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なんだかんだ文句を言ってしまった温泉が気持ち良かったベルフェリア。お風呂上がりにアガサが作ってくれたフルーツ牛乳を飲みながら、ヴィクターにきちんとお礼を言った。
「ヴィー様!温泉、とても気に入りました。
……ありがとうございます」
ヴィクターは、湯上りで上気したベルフェリアの照れながらも嬉しそうな顔にときめいていた。
「……うむ。ならば、よかった」
「毎日でも入ります!」
なんとか返事をして、うっかり抱きつかないように自分も浴室へと向かった。
……今抱きついたりしたら、またベルフェリアに体目当てかと誤解されてしまう。
ヴィクターは、頭によぎる煩悩を消し去るべく、熱い温泉に浸かった。
しっかり温まった日の夜はぐっすり眠れて、しばらくの間、温泉に入ることが二人のブームになったのだった。
***
ヴィクターは、やっと手に入れた嫁が家にいるだけでたまらなく嬉しかったが、少しずつでもいいからベルフェリアとの心の距離を近づけたかった。
寝る前に欠かしていない、前世の話で何となく理解したのは、彼女が愛されることへの飢えがあることを感じていた。
両親から愛されず、存在すら曖昧にされたネグレクトの記憶は、ベルフェリアの心を安心させることを難しくさせていた。
…ヴィクターは、彼女が自分からの関心が無くなることへの恐怖を感じていることにも気付き始めていた。
ヴィクターが夕飯を食べるために食卓へ向かうとベルフェリアがアガサと話していた。
「わ、とても美味しそう」
「最近は栄養バランスを考えてメニューを考案しています。…ベルフェリア様は辛いものがお好きのようですね」
「辛党とまではいかないと思うけど、旨辛にハマってます」
部屋に広がるスパイシーな香り。今日は、トマトソースにたっぷりの唐辛子とニンニクを加えたペンネアラビアータがメインだった。
鼻をかすめるスパイシーな香りに食欲をそそられるベルフェリア。
いただきますと両手を合わせた仕草を見つつ、ヴィクターも食事に口を付ける。
「美味しー!」
「好みが見つかるのは喜ばしい。…が、大分辛いな。ベルフェリア、君は十分辛党だ。
……アイゴール、水をくれ」
「これは失礼。辛さの調節をしましょうか」
「そんなに辛かったですか?」
ヴィクターが早々にコップの水を飲み干す。
アラビアータはそもそも辛いが、ベルフェリアの好みはヴィクターよりも辛味に強かった。
ベルフェリアが平気な顔でパクパクと真っ赤なペンネを口に入れていく。
アイゴールが死んだ魚のような目で水を給仕しながら、ふと思い出したように言う。
「私が狼だった頃、辛いものは毒であったりしましたので本能的に避けておりました。
…人間とは面白い嗜好がありますね」
「舌に伝わる痛みや熱が、辛味だからな」
「はて。私が鷹だった時、獲物が唐辛子の実をよく食べていましたが…」
「アガサ。鳥類にはカプサイシン受容体が少ないらしいぞ」
「……私が痛いの好きな変態か小鳥みたいじゃないですか!」
ベルフェリアの言葉に笑う男たち。
とてもホッコリした優しい雰囲気が漂っていた。
アイゴールとアガサも、ベルフェリアに合わせて少しずつ、元の魂の頃の話をするようになっていた。
ベルフェリアは使い魔たちが自分と同じで、前世の常識を持ち合わせていることに親近感が持てて嬉しかった。
……人と動物とじゃ全然違うけど、異世界人となら常識の違いは変わらないのかもしれない。
「今日のデザートは、オレンジのシャーベットです」
ベルフェリアは甘い物も好んで食べた。特に、辛い料理の後に冷たい果実のシャーベットを食べるのが格別だった。
…ヴィクターは、一緒に暮らしていくうちに、少しずつベルフェリアを知っていく過程がたまらなく愛おしかった。
オレンジのシャーベットに、網目の繊細なチョコレートの飾りが付いていてアガサのお菓子作りスキルが上がっていることに驚くベルフェリア。
「なんだか写真撮りたくなっちゃうくらい綺麗ですね」
「料理の写真ですか?」
キョトンとする後ろに控えていたメアリー。
この世界にもカメラはあったが、魔道具のようなものでかなり高価だった。
気軽に使うものと言うよりは、貴族の家族写真や肖像写真を撮るもの。もしくは新聞や雑誌などの商業用で使われていた。
ベルフェリアがお皿の前で両手の指でフレームを作るような仕草をするのを、ヴィクターがじっと観察する。
ベルフェリアは、たまに屋敷の中でも時間を確認する際や、ふとした時に服のポケットなどを探す仕草をしていた。
ヴィクターにはそれが、食事前の仕草のような、体に染み付いた習慣づいた動きに見えていた。
「……ベルフェリア。たまに君は何か探す仕草をしているな。写真と関係があるのか?」
「え、えと。前世に“スマホ”という小さな板のようなもので便利なものがあって…」
鋭い観察眼を持つヴィクターに、嘘がつけないベルフェリアは素直に、ずっと無意識に探していたものを説明する。
……現代人の“スマホ中毒”は、ここにはないとわかっているのに探す癖が抜けなかった。
ベルフェリアが説明できるだけの“スマホ”についての話をヴィクターに伝える。
ついでにインターネットの話をする羽目になり、何とか分かる限りで伝え終わると、ベルフェリアは釘を刺すようにいった。
「スマホは作らなくていいですからね?」
「要望に応えられないのは残念だが、分野外だ」
「そ、そうですか?」
またお風呂に続いて無双行動をされては困ると思ったベルフェリアは、ほっと安堵のため息をつく。
「SNSに、美味しそうなご飯とか、映えるものを写真に撮ったりして共有するんです」
「そもそもこの世界に作ったとして、そのSNSとやらで一体誰とやり取りするつもりだ?」
「んーー確かに。前世でも匿名性に胡座をかいて攻撃的な人も多かったし…」
炎上やらフェイクニュースやら、情報の漏洩などSNSの闇を思い出すベルフェリア。
ヴィクターはそうじゃないと首を振る。
……相変わらず、整った顔でイケメンだなぁ。
ベルフェリアがついヴィクターの顔に見惚れていると、バチッと目が合い、体をビクつかせる。
真っ赤な目に射抜かれた。
「君には私だけいればいいだろう」
「……はぇ」
「ずっと私と一緒にいるんだ。感情の共有なら、いつでもできるだろう」
ヴィクターは、彼女が向けられる愛情にどれだけ不安でも構わなかった。
まだ人生は長いのだから、いつか理解してくれればいいと本気で思っていた。
本人も無意識に目に力が入る。
急に向けられた独占欲に心臓が跳ねるベルフェリア。
カッと顔に熱が集まるのを感じる。
後ろに控えていた使い魔たちは、そんな2人を生暖かい目で見守っている。
ヴィクターの分かりやすいアプローチに、メアリーは小さくガッツポーズをし、死んだ魚の目のアイゴールは笑みを浮かべて、不気味だった。
見るからに照れているベルフェリアは何とか返事しようと口を開く。
「えっと、その…。こんなこともあったなぁとか、後で見返すのも楽しくて」
「なるほど、思い出として残すということか。
……ふむ、私にいい考えがある。しばらく時間をくれ」
ベルフェリアは辛いものを食べた時よりも、顔が熱くなる自分に困惑しつつ、顔をパタパタと手で仰ぐ。
ヴィクターがまた何か突飛な考えをしていないか心配になりながらも、ほんの少しだけ期待していた。
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