02 賽の河原で無双していたら、神様にスカウトされました
それからボクはいろんな手を使って、塔を作る手伝いをした。
最初は落とし穴作戦だったんだけど、何度も引っかかっているうちに鬼も学習したのか、金棒で地面を突くようになった。
別の作戦として、石を積んだ迷路を作って、その中で塔を作るようにしてみた。
なぜか鬼たちは迷路の壁を崩さずに、律儀に迷路の中で迷ってくれたんだ。
でも、それも少しの間だけで、鬼たちは平気で迷路の壁を壊すようになった。
それならば、とボクは迷路の中に落とし穴を掘るようにした。
これだと、迷路の壁を壊してやって来た鬼も、落とし穴に引っかかるんだ。
穴に警戒しながら壁を壊すのは大変のようで、いい時間稼ぎになる。
この作戦であれば、塔の完成を邪魔されることはほぼなくなった。
だけど、困ったこともあって……仕掛けを作るのにかなり時間がかかるようになっちゃったのと、噂が噂を呼んで、ボクのまわりに人が集まってくるようになったんだ。
「ねぇ、キミに頼めば塔が完成するんだろ?」
「たのむよ、俺の塔を作るの、手伝ってくれよ!」
「おい、こっちが先だぞ!」
「なんだよ、割り込むなよ!」
「こっちはわざわざ遠くから来たんだよ!? 譲ってくれよ!」
「もったいぶってないで、早くしてよ!」
「こんなところ、もう一秒だっていたくないんだ、たのむよ!」
「俺のを手伝わないと、迷路を作るのを邪魔してやるからな!」
みんなから揉みくちゃにされながら、ボクは悩んだ。
今までのやり方じゃ、いくらやってもキリがないって……!
そこでボクは、一計を案じた。
鬼たちとのやりとりで培った経験……それをもとにした、一大プロジェクトを……!
ボクは石を積み上げて作った踏み台の上に乗って、みんなを見渡しながら話をしたんだ。
「みんなで協力して石を積み上げて、ピラミッドみたいに大きな岩山を作ってほしいんだ!」
聞いている誰かが、「なんでそんなことしなくちゃいけないんだよ!」と、ヤジを飛ばしてくる。
「ボクに塔を作る手伝いをしてほしいんだよね? だったら理由は聞かないで、やってほしいんだ! イヤなら無理にとは言わない! ボクを信じる人だけ、手伝ってほしい!」
みんなは最初ざわついていたけど、結局、作業をしてくれることになった。
ボクの指定した位置に、みんなは石を持ち寄って、積み上げる作業をしてくれたんだ。
「さぁさぁ、これはタダの岩山だけど、これを作り上げたら、お返しにボクが塔づくりを手伝ってあげるよ! だからがんばって!」
ボクは踏み台の上から動かず、みんなを応援する。
「お前はやらないのかよ」とヤジが飛んできたけど、
「ボクは現場監督だから、作業はやらないよ! あっ、そこのキミ! その石はそっちじゃなくて、向こうのほうに持ってって!」
ボクは岩山の全体像を見ながら、みんなに指示を出した。
腑に落ちない顔をする子もいたけど、気にしない気にしない。
それからかなりの時間をかけて、丘くらいある岩山を作り上げてもらった。
大きさでいえば、丸墓山古墳くらいあるやつだ。
河原には何もなかったので、途中からは遠目に見てもハッキリとわかるくらい目立つようになったんだけど……鬼たちから邪魔されることはなかった。
これだけ大きなものを作っているというのに、鬼たちはチラリとも見ようとしなかったんだ。
ボクがずっと抱いていたある疑問は、確信に変わりつつあった。
供養塔を完成させようとしなければ、鬼たちはやってこない。
これは今まで作ってきた落とし穴や迷路で、ハッキリしている。
となると、作っているものが供養塔なのか、そうでないかはどこで判断されてるんだろう。
このあとのネタばらしで、ボクの確信が本当に正しいかどうか、わかるはずだ……!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ボクはみんなを集め、岩山の麓を囲むように並んでもらった。
その中から身軽そうな男の子を選んで、最後に頂上に載せる石を持って登ってもらう。
男の子が頂上に着いたところで、ボクは大きな声で叫んだ。
「……よし! 最後の石を置くよ! みんな見て! キミたちが作り上げた、巨大供養塔……! それがついに、完成するんだ!!」
ボクの言葉に、みんなはかなり驚いたようだった。
「ええっ!? これが供養塔!?」
「俺たちが作ってたのって、岩山じゃなかったのか!?」
「供養塔って、もっとちっちゃいものなんじゃないの!?」
「こんなに大きい供養塔なんて、ありえないよ……!」
信じられないような言葉を遮って、ボクは叫ぶ。
「ううん! ありえるよ! 供養塔の大きさなんて、決められてるわけじゃないよね!? それにこれだけ大きな供養塔だと、みんなのお父さんやお母さんも、きっと喜んでくれるよ!! みんなはやったんだ! こんなにでっかい供養塔を作り上げたんだよ!!」
ボクは何度も叫んで、これは供養塔だとみんなに言い聞かせる。
最初はみんな戸惑っていたようだけど……少しずつ、ボクの言葉を受け入れてくれたんだ。
「そうだ……そうだよね……供養塔の大きさなんて、決まりなんてなかったんだ……」
「そう考えると……なんだか、ちょっと、すごい気がする……」
「すごい、すごいよ……! こんなでっかい供養塔、今までにないよ……!」
「こんなスゲーものを、俺たちが作り上げたんだ!」
みんなの瞳に光が戻り、わあーっ!! と歓声がわきおこる。
誰もが手を取り合って喜んでいた。
よし、これでみんなの中では、この岩山は供養塔になった……!
でも、これで終わりじゃない、ここからが本番だ……!
喜びに水を差すように、鬼たちが現れる。
いつもの小さな供養塔だと1匹なんだけど、これだけ大勢の人が関わった巨大供養塔だと、鬼の数も大勢だ……!
「キャアアアアアアアアアアアーーーーーッ!!!」
こんなにたくさんの鬼を見るのは初めてだったのか、みんなは頂上の子を置き去りにして、悲鳴をあげて逃げ惑いはじめる。
でも、ボクは怯えなかったし、逃げもしなかった。
むしろ狙いが当たっていたので、嬉しくてひとりで笑っていたかもしれない。
やっぱり、ボクの思った通りだった……!
今までみんなは、ただの岩山だと思って作業していた。
でも、最後に供養塔だと聞かされたとたん、完成すると希望を抱いたとたん、鬼が現れた。
ってことは、供養塔かそうじゃないかの判断は、作った者の意思によるんだ……!
だからボクは作業に参加せず、現場監督に徹したんだ。
供養塔を作っていると知っているボクが参加したら、鬼に察知されちゃうかもしれないから……!
鬼たちはまわりの子供たちには目もくれず、巨大供養塔を壊そうと金棒を振り回していた。
でも、壊れない……!
どうだ……! これだけデカいと、金棒くらいじゃびくともしないんだ……!
ボクは頂上に向かって叫ぶ。
「よしっ! 完成だ! 供養塔の上に、最後の石を置いて!」
頂上にいた男の子は、ハラハラと鬼たちを見下ろしていた。
まるで猛獣に追いかけられて、木の上に逃げた人みたいだ。
でも、男の子はボクの呼びかけで正気に戻る。
手にした石を、頂上に……ガシッ! と置いた。
シュバァァァァァァァァァァァァァーーーーーッ!!!
巨大供養塔が、マグネシウムが燃焼しているみたいな激しい光と音を放つ。
まるで閃光が炸裂したみたいな眩しさで、ボクは目を閉じてしまった。
なんとか薄目を開けてみると、そこには……天使のように空を舞うみんなの姿が……!
「す、すっげぇぇぇぇぇ! 俺は、俺はやったんだ!」
「やっと……やっとこの河原から、出られるのね……!」
「長かった……長かったよぉ……!」
「もう、永遠に出られないかと思ったのに……!」
「嬉しい、嬉しいよぉぉぉ!」
みんなの涙が、星屑のように降り注ぐ。
夢みたいな光景に、ボクははしゃいで走り回った。
「これも……アイツのおかげだ!」
「そうだ、あの子がいたから、私たちは助かったのね……!」
「まさか俺たちをいっぺんに、助けてくれるなんて……!」
「本当に、とんでもないやつだぜ……!」
「ありがとう……! ありがとぉーっ!!」
みんなは手を振ってくれたので、ボクはめいっぱい両手を振り返した。
「でも、待って……! みんないなくなっちゃったら、あの子はどうなるの……!?」
「そうだ、アイツ、ひとりぼっちになっちゃうよ!」
「それにひとりじゃ、いくら塔を作っても、壊されちゃう……!?」
「アイツだけ、こんな所でひとりで取り残されて、永遠に……!?」
心配までしてくれて、ボクは暖かい気持ちになった。
それだけで、ボクにとってはじゅうぶんだった。
「ボクならひとりぼっちでも平気だよーっ! みんな、元気でねぇーっ!!」
ボクは満面の笑顔で、みんなに向かって叫ぶ。
別に、心配させまいとして気丈に振る舞ったわけじゃない。
本当に、ボクが幸せだったからだ。
ここに来るまでのボクは、窓のない薄暗い病室の中にいて、寝たきりだった。
お医者さんや看護婦さんが「もう、長くないね」って話をしてるのを、横でずっと聞いていたんだ。
パパやママが、ボクの寝顔を見て嗚咽を漏らしていたのを、ずっと聞いていたんだ……!
身体を起こして笑いながら、ボクは平気だから、泣かないで! って言いたかった。
でも、できなかった。ボクは自分の意思で起き上がることも、表情を作ることも、できなかったんだ……!
それに比べたら、この河原は、ボクにとっては天国みたいなもんだ。
身体が動く、走り回れる……! そして、笑顔になれる……!
それどころか……悲しんでいたみんなを、笑顔にすることだってできるんだ……!
だから、こうしてみんなを見送れるだけで、ボクは幸せなんだ……!!
みんなが空に昇って見えなくなるまで、ボクは手を振った。
ふと気がつくと、鬼たちはいなくなっていて、かわりに目の前にオジサンが立っていたんだ。
この河原には子供か鬼しかいなかったので、大人がいるのはなんだか不思議な気分だった。
しかもオジサンは白髪白髭で、なぜかサンタクロースの格好をしている。
「ほっほっほっ……キミ……名前は?」
オジサンはやさしそうに笑いながら、ボクに話しかけてきた。
「……ソラ! 神代空!」
ボクはアンジュにしたみたいに、元気に自分の名前を言う。
二度も名前を言えたので、ボクは嬉しくなった。
「ソラか、いい名前じゃな。ソラはまだ子供じゃが、随分と賢いようじゃのぉ。学校で、いっぱい勉強をしとったのかな?」
「ううん、学校には行ってない。そのかわりにベッドの上で、ずっと電子書籍を読んでたんだ」
「なるほどのぅ、それでいろんなことを知っとるのか。えらいのぉ」
ほめてもらったけど、ボクはあまりピンとこなかった。
「……そうかなぁ、同じ歳の子と比べたことないから、わかんないや」
「何事も楽しんでやる気持ち、何よりも他人を思いやる気持ち、どんな絶望を前にしてもあきらめない気持ち……。そして清らかな心と、聡明さを併せ持っておる……ピッタリじゃな」
「ピッタリって……なにに?」
「神様じゃよ……キミには才能があるから、神様になる気はないか?」
そう言ってオジサンは、ボクに手を差し伸べてきた。




