子供に勝てない大人
子供から僕を助けてくれたダンディーなおじいさまが、ここの先生であるジモンゼル・パラド・アルメトラーナ先生だった。
髪は真っ白だがハゲてはいない。僕もこういう歳の取り方をしたいものだ。
さて、ジモンゼル先生に助けてもらうという主人公とヒロインみたいな出会い方をした僕な訳だが、現在、そのジモンゼル先生に正座させられていた。クソガキ共と一緒に。理不尽だ。
「喧嘩両成敗だ。ばかもんが」
よく分かった。ジモンゼル先生は主人公じゃない。主人公はヒロインにこんな事しない。
「だ、だいじょうぶでちか?」
子供たちの中で唯一正座させられていないルーナちゃんが僕に心配して声を掛けてきた。
「ルーナちゃん、君が主人公だったんだね・・・」
「?」
「おい、有痢、幼女に手を出すなよ?」
ジモンゼル先生が訝しむ様に言ってきた。心外だ。僕に幼女趣味はない。
さて、1時間ほど正座させられた。
茶番はここまで。ここからが本番だ。
本日は魔法の授業。そう。あの魔法だ。異世界に来たら絶対に覚えなくてはいけないと言っても過言ではないやつだ。
僕らは場所を移動し、魔法訓練所に来た。
ぶっちゃけ見た目ただの体育館だけど、僕はもう驚かない。
「さてお前らトレーススーツは着てるな?」
「くくっ、せんせーおれらがトレースでユーリをぼこぼこにしたのわすれたのかよ」
「確認しただけだろうが。反省が足りん様だな」
「うわー!」
こめかみをグリグリされるジャイン。
いい気味だ。
てか、こいつの名前ジャインだったんだな。
ニアピンだ。
っと、そんな事よりジモンゼル先生が気になる事を言ってたな。トレーススーツって何?
「あの、トレーススーツって何ですか?」
「何?トレーススーツを知らない?破天から何も聞いていないのか?」
「はい」
「あいつは・・・、もっとしっかり説明してからよこせよな・・・。おい、ジャイン。見せてやれ」
「はーい。くくっ、ユーリってほんとうになにもしらないんだな」
むっ、このクソガキ、馬鹿にしやがって。知らねえもんはしょうがないじゃん。
ジャインは上着を脱いでシャツを見せた。
そのシャツにはデカデカと魔法陣が描かれている。ダサい。
ドヤ顔のジャイン。その隣に立っているジモンゼル先生が聞いてきた。
「どうだ?」
「いや、どうだと言われましてもこのダサティーが何か?」
「・・・?ダサティーが何かは知らんが、これがトレーススーツだぞ」
「は?スーツじゃなくてシャツですよね?」
「・・・?さっきから何を言ってるのかよく分からんな。だが、その様子じゃあ、有痢はトレーススーツを着ていないな」
「ええ、まあ」
「これを着ていないと授業にならないぞ・・・。おいルーナ。お前こないだ魔法刻印に成功してたな。有痢のシャツにトレース術式を描いてやれ」
「はい!わかりまちた!ゆーりさん、ふくをかちてください!」
「え?ルーナちゃんが、こんなやつのじゅつしきをかいてやるひつようないよ!」
なんかジャインが騒ぎ出した。てかこいつ、分かりやすいな。絶対ルーナちゃんの事好きじゃん。
そして僕はジャインが嫌いだ。嫌いな奴の嫌がる事は好きだ。
僕はさっさとシャツを脱いで上半身裸になった。
「よろしくね。ルーナちゃん」
そしてルーナちゃんにそっとシャツを渡す。
この時さり気なく笑顔も忘れない。ふっ、ジャインめ。好きな子を奪われ、悔しがるがいい。
「はわわっ、ゆーりさんがりがりでち。もっとなにかたべたほうがいいでちよ?」
「有痢、やっぱお前ロリコンだったのか・・・」
「ぐふっ!」
思わぬところから心をえぐる言葉が・・・!
「ガリガリなのは、食っても全部下から出ちゃうから、しょうがないじゃん!あと、僕はロリコンじゃない!」
あ、くそ!ジャインの奴まで笑ってやがる!あいつに笑われるのは我慢ならん。・・・、まあ、僕は紳士だから殴ったりしないけどね。決して勝ち目がないからじゃない。ないったらない。
ユーリちゃんはペンを握った。そしてサラサラと僕のシャツに魔法陣を描いていく。
言葉は拙いが手先は器用な様だ。
5分も待っていると、あっという間にダサティーの完成だ。うん。ダサい。着たくないね!
渡されたダサティーを着るのを躊躇っていると、
「やっぱり、わたちがかいたまほうじんなんて、こわくてつかえないでちよね・・・」
「てめえ!ユーリちゃんのかいたまほうじんがきれないとはどういうりょうけんだ!」
ユーリちゃんは半泣き。ジャインはブチ切れていた。仕方ないので着る。
途端、笑顔になるユーリちゃんと舌打ち連発のジャイン。ジャイン、お前どっちみち気に入らないんだな・・・。
「よし。これで全員トレーススーツを着たな。今日は初めての有痢もいるから、トレーススーツの説明から始めるぞ」
ジモンゼル先生の説明をまとめるとこうだ。
この魔法陣は、指定した相手の能力をコピー出来るらしい。
さっき僕がジャインなんかに負けた理由は、あいつがジモンゼル先生の能力をコピーしていたからだ。
ジモンゼル先生は人類最強の剣士だった。
そんなの勝てるわけない。
だが、今は違う。僕もトレーススーツを着た。
ジモンゼル先生の能力をコピーすれば、体格差で圧倒的に有利だからジャインなんかに負けるわけない。
そして今はトレーススーツを使った魔法の授業中。
自然と奴をボコボコにする機会はやってくる。
「習うより慣れろってな。有痢、ジャインと模擬戦してみな」
とか思ってたら、マジですぐ来たね。ボコボコにする機会。
簡単にトレーススーツの使い方を聞いたあとで、僕とジャインは向かい合って対峙した。
「ふっ、ジャインよ。ここで合ったが100年目。貴様は今ここで死ぬ。俺の手によってなぁ!」
「やれるもんならやってみろ!ユーリのくせになまいきだ!」
「しゃらくせぇっ!トレース!ジモンゼル先生!」
トレーススーツを起動する。
魔法陣から全身に、魔力が隅々までいき渡るのが分かる。
ジモンゼル先生の身体能力を再現したのだ。
感じる圧倒的な万能感。
これで勝てないわけがない!
「死ね!」
地面を蹴り、凄まじい勢いで飛びかかる僕。
その拳がジャインを狙う。
それを流れる様に、すっと交わして蹴りを繰り出すジャイン。
「ぶべらっ!?」
ぶっ飛ばされる僕。
お、か、し、いだろ!
え、何?僕トレースしたよね?強くなったんだよね?さっきクソガキ4人にタコ殴りにされた時と何も結果が変わってないんだけど!
倒れながら横目で見ると、ジャインの後ろで驚愕に目を見開くジモンゼル先生がいた。
「中止!」
ジモンゼル先生の掛け声で戦いが止められる。
「どういうことですか、ジモンゼル先生!普通に負けたんですけど!?」
「あー、ワシも驚いてんだ。まさかここまでとは・・・」
ジモンゼル先生はバツが悪そうに頭をかいた。気になるからさっさと続きを喋ってほしい。
「・・・いいか、自分より強い奴をトレースすれば爆発的に身体能力が向上するわけだが、それには条件がある。それは魔力と体だ。トレースする魔力が十分にないとトレース出来ないし、再現する体が未熟なら能力を発揮仕切れない」
「え?じゃあ何ですか?僕は魔力か体のどちらかがジモンゼル先生をトレースするのに足りてなかったと?でも子供で体が未発達なジャインの奴はトレース出来てるんですけど」
「うん。そりゃあな、この魔法はあくまで自分が相手と同じレベルになる為の魔法な訳だよ。多少相手より体が未熟でも能力が引き上げられる様に出来てる訳だ」
「なるほど。じゃあ、業腹ですけど、僕はジャインより魔力が無いからトレースに失敗したと。そういう訳ですね?」
子供のジャインでも十分にトレース出来るというなら、大人の僕がトレースに失敗した理由は魔力しか考えられない。残念ながら僕には大した魔力は無いんだろう。
「いや、有痢の場合は魔力も体も足りてなかったぞ。多分だが、トレース使わずにジャインとやり合っても、負けるんじゃないか?」
「ガッデム!!」
え、身体も足りてないの?子供のジャインは足りてるのに?
「使えないと聞いてはいたが、まさかここまで使えないとは・・・」
ジモンゼル先生が残念な者を見る目で僕を見てきた。
やめてくれよ〜。そんな目で僕を見ないでおくれ!
後ろではジャインが笑いながら転げ回り、ルーナちゃんが心配そうな視線を僕に送ってきた。
ルーナちゃんは優しいな。ジャインはいずれ殺す。
まあ、勝てないんだけど。
てか、魔法の使えるファンタジーな異世界・・・いや、そんなにファンタジー感ないけど、とにかく異世界に来て魔法がろくに使えないとか・・・。
僕は地球にいる頃、あらゆる面で使えない奴だった。
だがこの世界では、魔法という地球にはない新しい分野があった。
正直、魔法でなら役に立てるかもしれないと、希望を抱いていた。
だというのにそれもダメなら、僕はここでも使えない奴になってしまうのではないか?
僕の頬から冷や汗が流れ落ちた。
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