十二話(最終回)
照光が起こした騒動の後、春夫と頼子は正式に付き合う事になった。
春夫にとっては意外だったが、この事実を知ったクラスメイトや頼子の友達達は、皆が祝福してくれた。
誰もが何時くっ付くのかと、恋愛番組を見るような感じで見守っていたのだ。
二人は、詳しい事は何も話さず、ただ付き合う事になったという事実だけを告げるに留まった。
皆が祝うその中に照光の姿は無い。
あの騒動以降、照光は余り学校に来なくなっていた。
青子との交流は変わらず続き、春夫達は青子から照光の近況を聞く日々が続いている。
けれど、内容に変化は見られない。
偶にしか来なくなった照光だが、クラスのポジション的には変わってはいない。けれども、以前ほど陽キャという雰囲気では無くなっていた。
晴れて付き合いを始めた春夫と頼子だったが、春夫自身の気持ちには何時も影が差していた。
その様子を見て、青子はある決意をした。
騒動から一か月が経ったある日の休日。春夫の家に青子がやって来た。
連絡を受け、春夫は青子を家に招き入れたが、一度は好意を寄せ、告げた相手。
改めて二人きりになると、気まずいものがあった。
想像よりも気まずい空気。けれども青子は引く事はしない。
「ねぇ、気付いてるんでしょ?」
部屋に入ってからの長い沈黙を打ち破るように青子が言う。
真っすぐに春夫を見つめるその瞳に、一言呟く。
「ああ、そうなのか……」
春夫は全てを理解した。
時は照光が二人を襲った翌日に戻る。
頼子は、完全に光を遮断した照光の部屋の中に居た。
学校では変わっていないように振舞っているが、家に帰ると一歩も外へは出ていないようだった。
そんな姿を見て、頼子は言う。
「照光、ボロボロじゃない」
返事は無く、布団を被り、照光は何も言わない。
青子からの話で、心構えはしていたが、目の前の彼の姿に、頼子の心は締め付けられる。
(照光はこのままじゃ駄目だ……)
そう改めて思った頼子は、強引に照光が被っていた布団を剥ぎ取る。
視線を合わせようとするも、照光は頼子から視線を反らした。
それでも視線を合わせようと、頼子は照光の両頬を掴んで視線を合わせた。
「酷い顔。あんた、学校じゃ人気者なのに何やってんのさ」
照光の瞳に力は無く、全てを放棄したようだった。以前の明るさを陰り無く演じ続けていたからだろう。内面と合わない行動が、余計に照光の心を蝕んでいるようだった。
「……学校の人気者なんて意味が無い」
吐き捨てるように言う照光。ようやく話した台詞も、自暴自棄になり、全てがどうでも良くなっているとばかりに弱々しい。
(こんな状態になってまで、照光は私達の為に動いてくれたんだ……)
春夫とは違う照光の優しさ。自分も何か、彼のためにしよう。頼子の心に、そんな感情が芽生える。
「今更、何しに来たんだよ」
今の自分を笑いに来たのかと、卑屈に訊ねる照光。
「私、あんたのおかげで春夫と付き合えたよ。ありがとう」
照光の行動の結果だと、頼子は彼の手を握った。
「それを言うために来たのか?」
好きな相手は元友人に取られた。触れあいたかった相手は、自分の元に来なかった事を触れて感謝してくる。
照光には、止めとしか思えなかった。
諦めに脱力する照光。しかし、頼子は更に彼の手を強く握り、瞳を見つめた。
「違うよ。私は、こんなになっても私の為に動いてくれた照光を助けたいと思って来たんだ」
「助ける?」
今更何をと、顔を背けようとする照光。けれど、それをさせないと、頼子は照光と唇を重ね合わせた。
頼子の行動に驚かされ、言葉が出ない照光。
「本当は春夫にって思ってたんだけど、仕方ないよね……」
頼子はそう言うと、照光と共にベッドへと倒れた。
時は戻り、春夫の部屋。
「私が全てをあげても駄目だった。でも、頼子さんのおかげで、照君は少しずつ前を向いてくれるようになったんだ。私と居る時も優しくしてくれるし……」
思い出し、頬を赤く染める青子。
今は頼子にと心を決めている春夫だったが、青子のその表情の変化に、心臓が痛んだ。
それでも、照光が壊れてしまった責任は自分にもある。そう思うと、頼子だけを責める事は出来なかった。
けれど、一つ分からない事があった。
「どうしてそれを僕に?」
春夫が訊ねると、青子は彼の耳元まで唇を近付け、囁いた。
「照君が辛くならないように、かな」
彼女はどこまでも照光を思い続けていた。春夫は、自分が貫けなかった一途さを見る事が出来ず、視界から彼女を外した。
青子は、ゆっくりと春夫の横に座り、彼の胸に頭を預けた。
一度は告白をした相手の甘いシャンプーの匂いが春夫の鼻に届く。
「手、握って」
青子が春夫の指に自身の手を伸ばす。
春夫の指の間に、青子の滑らかな指が優しく、抵抗無く入り、絡み合う。
「私達、ずっと一緒に居られそうだね」
春夫は、青子の手をキュッと握った。
ゆっくりとベッドに倒れる二人。青子の唇が、春夫の胸から首。唇へと進んで行く。
軽く重なりあった後、春夫は言った。
「うん。そうだね……」
再会を喜ぶように、今度は強く唇が触れあった。
春夫は感じていた。終わったと思った僕らの青春は、まだ続いていくと……。
何時か、四人がまた集まる日が来ると……。