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アイゴールの魂が人形に完全定着し、瞳が命が消える直前の死んだ魚のような虚ろな目になった頃。
アイゴールは呆れ果てたようにヴィクターに声をかけた。
「早死されたいのですか?」
「人間そんなに簡単に死なん。
……早く私が死ねば、お前も輪廻転生の輪に入れるのだからいいだろう」
「世話を契約に入れておきながら、一体どういうおつもりですか」
本当にわけが分からなかった。
言うことの聞かないヴィクターの世話と、人間界の勉強。そして居心地のいい屋敷作りを楽しむ日々を送った。
そしてある日。ヴィクターが見つけてきた、二人目の使い魔、メイド服の人形にメアリーに同じ契約をした時、アイゴールはなんとなく気付いた。
彼女は兎の魂で、布に包まれた抜け殻の体はヴィクターの手のひらに収まってしまうほど小さかった。
「メアリー、君はアルビノのようだった。紫外線で皮膚は荒れ、視力もかなり弱かったはずだ」
「確かにぼんやりとしか見えなかったです。体も弱くて、あっという間に死にかけていたようですわ」
「生き延びられたとしても、あの白い体は大敵にもとても良く見えただろう」
ぴょこんとした真っ白なうさぎ耳が、あっという間に現れたメアリー。魂の定着をすんなり受け入れた彼女は、始めからメアリーだった。
「自分の人生(?)に辛辣すぎませんか」
「……心だけはその分強かったのか、もどかしかったですわ」
「メアリー。私の“身の回りの世話”をよろしく頼む」
自然という厳しい世界で野生動物として生きるには、劣っていたり、周りと違う生き方をする、はみ出しものが淘汰されるのは仕方の無いことだった。
ヴィクターはそんな念を抱えた魂を、拾い上げたのだと。
理解した時、獣として哀れみの対象にされたと憤慨しそうにもなったが、アイゴールはヴィクターの人となりを既に知っていた。
人付き合いは皆無に等しく、周囲から恐れられ避けられる。そして生まれつき顔にあった痣をジロジロ見られるのを嫌がって、屋敷の研究室の中に引きこもっている。
寝食すら曖昧で自分を大事にしないヴィクターは、まるで早く死にたがっているようにすら思えた。
なにより、人間を毛嫌いするくせに、二人の用意された体は人型の人形だった。
ーーヴィクター自身が人間界から浮いた存在で、孤独を抱えているとアイゴールは知っていた。
アイゴールとメアリーの契約はヴィクターが死ぬまで。
“身の回りの世話”といいながら、それは“自分と残りの人生を共に過ごせ”という契約だった。
アイゴールもメアリーも、動物だった頃の未練からか、もう一度やり直しがしたくて“魂の契約”を受け入れていた。
ヴィクターは言葉にはしないが、他者を強く求めているようにアイゴールは感じていた。
この人は、孤独を常に感じている。とても寂しがり屋で、そして拗らせていて面倒くさい人だと。
……アイゴールは、そんな自分の主人が面白くて仕方がなかった。
たまにからかって、笑いものにしたくなるくらいには、気に入っていた。
「そろそろ、奥方を探されてはいかがです?一代限りとはいえ、伯爵が伴侶なしでは箔が付かないでしょう」
「……私に夫が務まるとでも思ってるのか?」
「いいえ、無謀かと」
「お前は…!少しくらいフォローをしたらどうだ」
「……その前に、警備のものが欲しいですね。力の強いものがいるとより良いかと」
孤独に飢えた不器用なヴィクターが、心の底から欲しているのは、自分たちのような使い魔だけでは埋められないことを理解していた。
……隣に寄り添える伴侶が、この人には必要だろう。
ヴィクターが少ししてから見つけてきたのが、同様に瀕死の所を拾われたアガサと、帰り道に出会ったおまけのジャスティンだった。
4体の使い魔という使用人を手に入れたヴィクター。
主人を面白がって馬鹿にするアイゴールはまだしも、ジャスティンの騒々しさにヴィクターは辟易し、もう使い魔は増やさないと豪語していた。
アイゴールは、まさかその後に声のかかった、元婚約者候補の女性が、最悪でトラウマになり。
現実の女性を諦め、死者の魂から探すなんて言い出すとは夢にも思っていなかったのだった。
***
「ベルフェリア様、私たちの魂は哀れみで選ばれたわけでも、たまたま居合わせたわけでもありません。ヴィクター様がヘンリー様に影響された“直感”で選ばれています」
「自分を受け入れてくれそうな魂を……?」
「ヘンリー様がたまにいいますけど。“ビビッと”来るそうですわ」
……ヴィー様もわたしと同じで、“家族”のような自分との繋がりをみんなに求めたのだろうか。
ベルフェリアは、胸の奥でなにかムズムズするものを感じていた。
彼女が呼ばれた時、“理想の花嫁”としてこの世で目を覚ました。
ベルフェリアはずっと“理想の花嫁”はこの体の方だとばかり思っていた。
……もしかしたら間違っていたのかもしれない。
ーーそれでもまだ、気付かないふりをしていたかった。
「……ところで全然帰ってきませんね。流石にもう出ていると思うし、見てきましょうか」
「倒れていたらいけませんので、私たちも行きましょう」
浴場へ続く廊下を渡ると、途中からコンコンとピンポン玉の跳ねる音が聞こえていた。
ヴィクターとヘンリーは卓球で遊んでいた。
次第にやけに興奮した、ヘンリーの大きな声が響き渡った。
「おぉい!ヴィクター!お前、回転かけるのをやめろ!受けても変なとこ跳ぶ!初心者に敬意を示せ!」
「私は手加減なんてしない。だが風魔法は使うなよ」
「くっそ!なんで一回テーブルに当てる必要があるんだ!!洒落臭い!」
「それがルールだ」
すっかり、アイゴールとの特訓の成果で上手くなっていたヴィクターが初心者のヘンリーをボコボコに負かしていい気になっていた。
卓球が大好きなアイゴールがいそいそと近づいて行く。
「ヘンリー様、今度は私めがお相手致しましょうか」
「お、なんだ、みんなも来たのか!やろうやろう」
ヴィクターよりも容赦なく、そして卓球が強いアイゴールにヘンリーが勝負を受ける。
コテンパンにやられていくだろうな、と予想しながら苦笑を浮かべるベルフェリア。
壁際の観戦スペースに置かれたソファに腰を下ろす。
そんな彼女の隣に座ったヴィクターだったが、ススッとベルフェリアが少しだけ距離を取った。
それにすぐさま気づいたヴィクターは眉間に皺を寄せる。
「……何故今、私から離れたんだ?」
「え!?……なんででしょう、上手く説明ができなくて」
何でもない、と誤魔化そうとしたベルフェリアの口から本音が零れていく。
「どれだけ君を観察してきたと思っている。……私を避ける気か?」
「なんか今、とてもヴィー様の顔を見るのが恥ずかしいんです…!!」
ぐっとベルフェリアの腰を掴んで、問答無用で引き寄せるヴィクター。
彼女の顔を覗き込むと、ボンッと顔を赤らめて顔を背ける姿にヴィクターは首を傾げた。
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