竹刀の剣士、異世界で無双する ハルミ編 その47
「竹刀の剣士、異世界で無双する」の第2部です。ヨウスケの娘のハルミとその周りの人たちの活躍をお楽しみください。
この小説は、毎週木曜日に更新する予定です。
47 年始回り その壱
「ハル様たちだけでなく、おじい様、おばあ様、お母様、剣持先生に静子先生までモミジ様と話ができるようになったなんて・・・。悔しい!・・・わたしたちも、モミジ様と話したい!」
初稽古の帰りに、クミさんたちがハンカチをかみしめながら訴えてきた。ハンカチをかみしめて、「キー!」ってするのは、アニメで見たことがあるけど、リアルに見るとすごい迫力だよね。
「お姉ちゃんたち~。モミジと~つながるには~、技を~見てもらうと~いいんだって~。」
ナナが、なだめる。
「はっ!そうでした。地味な技でも、良いというお話でしたよね?」
美穂さんが、思い出す。
「うん、モミジは、昔人形作りの技を見たことがあるって、話してたよね。」
あたしが言うと、
「では、明日1日、モミジ様をお借りできないでしょうか?わたしたちの家を順に回っていただいて、わたしたちの技を見ていただきたいと思います。もちろん、お節料理も準備しておきます!」
良子さんが、提案した。
(うむ、苦しゅうない。お節料理は楽しみじゃ。)
モミジがうなずいた。
「では、春海達も一緒に新年のご挨拶回りをしてはどうかしら?もちろん、わたしも一緒に行きますよ。」
母さんが提案し、
「それは良い。普段仲良くしていただいているから、挨拶するのは、良いことじゃ。」
と、じいちゃんも賛成した。
「ほほほっ。では、お年賀のご挨拶に、蔦屋の和菓子を買っていきましょう。」
ばあちゃんの意見で、駅前の蔦屋に寄ることになった。
(蔦屋の饅頭は、静子殿からもいただいたことがある。誠に美味であった。)
モミジは、もちろん食べる気満々だ。
「ほほほっ。モミジ様の分も、買っていきましょうね。」
ばあちゃんが楽しそうだ。
お正月と言うことで、蔦屋の店内は華やいだ雰囲気に包まれていた。お年賀用の色とりどりの和菓子がショウケースに並び、振り袖姿の若い女性たちが好みの和菓子を選んでいる。今年の干支の卯をかたどったお菓子や、鯛や笹をかたどった色鮮やかなお菓子が並んでいる。
「これは、生菓子ですね。お饅頭とは違い、味だけでなく色や形を楽しむお菓子です。」
ばあちゃんが説明してくれた。
(うーむ。いろいろな種類があるのう。どれにしようか、迷ってしまうわい。)
モミジは、サキの腕の中で、きょろきょろしている。
「お正月ですから、花びら餅にしましょう。平安時代から新年のお菓子として使われてきた、伝統ある和菓子です。」
ばあちゃんが、みんなを花びら餅のショウケースに連れていく。白くて薄い丸型のお餅を二つ折りにして、間に薄紅色の餡とゴボウがはさんである。
「どうして、ゴボウなの?」
和菓子にゴボウと言う組み合わせが、すごく意外だった。
「ゴボウは、土の中にしっかり根を張ることから、「家の基礎がしっかりしている」「子孫が繁栄する」「長寿になる」などの意味が込められたそうですよ。」
ばあちゃんが説明しながら、花びら餅を4箱注文した。お年賀用の「のし」もつけてもらう。
「ばあちゃん。前から気になっていたんだけど、贈り物につける「のし」ってなあに?」
「今は、「のし」は紙で作られますが、もともとはアワビを薄く削いで干したものだったのです。ほら、リンゴの皮を薄く削ぐと、クルクルッと丸まった形と、伸びた形になるでしょう?アワビの身も丸い形をしているので、薄く削ぐと丸い形と伸びた形になります。昔の人は、その形が平仮名の「の」と「し」の形に見えたのでしょうね。それで、「のし」というようになったそうです。元々は、神様にお供えするものに使われていたそうですよ。」
(うむ。おばば殿は昔のことをよく知っておるのう。)
ばあちゃんの説明に、モミジが感心していた。
お年賀用の花びら餅を買った後、じいちゃんの運転で、良子さん、美穂さんを家に送った。クミさんの家に着いたとき、ばあちゃんが、
「菜々美さんは、このまま家に来てください。明日の準備をします。久美子さん、菜々美さんは、今日はうちで預かり、明日、改めてご挨拶に伺いますと、ご両親に伝えてください。わたしからも、あとで電話をします。」
と言って、クミさんだけを車から降ろした。
「?・・準備って・・何するの?」
あたしが不思議に思って聞いたけれど、
「うちに着いてからの、お楽しみですよ。」
ほほほっと、ばあちゃんは笑っていた。
「何だろうねえ?」
「気になるのです?」
あたしとミオは顔を見合わせた。
うちについて、剣道の防具を車から降ろす。母さんとじいちゃんに手伝ってもらいながら、荷物を玄関わきの部屋に運び込んだ。その間に、ばあちゃんはクミさんと、良子さん、美穂さんの家に電話をしたらしい。
「久美子さんたちのお家に電話しました。明日は、10時に久美子さんの家。12時に良子さんの家。2時に美穂さんの家に伺うことになりました。」
と、ばあちゃんから明日の予定を伝えられた。
「では、夕ごはんの前に、準備をしましょう。美和子さんも手伝ってください。」
そう言って、ばあちゃんはあたし達を二階の一部屋に連れてきた。ここは、夏休みの合宿の時も使わなかった部屋だ。6畳の部屋には、壁に箪笥が並んでいる。部屋の奥には、石油ストーブが置いてあった。
「寒いですから、ストーブをつけましょうね。美和子さん、あれを出してください。」
ばあちゃんは、ストーブに火を入れながら、母さんに指示をする。
「分かりました。」
母さんは、箪笥の引き出しを開けて、何か出している。一体何だろう?と見ていると、あたし達の前に色鮮やかな着物が並べられた。あたしのは白、ユカのは赤、ナナは青、サキはピンク、ミオは黄色。それぞれの二つ名の色をベースにして、花や毬、独楽、凧などのお正月らしい模様をあしらった振り袖だった。
「わぁー!すごい!」
「きれいなのです!」
「・・・ん、・・きれい・・・」
「こんなの、着てもいいのですか?」
「この~模様~。可愛い~。」
あたしも、みんなも驚いた。
「ばあちゃん、いつの間に用意したの?」
「ほほほっ!喜んでもらえて、何よりです。去年の秋ごろから、少しづつ、準備したのですよ。矢賀家は古い家ですから、昔の着物や布が、たくさんありました。それを、皆さんの体に合うように縫い直したのです。古い布ですが、絹の良いものですし、保存もしっかりされていましたから、色も柄もとても奇麗でしょう?」
「本当に、新品同様の色と柄ですね。」
母さんも感心している。
「今は、化学繊維の布がほとんどですから、10年もたつと布が傷んでしまい、色も褪せてしまいます。でも、昔の絹織物は、何年たっても美しいままなのですよ。」
ばあちゃんが胸を張る。
「では、皆さん。振り袖のサイズ合わせをして、仕上げてしまいましょう。ちょうど部屋も温まってきましたから、服を脱いで、下着になってください。美和子さんも、手伝ってくださいね。」
あたし達は、着ている服を脱いで、下着になった。そこに、ばあちゃんと母さんがてきぱきと振り袖の着付けをしていく。
「わたし、着物を着るのは、初めてなんだ。なんか、すごくうれしい!」
ユカが感激している。
「この着物は、肌触りが、優しいのです!」
ミオが、ほっぺたを振り袖にこすりつけている。
「ふふっ、絹の肌触りは、最高でしょう?」
母さんが、ニコニコしていた。
「・・・ん、・・軽い・・」
サキが、驚いている。
「そうでしょう。絹の良い布は、とても軽くて、温かいのですよ。」
ばあちゃんが、答えながら着せていく。
「袖の~長いのが~お姫様~みたい~。」
ナナも、ご機嫌だ。
「そうですね。若い娘さんには、長い振り袖がよく似合いますね。」
母さんがうなずく。
「でも、帯を締めると、窮屈かも?」
あたしが言うと、
「ええ、背筋を伸ばして、まっすぐに立った時が、一番きれいに見えるようになっていますよ。あと、振り袖を着たときは、歩き方に気を付けてください。剣道の左右の摺り足のかんじで、少しずつ進んでいくのが、正しい歩き方です。」
ばあちゃんが、注意してくれた。
みんなで、ワイワイしているうちに、振り袖の着付けが終わった。あたし達は、互いの振り袖姿を見せあう。
「色もきれいだし、本当によく似合っているね。」
「・・・ん、・・・うれしい・・・」
「こんな着物に、憧れていたのです。」
「明日~、お姉ちゃんたちが~、すごいことに~なると思う~。」
(うむ。子どもの振り袖姿は、格別じゃ。この世界が豊かになり、平和になった証じゃ。)
モミジも、感激していた。
「身頃も袖丈も、ほとんど直すところはありませんね。では、皆さんには、正式な帯を締めてもらいます。少し窮屈ですが、頑張って慣れてください。今日は、このままで、晩ごはんをいただきましょう。きれいな姿勢で、箸を使う良い練習になります。美和子さんも、私も、和服を着てお手本を見せることにしましょう。」
ばあちゃんと、母さんは、互いに正月の晴れ着の着付けをし合った。
「ばあちゃんたちの袖が短いのはなぜ?」
あたしが質問すると。
「そうですね。江戸時代ごろから。結婚していない女性は振り袖、結婚した女性は短い留め袖と言うように分かれたそうですよ。」
あたし達が着物姿で1階に降りてくると、じいちゃんは慌てた。
「なんと、みんながそういう服を着るなら、わしも合わせんといかんな。」
そう言って、奥の部屋に引っ込んだが、しばらくして、羽織、袴の男性の正装で現れた。
「明治以来、日本人の正装は洋服と決まっておったそうだが、正月ぐらい、こういう格好もよいものじゃ。」
紋付の羽織袴のじいちゃんも、とてもかっこよく見えた。
「では、今日はこのままで、食事をする練習ですよ。
ポイントは、背筋を伸ばしたままにすること。左手で、器を持ち、右手で箸を持つのですが、口いっぱいにほおばらずに、少しづつ食べることです。」
ばあちゃんが、着物の上から割烹着を着て、配膳する。お節料理の重箱を中心に、取り皿、ご飯、澄まし汁が並べられていく。重箱からおかずを取る時、箸を持つ右手の袖が邪魔になる。
「そういう時は、左手で、袖を抑えながら、右手の箸を使うのです。」
ばあちゃんが見本を見せてくれた。
「それと、お茶碗を持って、ご飯を掻き込む様に食べてもいけません。箸で、一口分ずつすくって口に入れるのです。」
ばあちゃんから、マナーの注意が入った。あたし達は、いつもと違う食べ方に苦労しながら、食事をした。
サキは、まずはモミジに食べさせている。
(うむ、この家のお節料理も、美味いのじゃ。お節料理とは、もともと神様にささげる料理のことじゃ。野の物、海の物、山の物を調理して、神にささげ、今年の豊穣と健康を祈ったものじゃ。それにしても、300年前に比べて、品数も増え、豪華になったものじゃ。ほれ、何をしておる。せっかくの料理じゃ。しっかり食べさせるのじゃ!)
モミジは、サキに食べさせてもらい、モキュモキュとほおばっている。でも、あたし達は慣れない振り袖での食事に、緊張していた。振り袖を汚しちゃいけない。でも、きちんと食べないと、相手に失礼になる。そんな思いから、結構苦労して食べた。
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