1・今日はゴールド
僕はよく友人から「お前って、わかりやすいよな」と言われる。その理由はたぶん色々あるのだろうけれど、やっぱり一番の理由はアレなんだと思う。
毎朝、高校へ行く前に、僕は洗面所にある鏡を見る。
そこには何の面白みもない、どこにでもいそうな平凡な顔の自分が映っていた。サイズのちょうどいい黒い制服を着て、前髪が目にかからないように切り揃えられたごく普通の高校二年生。だけど一つだけ、僕には他人と明らかに違うところがあった。それは目だ。
今の僕の目は、ゴールドに光り輝いている。それは比喩的な表現ではなくて、本当に見たまんま光っているのである。本来、黒目であるところからキラキラと綺麗な金色の光が放たれており、とても生粋の日本人だとは思えなかった。きっと、はじめて会った陽気な外国人が今の僕を見たとしたら、「オウッ! ビューティフル! アナタノ、ソノメ、キレイデスネ~。マルデ、ホウセキミタイデス~。カラーコンタクトカナニカ、イレテルノデスカ~?」とでも尋ねられるのだろう。
だけど今の僕の目は、カラーコンタクトを入れて光っているわけじゃない。生まれたときと同じ裸眼の状態なのだ。
といっても、僕の目はいつもゴールドに光り輝いているわけでもなかった。本来の僕の目は、多くの日本人と同じ黒目だ。だけど今日はたまたまゴールドに光り輝いていただけなのである。
つまり簡単に言うと、僕の目は、そのときの時間や場所によって色んな色に変化してしまうという特別な事情を抱えていたのである。いや、というよりも、僕のこの目は、そのときの感情によって様々な色に変わってしまう、と説明した方がいいのかもしれない。
その理由は、今でも僕にもわからなかった。だけど、小学一年生の頃からこうだったから、今ではもう突然、自分の目の色が変わったって驚くことはしなかった。今日だって、鏡の中の自分がゴールドの目になっていることに気づいても、「はぁ、今日はゴールドかぁ……」くらいにしか思わない。きっと、そうした思いは、長年僕と一緒に暮らしている両親も同じなのだろう。その証拠に、さっき洗面所ですれ違った母親と二秒くらい目が合ったけれど、「あぁ太郎、おはよう」と挨拶をされただけで、僕の光り輝く目に驚いた様子は全く見られなかった。
ちなみに、こういう目だから、小学生の頃の僕は周りの大人たちに心配されることもあった。くる日もくる日も、目を色んな色に変えるもんだから身体のどこかが悪いのではないかと思われたのだ。
不安になった両親が、まだ小さかった僕の手を引いて病院へ連れて行ってくれたこともあったけれど、特にこの身体に異常は見られなかった。ただちょっと医師たちに興味を持たれただけで、この身体も、この変色する目も、至って健康だったのだ。
そんなこともあって、高校生にまで成育した僕は、自分の目が突然光り出しても驚くことはしない。両親や親戚、学校のクラスメイトたちも、今ではもうこの僕の目に慣れてしまっているから、驚く人は身近に誰もいなかった。
けれど、ときどきこの目のせいで、ちょっと厄介だなと思うことはあった。なぜなら僕の目は、ただ色が変化するだけではなくて、ときには形なども変わってしまうこともあるからだ。
例えば、僕の機嫌が悪くてイライラしているときには、黒目が赤く光って点滅を開始するから、周りにいる人を必要以上に怖がらせてしまうこともあったし、僕が突然悲しくなって一人自室にこもっているときには、黒目がなぜか三角形になってその瞳から青色の涙が出てきてしまうから、お気に入りのラグに青いシミが残るなんてこともあった。
他にも友人たちから聞いたところによると、僕の黒目は、楽しくなると虹色の音符の形へと変化しているようだったし、眠くなると黒目が段々と灰色に変色して、ご丁寧にもその瞳の中には枕のシルエットが浮かぶこともあったのだそうだ。
だから僕はよく友人たちに、「お前が今、何を考えているのか、俺にははっきりと読めるぜ」などと自信満々に言われてしまうことが多かったのである。
そんなわかりやすい僕だって、友人たちの冷やかしにただ黙って笑っているだけじゃなかった。自分のそのときの感情が常に周りにばれてしまうのは、何となく恥ずかしくて悔しかったのだ。
だから過去には、何とか自分の感情が人にばれないようにと努力してみたこともあった。自分のこの目の色が無意識に変わってしまわないようにと、顔に力を入れてみたり、何度も瞬きをしてみたりと、思いつく限りの方法を色々と試してみたけれど、結局、何も効果はなかった。それならと、一日中アイマスクをして、友人たちに目を見られないように過ごしてみようか、と考えたこともあったけれど、そうなると、僕の大好きな女性アイドルの写真集が見られなくなってしまうことに気づき、結局その考えはすぐに止めていたのだった。
たぶん今、鏡の中の僕の目がゴールドに光り輝いているのは、今日、学校で大事な定期テストがあるためだろう。
今日のそのテストで、もし百点満点をとれたのなら、母親から『一万円』がもらえるという大事な契約を交わしていたので、僕はいつも以上に身体にエネルギーが満ち溢れているのだ。だから、今日の僕の目は、どこか特別感のあるゴールドに光り輝いているに違いない。
学校に到着し自分の教室へ入ると、親友の上窪裕二が「おう」と言い、軽く手を上げてこちらへ近づいてきた。
上窪とは同級生の中で一番の仲良しで、幼稚園に通っていた頃からの幼馴染みでもあった。人懐っこくて正義感のある優しい奴だけれど、いつも笑顔で悩んでいるところなどをあまり人に見せない奴でもあったから、ときどき何を考えているのか親友の僕でもわからなくなることもあった。
「おっ太郎。お前、今日テストだからって、やる気がみなぎってるじゃんか。頑張れよ」
今日の僕の目を見てわかったのだろう。上窪は、僕の肩をポンッと一回叩くと、お互い頑張ろうぜ、みたいな顔でガッツポーズをしてみせた。
僕はそれに対して苦笑いで頷く。応援してくれるのはありがたかったけれど、今日の僕がいつも以上にやる気に満ちていると簡単にばれてしまい、何となく面白くなかったのだ。
テストが終わる頃の僕は、魂が抜けたようだった。シャープペンシルを机に置いた僕は何も言っていないのにもかかわらず、前の席にいた上窪に、すぐに感情が読みとられてしまったらしい。
「おっ太郎。お前、今、黒目のところがだんだん小さくなって消えかけてきてるぞ? まるで白目剥いてるみたいに見えるな。ん? しかも今度は、目の中でお札みたいなのがヒラヒラと舞って消えていったぞ。どうやらその調子じゃ、テスト全然だめだったんだな。そんで、一万円ももらえないと。ドンマイ」
上窪は、僕の目を見て、同情しているようにわざとらしく口角を下げ悲しい表情をしてみせた。
僕は、自分の目が嫌いだ。どんなときだって自分の感情がすぐに相手に伝わってしまうからである。
はぁ。僕は心の中で深い溜め息を吐いた。




