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耳かき侍女と港の騎士  作者: 川崎 春
好きはとっても難しい
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騎士達の過去

 暗い路地を走って、馬車が辿り着いたのは、騎士の館より小さな一軒家だった。

 コピートは、私を馬車から降ろすと、扉を叩く。

「アリ先生、居る?ローズ様を連れて来たよ」

 扉が開いて、鷲鼻に白髪の混じった黒髪の壮年男性が顔を出した。

「コピート、目上の人には敬語を使え。上層に居るのだから、不敬罪で捕まるぞ」

「はい」

 コピートは返事をしつつ、背後の私を振り向く。私は一歩前に出た。

「この人が隊長の奥さん」

 敬語は?この辺りが、ジルムートに叱られている部分かも知れない。

 とりあえず頭を下げると、アリ先生も一礼してコピートの方を見た。

「この人は私が送って行くから、ジルムートに気取られない内に城に帰れ」

「分かった。じゃあローズ様をよろしく」

 コピートはそう言って馬車で帰って行った。

「お茶でも入れよう。中へどうぞ」

 そう言ってアリ先生は私を中に手招きする。

「よろしければ、私がやります」

「いや、あんたは座っていなさい。ポートの男は威張っているが、その分一通りの事は出来る様になっているものだ」

 そんな事を言いながら、アリ先生はソファーに座る様に勧めてくれたので、素直に従う事にした。

 ぐるりと見回すと、生活感の全くない空間が拡がっていた。小さな書庫みたいな部屋だ。

 ぼんやりとそれを観察している内に、先生が戻って来た。事前にお湯を沸かしておいてくれたのだろう。温かいお茶が入ったカップを両手に持っている。

「妻が居ないから、気兼ねなく家でも研究が出来るのだよ」

 先生はそんな事を言いながらカップを机の本の上に置いた。そこしか置き場所が無かったのだ。

「家に客なんて久々だ。まぁ事情が事情だから、汚い場所だが我慢しておくれ」

「とんでもないです。改めて自己紹介させて頂きます。ローズ・バウティです」

 私がそう言うと、反対側の椅子に座ってアリ先生は笑った。

「私は王立研究所に所属する研究者のアリ・マハドルだ。リヴァイアサンの騎士の教育と研究を任されている」

 アリ先生は、両手を膝の上で組みながら、話を続けた。

「ローズさん、あんたの事はいろいろと伝え聞いているよ。ジルムートの力の漏れは、一番の懸案だったからね。解決してくれて助かったよ」

「私は何もしていません」

「あんたが居るから、ジルムートは力を抑える術を知った。あれは育ちに問題があったから、色々と未熟なのだよ。力が大きいだけに不憫な男なのだ」

「……お父さんの事ですか?」

 恐る恐る言うと、アリ先生は頷いた。

「立ち直って来ているが、まだ完全には吹っ切れていない。よろしく頼むよ」

 まだ時間がかかるなら、これからも寄り添うだけだ。

 黙って頷くと、アリ先生は続けた。

「実は父親の事だけでは無く、城に出仕した最初の二年が、ジルムートの心に影を落としている」

「十歳で出仕したと聞いています」

「そうだ。普通の子供なら遊んでいる時期だ。そんな時期に、大人の騎士に責め立てられ、ゴロツキと一緒に城の地下に閉じ込められていた」

 悲しい話だ。そして酷い。はっきり言えば、その大人の騎士とやらを殴ってやりたい。

「首謀者だったのは、オズマと言う騎士でね。リヴァイサンの騎士で序列一席だったのだが、ジルムートに取って代わられて、二席になった男だ」

「ジルムートは、十歳の頃から一席だったのですか?」

 アリ先生は頷いた。

「左様。リヴァイアサンの騎士は、産まれ持った力があらかじめ決まっている。成長と共に使える様になるが、制御出来なければ肉体が壊れて死ぬ。そう言う力だ。ジルムートの力はとにかく大きい。体も丈夫だった。正に数百年に一人と言うけた違いの能力に、使える器も揃っていたと言う訳だよ。……オズマは、制御を教えなければ自滅すると思って、城の地下にジルムートを閉じ込めて、死ぬのを待っていたのだ」

 何処まで酷いのだ。そのオズマと言う人は。思わず下唇を噛んでしまう。

「そんな顔をしなくても、ジルムートは生きている。昔の話だ」

「はい……」

 落ち着くためにカップのお茶を飲む。出過ぎで渋い。でも、お陰で冷静になれた。

「ジルムートの父親は、オズマに次いで二席だった。ファルクと言う」

 初めて名前を聞いた。ファルク・バウティか……。ジルムートは当然としても、クザートもルミカもお母さん達も、一度もその名前を口にしなかった。

「ファルクは、元々悪人だった訳じゃない。根性が曲がってしまったのだよ。リヴァイアサンの騎士だから」

「リヴィアサンの騎士だから……ですか?」

「リヴァイアサンの騎士は、城に必ず務め、死ぬまで予備兵役のある世襲制の騎士だ。逃げ場がない。序列は能力で決まってしまうから、一度見下げられると、子供の代で能力が変化するまで家格が変化しない。……性格の悪い上役が一度付いたら、一生付きまとう事になる」

 それは嫌かも知れない。セレニー様が性格の悪い王女様だったら、私は侍女を辞めればそれで終わりだった筈だ。誰も咎めない。しかし、リヴァイアサンの騎士は、そう簡単では無いのだ。

「皆、子供は強い子を一人だけ騎士にしたいと自然に思う様になるのだよ。兄弟で上下関係が出来ると、兄弟でも殺し合いになる。そうなったら家が途絶えてしまうからね。クザートとルミカが殺されそうになっていたのも、リヴァイアサンの騎士の家系では当然の事だったのだ」

「そんな事が起こっているのに、ずっとそのままだったのですか?」

 責める相手が違うと思いつつ、厳しい口調で聞くと、アリ先生は特に気にした様子もなく答えてくれた。

「その通りだ。異能者は普通の人間の手に余る。掟で縛る以外、そう簡単には手が出せないのだよ。王族は普通の人間だ。我々研究者もそうだ。分かるね?」

「はい……」

 国を乗っ取る事など簡単にできる騎士を、ずっと支配下に置くだけで、国は精一杯だったのだ。

「ジルムートの存在をオズマが地下に隠していたのをルイネス陛下に告発したのは、クザートとルミカだ。序列も無いのに、二人で城の上層に忍び込んで、陛下の寝所にまで行ったのだよ」

「クザートとルミカが……」

「クザートは肺の病がなかなか治らなくて、死ぬなら弟を救ってから死にたいと言ったそうだよ。ルミカは万一見つかったら、クザートを見捨ててでも上層まで行くように言い含められて、城の上層までクザートに付き添った」

 ジルムートに家庭教師を付けられなかったのだから、クザートを医者に診せるのも難しかったのかも知れない。

「ルイネス陛下は、クザートとルミカの行動をきっかけに動く事にした。ジルムートが序列一席であるなら、騎士団の頂点だ。弟を救って病気を治してやれば、クザートも王族に従う。その弟のルミカもだ。リヴィアサンの騎士が三人も王族に服従すれば、騎士団への発言権が大きくなる。だからジルムートを皇太子と共に育てる事を考えた」

「先生は……そのルイネス陛下の案に乗ったのですか?」

 声が批判的になってしまったので、アリ先生は片眉を上げて言った。

「乗らないで拒めば良かったと思うかね?」

「そうは思いません。……ただ、クザートは兄として人情で動いたのに、ルイネス陛下の判断理由が、優しくないと思っただけです」

「ポートは優しい国では無いから、可哀そうだと言う理由だけで協力してくれる者は多くない。人を動かす動機としては弱い。だから誰にでも理解できる理屈をルイネス陛下は付けたのだよ」

 アリ先生は諭す様にそう言った。

 つまりルイネス陛下は、理屈は付けたがバウティ家の兄弟を情で助けてくれたのだ。それを聞いて少しだけ安心する。クルルス様とジルムートの関係が打算から生まれたとは思いたくなかったのだ。

「私はルイネス陛下の勅命を受けてリヴァイアサンの騎士達に、能力が生まれ付いてのもので、厳しい訓練で伸びるものでは無い事を伝えた。長年の研究成果で事実だ。その上で、子供達が争って潰れない様に教育し、力を維持できる様にする事を提案した」

 アリ先生は研究者だが、とても勇敢だと思う。一瞬で殺されてしまうかもしれない異能者の集団に、王命だけでそんな話を持ちかけたのだ。

「騎士達はそれに乗ったのですか?」

「丁度ジルムートの事があって、ファルクの様に力の強い我が子に倒される恐怖があったのだよ。それにオズマみたいな性悪の騎士に、息子がジルムートと同じ目に遭わされる事も嫌だったのだ。だから、あっさり話に乗ってくれた」

 その結果、今城に居るリヴィアサンの騎士になったのであれば、ルイネス陛下の目論見は成功したと言えるだろう。

「オズマと言う騎士も、その話に乗ったのですか?」

「そんな訳ないだろう。あの時は、空気を吸うだけで死ぬと思ったよ。陛下と他の騎士達が止めてくれて、何とか逃げられたがね」

 アリ先生は首をすくめて言った。本当に危なかったのだと思う。

「ルイネス陛下は、オズマを騎士団から引退させたかったがすぐには無理だった。怪力の上に、人を人とも思わない性格だから、筋を通さなければ危険だったのだよ」

「筋とは……何でしょう?」

「世代交代だ。息子に家督を譲る様にオズマに促したのだ」

「応じたのですか?」

「最初は拒んだが、クザートが病を治して騎士団に入団し、オズマより上の序列になった。それで追い詰められたオズマに、世代を交代すればバウティ家の上になれるかも知れないと私が唆した」

 そそのかした、と先生は言った。……顔の分からないオズマと言う騎士が、崖の上からアリ先生に蹴られて落ちる様子を、一瞬想像してしまう。

 殺されそうになった報復とかでは無いはずだ。……多分。

「そして家督を継いだのが、オズマの息子であるハリードだ。ハリード・カイマン。……コピートから聞いていると思うが、城の地下に居る対人恐怖症の序列六席だよ」

 ようやく、ジルムートとハリードの関係が見えて来る。

 これはクザートに聞かなくて正解だった。同時に、ジルムートには絶対に私が知っていると悟らせてはいけない話だ。

 コピートの配慮は正しかったのだと、心底思う。

「ハリードが対人恐怖症になったのは、オズマが原因だ。軟弱だと思わないでやって欲しい」

「はぁ」

 オズマを失脚させておいて、ジルムートでは無く、その息子であるハリードを擁護するのか……。学者の心理と言うのは私には理解できない。

「ハリードは武術の腕前は一流なのだけれど小心者だ。オズマにジルムート達より弱いと言う事で責めぬかれて、人と言う存在そのものに絶望してしまったのだ」

「先生は、ハリード様と話が出来るのですか?」

「実際に会うのは難しいから、しつこい程に手紙を出して文通をしている。十通に一通くらいは返事が来るよ」

 にやりと笑ったアリ先生の笑顔が怖い。

 それは文通とは言わない気が……。とにかく、手紙でやり取りしているらしい。

「コピートとは話が出来るまでになっていたから、だいぶ改善していたのだよ。しかし、クザートがこの前から不調だっただろう?」

「はい」

「クザートの力は重たい。しかもジルムートの次に大きい。……地下に居たハリードに、漏れた力が降って来ていたのだ」

 対人恐怖症の騎士が、序列二席であるクザートの力を被ってしまったと言う事らしい。

「自分への嫌がらせだと思って、出仕を嫌がる様になった。違うと再三伝えても信じない。下層の指揮官にしたのも嫌がらせの一環だと思っている」

「クザートは嫌がらせなんてしません!」

 私が声を荒げると、アリ先生が自分のカップを取って口に含む。

「渋いな……。だから、怒らないでやってくれ。そういう性格だから、対人恐怖症なのだよ」

 何て言えばいいのか……そうか、ここで優しい事を言えないから、私は可愛くないのだ。つまりそう言う事だ。人にはどうしても直せない部分と言うのがある。ハリードもそう言う物を抱えているのだ。

「すいません。続けてください」

 私が息を吐いてそう言うと、アリ先生は私をじっと見た後、話を続けた。

「それでクルルス様の許可を得て、クザートの嫁を借り受ける事にした」

「ディア様の事ですか?」

 アリ先生は頷いた。

「ディアさんは癖の無い良い性格をしている。しかも姿も整っている。対人恐怖症でも、あれなら受け入れると思ったのでね」

 私は、意味を理解して愕然とした。

「ディア様は、ハリード様の所に行っているのですか?」

「そうだ。世話をするように頼んだ。ちゃんとやってくれているみたいで、ハリードは素直に出仕している」

「クザートが、黙っていませんよ?」

「知っていて、黙っている」

 信じられない!自分の好きな女性が、ジルムートの天敵だった騎士の息子の所へ通っているのに、どうして何も言わないの?ディア様は綺麗だから、ハリードと言う騎士が好きになったらどうするの?

 私の気持ちを表情から読み取ったのか、アリ先生は言った。

「我慢強いと言えば聞こえは良いが、本音を人に言わないと言う事だ。弱音と本音は違う。伝えねばならない事を信頼すべき相手に伝えられないのは明らかな短所だ。……クザートとジルムートは、我慢する事に慣れ過ぎていて、言わねばならない事も秘す。だから力が漏れるのだ。あんたがジルムートの本音を受け止めたから、あれの力は安定したのだ。クザートもディアさんに本音でぶつかるべきだ」

 先生はバウティ家の兄弟に対して厳しい。ハリードに対してみたいに優しくしてくれればいいのに。

「不満かね?」

 顔に出ていたのだろう。アリ先生はそう言って笑う。

「ハリードは私の中では弱者だ。でもクザートとジルムートは手負いの獣みたいなものだから、そんな扱いは出来ない。差し伸べた手を食いちぎられるのは御免だからね」

「そんな事、しません」

「今日、あんたに洗いざらい話したとジルムートに知られれば……私もコピートも只では済まない。そういう所だよ」

 そう言われると、反論できない。

「とにかくクザートには手を打っている最中だから、あんたはクルルス様の息子の世話で大変だろうが、もう少し頑張って欲しい。ラシッドに関しては、私の方から釘を刺して時間を稼ぐから心配しなくていい」

 知らない顔で出仕して激務に耐え続けていれば、クザートとディア様が城に戻って来ると言う事らしい。

 しかしそれから半月経っても、クザートもディア様も出仕して来なかった。

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