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クアットゥオル・シーズン  作者: 二郎
第6章 外の世界へ
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第60話 結末

 老人からの予想だなにしなかった言葉に、アランの胸中は掻き毟られるかのような焦燥感が重く鎮座していた。


 「いや、わた‥‥‥俺はアリシア=ロベッタという人間では」


 「隠そうとしても無駄じゃ。儂には分かるぞ、目鼻や口元の輪郭が小さい頃に見た時と変わっておらぬ。訪ねて来た儂を見て毎回泣き出したのも、今とはなっては良い思い出じゃ」


 老人は楽しそうに目を細めて、その時を思い出していた。


 「今から数年前だったかの、このフィルド帝国ではある事件が起きよった。フィルド帝国騎士団長による皇帝襲撃事件。しかも皇帝の居城であるシュノン城で白昼堂々とな」


 老人は楽しすぎて言葉にして出すのを勿体ぶるかのような言い方だった。

 皇帝と民衆を守るべき騎士が、その忠誠を誓う皇帝に剣を向けた。その事実だけでも大事件なのだが、国防を担う騎士を統率し皇帝からも信頼が篤い騎士団長が皇帝に剣を向けた。それは事件という枠に止まらず、事変と表現した方が正しいかもしれない。


 「幸いにも皇帝は指に掠り傷を負うぐらい軽傷で大事には至らなかったが、お付きの使用人や駆けつけた騎士や近衛隊達に多くの犠牲者を出した。そして激闘の末、狂乱するゴードン騎士団長は討ち取られた。‥‥‥いやはや愉快な事件だったじゃな」


 老人は喜劇を見ているかのような笑みを浮かべているが、アランは心臓を掴まれているかのような苦悶の表情を浮かべていた。


 「本来であれば、連座制によって一族郎党全てを処刑台に送られるのだが。ゴードンの皇族への厚い忠誠や帝国への長年の貢献、部下の騎士達による山のような減刑の嘆願書、事件の世間への大きさを考慮し、事件は無かった事に。そして関係者には緘口令が敷かれ、極一部の者しか知らないものとなった。だが、ささやかな領地は没収。一族は離散。妻や一人娘は行方知れずとなった。‥‥‥まさか、その一人娘が騎士では無く冒険者となっているとは、驚きでしかないのう」


 老人の語りをアランは何かを我慢するかのように奥歯を噛みしめ、俯いて黙って聞いていた。それは胸中に渦巻く、今にも飛び出しかねない嵐のような激しい怒りを抑えているように見えた。

 真田は合点がいったという表情をした。


 「(今までのアランの騎士かのような言動は、生来の性格もあるが父である騎士団長の影響か。冒険者というよりは騎士の言動だったもんな。じゃあ、その彼女が騎士では無く冒険者となり、男装をしてまで求めるものは。それは‥‥‥)」


 老人は嘲笑うかのような冷ややかな表情となり。


 「父親の名誉回復と真犯人の発見か」


 アランは急所を突かれたかのように驚き、目を見開いて老人を見ていた。


 「別に難しい事では無い。君の現状を見れば、誰もがそう思うじゃろう。‥‥‥しかし、無駄な事をするもんじゃな」


 老人の冷ややかな言葉に、アランは油を投入されたかのように激情を露わにした。


 「無駄とはどういう意味よ。撤回しなさい!! さもないとたたっ斬るわ!!」


 本来の言葉遣いに戻っている事も分からないほどに、アランは怒りに支配されていた。

 真田は見た事の無いアランに戸惑いを見せているが、老人は暖簾に腕押しとばかりに涼しい顔のままだった。


 「そうじゃろ? 君のお父上は皇帝を襲撃した犯人じゃ、それは多くの人間が見て証言しておる。これは周知の事実じゃ。それなのに君はお父上が犯人では無いと言う。証拠も証言も揃っておるのに、それを無駄と言わずなんという。君は事実を捻じ曲げるつもりかい?」


 「違う。お父様は決して皇帝陛下を襲うという暴挙に出たりしない!! 誰よりも陛下や皇族の方々に忠誠を誓い、民衆を愛し、帝国の未来を考えていた。そんなお父様があんな乱行をする筈が無いもの!!」


 アランは老人の言葉を打ち消すかのように叫んだ。無実と信じている父親を悪く言われれば、怒りを覚えるのは自然な事だ。それに人生の手本と尊敬している人物への悪口を看過出来ないのも同じであった。

 しかし同時に。

 自分にそう言い聞かせているというに見える。

 何せ自分がそうであると常に思っていないと、その人物の悪評に加担してしまうからだ。


 「それが原因では無いかの」


 「‥‥‥どういう事よ」


 「皇帝に忠誠を誓い、民を思いやり、国の将来を考えている。それはとても立派な事じゃ。でもそれが行き過ぎたら、どうなる? 無能な貴族共、自分への忠誠が当然と思っている皇帝共、守られて当たり前と考える民衆、思い通りに行かない現実。思い悩んだ結果が、このままでは国が亡ぶと考え、為政者を取って代わろうと、あのような凶行に至ったと考えられるじゃろ。君が言う国を愛するが故にじゃ」


 それはアランが出来るだけ考えないようにしていた可能性の一つだった。

 最悪の可能性を振り払うかのように、動揺しながらもアランは。


 「そ、そんな事は‥‥‥」


 「無いと言い切れるのか」


 老人はアランの言葉を遮るようにして更に続けた。


 「家族とはいえ本人では無い君に否定出来る筈も無かろう。何を考えているのか、その本人しか分からぬ。だから、長年連れ添った夫婦や兄弟でも些細な事で諍いが起き憎しみ合い、やがて殺し合う事態にまで発展する。それはゴードンも例外では無かろう。あのような凶行に走っても、何ら不思議では無かろう」


 「違う、違う、違う、違う!! お父様は決して道を違える事など、決してありえないわ。誰よりも強く、誰よりも気高く、全ての騎士たちの手本である騎士がお父様なの。だからこそ、誇り高き騎士たちの頂点に居れた人なのだから!!!」


 アランは否定を激しく重ねた。そうでもしなければ心が壊れてしまうかのようだった。

 整った顔立ちは大きく歪み、瞳には大粒の雫を溜めていた。

 そもそも冒険者であるにもかかわらずアランが騎士のように振る舞うのは、団長だった父親の影響によるものだ。その父親が皇帝を襲撃したなど到底受け入れられない現実でしか無かった。

 しかし幾ら否定しても老人の言葉が悪魔の囁きとして、アランの精神を汚染していた。

 乾いた大地に一滴の水が浸透していくかのように、ゆっくりとだが着実にアランの精神の奥底に向かっていた。

 また、アランも完全に否定しきれないでいた。それは父親との記憶に凶行を裏付けるかのような映像があるからだ。


 「(屋敷での書斎や訓練所でお父様が、時々に真剣な表情で物思いに耽っていた時が何度か見かけた事がある。あの時は団長としてのお仕事が、大変だなとしか思ってなかったけど。そう言う事なの、老人や皆が言うように陛下を襲う事を考えていたの? ‥‥‥一体何が真実なの、お父様)」


 アランは今にも雫が決壊しそうな表情で、今は亡き父親に問いかけた。

 しかしと云うべきか。当然と言うべきか。

 答えが返ってくる訳では無く、ただ風を掴むかのような虚しさが胸中に渦巻くだけだった。

 今まで黙っていた真田はゆっくりとだが息を吐き、


 「そこまでだ、老人。アランに嘘を真実のように言うのは止めて貰おうか」


 思いがけない言葉にアランは、言葉を失ったかのような驚きで真田を見た。

 対照的に老人は表情を変えず、面白そうにと破顔させていた。


 「嘘とはどういう意味かね。何も知らない君がそう断定出来る筈もなかろう」


 アランは思わず首肯しそうになった。老人が言うように事情を知らない真田が、何故嘘と断定するのか分からなかったからだ。

 真田は妙に自信が満ち溢れた表情で。


 「確かに私は此処に来たばかりで話の要領を得ないのが事実だ。皇帝を襲撃したと言われる前団長やそこにどんな事情があったかも知らない」


 「だったら」


 「事情を知らないからと言って、言っている言葉が嘘か真かどうかは分かる。爺さん、あんたが嘘を言っている事ぐらい分かる」


 「ほう、嘘とはな。儂も人づてに聞いただけだが、噓つき呼ばわりされては沽券に関わる。その根拠を言ってもらおうか」


 「簡単な事だ。アラン自身がその根拠だ」


 「‥‥‥私自身」


 アランはぽつりと独り言のように呟いた。

 しかし疑問が浮かび上がった。

 当時のアランはほぼ蚊帳の外に近く、事件の全容を把握してない。

 立ち位置としては当事者の関係者程度でしか無く。父親の部下の騎士から事件を聞かされただけで、知っている情報量とすれば、真田とそう変わらない。

 それなのに真田は老人を噓つき呼ばわりするだけの根拠として挙げたのが、不思議で仕方が無い。

 真田の胸中には犯人を確実に自供させるだけの証拠を掴んだ探偵のように自信が溢れていた。


 「爺さん、あんたには理解出来無いかもしれないが、剣というのは持ち主の心を映す鏡だ。心が乱れれば剣は鈍り、逆に心が堅牢であれば剣は冴えわたる。アランはまだまだ新人に毛が生えた程度の未熟であるが、心にちゃんとした信念が宿っている。その事を教えただろう父親が、人の道を外す訳が無い。‥‥‥だから、俺はあんたが言っている事は嘘だと断定する!!」


 自身の割には真田の主観でしか無い根拠だった。ただ精神論を言っただけで特に具体的な根拠は言う事は無かった。

 はっきり言えば、与太話や話半分として聞き流されても文句が言えない内容だ。もし現代の日本人が聞いていたら、御託はいいから証拠を出せよと言われる程の非常に危ない内容だ。

 しかし老人は呆れるどころか、納得したかのように何度も頷いていた。


 「そうじゃのう。儂は剣に関しては素人同然、それ故に剣から読み取る事は出来ぬ。ならばお主ほどの実力者が言うのだから、それは間違いが無いのだろうな。‥‥‥だがそれは茨の道。一度確定した黒を白に変える難しさは君がよく知っているだろう」


 「そんな事は知っている。だからと言って、無実の人間を有罪と断罪する事は俺には出来ない。例え世界中の誰もがアランの父親が犯人だと言っても、俺は否定し続ける!! そして真犯人を見つけ出し、白日の下に叩き出してやる!!」


 宣誓をするかのように真田は力強く言い放った。

 状況的には最悪であり、負け試合確定に等しい。

 証人は法を決定する皇帝自らである上に、多くの騎士達が皇帝を殺そうとしているゴードンを目撃している。状況的にはゴードンが犯人である事を告げており、それを覆す事が出来る第三者が見ても納得する物的証拠は無い。

 通常の裁判なら優秀な弁護士軍団に大枚を積んだとしても、匙を投げだしかねない程だ。

 それでも真田は、これが正しいのだと確信を持っていた。

 そして刀を抜きビシッと剣先を老人に向けた。


 「それに爺さん、あんたには今回の件を含めて色々と聞きたい事があるのでな。大人しく従って貰おうか」


 「それは出来ぬな。儂には今回の性能実験の結果を精査し、次の実験に生かせねばならないという高尚な目的があるのでな。君の要望に応える事は出来ない」


 「それについては心配する事は無いぜ。死んでから飽きるほどすればいいだけの話だ」


 常人なら戦意を喪失してもおかしくない程の殺気を真田は放った。

 しかし老人は臆するどころか、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべていた。


 「もしかしてお主ら、儂が所有しているドラゴンがコヤツ1匹と思っておらぬよな」


 「何だと? ‥‥‥‥‥‥‥まさか」


 ある可能性が脳裏に浮かんだ真田は村の方向へと視線を動かした。

 遠目であるがモーセルの上空には、旋回する数体の飛行物体を確認できた。

 それらには2つの大きな両翼があり、ドラゴンと判断するのに時間はかからなかった。

 モーセルの住人達は突然現れたドラゴン達に驚愕し、足を竦ませてその場を動けずにいた。


 「言っておくがサナダ、その場から動く事は賢明では無いとだけは言っておくぞ。もしも一歩でも動けば、上空に待機している儂の可愛いドラゴンがあの町を滅ぼす事になる。もし一瞬でドラゴン達を殺したとしても、その時はコヤツがあの町を跡形も無く消滅させる事になるが、それでも宜しいかの」


 事実上の脅迫であった。

 古今東西、多く使われ単純で陳腐な手法だ。しかしそれ故に効果は絶大だ。

 それを表すかのように真田は一歩も動けず、奥歯を強く噛み締め老人を睨み殺すかのように睨みつける事しか出来なかった。

 老人は勝ち誇ったかのようにニヤニヤと嗜虐的な笑みを浮かべていた。


 「自分の立場が分かったのなら、その危険なものをしまいなさい。まあ、従わず出していてもいいが、その時はどうなるかは言わなくてもよかろう」


 真田は露骨に舌打ちをすると、刀を静かに鞘に納めた。


 「このままお主の悔しがる顔を見続けるのもいいが、儂にはまだまだやるべき実験が多く残っているのでな。名残惜しいがここで退散させてもらおう」


 老人は魔物の亡骸に近付くと、持っていた杖で地面を2回叩いた。

 すると魔物の亡骸を覆う、幾何学模様が描かれた魔法陣が出現した。


 「彼の者を我が意のままに移送させよ。ルツェニアトランス」


 老人が詠唱すると魔法陣は淡く光り出した。

 すると魔物の亡骸の輪郭は徐々に不明瞭になり、次第にそれは大きくなった。

 それが最大限にまで大きくなると、魔物の亡骸はその場から消え去った。その場に残る大量の赤い血が、魔物の亡骸がそこにあった事を示していた。

 老人は魔物の亡骸を何処の場所に転移させると元の場所に戻り、待機していた紅い竜に目配せで合図をし、手を差し出させた。

 老人は紅い竜の手に乗り、真田たちへと振り返った。


 「これで儂は帰るが、サナダにアレシア。次に会う時を楽しみにしておるよ」


 真田は何も言わずに黙ったままだった。

 代わりに返答とばかりに射抜かんばかりに睨みつけていた。

 老人はそれすらも楽しみかのように薄ら笑うと、紅い竜に飛ぶようにと告げた。

 ドラゴンは大きな両翼をゆっくりと何度も大きく羽ばたかせていた。その度に何かに掴まっていない転びかねない強い風が、真田たちを襲っていた。

 アランは足腰に力を入れ何とか踏ん張っていたが、ついに耐え切れなくなり後方へと転がりそうになった。

 だがアランの体勢が完全に崩れる寸前、真田がアランの腕を掴み自身へと抱き寄せるかのようにして引き寄せた。


 「これぐらいの風では私は飛びませんから、飛ばされないようにしっかりと掴まっていて下さい」


 「‥‥‥う、うん」


 アランは頬を紅潮させ、ギュッ!!と、優しくもしっかりとした力で、真田の身体にしがみついた。

 真田は自分の背で風を受け、アランが飛ばないようにしていた。

 紅い竜は飛べるだけの力を得たのか、その巨体が見えない糸に釣り上げられているかのようにゆっくりと上空へと上昇して行った。

 それに附随して風の影響も徐々にであるが、弱まっていくのを真田は肌で感じ取っていた。

 紅い竜がある程度の高度に到達した。

 それに伴い真田たちへの風の影響は皆無となり、全身の力を抜いた。

 そして迂闊であった事をまだ気づいていなかった。

 アウクシリアをすぐさまに取り出し、堕落した古の文明を滅ぼした雷を模したトレノテンペストを竜達に叩き込なければいけなかった。

 そうしなければ。

 紅い竜の手に乗っている老人は薄く笑った。同時にドラゴンの口が息をするかのように半開きになった。

 すると紅い竜の口の前方に、空いた隙間を埋めるかのように魔力が集まり始めた。

 莫大な魔力の奔流を感じ取った真田は、最初は何事かとそれを注視していた。

 紅い竜が集積する魔力の濃度は次第に濃くなり、光となって視認出来るまでの密度ともなっていた。

 それを見ていた真田の背中に冷たい水が滴り落ちるかのような錯覚を覚えた。

 すぐさまにその直線上にあるものを見た。


 「(まさか、あれは!?)」


 真田の脳裏にある可能性が浮かび上がった。

 直ぐに真田は未だに腰に抱き付いたままのアランを強制的に抱えると、その場から一目散に走った。


 「ちょ、ちょっと何をしているの、サナダ!!!???」


 何が起きているのか解らず混乱するアランに答える事無く、真田は走り続けていた。

 そして真田の懸念はすぐに現実のものとなった。


 「やれ」

 

 老人が合図を出すと同時に、紅い竜は勢いよく息を吐き出すかのように高密度の魔力を地面に向かって放った。

 目標は魔物の亡骸があった場所だ。

 息を呑む暇も無く一筋の光が、地面に着弾した。

 ドッォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!と。

 巡航ミサイルが着弾したかのような衝撃が地面を伝ると同時に、爆風が周囲に一気に拡散した。

 近くの森の木々は前後左右に大きく揺れ、多くの葉が地面に落とされた。

 衝撃を感じた真田はこれ以上走るのは危険だと判断し、抱えるアランを庇うように(うずく)まり、倒した魔物のように襲い掛かる爆風を背に受けながら、過ぎ去るのを石のようにじっと待った。

 背中で何も感じなくなった事を確認すると、真田はその場に立ち上がり、後方へと振り返った。

 そして目の前の光景に唖然とした。

 直径が約20mもあるかのような大穴が、その口を大きく広げていたのだ

 地表は草で覆われていたのだが、穴は岩や土が剥き出しとなっていた。

 真田の胸中には次第に悔しさが芽生え始めていた。

 後で採取しようと思っていた魔物の血液が、紅い竜の攻撃によって全てが吹き飛んでしまったのだ。

 そう老人の目的は証拠隠滅に他ならなかった。

 真田は血液検査で簡易的であるが、魔物がどういったモノを摂取していたのか探る事で、一端を掴もうとしたのだが。それも紅い竜の攻撃によって水の泡となった。

 老人はこの場にはもう用は無いと、紅い竜に合図をして離れて行った。

 モーセルの上空で旋回していた数匹のドラゴンも、紅い竜に合流しようと上昇して行った。

 老人が出したのか、紅い竜達の前方に巨大な魔法陣が出現した。

 紅い竜達は通過すると、姿形、影すらも消え去った。

 真田は胸中に渦巻く形容しがたい気持ちを何処にぶつけたらいいか分からず、悶絶していた。

 すると。


 「あの、サナダ」


 真田が振り向くと、おずおずと云った様子でアランが近づいて来た。


 「‥‥‥あの、‥‥‥その、‥‥‥なんだ」


 アランは言い掛けては止め、言い掛けては止めを繰り返していた。

 老人が言ったアランの正体についてだろう。

 仲間である真田には言わなければいけないのだが、中々決心がつかなかった。

 出会った時から正体を隠していると公言したとはいえ、このような形で暴露されるとは夢にも思わず、心の整理が出来ていなかった。

 少しして、決心したのかアランは意を決した表情で。


 「あの、俺の事なんだが爺さんが‥‥‥」


 しかし、アランが言葉を紡ぐ事は無かった。

 真田が人差し指をアランの唇に当てて、強引に止まらせたのだ。

 突然の事に混乱するアランを他所に、真田は真剣な眼差しで。


 「リーダー、貴女の事は気になりますが、今は町人たちを優先でお願いします。ドラゴンの突然の襲撃に驚き、浮足立っている筈です。落ち着かせる為に説明の方を宜しくお願いします」


 「おっ、おう、そうだな。いきなりドラゴンが出現したんだ、事情を知らないモーセルの人達は混乱しているに違いないな。‥‥‥で、お前はどうするんだ」


 「説明下手な私が行っても、さらに混乱するだけですから。依頼にあったグランデハバリーが森の中にいないか探してきますので」


 「ああ、そちらの方は頼むぜ」


 真田は頷くとその場から消え去り、森へと入って云った。

 アランは重い足取りで、モーセルの街へと向かった。

 それは今回の件についてあまり把握出来ていないので一体どう説明すればいいか、思い悩んでいるアランの胸中を如実に表していた。


 それから一日と数時間後。

 周囲の景色が茜色に染まっている頃、真田たちはアヴェドギルトの1階ホールに居た。依頼であったグランデハバリーの討伐についての報告をしに来たのだ。


 「失敗ですか」


 担当したライトブラウンのウサギ耳の受付嬢は、そう静かに呟いた。

 そう真田たちは依頼を失敗したのだ。そして真田とアランの双方初めての失敗だった。

 アランと別れた真田は数時間、ずっと森の中を駆けずり回った。しかしグランデハバリーの姿形を確認する事は出来なかった。それどころか他に居るであろう、ゴブリン、狼型の魔物ネーロウルフ、鹿型の魔物グランドゥセールなどの森の住人たちすら姿形を確認する事は出来なかった。居たのは比較的に小動物と分類される生物ばかりだった。

 昼間に相対した魔物が、餌となる魔物を食べつくしたと、そう真田は状況判断をした。

 それを裏付けるかのように森の各所にあった大量の血の跡には、食べ残しと思われる骨と生物の一部が地面に転がっていた。

 真田の報告を受けたアランは、依頼人である町長にその事を報告した。

 他の森からグランデハバリーの他の群れが流れてくる可能性があるが、それは何時になるか知れず、それを狩るのも時間や労力にも到底現実的では無いとアランは判断し、依頼を放棄する事を判断してモーセルを後にしたのだ。

 アランは恐る恐ると云ったように尋ねた。


 「失敗したら何か罰則があるのか」


 「失敗は初めてみたいなので、ある程度の評価は下がりますが特にありません。しかし失敗を重ねるようになると指導が入り、それでも改善される兆しが無ければアヴェドギルトを強制的に辞めて貰う事になります」


 淡々とした事務的な口調だが、アランの表情を強張らせるのには充分だった。

 そもそもアヴェドギルトは荒事を物理的に解決する組織。それを構成する冒険者が何も出来なければ、本末転倒もいいところだ。

 依頼者、組織、その冒険者にとっても不幸な事しかならないので、辞めて貰うしかないのだ。

 受付嬢は真田たちの紙に必要事項を記入しながら、更に続けた。


 「依頼受諾の日からあまり時間が経っていませんけど、何か事情があったのですか。依頼が続行不可能な事態でも、起きたのですか」


 アランが昨日に遭った出来事を話そうとしたが、何故か真田がそれを制止した。

 真田は驚くアランを尻目に、説明を始めた。


 「そうのですよ。依頼通りにモーセルに行き依頼について町長と話したら、討伐対象のグランデハバリーが最近来ていないと言われたのですよ。嫌な予感がしたので近くの森を探してみたら、グランデハバリーらしき残骸と骨があるばかりで、姿形を確認出来なかったのです。時間が経てば元の状態に戻るかもしれませんが、それだと達成期限に間に合わないと判断したのです」


 「そうですか。‥‥‥だとすると不可解ですね、餌とするドラゴン種のような大型魔獣の目撃情報は無いですね。森の中にいたグランデハバリーを全て食べ尽すなんて、どんな魔物なのでしょうね」


 「もしかしたら、確認されていない新種の魔物かもしれませんよ」


 「それもあり得ますね。日々新しい魔物が発見されていると言われています。‥‥‥はい、事務手続きは終わりました。一応、起きた出来事は上に報告しますけど、宜しいですか」


 真田たちは肯定とばかりに首を縦に動かし、アヴェドギルト本部を後にした。

 本部から少し離れた大通りを歩いていたアランは、沈黙を破るかのように口を開いた。


 「サナダ、どういうつもりだ。何故、正確に事情を話さなかったんだ」


 そう、真田はわざと重要な部分を抜かして受付嬢に説明した。

 ドラゴン種と見違うばかりの未知の魔物とそれを作ったと思われる老人と紅いドラゴン。それら今回の事案の重要な構成部分を、真田はあえて言わなかったのだ。

 真田は雑談するかのような気軽さで口調で。

 

 「言っても良かったですけど、結局信じてくれるか確信を持て無かったんですよね。グランデハバリーは巨大な魔物に全て食べられました。その魔物は倒したのですが変な老人がどっかに持っていて、何処にもありません。‥‥‥そんな話、当事者でなかったらアランさんは信じますか」


 アランは何だか物凄く微妙な顔になった。

 結局の所、全てはそこに起因していた。

 真田たちが体験した出来事を証明する証拠が全く無いのだ。

 ドラゴンを倒したという偉業はともに倒した仲間達の証言とドラゴンの亡骸を持って証明される。魔王を倒したという偉業は人間達の平和を持って証明される。

 それが当事者では無い第三者を信じ込ませる方法だ。

 では証明出来る物が無ければどうなるのか。

 亡骸が無ければどんなにドラゴンを倒したと言っても誰も信じてはくれない。平和が訪れなければどんなに魔王を倒したと言っても信じてはくれない。どんなに偉業を為したとしても誰も信じてはくれない。

 信じる人が居れば何も考えていない人間か、何か企んでいる人間だろう。

 真田が魔物を倒した時に、直ぐに鱗や爪と云った一部分を持って帰ってれば話は違うのだが、あの胡散臭い老人に妨害され証明が出来なくなったのだ。

 アランは次第に頬を少し膨らませ、不満顔になった。


 「そうだけどさあ。サナダがあれだけ頑張ったのに、報われないまま終わるなんて納得がいかないぜ。‥‥‥あの時に強引にでも言えば良かった」


 真田は楽しそうに口元を動かした。


 「何を言っているのですか、私は報われていますよ。危機に陥っていたアランさんが、こうやってまた再び仲間として、行動を共に出来るのですから。それだけでも十分ですよ」


 「そ、そう。それならいいけど」


 アランは心が弾んでいるかのような明るい声で答えた。

 しかしその中に一抹の残念さが滲んでいる事に、真田は気付く事は無かった。


 長期滞在しているツキノクマに戻った。

 受付にて自分達の部屋の鍵を受け取り、2階へと上がり其々の部屋へと行く途中だった。


 「サナダ、少し話を良いか」


 後方からのアランの真剣さの中に多少の不安が入り混じった声が、耳に届いた。

 真田は振り返らずに、立ち止まったまま。


 「良いですけど、それは‥‥‥昼間の件についてですか」


 「ああ」


 真田は思案顔になり、幾許かの時を使った。


 「‥‥‥そうですか。では少々お待ちください」


 真田は部屋を開けアランを招き入れ、人を入れさせないように鍵を閉めた。

 アランを備え付けの椅子に座らせ、真田はベットに腰掛けた。

 そして亜空間からアウクシリアを取り出すと、独り言のように呟いた。


 「ルーシャン」


 アウクシリアの真下に等身大の魔法陣が出現すると、覆うかのように半透明の半球体も出現した。

 真田が展開させたのは、無属性魔術『ルーシャン』

 半透明の半球体は魔法陣と共に次第に拡張を始め、最終的には真田とアランをすっぽりと覆い、見えなくなった。


 「これで私達の声が外に漏れる事は無いでしょ。私達を覆う不可視の障壁が破れない限り、幾ら大声で叫んでも大丈夫です。しかも外からの音は聞こえますので、不意に人が近付いてきても問題無いです」


 「そ、そうか。‥‥‥なら始めるぞ」


 アランは芯の通った力強い声で。


 「サナダ、あのお爺さんが言ったように、私はフィルド帝国前騎士団長ゴードン=ロベッタの一人娘である、アリシア=ロヴェッタです。本来であれば仲間であるサナダには、ちゃんと言わなければいけないけど、このような形になってしまい申し訳無いです」


 真田は言葉は丁寧だけど名前は呼び捨てなんだなと、割とどうでもいい事を思いながら。


 「それは気にしてないですが、公衆浴場で言った目的はやはり父親が起こした事件の真相と真犯人を見つける事なのですか」


 アリシアは重々しく頷いた。


 「それなら何故アヴェドギルトに入って冒険者になったのですか? 父親の真相を探るのなら、騎士団に入った方が良いと思いますが」


 それは当然の疑問だった。

 事件は帝国内部、行政府側で起こった事だ。幾らアヴェドギルトが巨大な組織とはいえ、所詮は外部組織の域を出る事は無く、捜査をしようにも内部干渉を理由に這い入る事すら出来ない。

 順当に考えるとしたら、騎士として名を挙げ出世していき、権力者に近づいていくのが一番の近道だ。


 「それは私も考えたけど、でもそれは出来なったわ。誰が味方で敵か分からない状態で、お父様の真相を探ろうと騎士団に入団するのは危険すぎると考えたわ。一方アヴェドギルトに入って名を挙げれば、真犯人に露見されてもアヴェドギルトの影響力や名声を盾に出来るから、そう簡単に手出し出来るとは思えないから」


 「それもそうでしょうが、そんなに上手く行きますかね。何せ帝国の一大事ですから、皆さん口を(つぐ)んでしまうのでは?」


 アリシアは湧き起こる激情を自制するかのように、両手を固く握った。


 「上手く行くわ。‥‥‥いや、上手く行かせるわ。財力も権力も何も無い私に出来る事なのだから」


 今でも脳の片隅に、焼き付いて忘れないでいた。人という生き物の一端を垣間見た時だったからだ。

 アリシアは物語を語るかのような静かな口調で。


 「数年前、何時ものように鍛錬所で剣の素振りをしていたら、お父様の部下から皇帝を襲撃を聞いたわ。最初は何かの間違いだと思ったわ、だけどその人の様子と血の付いたお父様の剣を見て、事実だと分かったわ。‥‥‥そして少し日にちが経ち、使者の方から皇帝陛下の勅命による領地没収の厳命を言い渡されたわ」


 それは事実上の退去命令だった。

 貴族は様々な義務や与えられた領地を運営をする事で国がその立場を保証し、社会的特権を行使する事が出来る。

 しかしそれは皇帝という為政者が後ろ盾があるからに過ぎない。

 何らかの理由で皇帝の後ろ盾が無くなれば、貴族は社会的特権の行使の正当性が失われ、一般人へと格下げされてしまう。

 副業で商売をしていれば、生活水準を落とす事は回避出来るかもしれないが、何も為していない貴族の末路は悲惨の一言に尽きた。


 「退去には時間があったから、その間に私とお母様は手当たり次第にお母様の実家を始め頼りになりそうな親類縁者や知り合いに援助の手紙を出したけど、とうとう一通も帰って来る事は無かったわ。‥‥‥そして退去する日が来たわ」


 アリシアはその時の事を思い出したのか、プルプルと身体が小刻みに震えていた。

 ゴードンに連れられアレシアは何度かパーティーに出席した事がある。そこで同世代の貴族や大商人の子女と仲良くなり、交友関係を築いて来た。

 しかし今回の件でそれが上っ面だけのものだと痛感した。

 彼女たちが見ていたのはアリシアでは無く、その家柄。父親であるゴードンの騎士団長としての地位だった。

 自分の家に皇帝に意見できる騎士団長の地位としての旨味を自分の家に引き出そうと、その一人娘であるアリシアに近付いて来たのだ。

 貴族の子女として教育されたマリアンヌなら、機微を感じ取れるが。経験が少ないアリシアに魑魅魍魎が跋扈する貴族社会の権謀術数を見抜くのは、酷と言える。


 「お母様と数人の使用人と共に一緒に慣れ親しんだ家や領地を去ったわ。一時的な住処を確保しようと手紙を出した親類縁者の家々を直接頼みに回ったけど、罪人の家族は元から知り合いですらないような門前払いを受け続け、次第に連れていた使用人の数も減り、最終的には馬車の御者の爺やしか居ない失意のどん底であてもない旅を続けたわ。そして最後に回った家からも門前払いを受け、私達は旅をするのを諦めたわ」


 アリシアは今にも泣き出しそうな震えた声で、独白をしていた。言葉に出していたら色々な感情が心の底から溢れ、今のアリシアの状態は決壊寸前のダムと同様だった。

 真田はアリシアの様子を眉一つ動かさずに黙って聞いてた。

 それはアリシアの覚悟を尊重しているかのように見えた。

 アリシアは思い出したくも言いたくも無い過去を、心が傷つき苦しむ事を分かった上で真田に吐露をしていた。

 それは生半可な覚悟では事ぐらい真田も理解していた。

 だからこそ、少しでも止めようとする素振りを見せるたら、それはアリシアの覚悟を冒涜するものだと真田はじっと聞いていた。

 アリシアは手で瞼に溜まった涙を拭きながら。


 「行く当ても無くなった私達は、近くの街で宿を取ったわ。そして最後まで残っていてくれた御者の爺やに、所持金の半分を退職金代わりに渡しそこで別れたわ。そこからは私とお母様の2人っきりの生活が始まったわ。‥‥‥最初の頃は大変だったわ。何せ剣を振るう事しか出来ない娘と上流階級出身のお母様の2人だもの。右も左も分からないから、何度か騒動に巻き込まれそうになったけど、お母様の機転に何とか助けられたわ」


 「そんな事を経験しておいて、よく人々を守ろうと思えますね。そこまで酷い目に合わせられたら、復讐をしようか考え無かったのですか」


 アリシアは自虐交じりの暗い笑みを浮かべた。

 

 「本当の事を言うと、何もかも放り出して私達をここまで追い遣った人達を殺してしまおうと考えた事はあるわ。実際、お母様に弱音を吐いたわ。でも、お母様が言ったわ。今私達がそんなことをすれば、お父様の評価は本当に地に堕ちてしまう。それは1番してはいけない事よ。今やるべき事はどんな苦境にも腐らず、お父様の教えを守り生き残って必ず真犯人を見つけ出す事なの、と」


 それはアリシアにとって苦虫を噛み潰すかのような思いだっただろう。

 自分達をヒエラルキーの最下層にまで追い遣った人間達に、復讐をしたいと思うのは当然の感情だろう。人は受けた仕打ちと同等かそれ以上の対価を貰って、物事の清算を行う。

 だがそれは同時に1番の悪手でもあった。

 もしアリシアが黒い感情に押されるまま復讐を行えば、父親の教えを冒涜すると同時に父親の凶行を肯定してしまう。

 もし事情を知る者に露見するような事があれば、あんな凶悪な娘なのだから父親もあのような事をしたのかと外堀を埋められてしまうかもしれない。そうなれば、誰もが真犯人を見つけようとする事はしなくなるだろう。

 それをさせない為にも、アリシアは父親の教えを守り続け、真犯人を見つけるしか方法は無かった。

 それがどんなに辛かったのか真田には考えも及ばなかった。


 「では私と出会ったツキノクマに来るまで、ずっとその宿に?」


 アリシアは否定するかのように、首を横に振った。


 「それは違うわ。約1年位で路銀が尽き、当然の事ながら追い出されたわ。お母様と2人、所持金は無くこれからどうしようかと不安を感じながら当ても無く街を歩いていると、ある人に出会ったわ」


 「ある人?」


 真田は何故か強烈な違和感を感じ思わず聞き返した。

 しかしアリシアは気付く事無く、尊敬してやまない憧れの思いが強く籠った口調で。


 「お父様の元腹心にして元副団長、現フィルド帝国騎士団長であるジュスタン=へニング、その人だったわ。突然の再会に驚いたけど、どうやらジュスタン団長は私達を探していたらしいわ」


 「探していた?」


 「お父様が皇帝陛下を襲うなんて有り得ない、絶対に何者かに仕組まれた陰謀だと。その首謀者から保護する為に館に迎えたいと言ったわ。それとケジメをつけさせてほしいとも言っていたわ。緊急事態とはいえ、お父様を殺した上に私達に苦労をさせてしまった事への」


 真田は何処か他人事のような投げ遣りな口調で。


 「ふぅん、立派な人なのですね」


 「お父様が認めた数少ない騎士の1人だから、当然の事よ。真面目に職務に従事し、責任感が強い人だと言っていたわ」

 

 「しかし、よく見つけられましたね。移動手段が限られているとはいえ、帝国全土からたった2人の人物を探すなんて並の労力じゃありませんよ」


 アリシアは当時を思い出したのか、顔を綻ばせた。


 「それは確かにね。ジュスタン団長は、人を使って私達の居場所を探していたらしいわ。だけど誰が首謀者の息の掛かった人間か分からない以上、本当に信用出来る少数の人間しか使えなかったから、時間がかかったらしいのよ」


 「ではアリシアさんは、ツキノクマに来るまでは母親と一緒にその人の屋敷に居られたのですか?」


 真田の何気ない一言に、崖から飛び降りさせられるかのようにアリシアは暗い表情となった。

 そして、言葉に出すのも苦痛かのような口調で。


 「‥‥‥お母様は、既に亡くなっているわ」


 真田は自らの失言に気づいた。

 考えてみれば当たり前の事だった。

 アリシアは数少ない家族だ。もし母親が生きていれば、何時死ぬかもわからない危険な冒険者稼業を1人娘にさせる訳が無なかった。例えアリシアがしたいと言っても、違った道を提示し説得している筈だ。

 真田は苦悶の表情を受かべるが、今のアリシアにそれに気付く余裕は無かった。


 「元々身体が丈夫では無い方だったから、お医者様が言うには長い旅の時に体調を悪くしたらしいわ。屋敷で寝込んでいる日々が続いたわ。‥‥‥そして屋敷に来て約半年位経った、ある日。帝国の地理や魔物について勉強していた私は、お母様が亡くなったと屋敷の使用人から聞いたわ」


 アリシアは何かに耐えるかのように震えていた。

 真田は当時のアリシアの心境はいかようだったのか測り知れなかった。

 尊敬する父親が前代未聞の事件を引き起こしたという知らせ、父母の実家や親類縁者、知り合いからの手酷い仕打ち、心の支えであり最後の家族であった母親の死。

 とても10代の少女に耐えきれる出来事では無い。

 これが悪人であるのならば、自業自得と断罪する事は出来る。しかしアリシアは普通に生活していたに過ぎず、重大な犯罪を起こしたとは言えない。

 それなのに大罪を犯した咎人に対する責め苦が降りかかったのだ。

 それでもアリシアは腐る事無く、前に進み続けた。残された自分の存在意義そのものであるかように。


 「すぐに冒険者になりたかったけど、ジュスタン団長から危険だからとならない方が良いと止められたの。だけど何とか粘り強く冒険者になりたいと言ったら、事態が落ち着いてからという条件で認められたの。そして少し時間が経って、私はアヴェドギルトに加入したの。それからはお前と出会うまで、色々な依頼をこなしていたわ」


 「そうですか。‥‥‥アリシアさん、言いたくも無い過去を話してくれてありがとうございます」


 「それは別に良いんです。儀式のようなもので、私の心につっかえていたものが取れたようで、すっきりとしているんです」


 その言葉が表すかのようにアリシアの表情は非常に朗らかなものだった。

 やはり目的の為とはいえ仲間に隠し事をするのは、アリシアの性格から考えると負担となってみたいだ。

 だからなのだろう。

 何も知らない真田がゴードンの事件を否定するだけの根拠になりえたのは。

 アリシアは心に引っ掛かっていた疑問を、吐露するかのように話し出した。


 「そう言えばあのお爺さんに、お父様の凶行は無実であると言っていたわね。その証拠は私自身と言っていたけど、それは今でもそう思っているの?」


 アリシアは危惧をしていたのだ。真田の宣言はただ単にその場しのぎの言葉でしか無かったのではないのかと。

 父親の無実を信じてくれるのは純粋に嬉しかった。仲間が多いに越した事は無い。

 だがそれは不審な老人を糾弾する為に、利用しただけでは無いのかという不安がアリシアの心の片隅に強くこびりついていた。

 真田は真率な表情を浮かべ。

 

 「それもありますが、より確固たるものにしたいのですが一つ質問いいですか。アリシアさんの父親が襲った皇帝と言うのは、現在即位している皇帝ですか」


 「‥‥‥‥‥‥そうよ。お父様が襲撃したのは現皇帝である第8代ラトヤヌス=アウグスト陛下よ。今も御健在で、この帝国をよりよくする為に奮闘されているわ」


 心の底からそう思っているのか、アリシアの声は明るいものだった。

 真田はそんな事は意に介さず続けた。


 「やはりおかしいですね。あの爺さんの言い分が正しければ、騎士団長の剣を素人である皇帝が受けて、被害が掠り傷程度。現実的に考えて、そんな事はあり得ません。ずぶの素人である皇帝が死んで無いのが不思議なくらいです」


 アリシアは夢から覚めたかのように、ハッとなった。

 そう過程と結果があまりにも不釣り合いなのだ。従業員が数百人いるような大規模な御菓子工場で、たった1箱の御菓子を作るかのようなアンバランスな状況を醸し出していた。

 国防の要である騎士を統括する騎士団長が弱いのでは下に示しがつかず、地位に見合っただけの強さを求められる。その剣を素人の域を超えない皇帝が、掠り傷程度しか受けなかったというのは、真田には到底信じられるものではなかった。

 1番に気付かなければいけない筈のアリシアだが、父親が事件を起こしたというショックが大きすぎて、考えが及ばなかったらしい。

 

 「アリシアのお父さんは何者かに操られていたと考えるのが自然です。必死に抵抗して皇帝に掠り傷を負わせるだけに止めた思います。しかしそこから先は、もうゴードンという意識は無かったと思われます」


 俯いているアリシアは、両手を爪が皮膚に食い込むまで強く固く握り、奥歯を噛み砕かんばかりに噛み締め、身体を小刻みに震えさせていた。

 出口を持たない激しい怒りが、胸中を暴風のように渦巻いているのだろう。

 もし噴出すれば罵詈雑言を喚きながら、周囲のモノというモノに当たり散らかしてしまうかもしれない。

 そんな醜態は曝したくは無いと、アリシアは必死で自制をしていた。

 少しして、怒りが籠った低いアリシアの声が真田の耳に届いた。


 「サナダは、真犯人はいったい何が目的だと思う」


 真田は怒りを再燃させないような慎重な口調で。


 「今思いつくだけでも、皇帝を殺して情勢を不安定にさせ帝国を弱体化。皇帝や騎士団長に個人的な恨み。はたまた貴族同士の権力争い。と、まあ考えたらきりがないです。‥‥‥しかし何はともあれ、真相は闇の中。真犯人を捕まえるのが、1番の近道というのは間違いないです」


 「そう」


 俯いたアリシアは黙り、静寂が訪れた。真相究明への道のりの厳しさを痛感していた。

 答えた真田も真相究明の難易度が高いなと考えていた。

 皇帝襲撃事件の真相がどうであれ、権力や特権階級に繋がりの無い真田たちにとって、近付く事すら困難だ。しかも誰が敵か味方が分からない状況で、真犯人を見つけるのは砂漠の中で米粒を見つけるかのような困難だという事は、真田にも理解出来ていた。

 権力も後ろ盾も無い自分達が何処まで出来るのだろうかと真田が考えていると、アリシアが顔を上げ真っ直ぐ見据えた。


 「サナダ、聞いてほしい事があるわ」


 「如何したのですか」


 アリシアはおどけたさが全く無い、酷く真剣な口調で。


 「サナダ、今更こんな事を言うのはおかしいと思うけど。お父様の無実を証明する事を手伝ってほしい。お前も考えている通り、非常に困難な事だ。何も出来ないまま時間だけが過ぎるかもしれない。そして、今の自分では何も出来ないまま、朽ち果てていくだけだと痛感しているわ。だからこそお前の力が必要なんだ。私に持っていないモノを全て持っているお前が私には必要なんだ」


 それがアリシアの偽ざる本音だった。

 美辞麗句に着飾った演説や士気を高める宣言でも無い。人を説得する言葉としても、及第点を押されても文句が言えない内容だ。

 協力したところで真田にとって何かプラスになるようなものでは無い。普段の依頼のように分かり易い褒賞金や物品がある訳でも無い。何せアリシアは天涯孤独の上、土地や金銭と言った財産が無く、冒険者としての褒賞金で生活しているその日暮らしの生活を送っている。その人物から何かの褒賞を期待するのは、見当違いだろう。

 しかも、事件そのものが影響を考慮して、無かったとされているほどの重要な案件だ。幾らアリシア達が正当な権利を持って真相究明をしようとも、事の露見を危惧する勢力によって消される危険性があり、最悪の場合は帝国そのものが敵となりえるのだ。

 そうなればもう元の生活に戻れる事は絶望的であろう。その先は国外逃亡しか無く、身を隠しながら生活するしかない。

 普通の人間なら事の壮大さに尻込み、聞かなかった事をするかもしれない。

 だが。

 しかし。

 アリシアの目の前に居る真田拓人は、少し拍子抜けしたような表情となっていた。


 「何か重大な事を言うと思えば、そんな事ですか。そんな事は貴女の仲間になった時から、覚悟の上ですよ。わざわざ聞くような事じゃ無いでしょ。ちゃんと手伝いますよ」


 真田の露骨なまでの溜め息が、周囲に響いた。

 これにはアリシアは驚きを隠せず、目を丸くしていた。

 事の重大さが分からない真田である事は、アリシアは重々に理解している。

 下手をすれば味方だった人達と敵対せねばならないという事態だって考えられるのだ。

 それなのに呆れてものが言えないような姿を取る事は無いと、アリシアは率直に考えていた。

 

 「そもそも重大な隠し事をしていると分かった上で、貴女と仲間を組んだのですよ。それが皇帝襲撃事件なのは驚きましたが、それでパーティーを解消する理由とはなりえませんね。寧ろパーティーを解消してくれと云ったら、激怒していましたよ」


 「そ、そうなの‥‥‥」


 肩透かしをくらいアリシアは、戸惑いを見せていた。

 手伝って貰う事に了承して貰ったのは嬉しいのだが、こうもあっさりと承知されると何だか自分の覚悟は何だったんだと考えずにいられなかった。

 微妙に落ち込むアリシアに、真田は神妙な面持ちで。

 

 「アリシアさん、貴女には人生を賭けてまでしなければいけない重要な目的がある、ならば使えるものは最大限にまでに使うんだ。他人に変な遠慮なんてするもんじゃない。寧ろ巻き込むぐらいの覚悟を持って、事に当たるのです。‥‥‥そうしなければ、本当に欲しい物が手から滑り落ち、もう2度と手に入れられなりますよ」


 アリシアは言葉を失って呆然としていた。何故かそうしなければならないと思わせるかのような不思議なまでの説得力を感じていたのだ。

 何かとても大事な、それこそアリシアのように人生を賭してしなければならないようなモノがあったのにも拘らず、それを放棄してしまったかのようだった。

 真田の事はアリシアは良くは知らない。

 落ち着いている思えば妙に子供っぽいところがあり、だが自分が足下すら及ばない程強かったり、色々な知識や高度な魔術道具(アーティファクト)を保有していたりと変にちぐはぐな奴だと、今のアリシアの正直な真田の人物像だ。

 今まで疑問に思わなかった訳では無い。ただ聞くタイミングが無かっただけだった。

 アリシアは胸中にたまった疑問を吐露するかのように、口を開いた。

 その瞬間だった。

 アリシアの腹部からぐぅぅぅと気の抜ける音が聞こえた。

 これには真田は目を丸くし、アリシアは頬を林檎のように真っ赤にして恥ずかしそうに真田から視線を外していた。

 真田は苦笑交じりに展開していた無属性魔術『ルーシャン』を解除し、アウクシリアを亜空間に収納した。

 

 「アランさん、そろそろ夕食の時間ですから下の1階に行って、晩御飯を食べましょうか」


 あまりの恥ずかしさにアリシアは言葉を発する事が出来ず、小さく頷くだけだった。

 真田の後を親鳥の後について行く小鳥のように素直について行き、夕食へと1階へと行った。

 その後ろ姿は父親に連れられて、何処かに出かける娘のように見えた。


 ようやく1章分が完結です。長かったぁ!!‥‥‥まあ、長い事更新出来なかったですから、自業自得と言えばそこまでですが。


 それはさておき。

 前回の時にも言いましたように、この話を持ってこの章は終わりです。

 次回からは次章となり、また新たな物語が始まります。新たなキャラも登場し、タクト君とアリシアとどう絡んでいくか、筆者も楽しみながら日々筆を走らせています。

 皆さんの一時の暇潰しに成れる事を祈って、ここで筆を置かせていただきます。


 誤字脱字矛盾がありましたら、御指摘の方を宜しくお願い致します。


 ところで作中にありました、タクト君がアリシアの独白を人差し指で止める場面がありましたが、ここは思い切って、どこぞの王○ロボウのように口で止めた方が良かったですかね。

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