01 素敵な所だと思ったら、賽の河原でした
ボクは、川のそばに立っていた。
あたりは曇りの夕暮れみたいに薄暗かったので、ボクは今までいた病室を思い出していた。
でも、イヤな薬の匂いはしなかったし、川を見るのも初めてだったので、ボクはとても嬉しかった。
目の前には、まっすぐで大きな川が横たわっている。
静かにせせらぐその川は、右を見ても左を見ても、果てることなくどこまでも続いていた。
後ろを振り向くと、濃い霧に覆われた河原がある。
丸くてつるつるした石がびっしりと敷き詰められている地面には、潮干狩りでもしているみたいに、人がいっぱいしゃがみこんでいた。
人は大勢いるのに大人の姿はどこにもなくて、みんな子供だった。
ボクと同い年くらいの子や、ボクよりお兄さんの子、小さい子もいる。
なぜかみんなボロボロの浴衣を着ていて、悲しそうな顔をしていた。
みんな今にも泣きそうな顔で石を拾い上げ、積み上げている。
子供がこんなに大勢いるというのに、河原はとても静かだった。
川のせせらぎに混ざって、囁くような、かちゃ、かちゃ、と石を積む音がする。
「ねぇねぇ、なにをやってるの?」
ボクは少し離れた所にいた、だいぶ年上の女の子に話しかけてみた。
なぜ近くの子じゃなくて、その子にしたのかというと……髪の毛が金色で、とても目立ったから。
「……石を積んでる」
金髪をツンテールにしているその子は、ぼんやりとした瞳で、石を重ねながら答えてくれた。
暗くて沈んだ声で。
「ボクも手伝うよ!」
ボクは女の子の前にしゃがみこんで、石を拾った。
彼女の積んでいた石の上に、ちょこんと重ねる。
すると女の子は、手を止めてボクを見た。
「……キミは、自分のを積まなくていいの?」
「自分のを積む、って?」
ボクは積みあげながら、女の子に尋ねる。
なんだか積み木みたいで楽しかったので、どんどん石を置いていく。
「……ここはね『賽の河原』といって、親より先に死んだ子供が来るところなの。先立った親不孝に報いるため、石を積んで供養塔を完成させなきゃダメなんだ」
「供養塔ができるとどうなるの?」
「……この河原から、出ることができるの」
「じゃあみんな、この河原から出たくて石を積んでるんだね。ボクは出なくてもいいから、キミのを手伝うよ!」
「……キミは、ここから出たくないの?」
「うん! だってここは、ボクがいた病室に比べてずっといい所だもん! 苦しくもないし、身体も痛くないし……ずっとここにいたい!」
「……そうなんだ。手伝ってくれるのは嬉しいけど、無駄だよ……供養塔は、できないよ……」
「なんでできないの?」
「……完成しそうになったら鬼がやって来て、壊しちゃうんだ」
「お……鬼!? 鬼って……節分とかのあの鬼!? ホントに鬼がいるの!?」
「……うん。もうすぐわかるよ、キミが手伝ってくれたおかげで、塔ができそうだから」
女の子の言葉が終わるのを待っていたかのように、ボクらは大きな影によって覆われる。
見ると……そこには昔話とかに出てきそうな大きな赤鬼が立っていて、金棒を大上段に振りかざしているところだった。
「ほ……ホントに、鬼だっ……!?」
驚くボクめがけて、赤鬼は電柱みたいな金棒を、容赦なく振りおろした。
ボクは女の子といっしょに、塔ごとふっ飛ばされてしまう。
「うわああーーーーっ!?!?」
ボクは紙くずみたいに宙を舞って、数メートル先の地面に叩きつけられた。
「い……いたたたたた……!」
身体じゅうをさすりながら起き上がる。
すごく痛かったけど、不思議とケガはどこにもなかった。
女の子は無事かとあたりを見回してみると、すぐ側にいた。
「……これでわかったでしょ?」
もう復活していて、淡々と石を積み上げている。
「なんで……なんで邪魔されたのに、怒らないの!? 人が作ったものを壊すだなんて、許せない……!」
ボクは彼女のぶんまで、鬼たちに腹を立てた。
「……だから無駄だ、って言ったでしょ……。怒っても、泣いても、何をしてもやめてくれないんだ……。力じゃ、あんな大きな鬼に、勝てるわけもないし……」
「でも、だからって、何もしないんじゃ、やられっぱなしじゃないか!」
「……いいの、それで……もう、いいんだ……。きっと永遠に石を積むことが、この『賽の河原』にいる者の宿命なんだよ……」
女の子は虚ろな瞳でボクを見つめながら、死期を悟った病人みたいに力なく言った。
でもボクの心の内は、彼女の悲しさを燃料にするみたいに、どんどんと熱くなっていく。
まるで燃えているみたいに、身体が熱い……!
病室にいるときはこんなこと、一度だってなかったのに……!
「ううっ……ボクはあきらめないぞ! いくら邪魔されても、絶対に供養塔を作ってみせる……! 見てろよ鬼どもっ! 絶対に……ギャフンと言わせてやるっ……!!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
それからボクは、河原にいる子供たちに呼びかけた。
みんなで協力して塔を作ろうって。
でも、最初に話した金髪の女の子みたいに、みんなあきらめきっていて……誰も協力してくれなかった。
しょうがないので、ボクはひとりで鬼と戦うことにした。
鬼が現れたら突っ込んでいって、石を投げつけるんだ。
でもいくら石をぶつけても、鬼たちは蚊にさされたほども感じてないようだった。
石を投げるボクを見もせず、塔を崩して帰っていくんだ。
いくらやってもダメだったので、今度は挑発してみることにした。
鬼を怒らせボクを追いかけさせて、そのスキに塔を完成させてもらおうという作戦だ。
「やーいやーい! お前の父ちゃんカミナリオヤジー!」と鬼の前でお尻を出してペンペンしてみたりしたんだけど、完全無視だった。
鬼は相変わらず、鬼のような形相で塔を壊していくんだけど……何度か繰り返しているうちに、ボクはあることに気づいた。
塔が完成に近づかないかぎり、鬼は現れないことに……!
新たな作戦を思いついたボクは、まわりに人のいない河原に行って、準備をした。
それから、最初に話をした金髪の女の子に頼んで、協力してもらったんだ。
誰もいない河原で石を積む、金髪の女の子。
ボクはその姿を、少し離れたところで見守る。
彼女のツインテールはとっても綺麗で、霧に覆われたこんな所でも、光の輪っかができているのがわかる。
まるで翼のない天使が河原で遊んでいるみたいだ。表情は全然楽しそうじゃないけど。
なんてことを考えていると……彼女が積み上げていた石の山が、塔の形をなしていく。
濃い霧の向こうから、陽炎のように大きな人影が現れた。
じゃりっ、じゃりっと石を踏み鳴らし、やってくる鬼。
女の子の背後に立つと、片足を高く上げながら、金棒を大きく振りかぶる。
轟音とともに振り下ろし、上げた足ごと大地に叩きつけようとした瞬間、
ガラガラガラッ……どしゃんっ!
鬼の身体が勢いよく沈み込み、ボクの視界から消えた。
よし、バッチリ決まった……!
ボクは女の子に向かって、駆け出しつつ叫ぶ。
「……いまだっ! 鬼が落とし穴にはまってる間に、塔を完成させて!」
ボクの声に、ハッとなる女の子。狙いに気づいてくれたようだ。
鬼は、塔が完成に近づかないかぎり、現れない……!
だからボクは、穴を掘ってみたんだ……!
塔の完成を阻む鬼を陥れる、大きな落とし穴を……!
「ほ……本当に、塔が……できるの?」
彼女はまだ信じられないような様子だった。でもその瞳は、もう虚ろじゃない。
希望を見出したかのように、ほのかな光を宿しはじめている。
女の子は、最後の石を掴んだ。
塔の頂上に持っていこうとするんだけど、うまく狙いが定まらない。
まるでいまにも崩れそうなジェンガを前にしているかのように、手が震えている……!
「だ……だめ……で……できないっ……」
女の子はかなり緊張しているようだ。
無理もない、永遠ともいえる長い時間……ずっと完成しなかったものが、ついに出来上がるんだ。
彼女が積み上げてきたのは石だけじゃない。
きっと計り知れないほどの想いも、一緒に積み上げてきたんだ……!
できれば覚悟が決まるまで、待ってあげたいけど……鬼があがってきちゃう……!
早くなんとかしなきゃ……!
ボクは落とし穴から這い上がろうとしている鬼を、足蹴にしながら叫んだ。
「ううん、キミならできる! ここを出たかったんでしょ!? その気持を思い出して! 絶対ここを出てやるんだって、気持ちを……! どんなことでも、やればできるってことを……!!」
「どんなことでも……やれば……できる……?」
女の子は振り向いて、ボクを見た。
その戸惑いに満ちた瞳に向かって、ボクは訴え続ける。
彼女の瞳、そして心を覆っている最後の霧を、晴らすように……!
「そう! できる……! できるんだっ!! そう信じていれば、無理なことなんてない!! たとえ地獄の鬼たちだって、ギャフンと言わせてやることができるんだっ……!!」
「やれば……やれば……できるっ……!!」
女の子の瞳が、雲間の太陽のように輝く。
言葉に力がみなぎっているのがわかった。
迷いの消えた手が、頂上に伸びる。
そしてついに、カチャリ……! と最後のパーツがはまるような音が、静かな河原に響いた。
ついに……供養塔……完成っ……!!
刹那、供養塔を中心にして、あたり一帯がまばゆい輝きに包まれる。
女の子の身体は、翼が生えたみたいに宙に浮かび上がっていた。
「ま……まさか……本当に塔が完成するなんて……!!」
信じられない様子で、ボクを見下ろしている。
「やった! やったやった! これでこの河原から出られるよ! よかった! よかったね!」
興奮がわきあがって止まらない。ボクはバンザイしながら、飛び跳ねて喜んだ。
まるで自分のことみたいに、すっごく嬉しかった。
「あ……ありがとう! まさか本当に塔を作っちゃうだなんて……! しかも、自分のためじゃなくて、人のためだなんて……! 本当に、本当にありがとう……!」
女の子は感激のあまり、涙を流していた。
頬から伝った光の筋が、雫となって垂れ落ちる。
ボクはそれを、手で受け止めた。
涙の粒はボクの手のひらの中で、ダイヤモンドみたいな宝石になる。
「キミのこと、絶対に忘れない……! 名前を……名前を教えて……!」
「ボクは…………ソラ! 神代空!」
ボクは元気いっぱいに、自分の名前を……天使のいる大空に向かって叫んだ。
元気に挨拶するのが、ボクの憧れだったから。
「アタシはアンジュ! ソラ、別の所に行っても……キミのこと、みんなに話すよ……! こんなにすごい子がいたんだ、って……! ありがとう……ソラ! 本当にありがとう……!」
女の子は何度もお礼を言いながら、天に昇っていった。
ボクは彼女の姿が見えなくなるまで、ずっと手を振った。
その時ボクは、心の中で決めていたんだ……。
もっともっといっぱい、塔を作る手助けをしてやるんだ、って……!




