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家譜 ~中書省員外郎 李成安の生涯  作者: 早瀬 構
第三部

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第27話

1.


 一二二八年六月末。夏営地への移動が始まると、草原の道は、軍の進発とも市の立つ日とも違う、家ごとの都合がまとめて土の上へ滲み出るような騒ぎになった。


 馬が進めばそれで済むものではない。どの荷を先に出し、どれを後へ残し、何を途中で使うものとして手近へ置き、何を着いてから開けばよいものとして奥へ詰めるか。その順ひとつで、着いた先の息の整い方が変わる。


 若様は春のあいだから、その順ばかり見ておられた。


 倉へ入る。出る。数を照らす。塩や乾酪のように途中で欠けるとすぐ困るものは別に寄せ、幕舎ごとに持たせるべき雑具は、一度開けばすぐ手に取れるよう、荷札の向きまで変える。


 褒められるような働きではない。誰も気づかぬまま済むなら、それでよい類の手当である。


 だが、こういうものは欠ければすぐ分かる。余計に探す。余計に揉める。最後には「草原の移動とはそういうものだ」で済まされる。


 今回は、それが少なかった。


 倉は妙なところで空にならず、使うべきものと後でよいものの線も、前よりましであった。替え馬の取り合いも、思ったほど表へ出ぬ。荷車の幌をめくってから「あれがない」と騒ぐ声も少ない。


 だから誰も、若様を褒めなかった。


 ただ皆が、「何となく滞りなく進んだ」と受け取ったのである。


 若様もまた、別に晴れた顔はしておられなかった。この方は自分の手柄を数えぬ。むしろ逆である。例年なら見苦しい欠乏が一つ二つ出ていたところを、どうにか避けた、としか思わぬ。


 私は火のそばで湯を温めながら、若様の横顔を見た。草原へ出てからというもの、この方は頭を打たれてばかりである。


 家の大きさ、子らの深さ、奥向きの笑いの重さ。どれも、紙の上の理だけでは割り切れぬものばかり見せつけられてきた。


 その若様が、珍しく、物の流れだけは自分の手でましにできた。


 だが、だからといって、この方の胸が軽くなるわけでもない。手元の荷札を揃え、火の具合を見、革袋がどこへ置かれたかを確かめる。その目つきは、もう次に崩れるところを探している顔であった。


2.


 幕舎が動けば、家々の距離も変わる。


 燕京では門と塀が人を分ける。だが草原では、近づく時は近づき、離れる時は離れる。そのぶん、誰がどこへ寄るかが、いっそう露骨に見える。


 オゴデイ家の幕が寄る。トルイ家の幕が寄る。そこへ周りの諸家や貴人どもが、まるで水の筋でも変わったように、ぬるぬると姿を見せ始めた。


 私はまず、人の歩き方を見た。


 まっすぐ一つの幕へ向かう者がいる。表だけ顔を出し、少し笑って、すぐ別の幕へ流れる者がいる。名だけ通しておけば足りる相手には妙に早く現れ、重い話のありそうなところへは、わざと半刻遅れて来る者もいる。


 若様は、帳面を見る時と同じ顔で、それを見ておられた。


「人の寄り方が、偏っておりますな」


 私が低く言うと、若様は幕の綴じ紐を見たまま、


「家産と同じだ」


 とだけ答えられた。


「どこへ余り、どこが痩せるか。

  形が違うだけで、似たようなものだ」


 可愛げのない見方である。だが、そのとおりでもあった。


 誰がどの家へ深く寄り、誰がどこにも属しきらず、顔つなぎだけは妙に早いか。そういう寄り方には、銭や糧秣と同じように癖がある。草原の政治というのは、物より先に、人がどこへ体重を掛けるかで見えるものらしい。


 若様は、表ではトルイ家の軽輩にすぎぬ。だが実際には、あの家の内と外の運びへ目を配る用人のような位置にある。ゆえに誰がこちらへ寄るかは、そのままトルイ家への寄り方にも見える。


 そこが、厄介であった。


3.


 その日、若様はドレゲネ様の幕へ伺候した。


 表の挨拶だけで済む話ではない。夏営地へ移ってからの顔合わせであり、オゴデイ家の内を預かる方の機嫌ひとつで、今後の出入りの軽重も変わる。


 若様は別に気負った顔を見せなかったが、私は内心、針の先ほどには用心していた。


 幕の内には、笑いがあった。


 高くもなく、低くもなく、誰か一人を威圧するための笑いではない。そういう場ほど、かえって私は苦手である。露骨な敵意なら身をかわせる。穏やかなところへ混じる刃の方が、よほど厄介だ。


 そこに、一人の男がいた。


 皇族筋にしては妙に腰が低い。年かさではあるが、老けては見えぬ男であった。顔立ちは、よくあるカンの血筋の男たちに似ておりながら、威張る方へは少しも立たず、むしろ人に半歩譲って見せる身のこなしであった。


 也速哥様と呼ばれていた。


 若様へ向けて、男は穏やかに言った。


「お噂はかねがね」


 それから、ほんの少し笑って、


「若いのによく見ておられる」


 と続けた。


 言葉だけ取れば、ぬるい褒め言葉である。若様も礼を崩さず、短く返された。


 だが私は、その声を聞いた時、腹の底が少し冷えた。


 持ち上げたのではない。重さを量ったのだ、と、そう感じたのである。


 也速哥様は、その後も別に特別なことは言わなかった。トルイ家のお仕事は大変でしょう、西の方でも話の早い人はおります、いずれ困ることがあれば名くらいは通りますよ――その程度である。


 その程度なのに、場の流れのなかで、若様の顔が一つ二つ、向こう側へ知られてしまった。


 誰がどこの筋に近く、どういう場で話が早いか。私はその場で全部は追いきれなかった。だが気づけば、若様は西の諸家にも縁のある顔役らしい者へ、無理のない形で会釈を返していた。


 也速哥様が「私が繋いだ」と言ったわけではない。


 むしろ逆である。何もしていないような顔で、その場の会話を少し整えただけであった。


「こうして家々のあいだが近くなるのは、

  亡き父上、カンも

  お喜びになるでしょう」


 その一言だけが、妙に耳へ残った。


4.


 幕を辞したあと、若様はしばらく何も言われなかった。


 草原の夕方には、昼の乾きとは別の冷えがある。私どもは自分たちの幕へ戻り、火を起こし、湯を置いた。若様は座る前に、外へ置いた荷の縄をひと目見、それからようやく火のそばへ膝を折られた。


「助かりましたな」


 私がそう言うと、若様はすぐには答えなかった。やがて、低く言われた。


「助かった」


 そこで終わらず、少し間を置いて、


「……気分が悪い」


 と続けられた。


 私は黙っていた。こういう時、この方は自分で言い足す。


「私がトルイ家の用で動くのは構わぬ。

  見聞を広げるのも仕事だ」


 火が小さく鳴った。


「だが、誰の手で通ったかが

  曖昧なまま残るのは困る」


 私は思わず苦笑した。


「曖昧でも、向こうは覚えますぞ」


「だからだ」


 若様は即座に言われた。


「礼の置き場が定まらぬ。

  借りだけが薄く残る」


 まことに、この方らしい怒り方である。普通の若者なら、顔が利く、助かった、ありがたい、で済む話だろう。だが若様は、借りが薄く残るのを嫌う。帳面へ載らぬ負債ほど、あとで家を軋ませると知っているからである。


 私は湯を注ぎながら言った。


「あの方は、ご自分が繋いだ顔を

  なさいませんでしたな」


「それが悪い」


 若様は杯を受け取り、火の向こうを見た。


「手柄を取るなら、まだ分かる。

  何もしていない顔で、

  道だけ開いている」


 私は内心、まったく同感であった。薄く胸を張る者の方が、むしろ扱いやすい。働きがどこに属するか、自分で口にするからだ。


 だが、あの男は違った。片づける顔で、借りの形だけを残す。しかも善意の衣を着せ、亡きカンの名まで使って、誰にも後ろ暗くないように見せる。


 若様は杯を置き、低く言われた。


「物を動かすより、

  人がどこへ寄るかの方が湿っている」


 私はうなずいた。


 夏営地への移動そのものは、うまくいったのである。倉は空にならず、荷も大きくは揉めず、見苦しい欠乏もどうにか避けた。


 だが草原へ出れば、それで済むわけではない。備蓄を整えても、人の寄り方までは揃わぬ。むしろ、物の流れがましになったぶんだけ、人の流れのいやらしさが目につく。


 火の明かりが、若様の横顔を半分だけ照らしていた。あの方はもう、次の荷札ではなく、次の寄り方のことを考えておられた。


 草原では、人の寄る順こそ、あとでいちばん大きく家を痩せさせるのかもしれなかった。

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