑巾で椅子の下や、ソファの下に手を伸ばしている。私は母を見おろすようにして見た。しかし、すぐに目線をそらしソファの奥にある、冷蔵庫を開けて体に悪そうな甘さをしている炭酸飲料を取り出した。お気に入りのキャラクターが印刷されているプラスチック製の小さめなコップに炭酸飲料を注ぎ入れる。勢いよく飲むと、それは強炭酸で、喉の奥が詰まったような感覚になり、一瞬呼吸ができなくなってしまった。
「なんでパジャマじゃないの?」
背中の方から母の声がした。振り向くと、しゃがんで床に雑巾を押し当てたまま母がこちらを見ていた。私が、散歩、と答えると母は何も言わずに掃除に戻った。母は、私を見ていない。
私がこの世に生まれて14年、私はこの家に住んでいる。広くもないが、狭くもない一軒家。外に出たときに遠くに見える、田舎特有の田んぼが並んでいる光景も、もう見慣れた。
ジーパンに手を入れ、歩き出す。玄関からまっすぐ歩くと、すぐに細い道路に出る。真正面には田んぼ、左右に道路が続いている。私は左に曲がり、清美塾を目指す。ここから徒歩15分ほど歩いたところにある、少し古びた清美塾は私が2年間通っていた塾だ。だが、去年の夏、母に反抗した。母が自分に対して怒鳴っている姿は初めて見た。想像よりも怖く、圧があったが、私は引かなかった。涙を、目から、鼻から垂らしながらも必死に反抗した。結果、どうにか辞めさせてもらった。今年は受験生。どんどんと受験に近づいている。時は止まらないし、止まってもくれない。ただ残酷な時間だけが進んでいく。
しばらく歩き続け、清美塾が遠くに見えてきた。清美塾の左側に2つ並んでいる自動販売機の横、少しボロいベンチに腰掛けた。受験生として勉強をしなければいけない。しかし、私には分からなかった。何のために勉強をするのか、別に勉強をしなくても死ぬわけではないのだからやりたくなきゃやらなければいいのではないか。なぜ大人は必死になって私たちに勉強に打ち込め、というのだろうか。
汗が額から流れてきた。それだけではない。脇からも出ている。私は、私の体は、すぐに汚れる。しかも他の人よりも毛深い私の体は汗によって体毛が皮膚にベッタリとつき、不快感を倍増している。醜く、頭の悪い私も真面目に勉強に打ち込まなければ。しっかりしないと、生きている価値を見いだせなくなるから。
立ち上がり、清美塾を通り越す。私はじっとりと汗をかき、呼吸をしている。それだけで、私は十分だった。体がベタつき、服が濡れる。ため息をつく。17時過ぎ。早足で足元の硬いアスファルトを踏み進んだ。
丘を登り、いつも通っている中学校へ登校する。いつもと変わらない玄関、廊下、そして教室。僕が教室の扉を開けると、固まって話していた数人がこちらを見たがすぐに視線を戻し話を続けていた。
自分の席にカバンを下ろす。すると右斜め前の席に座っている湊が意気揚々と話しかけてきた。
「お前、今日の単元テスト大丈夫か?」
黒板を見る。今日の日程が書いてある。3限目の数学の予定に単元テスト、と書かれている。
「分かんない。テスト勉強はほとんどやってないから」
「はぁ…?お前そんなんで大丈夫なのかよ。成績に反映されるんだぞ」
「それは分かってるけど……」
湊は中学2年生まではあまりテスト勉強というものをしていなかった。授業は割と真面目に受けていたが、自主学習は最低限しかやっていなかったため、いつも期末の終わりにあるテストでは5教科の総合点が300点未満だった。そしてそれは私も同じだった。
しかし、3年生になってからは真面目にテスト勉強を始めたらしい。その証拠に、この前あった第一回目の実力テストでは355点だった。私は230点台にまで落ちてしまった。
湊は変わり、私は変わらない。
「湊ってさ、急にテスト勉強始めたよね。なんで?」
湊はその問いに対して、何を当たり前のことを聞いているんだ、と言いたげな表情で答えた。
「そりゃお前、俺ら今年受験生だぞ。真面目にやらねぇと」
「真面目って何?何でそんなにすぐに変われるの?」
「未来の自分のためだ!」
湊は何の躊躇いもなく、大きな声でそう答えた。一瞬、辺りが僕たちを凝視したが、すぐに目線を戻し、何事もなかったかのように自分たちの会話に戻った。
僕はあの勉強しない生活に慣れてしまったため、すぐに変わろうと思ってもなかなか変われない。だが湊は別だった。自分のために、変われる。それは何かの才能だろうか?それとも悪い霊にでも取り憑かれてしまったのだろうか?
未来の自分、その言葉を聞いたとき、僕は頭の中で考えた。きっと湊は私に、勉強しないと未来の自分が大変になる、ということを言いたいのだろう。しかし、今の自分ですら精一杯なのだ。今も大変なのに、未来で苦労しないことだけを考えるのはおかしい。ならば心の底から楽だ、と感じる瞬間はもう一生ないだろうなと思った。
昼休みのチャイムが鳴り響く。私は図書室へ向かう。教室を出る時、後ろから肩をつかまれた。賢人だった。生徒会長を務めている真面目系の男子だ。
その横に勇心もいた。小柄な私よりも背が高い勇心の首元には真っ黒の黒子がある。センター分けでイケメンの彼は女子からもモテているらしい。
「なぁ、数学のテストどうだった?」
「ボチボチかな……。あんまり自信ないや」
「ふぅん、お前もか。まぁいいや。生徒会の書類手伝ってくんない?」
どうやら賢人と勇心は僕に手伝ってほしいらしい。しかし、私は生徒会の役員ではない。
「ちょっと図書室にいきたくて……、ごめん」
すると賢人が、明るく笑いながら書類を見せてきた。
「だめだよ、生徒会は全員でつくるものだよ」
その横から勇心も声を出す。
「そうだよ。自分だけ楽しないで、一緒にやろ?」
この二人は、よく私に話しかけてくる友達だ。だからこそ、こんなお願いをよくしてくるのだろう。実際、いつも半強制的に意見を聞かれる。私は適当に濁して答える。 自分の本当の意見など言ったことがない。そうしたら後は黙って立ってるだけ。2人で話している。それなのに、私が去ろうとすると、「だめだよ」と言われ、止められる。ただの時間の無駄だ。
「ごめん、今日急いでるから。また今度」
そう言い、早足で教室を出た。その後ろから「よくないわぁ〜」と2人がつぶやくのが聞こえた。
図書室で、純文学の本を読み始めたが、集中できなかった。さっき「よくないわぁ〜」と言われたのはどうしてだろう?彼らは僕以外にも友達がいるし、私よりも頭の良い友達だっている。私だけ、なんで。
結局、昼休みはそのことだけを考えて終わってしまった。私の学校のなかで唯一楽しみな瞬間が、終わった。




