1.脳内選択肢が弟との決闘を望んでいる
───気付けば五年の月日が経過していた。
俺も今年で十七歳⋯⋯成人まで後一年だ。
辺境伯とはいえ貴族の三男。領地の防衛、及び警備が最優先の仕事とはいえ、成人して貴族の一員となれば俺も王都に呼ばれる事が増えるだろう。
そう考えると少しだけ憂鬱になるな。
これまでは極小数の陰口だから、微塵も気にしなかった。けど、王都に出れば嫌でも兄上やフリードと比較される。貴族というのは風体を気にするから面倒だ。
「9941、9942、9943、9944」
そんな俺の思考とは裏腹に身体はいつものように勝手に動き、その度に数字を口にする。
これは、朝起きて直ぐに俺の脳内に浮かんだ二つの選択肢から選んだ結果によるものだ。
流石に五年も経てばあの日を境に見えるようになった選択肢がどういうものか理解した。
まず一つ目。選択肢が現れるタイミングは完全にランダム。
勉強中に現れる事もあれば、食事中だったり、御手洗の時にに現れる事もあった。俺が望むタイミングが出た事は一度たりともない。
二つ目。選択肢が現れると俺が選ばない限りは時が進まない。
お前は何を言っているんだと言いたい気持ちはよく分かるが、俺の話を聞いて欲しい。
俺がその事に気付いたのは選択肢が現れた翌日だ。その日は天気が良いお昼時だったか。選択肢によってその日も俺は体を酷使され、疲労から地面に倒れていた。
すると鳥が草木に隠れる小動物を狩ろうとしている場面を目撃した。そのタイミングで、ろくに休憩も取れていないにも関わらず選択肢は現れやがった。
すると空から勢いよく降下した体制で鳥が固まるという異常な光景を俺は目にする事になった。突然現れた選択肢に対する怒りもその時は忘れていたな。
俺が選択肢を選べば固まっていた鳥も動く。俺の体も選択肢に従って動く。時が動き出した⋯⋯そんな感じだった。
正直、これに関しては未だにどういう原理か分かっていない。ただ一つ言えるのは、俺の脳内に語りかける声の持ち主は俺の常識を超える存在という事だ。
三つ目。俺の成長と共に現れる選択肢が変化した。
これに関してだが、最初の頃は二つの選択肢のどちらを選んでも同じ結果になるようになっていた。両方ハズレみたいなクソみたいな選択肢だ。
それが、俺の成長と共に内容が変わった。無理やりやらされているとはいえ、鍛錬の成果を選択肢が認めてくれたのかもしれない。
ようやく俺にも選べる権利ができたと喜んだのだが⋯⋯。ちなみに今日の朝、俺の脳内に出てきた選択肢はこれだ。
①【気持ち良い朝だ!さぁ素振りを1万回しよう!】
②【気持ち良いの朝だ!使用人が呼びにくるまで全裸で踊るとしよう!】
ふざけている、としか言いようがない。
選択肢の内容は変わったので、どちらを選んでも同じではないが、どちらを選んでもハズレなのは変わらない。本当にクソみたいな選択肢だ。当然だが、俺は①を選んだ。
四つ目。選択肢を選んだ場合、その行動以外を取る事はできない。
今回の場合で言えば素振りが終わるまで他の行動を取る事が出来ないという事だ。これの何がキツいかを教えてやろう。
身体出来上がっていない時は無茶な鍛錬こそがキツかったが、次第に慣れてくると本当の脅威は生理現象である事に気付いた。簡単に言うと尿意だ。
選択肢によって取る行動は鍛錬の場合、長時間に及ぶことが多い。尿意はある程度コントロール出来るが、その日の体調や外気の温度によって突然込み上げてくることがある。
そんな時でも俺の身体は選択肢を実行しようと勝手に動く。俺は小便したくして仕方ないのに、関係ないとばかりに無視される訳だ。
そのせいで何度も尊厳を失いそうになった事か⋯。
とまぁ、あの日を境に現れるようになった選択肢は俺に苦行ばかりを強いてくる最悪のものという印象でしかない。
強くなりたいと願ったのは本当だ。
だが、俺がそれまで毎日のように行っていた魔法の練習は選択肢によって出来ない身体にされ、あの日から五年の歳月が経つというのに俺は未だに魔法を使えていない。
何が頂きに導くだ!?
何が世界最強に導くだ!?
選択肢によって毎日のように苦行を強いられているが、俺は!
───あの日から何も変わっていない!
「9995、9996、9997、9998、9999、10000」
この選択肢になんの意味がある?
確かに動きは最適化された。素振りに必要な木刀も準備したし、手の保護の為の手袋も付けた。俺も強くなりたいからと準備を行った。
だが、素振りが上達して何になる? 最初の頃に比べれば確かに成長している。一万回達成するまでにかかる時間は飛躍的に短くなった。身体も鍛えられて以前より疲労を感じなくなった。
けど、筋肉をどれだけ鍛えても魔法は使えない!それじゃあ、意味はない。
「俺は⋯⋯」
選択肢の行動から解放され、俺の意思で身体は動くというのに気力が湧かず立ち尽くしていた。
「おやぁ、こんなところに誰かいるんじゃないですか?」
そんな折、背後から声が聞こえた。
「誰だろうか?⋯⋯んー、よく見たら見覚えのある顔だ」
振り返った先にはニヤニヤとこちらを小馬鹿にするような笑みを浮かべる少年が一人。
「こんな所で何をしてるんですか、落ちこぼれのお兄さん!」
「フリード⋯⋯」
そこにいたのは、弟だ。
父上に買って頂いたのだろう。白を基調とした貴族服には宝石が散りばめられており、一目で贅沢の限りを尽くした一品だと分かる。
あの服一着だけで、俺が持つ資産を超えるだろうな⋯⋯。あまりの扱いの違いに、不満すら出てこない。
「ねー、こんなところで何してるんですか?」
「お前には、関係ないだろう」
「確かに関係ないないですね。僕はただ、公爵家の人間が来ているのに顔を出さないお兄さんが気になって探しに来ただけなので」
「っ───!」
フリードの今の発言は俺のことを心配して言ったものではない。公爵家の人間が来ると知らされていない俺に対して優越感に浸る為の言葉だ。
「あー、そっか。お兄さんは知らされてなかったですね」
「⋯⋯⋯⋯」
「当然と言えば当然かな。お兄さんはマクスウェル家始まって以来の落ちこぼれ。一族の面汚しを公爵家の方々に会わせる方が不敬だ!」
ハッハッハッと俺の事をバカにするように笑うフリードに、俺は何も言い返せなかった。
事実だからだ。
そして、バカな俺でも立場は弁える。
確かに俺はフリードの兄ではあるが、家族から向けられる期待は天と地ほどの差がある。
俺はフリードが言うようにマクスウェル始まって以来の魔法の使えない落ちこぼれ。
対してフリードは兄上でも扱うのが難しい魔法を五歳にして使いこなした天才。
───ご先祖さまの再来。
フリードはそう呼ばれている。
俺の家族だけじゃない。王家の御方からも覚えがいいと聞く。公爵家の人間が我が家を訪ねてきたのも、フリードとの人脈を築くため。
マクスウェル家にとって大切なのはフリードだ。お前ごときが、弟として扱うなと父上から口が酸っぱくなるほど言われた。
俺にはフリードに言い返す資格はない。グッと堪えて耐えるしかない。
「んん?落ちこぼれの分際で、僕の事を睨んでいいと思ってるの?」
「睨んでなんか⋯⋯」
「僕の言う事が間違ってると言いたいのかい?」
「っ───」
言いがかりだ。
俺も自分の立場は分かっている。だから、睨んだつもりはない。目が合っただけ。それだけなんだ。
「落ちこぼれの癖に生意気だな。自分の立場が分からないなら、僕が躾をしてあげるよ」
ほらっと、右足を出して靴を指さす。
「舐めろよ、落ちこぼれ。地面に這いずって、弟の靴を舐めて許しを乞いなよ」
「っ───!」
言葉くらいなら我慢できた。家族だけじゃない、使用人にも散々言われてきた。だから耐える事ができた。
でも、この行為はどうだ?
フリードの言う通り、地面に這いずって靴を舐めればこの場は治まる。だが、それをしたら俺は貴族として終わる。
家族でありながら下人と何も変わらない扱いをこれから受ける事になる。
「早くしなよ、落ちこぼれ」
頭の中ではするな、やめろと制止がかかる。
けど、俺にはもう選択肢はない。
心を殺してフリードの元へ近付こうとして、自分の足が動かない事に気付いた。
これは?
視線の先にいるフリードも動きが止まっている。
まさか?
脳裏に可能性が過ぎった瞬間。
『さぁ、選ぶがよい!』
この五年間、幾度と聞いた声が頭の中に響き見慣れた文字が頭の中に浮かぶ。
①【弟に決闘を申し込む】
②【弟には敵わない。靴を舐めて永遠の忠誠を誓おう!】
「⋯⋯⋯⋯」
頭の中に浮かぶ二つの選択肢。どちらを選んでもハズレだ。①を選べばご先祖さまの再来と言われるフリードと決闘する事になる。勝てる訳がない。
なら、素直に②を選ぶか?
「⋯⋯⋯⋯」
どちらもハズレだ。
それなら。
同じハズレなら!俺は!
自分が納得して!後悔しない方を選ぶ!!!
『承知した』
俺の身体は選択肢に従って勝手に動く、
「ほら、早く這いつくばりなよ」
ニヤニヤとこの先を期待して笑うフリード。その腹の立つ顔目掛けて、身に付けていた手袋を外して投げつける。
「っ───」
顔に当たった手袋がフリードの足元に落ち、手袋を一瞥したフリードが額に青筋を浮かべて俺の事を睨みつける。
「どういうつもりだ、落ちこぼれ!!」
「そのままの意味だ、フリード」
相手の足元に手袋を投げつける行為が何を意味するか、貴族であるフリードが分からない筈がない。
「俺と決闘しろ」




