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香りひとつで世界は変わる ―追放された令嬢は辺境で『調香の奇跡』を起こす―  作者: 寿明結未(ことぶき・あゆみ)


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第22話 【香葬】によって浄化され、青空を見る――

ブックマーク、評価、感想、誤字脱字報告ありがとうございます。

 儀式が進み、沈香(じんこう)の香りに包まれる中、私の目に浮かぶ涙をそっと袖で拭う。

「忘れられた存在」は、弔われないまま、記憶の底に沈んでしまう。

 マーヤ様やエドワード様もきっと祈ってくださっていただろうけれど、私も、彼らを悼みたい。


 ――誰にも看取られず、心を置き去りにされた魂……まるで、あのときの私みたいだから……。


 もう一度涙を拭い、祈りを捧げていると、そっとエドワード様から声を掛けられた。



「……貴女がこうして祈ったこと、きっと街の誰かが、救われる」

「……そうありたいと思うわ」



 【香葬(こうそう)】の儀式で涙と共に鎮魂の香りが街を包む。

 その時、風が――風の音が嘆きの音から変わっていくのを感じた。

 沈香の香りとともに、街に涙と鎮魂が流れる……。

 天に昇れない魂も、これでどうか救われて欲しい。

 民の祈りが届いて欲しい。


 【香葬(こうそう)】は鐘の音がニ回なる頃に終わりを告げ、最後にしめやかに執り行われた事による空気の浄化の中で、皆が手を組み合い、香りに乗せて――祈りを捧げる。

 瞬間、一際大きな鐘の音が鳴り響き、大きな風が教会の中を駆け巡り外へと吹き抜けていくと――。



「見ろ!」

「光だ……光が射してる!」



 窓から見える空には既に雲はなく――。

 お香の力もあってか、青空が徐々に広がり、美しい太陽の光の輪が見えた。

 その様子に、エドワードは静かに微笑み、隣でそっと息を吐く。



「空気が、軽くなったな……ありがとう。よく、ここまで」

「どうやら【香葬(こうそう)】は成功したようですわね」

「ええ……成功ですわ」



 わっと歓声が上がり、空を見に飛び出す人々。

 数百年に渡り、青空を見たことがない方々が、空を見上げて空の青さに涙する。



「忘れられた方々も……これで天に昇ることができたのですね」

「きっと昇ったよ。そうでなければ、こんなに澄んだ空も、まぶしい光も見られないだろう?」

「ええ……そうかもしれません」



 こうしてやっと、私の今回の役目は終わりを告げた――。

 【香葬】は万事うまく行ったわ。

 ギュッと手をエドワード様から握られ、顔を上げると――彼は真剣な表情で私を見て口を開く。



「ただ見守ることしかできないかもしれない。でも……ずっと、そばにいたいと思う」

「エ、エドワード……様?」

「俺の、心からの気持ちだよ」


 

 柔らかく微笑んだエドワード様に、なんと返事を返して良いのか分からない、。

 ただ、気持も言葉にも嘘は感じられず、きっとこの方なら私を大事にしてくださるだろうと言うのだけは感じ取ることが出来た。




「アメリアも今日は疲れただろう。良かったらマーヤ様と一緒にちょっとしたお祝いをしたいんだ。屋敷に泊まってくれるかい?」

「そうしましょう? 考案した貴女がいないと始まらわないわ」

「でも、喪服ですし」

「ドレスならあるわ。無論、アメリア用のね?」

「いつの間に⁉」

「ははは! さぁ、一旦屋敷に行こう」



 ――でもこの時の決断が、私の生死を、そして人生を左右することになるなんて、誰も思ってもいなかった。



 エドワード様とマーヤ様と一緒に馬車に乗り、領の屋敷に到着すると、私とマーヤ様は湯浴みを進められ、体を綺麗に洗われる。

 メイドたちに自分の体を洗われるのは初めてのことだったけれど、綺麗に磨かれた私は確かに、お母様の若い頃にそっくりだったわ。



「……お母様」



 鏡に映る自分に声を掛け、ドレスに身をまとい案内された部屋へと向かう。

 家にいる時も、この地に来てからも、化粧と言う化粧はあまりしたことがない。

 軽くなら日常的にしているけれど、ちゃんとした化粧をしたのは初めてだわ。

 そんな事を思いつつドアが開けられ中に入ると、既にエドワード様が待っていらっしゃった。



「これは……見間違えたな。実に美しいご令嬢だ」

「買いかぶりすぎですわ」

「……〝香りの令嬢〟に相応しい凛とした美しさだ」

「……ありがとうございます」

「ははは、君を娶ることが出来たら……どれだけ幸せだろうな」

「またそのようなことを仰って。領主様なら素晴らしいご令嬢等選び放題でしょうに」

「と入っても、毒霧が晴れた今なら来てはあるかも知れないが、自分からこの毒霧を消す去るほどの勇気のある女性が好みなのでね」

「っ……!」

「アメリア……君に、本当に惚れている。返事は急がない。いい返事を待ってる」



 その言葉に、顔がかっと熱くなる。

 追放された私が、こんな言葉をいただけるなんて――。


 

「ですが、私は……」

「君が、ダグリスト家の当主であることは知っている。そして、目標があってここにいると言う事も」

「……ご存知でしたのね」

「まぁね……君のことも、家のことも調べさせてもらった」

「そうです……か」

「それらを止めるつもりはない。寧ろ、俺の便乗させて貰いたい」



 便乗だなんて……そう言おうとした時、ドアが開きマーヤ様がお越しいなった。



「あらあら、来るのタイミングが悪かったかしら?」

「アメリアに告白したところですね!」

「エ、エドワード様⁉」

「あら、素敵ね。わたくしもエドワードなら応援しますわよ?」

「マーヤ様まで……」

「ふふ、後は貴方がた次第よ。無論、やることやってから出なければ先に進めないと言うのであれば、わたくしもお力添えは喜んでするわ」



 どうやら、わたくしがダグリスト家の現当主であることも、あの家族に自分に出来るだけの何かをしようとしている事は……知られているようね。

 こうなると、隠しても無駄ね。



「お二人の言うとおりです。元家族をなんとかしないと、結婚もおちおち出来ませんの」

「では、憂いを晴らすためにも」

「わたくしたちも動きますわ」

「ありがとうございます」



 席につき美味しいものを食べながらワインを頂いて、本当に今後の話で盛り上がっていたその時だったわ。

 誰かが駆けつけてくる音が聞こえ、ドアが開くとテリーさんが顔面蒼白で入ってきて――。



「大変でございます! タウンハウスに誰かが火を放ったようで……現在鎮火に追われています!」

「なんだって⁉」

「大事な書類は、屋敷にある耐火の金庫に全て保管しています!」

「それなら安心ね。鍵は?」

「常に持ち歩いています」

「すぐに鎮火を! これは恐らく放火だわ……一体、誰が……」

「あっ……!」



 思い出した。

 あの時、私に忠告してくださったのは――宿屋のご主人だった。



「後で、宿のご主人を呼んでちょうだい。恐らく、何かを知っているはず」

「かしこまりました!」

「火付け……。アメリアがタウンハウスに戻っていたら……」

「ゾッとします……」



 この時、初めて私が殺されていてもおかしくなかったのだと知り、ゾッと恐怖を感じたけれど――ふらつく私をエドワード様が抱き支えてくれた。



「――犯人か、依頼主かわからないが……絶対に許さん!」

「叩きのめして差し上げましょう」



 お二人が本気になった瞬間だった――。


 その後、タウンハウスは鎮火され、実況見分の結果、火炎瓶を投げつけての放火だったことが分かった。

 特に玄関付近は燃えていて、私が外に出られないように燃やしたのだろうと言うのもわかり、殺意の高さを感じる。


 そして宿屋のご主人、私に忠告をした方によると――。



「たまたま、部屋の掃除のために廊下を歩いていたんです。すると、隣の部屋から男の話し声が聞こえまして……」

「話し声、ですか?」

「ええ。〝あの女がタウンハウスにいるうちに燃やせ〟〝書類も証拠も全部燃やしてしまえ〟と……そう、はっきり聞こえました」

「……!」



 聞き間違いでないことは、ご主人の表情からも伝わってきた。

 そして――その〝あの女〟とは、紛れもなく私のことだった。


 誰がこんなことを――。


 だが、私にはもう、見当がついていた。

 そして、証拠は次々に揃えられていった。


 火炎瓶の投擲に使われた瓶は、王都でしか流通していない高級酒のボトルだったこと。

 宿泊客名簿に、偽名で宿泊していた男の筆跡が、ダグリスト家の使用人の記録と酷似していたこと。

 そして、過去に一度、私の元に送りつけられた〝命令書〟と同じ便箋が、火災現場から見つかったこと。


 ――決定的だった。



「……依頼主は、元実家。ダグリスト家」

「間違いないな」

「よくここまで、やってくれましたね……」

「奴らに好き勝手させるのは、もう終わりだ。アメリア、これ以上一人で背負わなくていい」

「ええ。……徹底的にやってやりますわ!」



 心の底から湧き上がってきた怒りと、決意。

 そして、それを支えてくれる人たちがいるという、安心感。


 私は、アメリア・ダグリスト。

 この地で、【香葬(こうそう)】を成功させた、〝香りの令嬢〟。


 でも御生憎様。

 私はこうしてい生きているわ。


 アチラはどう出るかしら。

 お手並み拝見と行きましょうか。

 コチラも黙っているだけは、もう終わりよ!

 反撃してやるわ!

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