4話 真冬と湊の日常
真冬と湊の間は、一応落ち着いた。というか、真冬と周りが落ち着いてきたのだ。もともと、湊はほとんど気にしていないようだったし。
「湊ちゃんは、バレー部にしたんだ」
「うん。中学でもやってたしね」
こんなふうに普通に会話できるようになった。真冬の態度もそうだし、周りの冷やかしも収まってきた。
「真冬は部活やらないの?」
「通学時間を考えると厳しいかなあ」
「そうだった」
湊のおじいちゃんおばあちゃんの家は、真冬の家の近くにある。幼いころ、遊びに行ったときは父か母の運転で車で行き来していた。電車でいくのは不便なので車で行っていたはずだ。
それを真冬は毎日通学していると思うと、バリバリ活動するようなのは難しいのかもしれない。
「真冬ちゃん、茶道部入らない?週一だし、あんまり遅くまでやらないよ」
そう言ったのは、お弁当仲間の一人で、真冬といっしょに下校することもある吉乃だ。
真冬や湊と違い、少々派手な外見をしている。茶道部を選ぶタイプには見えなかった。
たいていの人が茶道部と聞いて思い浮かべるのは、着物を着て和室でお茶を点てるというあたりだろう。湊もその一人だった。
「真冬、着物似合いそう」
「また、湊ちゃんが真冬ちゃん口説いてる」
こんなふうに湊が真冬を褒めると、周りがはやし立てて、「あはは、ちがうよ」なんてやり取りをするのが日常になってきた。
湊はもとより、真冬も自然に流せるようになった。
「着物着てやるの?」
「文化祭では浴衣着るらしいけど、普段は制服だよ。ガチのお堅いのじゃないし」
「見学ってできる?」
「うん! 毎週水曜日。来週の水曜、空けといてね。湊ちゃん、真冬ちゃん借りるね」
「なんであたしに言うの?」
真冬と湊の関係は、誤解されたままのようだ。いや、わかっていて茶化しているのかもしれない。
授業開始が間近に迫ったため、吉乃は少し離れた席に戻っていった。
そんな経緯で、真冬は吉乃の入っている茶道部を見学することになった。楽しそうなら、そのまま入ってもいいかもしれない。
真冬は儚げに見える外見だが、意外と体力はあるのだ。週に一回、文化部の活動をするくらいならできるだろう。
体育の授業、新入生の体力測定が行われた。そこで真冬の「意外と体力がある」ことが、周囲にも知られる。
「真冬ちゃん、足速い!」
「ハンドボールもかなり飛んだし」
別に隠していたわけではない。みんなが、雰囲気から勝手に想像していただけだ。
「私、山育ちだから体力はそれなりにあるんだ」
「意外、すっごく意外!!」
「家、山奥だって何回か話したじゃない」
「そうだ。湊ちゃんと走り回ってたんだっけ」
その湊は、ほとんどの競技で真冬を上回る好成績を出している。幼少期にわんぱくな男の子のようだったこと、中学生から運動部だったこと。こちらはイメージどおりである。
「真冬、次はシャトルランだよ。負けないからね」
「シャトルランかあ、ちょっと苦手かも」
シャトルランは湊の方が上だった。と言っても真冬も悪くなかったが。
全ての種目が終わってみると、真冬より湊の方がやや上回っていた。二人ともクラスで上位に入る。
「通学のことがなければ、真冬ちゃん勧誘するのに」
運動部所属のクラスメイトが残念がる。
「湊ちゃんもそうでしょ。バレーも上手そう」
「いやー、真冬の手にバシバシボールあたるのはちょっとね」
そう言いながら真冬の手を取る。色白で華奢で綺麗な手だ。
「真冬の手、冷たくて気持ちいい」
台詞のとおり、気持ちよさそうな顔をする湊。驚く真冬。ざわめく周囲。
「「湊ちゃんそういうの!!」」
真冬を含めた女子一同が声を合わせて言う。やっぱり、湊はわかっていない。
湊が真冬を褒めて、真冬が少し照れて、周りがからかうもしくはツッコむ。この流れがお約束になりつつあった。
真冬の手は冷たかった。湊は、幼いころ遊んだときにも同じ台詞を言ったことを思い出した。あれは何のときだったか。夏なのにひんやりしていて、気持ちよかった。
幼いころといえば、少し前からひっかかっていた「真冬の告白」が何だったのかは思い出せていない。真冬に聞いてみようかとも思ったが、なかなか二人きりにはならない。打ち明けられた話なのだから、ほかの子はいない方がいいだろう。
体力テストの翌週、真冬は吉乃と約束したとおりに茶道部へ見学に行った。週に一回くらいなら、と入部もしてきた。お弁当の時間に、いつもの仲間とその話題になる。
「部活って、お茶飲んでお菓子食べるの?」
「間違ってないけど、作法とか色々やるんだって」
先輩部員たちも、入部して初めてお茶をやりました、という人が多いそうで、初心者でも気楽らしい。
お菓子を食べられるのはちょっと羨ましいけれど、ずっと正座しているのはきつそうだな、と湊は思う。体を動かすのが好きで、じっとしているのは苦手だ。
「バレー部は週五だっけ。大変じゃない?」
「中学もそうだったし、慣れてるよ」
湊にとっては、じっとしているより動き回っている方が性に合っている。なので、週五で活動しているバレー部に入ったのだ。
昔は土日も練習していたらしいが、時代の流れで減ったという。
「真冬ちゃんと湊ちゃんって、意外といっしょに帰ったりしないよね」
「そうだね。あたし、自転車通学だし、真冬は電車だし。部活も時間違うしね」
湊は自分で言って初めて気がついた。二人きりにならないのは、こんな単純な理由だった。真冬との話を二人だけでしたい、というだけならスマホを使えばいいのだけど、直接話したい。
授業が終わって帰り道。茶道部に誘ってくれた吉乃とおしゃべりしながら、真冬はお昼休みのことを思い出す。湊の様子がいつもと違った。何かありそうだった。湊は、言いたいことははっきり言うタイプだ。でもデリカシーがないわけではない。少々ズレているところはあるけれど。
「今日の湊ちゃん、いつもと違ったかも」
「わたしの方が、湊ちゃんより真冬ちゃんといっしょにいるから?」
ヤキモチかな。あはは、冗談だよと吉乃が続ける。
この発言は、実はそう外れてもいない。現時点の二人は知る由もないけれど。
真冬といっしょにいる時間は湊より吉乃のほうが長い、ということも事実である。吉乃は、湊とは別の意味で真冬とは対照的である。それでも、なぜか気が合うのだ。
真冬は、自分と違うタイプの方が仲良くなれるのかもしれない。
真冬と吉乃の下校中、湊は部活の時間だ。体を動かして、休憩して、部員同士でおしゃべりもして。いつもどおりだ。部活が終わって、校舎脇の自転車置き場へ行く。他の部員と別れて、自宅へ向けて自転車に乗ってから、思い出した。
(真冬に何打ち明けられたんだっけ)
体を動かすのが好きで、じっとしているのが苦手。体だけでなく、考え事でもじっとしているのは性に合わない湊。
(なんかスッキリしないなあ。機会がなければ作ればいいんだ)
真冬と二人で会えばいい。土日は部活もないし、真冬も土日全部空いていない、ということはないだろう。T駅付近をぶらぶらしようか。ちょっとオシャレな喫茶店とか行くのもいいかもしれない。一人じゃ入りにくくても、真冬となら入れそう。
そんなわけで翌日、湊は真冬を休日のお出かけに誘った。
「真冬、デートしよ!」
「デート?」
「高校になってから、全然遊んでないし。どっか遊びに行こう」
「いいけど、デートって」
女の子同士で遊ぶことを、ふざけてデートと言うことはあるだろう。でも、真冬にとって湊は初恋の相手なのだ。気持ちの整理がついてきたとはいえ、デートなんて言われると少し照れくさい。
「高校生らしく、オシャレな喫茶店とか行ってみよう」
などと、湊は言っている。そんなわけで、次の日曜日に二人は、遊びに行くことになった。
ちなみに、湊が真冬を『デート』に誘ったのは教室である。クラスメイトの反応はいつものとおり、定番のやり取りをしながら真冬は思った。
(この間の湊ちゃんがいつもと違ってたこと、聞いてみようかな。直接、話したいな)
湊と同じようなことを考えたのだった。異なるタイプであるが、似ている部分もあるらしい。




