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クアットゥオル・シーズン  作者: 二郎
第7章 ヘクセレイギルト
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第62話 合流

 途中、ちょっとしたハプニングがあったが、真田は学園に無事に到着した。

 私服のままでは学園内では不審者扱いされる事で、初めに来た時のように制服に着替え、マリアンヌが待つ実験棟に向かった。

 エステルはマリアンヌの個人実験室の扉を、控えめながらも確実に中に居る人物に聞こえる程の力で、コンコンとノックをした。


 「お嬢様、タクト=サナダさんをお連れしました」


 「入って頂戴」


 「失礼いたします」


 一拍の間を置き、エステルはドアを静かに開け、真田に入るように促した。

 真田は軽装備の護衛の女騎士に見られながら、実験室に入って行った。

 部屋は真田が借りている部屋が物置かと錯覚するかのように広く、端と中央には大きな木製の長テーブル4つが配置され、その上にはフラスコやビーカーと言った実験道具が、使用しやすいように種類別に整然と並べられていた。


 「ようこそ、サナダさん。突然の呼びかけに応じていただき、ありがとうございます」


 部屋の主であるマリアンヌは、椅子から立ち上がり真田を出迎えた。

 真田より少し低い背丈で、肩より少し長く毛先が軽くウェーブしている金髪。碧の瞳に雪のような白い肌。身に纏う制服には皺の一つも無く、首のリボンも左右対称にきっちりと結ばれ、着けている人物の性格を表しているかのようだった。


 「ああ。此方も予定があるのでな、何日か前に行ってほしいものだな」


 「それについては申し訳ないと思っています。コロッセオの件での進展がありましたので、それについての報告をすぐにしたいと思いまして」


 「だったら、早くに終わらせようか。君は生徒会長で公爵家の令嬢であるので忙しい身なのだろ。時間は有限だ、有効に使うべきだ」


 「それは私も思います。ですが、あまりきっちりとしても息苦しくなるだけでは無いですか。少し無駄な時間を作る事で、その後の作業がしやすくなると思います。ですので、休憩にと紅茶を入れますので、どうぞこちらに」


 そういうとマリアンヌは真田を研究スペースから少し離れた休憩スペースへと真田を案内した。

 そこには直径が数十cmの円形の白いテーブルにアンティーク調の椅子が2つ、机の上には円柱型の3層構造である銀のケーキスタンドが置いてあった。

 お抱えのシェフが製作したのだろう、高級店に置いていてもおかしく無い程の完成度の高い色とりどりのケーキが数個、彩りを計算して置かれていた。

 如何やら真田が来る前提の上で用意していたらしい。でなければ、タイミングと真田を抜けた人数にしては不可解なケーキの数でしかなかった。

 真田は何処と無く馬鹿にしたかのような呆れた表情となった。


 「生徒会長さん、私はお茶をしに来た訳では無いのだよ。指輪の件で進展があったと聞いたから、来た訳だ。それにティータイムには時間は早すぎるだろ」


 「それは知っていますよ。ですが、招待した相手に何のもてなしをせずに帰すとなれば、それはカノーヴィル家の恥。サナダさんには私のもてなしを受けて貰います」


 マリアンヌは真田に出す紅茶の用意にと、水を入れたティーポットを温め始めた。

 作業を見ている真田は面倒臭くなり帰ろうかなと考えた。

 しかし、後ろから親の仇のように睨め付けているエステルが更に面倒になると判断し、大人しく椅子に座って待つ事にした。

 真田が椅子に座ろうとすると、エステルがスッと音も無く椅子を座りやすいように引き、座るスピードに合わせて、椅子を動かした。

 それから十数分後。

 開いている窓からの光景を見ていた真田の鼻に、人を落ち着かせるかのような優しい匂いが届いた。

 マリアンヌが自ら入れた紅茶を持って来たのだ。

 木製のキャスター付きのワゴンの上には、淵が金で装飾されている白磁製の赤と紫の華が色付けされているティーカップと受け皿であるソーサー、茶菓子用の白磁の皿が2つずつ載っていた。

 そして入れた紅茶を真田の右手側に置き、三角形の木のヘラのような物でケーキスタンドから苺が載っている生クリームのケーキを取り出し、皿に移し真田の左側に置いた。


 「サナダさん、紅茶は私が普段飲んでいるメデゥレです。お茶菓子のケーキはシンプルにショートケーキとなっています」


 「はいはい、美味しく頂きますよ」


 おかしな状況に頭が痛む真田は鬱陶しそうに答えた。

 銀のフォークでショートケーキを一口サイズに切り、口に運んだ。そしてショートケーキをのみ込むと、ティーカップの取っ手であるハンドルを右手3本の指で抓むように持ち上げ、軽く傾け紅茶を口に含んだ。

 それをマリアンヌは合格発表を待っている受験生のように、固唾を飲んで見ていた。

 そして真田はティーカップを音を立てず静かにソーサーに置き、独り言のように静かに呟いた。


 「‥‥‥まあまあだな」


 その瞬間、マリアンヌの表情は春の空のように晴れやかなものとなった。


 「サナダさんにそこまで言っていただけるなら、紅茶の注ぎ方を練習した甲斐がありました。嬉しいですっ」


 マリアンヌはニコニコと破顔させ、自らの分を用意すると椅子に座り、ティータイムを始めた。

 真田は行儀が悪いと思っていても机に肘をつけ右手に頬を置き、ケーキを行儀よく食べているマリアンヌを呆れた顔で見ていた。


 「なあ生徒会長さんよ、私は優雅なティータイムをしに来た訳では無いのだよ。指輪の件で判明した事を聞きに来ただけだ。早く話して貰えないだろうか」


 マリアンヌは表情を崩さず、ニコニコとしたままだった。


 「分かっていますよ、それで私はエステルにサナダさんを、呼びに行って貰いましたので」


 マリアンヌは雰囲気を切り替えるかのように、慣れた仕草でティーカップをソーサーを置き、表情を引き締めた。


 「サナダさん。私はあのコロッセオの騒動の後始末をした後、事の重大さを皇帝陛下と宰相であるお父様に報告しにシュノン城へと登城しました」


 「それで?」


 「反応は今一つという感じでした。一応オプスキュリテ様を封じていた指輪を証拠として持っていきましたが、事が壮大過ぎて現実感が無いのか、私が嘘を吐いていると思って相手にしてないか。何方かと思います」


 「予想通りと言えば予想通りか、確たる証拠も証言が無いからその程度が限界か。‥‥‥それでもある程度に信じるに値すると思わせたのは、生徒会長さんの人徳のお蔭か」


 マリアンヌは何とか真剣な表情を崩さずにいようとするが、嬉しさが勝るのか口元がピクピクと動いていた。


 「また私の権限を使い皇帝陛下直属の魔術師団の解析班の方々に、どんな魔術を使っていたか指示しました。しかし、殆ど痕跡が残っていないので、解明するのに時間が掛かるそうです」


 真田は自信満々といった様子で。

 

 「そりゃそうだ。あの時に使った『解除(リーパ)』は、対象の術式を絡まった糸を解くような無効化では無く、金を溶かす王水ように徹底的に消去する術式だからな。残っている方が不思議なぐらいだ」

 

 何気に問題発言なのだが、深く追及すると話が違う方向に向かいそうだからか、マリアンヌはあえて無視した。


 「後、お父様からはその程度の証拠では事態打開への人員や予算を付ける事は難しい。お前がその事案を本気で対処する気があるなら、もっと証拠を集めて来なさいとの事です。‥‥‥ですのでサナダさん、貴族嫌いで嫌だと思いますが。共通認識を持つ者同士、此処は協力体制を取りませんか」


 声には糸をギリギリにまで張りつめたかのような緊張感が滲み出ていた。

 マリアンヌは理解していた。

 目の前に居る真田が協力するかしないかで、この事案の脅威度が大きく変化するのだと。

 あの指輪が存在したという事は、神には及ばないものの配下の天使と同等の力を持つ大精霊オプスキュリテを封じた個人や団体が存在している。そんな組織と戦えば帝国が無事に済まない事など戦いに疎いマリアンヌでも理解出来る。

 だからこそ、強大な力を持つ真田の協力が必要不可欠だ。

 真田は少し躊躇うかのような口振りで。


 「それは情報交換に関する契約を交わすという事で良いのか。所属するギルトでも上げないようなほんの些細な情報でも、持っている情報を交換するという事か」


 「その認識で構いません」


 「なら、答えは保留だな。今は私一人で決められる立場にないからな」


 「どういう意味でしょうか?」


 「言葉のままだ、今はチームを組んでいる。他の人と行動を共にしているので、その人の了解無しに勝手に決められない。今度、連れてくるからその人と話し合いをしてくれ」


 「その方もサナダさんと同じように、貴族嫌いな方なのでしょうか」


 尤もな疑問だった。

 チームとはある程度、同じ方向性を持った人間同士で組むのが基本である。そうしなければ、争いや分裂の要因となり、チーム解散となってしまうからだ

 真田はおかしそうに少し口元を歪め。


 「私がそうだから組む相手も同じとは限らない。未熟者とは言え、個人の感傷と仕事は切り分けて行動しているつもりだ。相方は寧ろ君達に好意的な人物だから、私のように話が拗れる事は無い。すんなりと合意を取り付けるだろう」


 「サナダさんが言われるのならそうなのでしょ。‥‥‥では、話し合いの場はいつ設けましょうか。出来るだけ早い方が良いのでは」


 「君が良ければ、今日の午後にでもいいじゃないか。私達はこの後に何か用事がある訳じゃないから。この後はどうなのだ」


 「えぇっと。今日はお昼前後に2講座があるくらいですね」


 「それに合わせて私達が来よう。終わったらエステルをギルトに寄越してくれ」


 真田は置かれていたケーキと紅茶を瞬くまに平らげた。

 それはもう此処には用が無いと相手に見せつけるかのような速さだった。

 見ていたマリアンヌは少し呆れた表情となった。


 「そんなに慌てなくてもサナダさんの分は無くなりませんよ。まだおかわりを出来るだけの量がありますから、どうですか」


 「結構だ。話は終わった以上、私がこの場に居る理由も無くなった。ならば異物は早々に去るのが慣例だ。何時までも居れば歪みが発生し、双方にとっても良くないからな」


 「それはそうですけど‥‥‥」


 納得いかないマリアンヌは不満げな表情を表していた。

 真田の言葉が正しいのだろう。

 真田は学園の生徒では無く、何も関係の無い部外者。これが何かの依頼であれば言い訳が立つが、完全に私用となっていた。

 今はマリアンヌの人柄や公爵家の威光によって押さえつけ噂が流れて無いが、人の口には戸が立てられない。

 もし公爵家を疎ましく思っている勢力の耳に入れば、どうなるかは想像が容易である。


 「また午後にでも会おう」


 「ええ。終わり次第、人を向かわせますので」


 約束を取り付けた真田は、最初に帰ったようにエステルを伴い、職員用の玄関へと部屋を出た。


 前と同じようにエステルが伴って、真田が出入りしている職員用の玄関へと到着した。


 「では、エステル。生徒会長さんの講義が終わったら、迎えの方を宜しく」


 「はい、分かりました。直ぐに向かいますので」


 一旦別れ、後はマリアンヌの講義が終えるのをアヴェドギルトで待つだけだったが。


 「部外者を招き入れるようにだけど、いったい我が学園に何の用かしら」


 それは柔らかく芯のしっかりとした口調であった。

 真田たちは突然の声に驚き、声がした方向へと視線を合わせた。

 その人物を捉えた瞬間、何故かエステルは驚愕の表情となった。

 其処には、1人の老女が立っていた。

 老女からは付け焼き刃では無い、先練された気品が漂っていた。

 背丈は真田より少し低く肩までの短い白髪で、白い肌に顔には幾つもの皺が走っていた。目元は優しげな雰囲気を出しているが、碧の瞳には老女の意思の強さが宿っていた。青紫と白が模様を描くかのように入り交じったローブを着こみ。またその腕には、黄金の腕輪を填めていた。

 老女は年齢を感じさせない程の、しっかりとした足取りで近づいてきた。


 「確か、貴女はマリアンヌ殿下の御付きの子だったわね。生徒では無い人を学園に連れて来て、一体どういうつもりなの」


 「それは、その‥‥‥」


 どういう説明をすればいいか分からず、エステルは言葉に詰まった。

 正直に話せばいいのだろうが、その場合は主であるマリアンヌにまで話が及んでしまう。

 主であるマリアンヌに迷惑をかける事だけは、従者としてそれだけはどうしても避けたいのだ。

 事態を解決できず困惑するエステルに、真田は小声で話しかけて来た。


 「エステル。このご婦人は一体誰?」


 「知らないのですか、あの御方はこの帝立スキエンティア魔法学園のリーゼロッテ=エルウッド学園長です。そして、多くの優秀な魔術師を抱えるヘクセレイギルトのギルト長を務めているのですよ。その魔術の腕前は帝国で随一と云われる程です」


 真田は納得するかのように何度も頷いた。

 学園は兎も角としてヘクセレイギルトのギルト長であれば、半端な実力では務まらない。

 真田はヘクセレイギルトに来る前に、受付嬢のメアリーから簡単な説明を受けた。

 アヴェドギルトが剣士や拳闘士などの冒険者が主体であるのに対し、ヘクセレイギルトは魔術師が主体である。その業務内容は魔術工芸品の鑑定や使用した魔術の解析などの専門的な知識と技術が要し、いわば職人集団なのだ。

 アヴェドギルトと同様に腕に自信がある者達の上に立つという事は、地位に見合うだけの知識と実力を保有している事になるのだ。

 真田は恭しくゆっくりと頭を下げ。


 「エルウッド学園長。私はアヴェドギルト所属の冒険者タクト=サナダと申します。今回はとある事情により、マリアンヌ=カノーヴィル殿下への拝謁の栄を賜りました。しかし、カノーヴィル殿下は学業と公務に御多忙との事で、学園内でしか時間が取れないとの事。それで従者であるエステルさんから、余りの制服を拝借したまでです」


 エステルは驚きを持って、真田を見た。

 貴族嫌いなので擁護するとは思わなかったが、まさか自分の身可愛さのあまり売るような真似は思っていなかったのだ。

 貴族嫌いで相いれない存在だが、それでも最低限の礼節を弁えているとエステルは思っていた。それは短いながらも、真田の言動から感じられた。

 それがこのような形で裏切られた事に、エステルは激しい憤りを感じた。

 人の前で若干の躊躇いがあるが、此処で言わなければいけないと思い。エステルは口を開こうとしたが。

 

 「公爵家令嬢が冒険者相手に、しかも学園内で早急に話をせねばならない事情なんて、どんな火急の用件なんでしょう。何か国を揺れ動かすかのような用件なの?」


 エルウッドが先に端を発してしまったので、エステルは興が削がれてしまい。非難の声を上げる事が出来なくなってしまった。


 「それは私の口から、言えるような案件ではありませんので」


 「‥‥‥まぁいいわ、その件に関しては後で改めて聞きますので。後、マリアンヌさんとエステルさんには、無許可で学園内部に外部の人間を招き入れた事について、後日みっちりと聞かせて貰いますので、そのつもりで」


 どうしようもないとは言え、結果が悪い方向に行ってしまった事にエステルは、ガックシと肩を落とした。


 「この件についてサナダ君には、私からの厳重注意を受けて貰いますので、付いて来なさい」


 エルウッドはそそくさと目的の場所がある方向へと歩いて行った。

 真田はエステルに軽く別れの挨拶をすると、エルウッドの後を追った。


 真田は開けられた重厚な木製の扉を通過し、部屋の中へと入っていた。

 そこは部屋の主と似た落ち着いた雰囲気の部屋であった。

 建物自体は無個性なコンクリートなのだが、この部屋は壁から天井や床に至るまで、全て樹の板が填め込まれていた。真田が滞在している部屋を3~4つ合わせたかのような広さだった。接客用なのか部屋の手前には背凭れと台座には黒張りのフカフカのクッション、肘掛と両脚に丁寧な細工が施され高級そうな4個の椅子が対面するように置かれ。その間には椅子に座って丁度いい高さの木製の長机が、その存在感を出していた。その奥には執務用の木製の机と椅子が置かれ、机の上には羽ペンと黒のインクの他に呼び出し用のベルと数冊の本が置かれていた。両壁には天井まで聳える木製の棚が置かれており、何かしらの大会の賞状や盾、トロフィーなどが綺麗に置かれていた。そして部屋の隅には、アヴェドギルト事務室にある柱時計が、静かに時を刻んでいた。

 エルウッドは接客用の椅子の1つに座ると、真田にその対面の椅子に座るように促した。

 真田は静かに座ると、1つ溜め息を吐き。


 「あの時の職員さんがギルト長で学園長だったとは。まさに現実は小説より奇なりと言いますか、まだまだ世界は驚きに満ちていますね」


 エルウッドと会った際、真田は驚きの色が強い瞳で見ていた。

 何せ目の前の老女は依頼でヘクセレイギルトに立ち寄った時、担当した職員だったからだ。あの時は周囲からは年若い女性となっていたが、真田には目の前のように老女として見えていた。

 エルウッドも真田に気付いた瞬間、驚愕の表情となった。

 しかしそれも一瞬の事で、直ぐに初対面ですというように取り繕ったのだ。


 「それは此方も同じよ。毛嫌いしていたカノーヴィル殿下の招集に応じるなんて、どんな心変りがあったの?」


 「私は何も変わってもいませんよ。学園長が私を此処に呼んだ事案の進展状況を聞きに来ただけですよ。まあ、結果的には無駄足に近かっただけですけど」


 「その報告は私の方にも上がって来ているわ。模擬試合を担当した講師から聞いただけだから実感がわかないけど、闇の大精霊オプスキュリテ様を封じた指輪なんて存在したの?」


 真田は遊びなど含まない酷く真剣な口調で。


 「確かにありました。でなければ、生徒会長さんがわざわざ皇帝と実父である宰相に報告には行かないですよ。彼女なりに今回の件は帝国の一大事と思ったようです。‥‥‥学園長はそのような事が出来る人物に心当たりは」


 エルウッドは暫く沈黙となり、今まで出会ったや噂で聞いた人物の事を思い出していた。

 そして間違えないかのように静かに語り出した。


 「出来る人物には心当たりは無いけど、可能性がある人物たちには心当たりがあるわ。‥‥‥だけど、これは耐魔術100%の鎧や特殊能力を持つ剣と云った神器クラスの武器防具を揃えて、はじめて出来るかもしれない可能性よ。そうまでして精霊と戦う理由は彼らには無いわ。寧ろくだらないと言って蹴飛ばすぐらいよ」


 「だとしたら、一体誰が」


 「他にあるとしたら、諸外国の息の掛かった人物ぐらい。有力候補はテラン王国かしらね」


 思わぬ国名の登場に、真田の身体は一瞬固まった。

 思い出すのはカドモニアの森に住むエルフ族の長老の言葉であった。

 人以外の種族をゴミ程度しか思っていない人間達が住む国。

 覚らぬように平然を装いながら。


 「‥‥‥テラン王国。確か人を優良種と考える種族主義者の国と聞いていますが」


 「そうなの。私達フィルド帝国とは思想が相いれないから経済では繋がっているけど、行政同士の交流は殆ど無いに近いの。辛うじて私達のような民間同士で繋がっている状態だわ。王国が国家転覆を狙った差し金とも考えられるわね。まあ、可能性の一つに過ぎないけど」


 「もどかしいですが真相は闇の中という訳ですか。‥‥‥情報が少なすぎるというのもありますが」


 「考えても分からない事を此処で考えても仕方が無いわ。分かる事を一つ一つ精査して行けば、いつか辿り着けるわ。‥‥‥で、君にはその前にやるべき事をして貰うわ」


 「やるべき事?」


 要領を得ない真田を尻目に、エルウッドは立ち上がり執務に使っている机の引き出しから1枚の羊皮紙を取り出した。

 そして羊皮紙を、疑問符が浮かぶ真田の前に出した。

 真田は書かれている内容に目を通した瞬間、石のように固まった。

 エルウッドは事務作業をするかのように、淡々とした様子で。


 「君がコロッセオで壊した障壁の修復作業に掛かった諸経費、5000万フラルよ」


 それは真田宛への請求書であった。

 如何やら真田が模擬戦に乱入しようとした際に、壊した魔術障壁の修理代らしい。


 「ある日コロッセオの管理所から、魔術障壁が作動しないと報告があったわ。緊急調査をしたら、媒介に使っている物質が綺麗に真っ二つに割れていたわ。前日に異変が無かったか聞いたら、指輪の件が出て来たわ。担当した講師や生徒から聞き取り調査をしていたら、貴方の存在が浮かび上がったわ」

 

 真田はやってしまったと後悔するかのように頭を抱えた。

 

 「(あの時は壊した後、何も修復せずに帰ったもんな。オプスキュリテの事で頭が一杯だったから、完全に忘れていたわ。そりゃあ、壊したままで修復もせずに帰ったら請求が来てもおかしくは無いな)」


 微妙に現実逃避をしたい真田は、紙に書かれている内容をもう一度目を通した。


 「(5000万か。ランクドライ以上の依頼を受け、さくっと終わらせて、それで払ったら一番簡単で良いんだが‥‥‥)」


 真田の脳裏には、掲示板に張られていた依頼書が浮かんだ。

 以前好奇心丸出しで見たランクドライ以上の依頼書の褒賞金は、最低でも1千万で最高は億単位となっていた。当然、依頼の内容は格段に危険なものとなっている。

 もし真田が受けられれば、請求されている5000万は簡単に支払い出来て、しかも多額のお釣りまで発生する。そうなれば、緊急時に使えるお金が十分に確保出来るのだ。

 しかし、アヴェドギルトでは自身のランク以外の依頼を受ける事は出来ない。もし、何らかの方法で受諾出来たとしても、発覚すれば重たい罰則が科せられてしまう。

 真田は出来もしない計画を立てていく内に、疑問が心の底から湧き起こってきた。


 「しかし、この5000万フラルって高すぎませんか。幾ら何でも魔術障壁の修理代としては高すぎませんか。とてもではありませんが、新人ランクの私に払える金額では無いです。それにあの時は、已むに已まれない状況でして」


 エルウッドは獲物を見つけたかのような狡猾な笑みを浮かべ。


 「へぇ、君は帝国から出された条件に合うように、連日連夜大勢の魔術師たちが意見を言い合い、触媒に使う物質も帝国内の限られた採掘所で量が極端に少ない希少な鉱石を使用し、大勢の魔術師の魔力で起動させている魔術障壁を遠慮なしに真っ二つにした。‥‥‥それで君には何も責任が無いと?」


 真田は痛いところをつかれ、口を閉口せざる得なかった。

 あの時は闇の精霊オプスキュリテを救う事を第一に考えていたので、ステージに展開されていた邪魔な壁程度しか考えておらず、何も考えずに刀を振るったのだ。

 真田の脳裏には、後悔先に立たずという言葉が大きく鎮座していた。

 エルウッドは犯人を追及する刑事のように更に続けた。


 「今回は予備があったから、直ぐに障壁を展開する事が出来たけど。もし無ければ、少なくても半年間はコロッセオの運営は止まるでしょう。そうなったら、その間の経済的損失は一体いくらなるのでしょうね」


 それが止めだった。

 肩を落とす真田には反論する気概は、髪の毛1本も残されていなかった。

 地道に返すしていくしか無いとな真田は考えるが、真田のランクではクエスト1回の褒賞金は精々十数万が限度だ。

 然もチームで行動しているので、それをリーダーのアランとチームの活動費と3等分せねばならず、実質的には数万フラルしか手元には残らない。それから飲食代や風呂代などと生活費を捻出していかなければならず、借金の返済に充てられるのは、雀の涙程度の金額でしかない。

 生活費を切り詰めれば返済金額も上がるのだが、せいぜい1ー2万上がる程度であまり意味が無く、しかも身体が資本である冒険者にとっては避けなければいけなかった。

 流石にずっと同じランクに居る訳では無いので返済金額は徐々に上がるのだが、借金持ちというのが真田としては回避したいものだが、何か副業をしている訳では無いので、地道に返していくしかない。

頭を抱える真田は、寸分の狂いの無い返済計画(宝くじが当たったら借金を返すレベル)を頭の中で練り上げていた。

 そんな真田を可笑しそうに見ていたエルウッドは、語り出すかのように静かに口を開いた。


 「確かに君が言うように5000万フラルという大金を返済するのは、大変に困難であるのは承知しています。ですので、条件を出したいと思います」


 だったら減額してくれと真田は思わず言いそうになったが、言ってしまうと逆に増額になりそうだったので寸での所で止めた。

 エルウッドはまるで誕生日プレゼントを渡すかのような楽しそうな口調で。


 「それは触媒となる鉱石を取って来て貰う事よ」


 真田は何も答える事が出来ずに、黙ってしまった。

 そして一拍の間を置いて、少しの戸惑いを感じながら。


 「そんな簡単な条件であるのなら、幾らでもいいですが。場所は何処なのです。人が立ち入れないような危険な場所とかですか」


 「まさか。鉱山は危険だけど、鉱山と近くの街を繋ぐ道は貴方の所のアヴェドギルト、我がヘクセレイギルト、帝国騎士団が合同で守りを固めているから安全よ。場所はミニュノ地方のアルクにある、ラカという街よ。そこに私達の施設が在るから、其処に取りに行くだけの話よ」


 「でしたら、一つ頼まれてくれませんか」


 「私の力が及ぶなら、良いわよ」


 「何か私が信頼出来る人間である事を、証明する書類を作って貰えませんか。鉱石を受け取る際に、一悶着が起きそうなので」


 エルウッドは思わずその光景が思い浮かび、真田に悪いと思いながらも笑ってしまった。

 アヴェドギルトならいざ知らず、真田は他の組織の施設に知り合いは居いない。初対面の人間に重要な鉱石を渡せる筈も無く、受け取りがスムーズに行くのは限り無く低い。

 それ故に、どうしてもギルト長のサイン入りの書類がどうしても必要となる。


 「あの鉱石を受け取る際には、我がギルトの人間でも許可書が無ければ、受け取れないようにしているわ。それは私でも例外では無いわ。そして。その許可書は、外部の人間においそれと渡す事は出来ない。それで監視と許可書と鉱石の運搬を兼ねて、我がギルトから1人を派遣します」


 「‥‥‥‥‥‥その人は大丈夫ですか。旅慣れしてないとか、実力の方とかは」


 「そこらへんは、問題ないわ。旅は何度も地方に派遣をしているし、実力は自分自身を守れるぐらいはあるわ。‥‥‥‥‥‥ただ」


 エルウッドは先程とは打って変わって、物凄く申し訳無さそうな顔となった。

 物自体は良いのだけど、それを打ち消すまでの欠点があるのを知っているかのようだ。

 真田の脳裏に、次第に嫌な予感が漂い始めた。


 「性格に難があるのよ。その子自体は凄く良い子なのに、周囲の人間と直ぐに衝突してしまって孤立してしまうの。指導していた子がいた時は、まだ顰めていた。けど、その子が配置転換で別の勤務地になった途端、周囲へ攻撃的に接するようになって、ギルト内で孤立してしまったの」


 「それ、良い子なんですか」


 「良い子なのは、間違いないわ。指導している時は、素直に聞いて自分の問題点を改善していったわ。それに、良い所のお嬢様だから礼儀はしっかりしているわ」


 「へぇ。その子は貴族の家柄ですか」


 真田にとってそれは重要な要素である。

 もし同行する人間が王侯貴族の一員であるなら、真田は前言撤回をして、頑としてエルウッドの条件を飲む事は無い。そして、意地でも依頼の褒賞金で借金を返済する道を選ぶ。


 「いえ、名門魔術師の家の子よ、貴族の家系では無いわ。と言っても、父親が財を成して発展した新参の家だけど。それが?」


 「別に何も無いです。同行の件は了解しましたが、その方とは何時会えますか。色々と道中の事で打ち合わせをしたいのですが」


 「今は仕事で地方へ派遣をさせて無いと思うから、帝都に居るのじゃないかしら。‥‥‥ちょっと待ってね」


 エルウッドは執務用の机に近付くと、上に置いていた小さな鈴を、数度左右に小さく振った。

 甲高く綺麗な鈴の音が数度鳴ると、木製の扉が開いた。

 そこからヘクセレイギルトの緑色の制服を着た男性が、静かに姿を現した。


 「はい、何でしょうか学園長」


 「ヘクセレイギルトか寮に行って、ヴィオーラ=シンプソンに今日か明日に私のもとに来るように伝えなさい」


 「了解しました」


 男性は恭しく頭を下げると、音も無く静かに扉を閉めた。


 「これで君に同行する人間は来ると思うから、待っててほしい。来たら使い魔を寄越すから」


 「はい、分かりました。あと、学園に入る許可をいただきたい。この後、マリアンヌ殿下と契約の交渉と締結を行う事になっているので」


 「いいけど、私を連れていく事が条件よ。部外者の人間を、誰の同行無しにも入れられないわ。一応言っておくけど、学園は会議室では無いのよ。次からは自分達が用意した別の場所でしなさい」


 「はい、それは分かっています。‥‥‥それと今日はアヴェドギルトでエステルを待つ事になっていますので、連絡はアヴェドギルトの方に宜しくお願いします。ではこれにて、失礼します」


 真田は軽く頭を下げ、学園長室から退出した。


 それから少し時間が経過し、昼と夕方の中間位の時刻。真田とアランは約束通りにマリアンヌの実験室の前に到着した。

 当然のことながら、従者のエステルの案内で。

 エステルは洗練された無駄の無い動きで、ドアを複数回ノックした。


 「お嬢様、タクト=サナダさん。メンバーであるバートラム=アランさんをお連れしました」


 「どうぞ、入ってちょうだい」


 「失礼いたします」


 エステルは扉を開け、真田たちが入りやすいようにした。

 マリアンヌは入って来る真田たちを迎えようとしたが、ある人物が目に入った瞬間、表情と共に全身が氷漬けにされたかのように固まった。

 真田たちと共に学園長であるエルウッドが、入って来たからだ。

 仲間内の趣味程度の遊びに、その道のプロが仲間に入って来たかのような。会社の小規模な事業に社長が参加するかのような。

 予想だにして無い人物の登場に、マリアンヌは動揺してしまいなんて声を掛ければいいのか分からずにいた。


 「(えっ、何で学園長が此処に。前回の評価の査察は終わったばかりで、次回の査察はまだ当分先だと思っていたのに。何かしらの事情で前倒しなったのかしら。いえそんな事よりも、サナダさんと学園長は知り合いだったの。でも、前に話した時はそんな様子は全く無かったわ。だとしたら、何故一緒に来たのかしら???)」


 尤もらしい理由は浮かぶのだが、どれも決定打に欠けて納得するだけの理由が得られず、マリアンヌは次の行動に移せずにいる。

 真田は少し意地悪な笑みを浮かべ。


 「マリアンヌ殿下。学園に入る為にはエルウッド学園長から、自らを同行者に加えない限り、学園に入る事は許可出来ないと言われましたので、学園長と共に来た次第です」


 「それにサナダ君と貴女が、指輪の件で情報交換の契約を交わすのなら、それが正式に交わされたと証明する立会人が必要でしょ。だとしたら、共通の人間である私がなるのは自然な事でしょ」


 「そ、そうですね。学園長、ご足労をありがとうございます」


 真田とエルウッドからの説明に、マリアンヌが拒否出来る訳が無く、ただ頷くぐらいしか出来ない。

 一方のアランは、真田たちの会話を聞いている余裕など、髪の毛一本分も無い。

 これから指輪の情報交換に関する契約の交渉と締結が、執り行われなければいけない。

 アランは後ろから見ている真田が分かるぐらいに、緊張していているのだ。

 何せこれから帝国を統治する一族の令嬢が目の前におり、これから交渉をしていかなければならない。貴族という存在を、自分達民衆を導いていく存在と信じているアランにとっては、まさに雲の上の存在。話しかけてくれるだけで、栄誉だと思っているのに。更に自分達に有利になるように、交渉しなければいけない。そのアランの精神的な負担は計り知れない。

 何せ真田がその事を告げた時は、全力で嫌がり泣きそうになりながら、真田がするように頼み込んだほどだ。

 しかし、真田はこれもリーダーの役割だと言って、頑として受け取ろうとはしなかった。

 マリアンヌは気持ちを切り替えるかのように、咳ばらいをして。


 「アランさんでしたか。少し時間が掛かりましたが、約束通りに契約の交渉を行いましょうか」


 「はっ、はい。宜しくお願いします!!」


 緊張のあまり上擦った声でアランは返事をしてしまった。

 マリアンヌは少しおかしそうに微笑み、何時も使っている机と向かった。

 アランもエステルに促されるままに、ぎこちない動きで机に向かった。

 見ていたエルウッドは隣に居る真田に小さな声で。


 「あのままでいいの? 言っては何だけど、彼はまともな契約が出来ないと思うわ。メンバーとして、そこら辺は何もしないの」


 「これも経験の内ですよ。契約が成功しようが失敗しようが、余程の事が無い限り、私にとってはどちらでも構わないです。仮に成功しても、次はどうすればよりスムーズに出来るか。仮に失敗しても、何が悪くてどう改善すればいいか考えて、次に繋げればいいだけです。それを体験するだけでも、彼はその分だけ成長しますし」


 真田は緊張しているアランに、何か言葉を掛けようと考えていた。

 しかし、それではアランの成長は自分を基軸としたものとなると真田は考え、敢えて何も言わずに好きにさせる方向性に、シフトチェンジをした。

 下手をすれば、アランは依存してしまうかもしれない可能性を、真田は案じたのだ。

 エルウッドは感心したかのように、何度も頷いた。


 「君は彼の後見人なの? とてもじゃないけど、同世代のメンバーとしての意見とは思えないけど」


 「そんな大層なものではありませんよ。私が彼に対して何が出来るか考えての結果ですよ。後見人は思慮深く、見識が広い人間がやるような役割。私のような未熟者が、成れるようなものではありませんよ」


 断言するかのような言い方に、エルウッドはそれ以上言う事は出来なかった。

 真田は静かに交渉に臨むアランを静かに見守っている。


 それから約一時間後。


 「‥‥‥‥‥‥今回の契約の内容は、これで宜しいですね」


 アランは肯定するかのように頷いた。


 「では、正式な契約書に条項を書きますので、少々お待ち下さい」


 マリアンヌは双頭の鷲が刻印され、それを挟むように金の縁に囲まれた紙に、交渉で決まった文言を書き込んだ。

 因みにマリアンヌが書いている紙は、帝国が他国との条約締結に使う正式な契約書である。

 従者であるエステルは、終わりに合わせて準備していた紅茶をカップに注いでいた。

 少し離れて見ていた真田は、終わってリラックスしているアランに近付き。


 「お疲れ様です、アランさん。初めての契約の交渉はどうでしたか」


 「凄く緊張した。もう二度と契約の交渉なんてしたくないな」


 「何を言っているのですか。指名依頼が来たら、相手と契約の交渉をしなければいけないのですよ。それは単独だろがチームだろうが、それは変わりようが無いのです。結局はしなければならないのです」


 「それは理解しているつもりだが、何か納得いかないな」


 「まあまあ。何にせよ、初めての交渉を終えたのです。それだけ、アランさんの理想に一歩近づいたのですよ」


 「‥‥‥何かいいくめられているような気がするのだが、気の所為か」


 「気の所為です」


 笑顔で誤魔化す真田をアランは厳しい目で見ていた。


 「よし。契約書の条項を書き終えましたので、確認をお願いします」


 3つの契約書を渡されたアランは、決めた文言が間違いないかを確認した。

 書かれている内容を簡単に言えば、この契約は、マリアンヌ=カノーヴィルとチームアンジェラスとの間に発生する。両者は、精霊捕縛術式に関する情報を包み隠さず、互いに情報を交換する事。この2つだけである。

 契約としては穴だらけで、する必要性も無いかもしれない。

 外交を担当する人間達から見れば、子供の口約束のようだと笑うかもしれない。

 それでもマリアンヌとしては、茶番を演じても真田を引き留めておく必要性があるのだ。


 「(この事態の収拾には、サナダさんの力が必要不可欠。そうでなければ、帝国は滅亡してしまう)」


 マリアンヌはその1点の思いだけで、今回の契約を提案したのだ。

 かなり真田の善意に寄った内容だが、あまり詰めすぎると真田が乗らなくなる可能性もあったので、やんわりとした内容に落した。

 何か齟齬が無いかまじまじと見ているアランは、問題は無かったらしく視線を外した。


 「カノーヴィル殿下。この契約書で問題はありません」


 「エルウッド学園長。すみませんが、立会人の欄にサインをお願い致します」


 「分かったわ」


 少し離れて見ていたエルウッドは、机に近付き置いている契約書に目を通し、紙の下部にある立会人の欄に自分の名前を書いた。

 アランとマリアンヌも其々の自分の欄に、自分の名前とチーム名を書いた。

 其々、お互いの紙を回し合い、他の紙に同じように書いた。

 そして。


 「‥‥‥全ての紙は書き終わりましたね。これで精霊捕縛術式に関する情報交換の契約書は、エルウッド学園長立ち合いの下、無事に締結されました」


 本当に喜んでいるようで、マリアンヌの声は嬉しそうに上がっていた。

 机の上にある3枚の帝国の正式な契約書の名前の欄には、全ての人間の名前が記載されている。これによって、契約を結んだマリアンヌとチームアンジェラスは、契約の名の下に、情報交換しなければならないという義務が発生するのだ。


 「エルウッド学園長、契約の立ち合いありがとうございます。これでこの契約書はより強力なものとなりました」


 「これぐらいは構わないわ。私もこの件に最大の注意を払うつもり。今は協力は出来ないけど、段階がくれば協力を惜しまないわ」


 やはり魔術師としてギルトの長としても、精霊捕縛術式の事が大きに気になるようだ。

 エルウッドが自分の分の契約書を丸めていた、その時であった。

 ドアを何度もノックする音が聞こえた。

 エステルは何だろうと思いながらも。


 「はい、何でしょうか」


 「失礼します、此方にエルウッド学園長が来ておりませんか」


 用件はエルウッドらしく、真田たちの視線が集まった。


 「どうしたの?」


 「ああ、此方に居られましたか。昼頃に言っていました、ヴィオーラ=シンプソンがギルトの方で待っておられるようです。いかがいたしましょうか」


 どうやら同行者が来たらしいので、御付きの人間が対応を伺いに来たようだ。


 「ギルトの応接室に通しておいて、後で向かうので」


 「はい、分かりました」


 そう云うと使いの人間の気配は遠ざかって行った。


 「さて、サナダ君とアラン君。もう一つの君達にやって貰う事が来ましたので、私に付きて来て」


 「了解です。では、マリアンヌ殿下。お互いにこの契約が善き方に働きますよう、お互いに頑張りましょう」


 真田たちは目的の場所へと向かう為に、エルウッドを追うように扉の方へと向かった。

 戸惑いで言葉を失っていたマリアンヌは、我に返り真田へと言葉を投げかけた。


 「あ、あの。一体何があるのですか」


 「まあ、けじめと云うやつです。やらかした事への清算をしないと、前に進めそうにないですし。‥‥‥人を待たせていますので、失礼します」


 真田は話を断ち切るように歩き出し、そしてアランが部屋を出た瞬間に扉を閉めた。

 そそくさと歩く真田の後ろ姿を、心配そうにアランは見ていた。


 十数分後。

 真田たち3人はヘクセレイギルトの廊下を歩いていた。


 「はぁ、凄いな。職員さんと一緒とは云え、他のギルトをこのように自由に歩けるとはな。もし俺達だけだったら、入り口で止められていただろうな」


 「そうですねぇ、大変だったろうですね」


 真田の返事は何処か風船のような軽さがあった。

 アランは他のギルトに居るとという事に、興奮しているらしく気付いていない。

 事実、何人か職員か所属の魔術師と思われる人たちとすれ違ったが、珍しそうに見るがそれ以上の事は無かった。

 木造であることはアヴェドギルトと変わりはないが、心なしか照明用の魔石が多いかもしれない。

 アランは先導するように歩く、ヘクセレイギルトの制服である腰に白いリボンがつている長袖の緑色のワンピースを着た、腰まであるストレートの金髪の自分よりも少し年上の女性職員を見て。


 「やはりギルト長というのは忙しんだな。急に仕事が入って、仕事の説明が出来なくなったもんな。その代わりに事情を知っている職員さんに来て貰ったが」


 「そうですねぇ。大変なんでしょうね」


 定型文で話しているのではないかと疑われるほどの軽さだった。何せ真田は前を歩く職員を少々呆れた目で見ていたからだ。

 アランからは前を歩く職員は、若い女性に見えるが真田からは全くの別の人物。ギルト長であるエルウッドが歩いているしか見えないのだ

 学園からギルトに来る途中、エルウッドは何を思ったのか学園長室に入り。真田と再び合流した時は、自身に魔法をかけ若い女性職員として現れたのだ。


 (まあ、そんな小芝居をする理由はなんとなく想像はつくがな)


 ぼんやりと考えていると、エルウッドは足を止めた。どうやら目的の場所に到着したらしい。


 「ここが食堂となっています。ギルト長の話では今回あなた方と組んでもらう人が、待っている筈ですが」


 ヘクセレイギルトの食堂は、アヴェドギルトの食堂とは多少ではあるが異なっていた。

 アヴェドギルトの食堂が共有スペースと一体化しているのに対して、ヘクセレイギルトでは一つの区画として成立させている。

 食堂は数十人が一度に会議を行えそうなまでに広い。入り口付近には、看板が見やすい位置に壁に掛けられており、提供出来る料理名の木札が看板に打ち込まれた釘によって掛けられていた。更に横に移動すると、厨房と食事スペースを仕切る長いカウンターがあった。厨房では食事時が終わっているが、夕食に向けて数人の白のエプロンを着るシェフが仕込みをしていた。

 食事スペースは4人が一度に食事をして問題の無い広さの木製の円形の机と4つの椅子が、隣の机と重ならないようにずらして置いており、人の動きを考えて配置しているような印象だ。

 真田が覗き込むと、食堂には20人近くの人間が居た。

 同席している人と他愛のない雑談をしていたり、何かの記述が書かれている紙を広げて話し合っていたり、一人で静かに食事をしていたりとそれぞれ各自自由な行動していた。

 目的の人物を探していたエルウッドは、どうやら発見したらしくその方向を指し示した。


 「ああ、あそこに居ますね。‥‥‥ほら、隅の方で本を読んでいる子ですよ」


 真田たちはその方向を見ると、確かに肩まである髪が曲線を描いているミックスウェーブの金髪の少女が、食堂の端の机で本を真剣な眼差しで見ていた。

 真田たちはエルウッドと共に、その少女へと近付いて行った。

 近付くにつれ真田には言いようの無い嫌な予感が、思考の支配率を高めていく。


 (何だろうな、この感覚は。あいつが機嫌が悪い時に運悪く家に行って、ドアノブに手を掛けてしまった時に、似ているんだよな。‥‥‥それに)


 過去に受けた理不尽極まりない暴挙を思い出しつつ。


 (何処かで感じ取った気配なんだよな。街を歩いている時に、無意識に拾ったのかな)


 奇妙な感覚に戸惑いを感じていると、件の少女の所に到着した。


 「お待たせしました、ヴィオーラ=シンプソン。共に依頼をしてもらう冒険者たちを連れてきました」

 

 「はい、わかりました」

 

 シンプソンと呼ばれた少女は、本を閉じ真田たちのほうを振り向いた。

 顔を見た瞬間、真田は今すぐに帰りたくなった。

 何せ朝の時に、無用に敵を作るような態度をとっていた少女であるからだ。

 シンプソンは頭を抱える真田を見て、心からの叫びを上げるしか無かった。


 「ああっ、あの時のお節介男ぉ!!!」


誤字脱字がありましたら、御指摘の方を宜しくお願いします。

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