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竹刀の剣士、異世界で無双する ハルミ編 その49

「竹刀の剣士、異世界で無双する」の第2部です。ヨウスケの娘のハルミとその周りの人たちの活躍をお楽しみください。

 この小説は、毎週木曜日に更新する予定です。

49 年始回り その参


「では、今日はモミジ様のイラストの清書に入ります。お昼までには、下色付けまで行けると思います。」

そう言って、クミさんが作業を始めた。あたし達は、クミさんのベッドや部屋の隅に腰掛ける。サキだけは、作業机の隣に椅子を用意してもらって、モミジと一緒にクミさんの作業を見守る。

 クミさんは4つ切りサイズのケント紙を作業机に広げると、鉛筆で薄くあたりを取り出した。横に置いたモミジのスケッチを見ながら、素早く鉛筆を動かす。はみ出た線や余分な線は練り消しゴムで丁寧に消していった。10分もすると、さっきのスケッチと同じ絵が拡大されてケント紙に現れた。

「なるほど、こうやって下絵を作るのか。初めて見たわい。」

じいちゃんが感心している。

「ここにペン入れをします。」

クミさんはそういうと、ペンとインクの準備を始めた。

「久美子さんは、つけペンで絵を描くのですね?」

母さんが尋ねる。

「ええ、今は、色々なタイプのペンが開発されていますが、わたしには昔ながらのつけペンタイプが一番ぴったりくるのです。

 皆さんを描いたときには、力の入れ具合で細い線も太い線も描けるGペンというペン先を使いました。今回のモミジ様の絵は、ふわふわと柔らかく繊細な毛並みを表現したいので、一番細い線が描ける丸ペンを使います。

 インクは、あとで水彩絵の具を塗ることも考えて、耐水性の物を使います。これは、蒸発しやすいので、小瓶に分けて使っています。」

クミさんが解説しながら、ペン皿にペン先と軸を並べ、インクをスポイトで小瓶に移していく。

「手が汚れたときや、ペン先を拭きとるために布も準備します。」

そう言って、クミさんは使い込まれた布を机のわきに置いた。

「では、ペン入れを始めます。集中しますので、お静かに願います。」

クミさんは服の袖をひじの上までまくり、アームバンドで固定した。そして、いつものツインテールの髪の毛をまとめると帽子の中に押し込んだ。

「服の袖や、髪の毛が邪魔になると、集中が途切れますので。」

そう言って、椅子に座り直すと、インク瓶のふたをはずして、ペンを握る。


 そこからは、すさまじい集中力だった。クミさんは、周りにあたし達がいることも忘れたように、一言も口を開かず黙々と手を動かし続ける。クミさんのペンが動くたびに、鉛筆で薄くかたどられたモミジの姿が、徐々に現れて来る。それは、モミジが気配を現した時に空間からにじみ出てくるときのようだった。聞こえるのは、ペンを走らせるカリカリと言う音と、クミさんの呼吸音だけ。あたし達も、息をひそめるようにして、クミさんの手元を見つめ続けた。


 気が付いたら30分が過ぎていた。鼻の頭から描き始めたモミジの絵も、最後の尻尾の先にペンを入れている。

「ふーっ。最初のペン入れができました。」

クミさんが、背中を椅子の背もたれにもたれさせながら言った。

「ほ~っ。」

あたし達も、詰めていた息を吐く。

(うむ。見事であった。鉛筆で形を与えられた絵に、どんどん命が吹き込まれているようであった。)

モミジが満足そうにうなずいていた。

「最初のペン入れ、と言いましたが、この後も、ペン入れをするのですか?」

母さんが質問する。

「ええ。最初は、必要最小限だけのペン入れをします。何しろ、一度ペン入れをしたところは、あとからは消せませんから。そして、これに下色を塗り、全体の調子を見て、またペン入れをします。上色を塗ったところで、最終的に仕上げのペン入れになります。」

「それほど、手間がかかるものなのか?」

じいちゃんが感心している。

「では、1枚の絵を完成させるのに、どのくらい時間がかかるのじゃ?」

「そうですね。絵のサイズや、構成にもよりますが、早くて3日。長いときは10日ぐらいかかることもあります。」

「では、夏休みの始めに10日間で7枚の絵を描いたのは、大変だったのではないですか?」

母さんが心配するように言う。

「ええ。大変でした。あれは、下書きのようなものだったのですが、それでも、ほとんど徹夜でした。」

「おなじ家で、暮らしていながら、久美子さんが夜中に作業をしておったなんて、まったく気づかなかったぞい。」

「わたしも~。気づきませんでした~。同じ部屋に~いたのに~。」

ナナがしょんぼりする。

「ふふふっ。この家でお父さんやお母さんから隠れて絵を描いていた時に、隠密スキルを身につけたのかもしれませんね。」

クミさんが、ニッコリする。やっぱりクミさんは、本物の忍者じゃない?


「話している間に、インクも乾いたようです。下色を付けますので、少しお待ちください。」

クミさんは、ペン皿とインク瓶を手早く片付けると、水彩絵の具を準備始めた。

「学校で使う絵の具と、ちがうのです?」

ミオが質問する。

「そうです。学校で使うのは、不透明水彩という絵の具で、重ね塗りをして、力強い表現をするのに向いています。わたしは淡い色遣いが好きなので、透明水彩絵の具を使います。パレットも、プラスチックではなく、陶器の物で、一色に一つずつ使うようにしています。」

「筆も、種類が多いのです?」

「ええ。広いところを塗る平筆、普通の丸筆、細かいところ用の面相筆と大きくは3種類ですが、筆の堅さや細さによって使い分けます。今日は、下色をざっと塗るので、細めの丸筆を使います。

 菜々美、水を汲んできてください。」

そう言ってクミさんは絵の具用の水入れを取り出した。学校の水入れと違い、プラスチックでできた手のひらサイズの四角い箱の形をしている。

「この、水入れも学校の物と違いますね?」

ユカが質問する。

「ええ。学校の水入れは、大勢の子どもが狭い教室で絵を描くために考えられたのでしょう。わたしは、昔からこの水入れを使っています。色が混じらないように、たくさん使うので、小さいタイプの方が便利なのです。」


「では、下色を付けます。これは、モミジ様の絵が完成した時には影のところになるはずです。この絵では、モミジ様の左斜め上から光が当たっているイメージですので、光の反対側に影の色を置いていきます。」

クミさんは、手早くチューブから絵の具を小皿に出していく。影と言っていたので、黒い色を出すのかな?と思っていたけど、ちがった。赤と青と茶色に黄色だった。

「影なのに、黒は使わないの?」

あたしが聞くと、

「影は黒いって思いますよね。わたしも、昔はそう思っていました。でも、本当はちがうんですよ。この机の影のところをよく見てください。黒く見えますが、よく見ると、机の木の色が濃くなっていることが分かるでしょう?影は暗い色ですが、黒くはないのです。」

と、教えてくれた。なるほど、そう言われてみれば、机の上の影のところは、木の茶色が濃くなっている。木の模様の部分も濃い色だけど、黒くはない。

「今回は、モミジ様のふわふわの毛を表現しますので、少し手間をかけます。」

そう言って、クミさんは色を混ぜながら、4色ぐらいの影の色を作った。茶色や黄色を元にしているけど、赤っぽいものや、青っぽいものもある。

「毛並みや、光の当たり方によって、色を変えます。では、集中します。」

そう言って、クミさんは筆をとった。


 始めは、モミジの座っている床に落ちた影を塗る。その色合いに合わせて、色加減を調節しながら、モミジの身体のラインを表現するように少しづつ色を塗っていった。光の角度を確認するように、時々椅子から立って絵の全体を見下ろしては、また筆を走らせる。

 見る見るうちに、モミジの陰影がはっきりしてきて、より生き生きとした姿が現れた。


 10分ぐらいで、クミさんは筆を止めた。

「今日は、ここまでにしておきます。これ以上作業をすると、勢いで絵を壊しそうです。1日置いて、明日、新しい気持ちで絵に向かいます。

 今日は、お付き合いいただいて、ありがとうございました。」

クミさんが、椅子から立ち上がって、みんなに頭を下げた。

パチパチパチ・・・。みんなから自然に拍手が起こる。

「いや、見事じゃった。絵を描くところを見るのは、初めてじゃが。素晴らしい集中じゃった。一筆一筆に魂を込めておることがよくわかった。

 剣も絵も修練は同じ。という剣持先生の言葉の意味がよく分かったわい。」

「ええ、剣道で強い相手に立ち向かうときのような、必死な気迫がありました。」

じいちゃんと母さんが感想を言う。

(うむ。見事であった。300年前の人形師も、のみの一彫りに集中し魂を込めておったが、クミコの絵も同じじゃな。1本の線、1つの色に魂がこもっておった。よいものを見させてもらった。)

モミジも満足そうだ。


 その後、クミさんはサキに手を取られてモミジの背中に触れた。あたし達の中で、パチンとはじける音がした。

「わたしも、モミジ様とお話しできるようになったのですね!感激です!!」

クミさんは、ぽろぽろと涙を流し始めた。

(うむ。これからも、修練に励むがよい。ところで、この絵は完成したらどうするのじゃ?)

「はい。冬休みの作品として、学校に提出します。」

(うむ・・・。そうか・・・。)

「モミジは、この絵が気に入ったから、欲しいんだよね?」

ユカが聞く。

(うむ。これは、良い絵になりそうじゃ。できれば額に入れて飾ってみたいのう。そして、仲間の狐たちにも見せびらかしたいのう・・・。)

「そう言うことでしたら、学校から絵が帰ってきましたら、モミジ様に進呈します。」

(うむ。・・そうか・・、催促したようで、すまぬのう。)

「ようじゃなくて、催促してるでしょ?」

あたしが突っ込むと、みんな吹き出した。


 お読みいただき、ありがとうございます。

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