戦いの始まり
「あり得ないでしょ」
ソフィアは有痢を殴り付けたい気分に駆られていたが、触るのも嫌だったので、結局無視する事にしていた。
デッドリースライムの分身体達の攻撃は進むほどに激しさを増していた。
こいつらはいくら食べても満たされることのない生粋の捕食者なのだ。
車は自動運転に切り替え、ソフィアと破天は戦闘を続けている。
ただ1人、有痢だけが先程から腹を抱えて蹲っていた。
建物が全て地中に隠れ、何もなくなったあの場所に有痢を1人置き去りに出来なかったのは分かるが、戦闘中に何もしないで蹲っている奴がいるというのは、それだけでソフィアにとって不快だった。
「バルグルバルバアァアアーーーッ!!!」
走る車に向かって、オオカミスライムが飛びかかってきた。先程、破天が倒したのと同じタイプのスライムだ。
「もうっ!どいつもこいつもイラつくわね!」
ソフィアはオオカミを殴り付けた。あの、触れれば溶ける酸性のスライムをである。
しかし、ソフィアの腕が溶ける事は無い。
オオカミはソフィアに殴られると、爆散した。
車にその破片が飛び散り、車体を溶かす。
「おいおい、ソフィア。もう少し考えて倒してくれよ。あんまり溶けると車がダメになっちまう」
「細かい事気にするわね。ダメになったら捨てればいいじゃない。有痢ごと」
「ひでえな」
破天と話している間に、今度は鳥型のスライムが飛びかかってきた。
それもまたソフィアは拳で殴って爆散させる。
「ったく、相変わらず、武器も使わずにハンパねえな。ソフィア以外の誰にもその戦い方は真似出来ねえよ」
「軟弱ね。鍛え方が足りないのよ」
王女ソフィア。またの名を『拳のソフィア』。
彼女は唯一拳で戦う戦士だ。
普通の戦士はトレースした魔力を武器に乗せて戦う。
武器を魔力でコーティングする事で強度と威力が増すのだ。
だがこれには問題がある。それは魔力電動率だ。
どんな武器に魔力を流し込んでも、全ての魔力が武器に伝わる事は無い。僅かではあるが無駄が生じるのだ。
ソフィアはこれを嫌った。そして彼女は己の拳を武器にする事を決めたのだ。
自分の体が武器であるから電動率は100パーセントだし、緻密な魔力コントロールも容易だ。
これによって、魔物の体内に直接魔力を流し込み、爆散させる事が可能になっているのだ。
だが、これは決して簡単な事では無い。
僅かでもコントロールを誤れば、自分の手が吹き飛ぶし、武器を持たない分、魔物により肉薄する必要がある。それは武器を持つのに比べて危険が格段に高い事を意味していた。
本来、それは王女がする戦いとはかけ離れている。
だが、彼女は言うのだ。この方が効率的だと。
高い戦闘センスに危険を恐れぬ覚悟。それこそが、ソフィア・パラド・アルメトラーナ・エドバトラの強さなのだ。
どれほどのスライムを倒してきたのか。
いつしか外の景色は変わっていた。
建物が建っているのだ。
それは開発区から抜け、人が放棄し、魔物に奪われた土地に踏み込んだ事を意味していた。
所々ヒビ割れ、窓ガラスが砕けた建物を見ると、ソフィアの胸に悔しさがこみ上げた。
ここも昔は人の住む土地だったのだ。
だが、魔物に襲われ、住む人を失った。
この光景を見る度にソフィアは戦う意味を再確認出来る。
また、この場所に人が住めるように。
魔物が来る度に地下に隠れる屈辱の生活が終わりますように、と。
『モオォオオッッ〜〜〜!』
不快な重低音がソフィアの耳に届いた。
隣では破天が獰猛に笑う。
「はっ!ようやくボスのお出ましか」
見上げる視線の先、そこには山の様に大きなデッドリースライムがいた。
家々を踏み潰し、溶かしながら未来都市パラドに向けて進んでいる。
破天はトランシーバーを取り出した。
「聞こえるか。クラッシュカンパニー戦闘課の諸君。決戦の時だ。だが、お前たちは絶対にデッドリースライムに手を出すな。無駄に死体を増やすだけだ。俺とソフィアが戦っている間、分身体の処理は頼んだぞ」
『了解しました。無能な我が身を恨むばかりですが、ここはお二人に頼るしかない。せめて、命に変えてもお二人の邪魔はさせませんので、どうかご武運を』
トランシーバー越しからは、悔しそうな戦闘員の声が聞こえてきた。
この世界の最高戦力は間違いなく破天とソフィアなのだ。
二人以外がデッドリースライムに挑む事はただの自殺行為であり、意味がない。その事を戦闘員達は正しく理解しているのだ。
「さて、やりますか!」
「ボコボコにぶん殴ってあげますよ!」
二人は覚悟を決めて、デッドリースライムに飛びかかった。
仕事が忙しいので、次回の更新は1週間後にさせてもらいます。
すみません。