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クアットゥオル・シーズン  作者: 二郎
第5章 人々の生活
52/65

第51話 帝立スキエンティア魔法学園 フェイズ5

OUT!!


 目の前には、見た事も無い木造建築物が立っていた。

 あまりの景色の変容にマリアンヌ達は呆然と2階立ての建物を見上げていた。

 マリアンヌ達の目の前にあるのは、昭和中期によく見られた日本の一般住宅だった。

 重たそうな灰色の瓦が屋根全体に敷きつめられ、木製の格子状の引戸が玄関の戸として使い、換気用の窓にはガラスの戸が全て締め切っていた。

 そんな昭和感丸出しの建物の周囲には、門扉が無い冠木門と簡単な木の柵が円状に周囲を覆っていた。


 「サナダさん、この建物は一体?」


 「この建物は『小さな箱庭(プティジャルダン)』を使う際に寝泊まりしている建物だ。流石に疲れて寝るのに床の上にそのまま寝るだけじゃ、疲れは取れんからな」


 真田はマリアンヌ達を伴って、縁側へと移動した。

 開いている縁側から和室なのだろうか。日焼けしてない若草色の畳が、中央の2枚を囲むように6枚が隙間なく敷き詰められていた。壁側には7段ある茶色の箪笥(たんす)と大小様々な長方形の箱が積み重ねおり、部屋の真ん中には綺麗な木目調の卓袱(ちゃぶ)台が1台置かれていた。

 普通、縁側には椛や桜といった樹やあらゆる花々がある筈なのだが。此処にはそれらが全く無く、白い床の上に木の柵とその柵を加工した片開きの扉があるだけだった。

 真田は縁側に腰を下ろすと、エステルを見据え。

 

 「さて鍛錬に入りたいが、まずはエステル。私は学園で行う模擬戦の形式を知らないから、説明をしてくれ。正しい知識を持っておかないと、対策が練られないからな」


 エステルは少し面倒そうな声で。


 「模擬戦は1対1で行います。対戦者は安全の為に上級魔術も防ぐ黄金の腕輪を装着して行われ、先に3回魔術当たった対戦者が負けとなります。当たった事は黄金の腕輪に填め込まれている3つの宝石が光る事で分かり、周囲の人達は後方で浮かんでいる光球によって分かるようになっています」


 「なるほど。安全に配慮した模擬戦という事になるのか。ルールはどうなんだ」


 「対戦時間は約15分となります。他の生徒もいますから、長くは出来ません。対戦者への直接的な攻撃、精神に異常をきたすかのような精神系の魔術以外なら、ルール違反にはなりません」


 「模擬戦の形式はどうなのだ。‥‥‥もしかして、ただ単に生徒同士が魔術を撃ち合っているだけでは無いだろうな」


 マリアンヌは確信をつかれた犯人のような目で見ていた。


 「よく分かりましたね、その通りです。生徒同士で向き合い、その場から動かず向かって来る魔術を迎撃しながら、相手に3回当てたら勝ちなのです」


 真田は本格的に頭が痛くなった。似たような事が知っていたとはいえ、自分の予想が全く同じだった事にどうしたものかと思わずにはいられなかったのだ。

 もう何もかも放り捨てて不貞寝しようかと考えたが、一応前金を貰っているからなと思い出し何とかその考えを捨てた。

 盛大に溜め息を吐いた真田は、吐き捨てるかのように呟いた。


 「そりゃあ勝つよ。この戦い方だったら、ボンクラ貴族の子弟でも勝つに決まっている」

 

 ある程度自覚はしているのか、マリアンヌは微妙な笑顔を浮かべていた。

 

 「だとするとこの戦いは、魔力的な平民対貴族という訳か。ならば戦い方は正々堂々とした正攻法から、相手の虚を突く奇襲法で。魔力も負けているから短期決戦となる。‥‥‥あれが有効な道具となるな。ちょっと待っていてくれ」


 和室に再び入ると真田は、壁に積み重ねていた様々な箱を取り出しては何か探していた。

 少しして、待ちぼうけをくらっているマリアンヌは少し申し訳無さそうな顔となり。


 「何か探しているのですか。私達も何か手伝いましょうか」


 「いや、それは大丈夫だ。確か此処に直した筈だから、直ぐに見つかる筈。‥‥‥あったあった。これだこれ」


 一安心している真田が持って来たのは、長さが数十cmがある大きな木製の箱と灰色のデジタル式のストップウォッチだった。

 縁側に置きマリアンヌ達に見せるように開けると、そこには半径5cmの水晶で出来た輝きを失ったかのような11個の黄色い球があった。

 マリアンヌ達は初めて見る黄色い球を興味深く見ていた。


 「サナダさん、これは?」


 「そう急かすな。今に分かる。‥‥‥起動」


 真田が呟くと、11個中10個の黄色い球はまるで見えない糸で釣り上げられているかのようにゆっくりと空中に浮かび上がり、マリアンヌの目線の高さで止まった。

 真田は箱に残っている黄色い球を手に取ると。


 「生徒会長。どれでもいいから、浮かんでいるものの1つに触れてくれ」


 マリアンヌは首をかしげつつ、言われたとおりに近くにあった黄色い球を触れようとした。

 マリアンヌの手が黄色い玉に触れるか触れないかその瞬間だった。

 バチッ!!と、針を突き刺されたかのような痛みが全身を走り、反射的に手を引っ込めた。


 「だ、大丈夫ですか、お嬢様!?」


 「ええ。‥‥‥びっくりしたなあ、もう」


 驚くマリアンヌは黄色い玉を触った手を、労わるように擦っていた。

 エステルは敬愛する主が傷ついた事に怒り心頭なのか、原因である真田を人類を大量殺戮した魔王と対峙する勇者のような非常に険しい目で見て、


 「サナダぁァァァあああああああああああああああああああああああああああ!!! 貴様ぁァァァあああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 少女としては0点で、声帯が焼き切れるかのような憎しみの大声を上げていた。

 明らかな殺意を向けられている真田は、まるで人を心地良くさせるクラシック音楽を聞いているかのように涼しい顔をしていた。


 「これは自立式飛翔玉『ライトニング』だ。訓練用に作ったから、ある程度の痛みが無いと訓練にならないだろ? 生徒会長にはこれを使って、短期決戦を想定した鍛錬をして貰う」


 「内容は?」


 従者の思いがけない表情を目にして、内心驚きながらなんとか平静を保つマリアンヌの問いに、真田はニヤリとイタズラ小僧のような笑みを浮かべた。


 「なに簡単な事だ。生徒会長、あんたにはこの『ライトニング』を避けながら、私に魔術を叩き込むだけだ。どうだ簡単だろ」

 

 これにはマリアンヌはおろかエステルも、胸を鋭い刃物で貫かれたかのような衝撃を感じ、驚きを禁じ得なかった。

 これが何も知らない子供が言っている訳では無く、魔法を正しく理解している真田が言っているから、問題だった。

 マリアンヌは知っていた。

 自分が習得している魔術がいかに危険なものであるのか。

 学園に居る誰もが習得している基本中基本である初級魔術ですら、人間に当てれば致命傷を負わせる事は可能だ。

 そんな危険なものを真田に発射させる事、向ける事すら死んでも嫌だった。


 「そんな事をすれば、サナダさんが死んでしまいます。そんなのは絶対に嫌です!!」


 マリアンヌは今にも泣きそうな悲痛な叫びをあげた。そんな馬鹿な事を真田を辞めさせるために。


 エステルは今まで聞いた事の無いエステルの声に驚きを隠せないでいた。

 真田はマリアンヌの懸念を嘲笑うかのようにニヤリと笑った。


 「大丈夫、大丈夫。私はたかが魔術を当たったくらいで死にはしない。それに死んだら死んだで、私にとっては本望なのだがな」


 「サナダさん!!」


 マリアンヌは真田を嗜めるように声を荒げるが、真田は暖簾に腕押しとばかりに効果は無かった。


 「まあ冗談はともかく。ちゃんと対策をしてあるから、君が懸念している事は一切起きる事は無いから、心配する事は無い」


 「サナダさんが、そう言うのであれば信じますが。‥‥‥あと時間は大丈夫なのですか。エステルから聞いていると思いますが、模擬戦は明日の午後となっていますが」


 真田は当たり前の事を言うような気軽さで。


 「時間に関しては君が気にする事は無い。この空間の時間は外の空間の時間の24倍速く設定している。ここで1日を過ごそうが、外の世界では1時間しか経っていない事になる。だからたっぷり時間があるので、心配する事は無い」


 マリアンヌ達はまるで理解出来ない外国語を聞いているかのように固まっていた。

 自分達と同じ言語を話している筈なのに何故か脳が理解を拒んだ。

 何とか理解しようとマリアンヌが問いかけるが。


 「止めておけ。今の君に説明したところで理解は出来ない。それにそんな暇は君にはない筈。君が今すべきことは鍛錬をつけて、ダニエルに勝つ事では無いのか」


 「‥‥‥はい」


 魔術師として未知の魔術を知りたいマリアンヌだったが、そもそもの目的を突きつけられ、渋々ながらそれ以上の追求を止めた。


 「私はサナダさんやエステルのように運動が得意という訳ではありませんから、直ぐにそのライトニングですか。それに当たってばかりで鍛錬にはならないと思いますが」


 「それは百も承知だ。別にそのまま100mを2秒で走れと言わんよ。ちょっとしたズルをするだけだ」


 「ズルですか?」


 「そうだ。魔術に当たらないように魔力を使って、運動能力を強化する」


 「運動能力。歩いたり走ったりする事を、魔力で強化するのですか」


 「ああ。君の筋力を底上げしする事で、通常状態ではありえない運動能力を叩き出す事が出来る」

 

 マリアンヌは理解が追いついていないのか、疑問の色を表情に色濃く映っていた。

 真田はマリアンヌの頭頂部から足の爪先まで何度も見返し。


 「強化する前にその恰好を如何にかしないとな」


 「この制服ですか」


 マリアンヌは何処か不審な点があるのかと思い、前と後ろを何気なしに見ていた。


 「鍛錬するのだから、動きにくい制服じゃ駄目だろ。それに何かの拍子でスカートが捲り上りでもすれば、下着が見えるからな」


 林檎のように顔が真っ赤になったマリアンヌは、バッと恥ずかしそうにスカートを押さえた。

 真田は何かを思い出すかのように目を閉じていて、それを見る事は無かった。


 「箪笥に確か半袖半ズボンがあったような。男物だがそれを着せるしかないか」


 真田は靴を脱いで和室に入り、7段の箪笥からポリエステル製で無地の黒の半袖半ズボンを取り出し、興味深く見ていたマリアンヌ達の前に出した。


 「生徒会長、制服からこれに着替えて貰う。着替えは隣の部屋を使うといい。鍛錬はそれからだ」


 「はい!」


 渡されたマリアンヌは指定された部屋にそのまま行こうとしたが、真田によって阻止された。


 「おっと、生徒会長。この建物は靴を脱いで入ってくれ。それがこの建物に入る時のマナーだ」


 「そんなマナーがあるのですか。それは失礼しました」


 少し恥ずかしそうにながらマリアンヌは靴を脱いで、家へと入っていった。

 エステルもマリアンヌに倣って、少し離れた所で靴を脱いで入ろうとするが、立ち止まって真田を疑わしそうに半目で見ていた。


 「幾らお嬢様がお綺麗だからって、覗かないでよ」

 

 真田にとって心外すぎる言葉に頭を抱えそうになった。


 「誰が子供の下着姿を覗くか。あほな事を言ってないで、生徒会長の着替え手伝ってやれ」


 エステルは疑わしそうに見ていたが、思考を切り替えて渇いた笑みのマリアンヌと共に隣の和室へと入って行った。

 そして絶対に見せないという意思表示なのか、襖はピシャリと閉められた。

少しすると襖が開き、中から制服から運動着の半袖半ズボンに着替えたマリアンヌが、エステルを伴って出て来た。


 「お待たせしました、サナダさん」


 何処にでもある単なる運動着を着て歩いているのだが、マリアンヌのような美少女が着ているとなると、何か別なものを着ているのように周囲に思わせるようなものだった。

 無意識にマリアンヌが革靴を履こうとしたが、真田がそれを止めた。


 「これから激しい運動をするんだ。そんな革靴でしたら、耐え切れなくて損傷するだろ。代わりの運動に適した靴を持って来たらか、これを履いてくれ」

 

 マリアンヌに玄関から持って来た白いスニーカーを渡した。

 マリアンヌは初めて見るスニーカーに興味津々といったばかりで、違う角度から何度も見ていた。


 「私のサイズで買ったから、君の足のサイズに合わないだろうだから、その白い紐で調節してくれ。締める事で足に合うようになるから、それでしてくれ」


 「分かりました」


 マリアンヌは白いスニーカーを履き、留め具である白い靴紐を自分用に調節しようとしたが。


 「お待ちください、お嬢様。それぐらいでしたら私がしますので」


 一足先に床に降りたエステルが主にそんな事はさせられないと、白い靴紐を調節しようとしていた。


 「エステル。これらの事は私が決めた事から派生しているから、私の手で成し遂げたいの」


 主にそう言われてしまったら、従者であるエステルに反論する機会など無かった。

 渋々ながらもマリアンヌの意思を尊重し、少し離れた。

 マリアンヌは真田にアドバイスを受けつつ、悪戦苦闘しながら白いスニーカーを自身の足に合わせた。

 マリアンヌは慣れていないスニーカーに戸惑いながら、足に馴染ませようと真田たちの前を歩いていた。


 「先程言ったように君の身体能力を強化するから、私の後について来てくれ」


 ライトニングを周囲に浮遊させる真田は、周囲を囲む木の柵を利用した門扉を開け、そのまま家の敷地から出た。

 マリアンヌ達は後を付いて行き、家から100mほどで真田が立ち止まったので、それにつられて止まった。


 「こっちに来て手を出してくれ。君の魔力と私の魔力を同調させ、君の魔力が全身に行き渡るようにする」


 マリアンヌは言われた通りに、指輪をつけて貰うかのように真田の前に右手を出した。

 躊躇い無くマリアンヌの右手を掴み、細心の注意を払いながら真田は自身の魔力で疑似的な魔力回路として創り出し、自分の魔力回路とマリアンヌの魔力回路を繫げた。

 試みは上手くいき、真田は自分とは違う魔力回路で魔力が走っている事を感じた。

 真田は自分以外との回路の接続が上手くいった事に安堵しつつも、遣る瀬無い思いが心に重く圧し掛かった。

 真田の魔力を魔力回路に通しているマリアンヌは、最初はどうなるかと半分疑心に駆られていたが、今では杞憂でありそんな事を思っていた自分を殴りたいとまで思っている。

 元々自分の魔力が通っているかのような自然で、幼い頃に甘えて親に抱き抱えられた時に感じた優しい温もりが、身体全身に行き渡るかのようだ。

 真田は魔術回路が行き着く先、マリアンヌの車のエネルギー源であるガソリンを入れる燃料タンクのような所にたどり着いた。


 「生徒会長、魔力を広げるぞ。この感覚を覚えておいてくれ」


 「はい」


 マリアンヌは一挙一動を記憶するように、真田の行動を注視した。


 「ではいくぞ」


 真田はダンスの初心者を自分の動きに合わせて踊らせる熟練者のように、マリアンヌの内包する魔力をリードするような形で、全身に行き渡らせた。

 全身が不思議な感覚に纏われているマリアンヌは、全てを呑み込むかのような濁流の勢いで、自分の力が止処(とめど)も無く溢れて来るのが感じ取れた。

 全てを包み込むような温かい優しさを感じる暇など無かった。

 底から溢れて来る力の制御に手一杯で、もし制御を怠れば自分でもどうなるか分からず、ただ単に必死に抑え込もうとしていた。


 「生徒会長」


 真田が声をかけた。それはマリアンヌの不安を払拭するかのような優しさを持っていた。


 「無理して押さえようとしたら、却って反発するものだ。そうでは無く、流れが緩やかな川を全身に行き渡らせるようなイメージで、魔力を全身に循環させるのだ」


 「はっ、はい!」


 マリアンヌはわざと力を抜き、身から湧き立つ激しい奔流をある程度自由にさせる事で、自分はコントロールする事に専念した。

 その試みは成功し、あれだけ濁流のように激しかった魔力は(せせらぎ)のように穏やかにマリアンヌの全身を循環していた。


 「その状態が魔力を鎧のように身に纏っている状態。私は便宜上『ブースト』と呼んでいる。その状態であれば、魔力がブーストを維持出来なくなるまで一時的だが運動能力の爆発的な向上。向かって来る魔術を生身で迎撃出来る」


 「‥‥‥これがブースト」


 マリアンヌは噛み締めるかのように言った。

 静かに自身の力が湧水のように湧き上がってくるのを感じていた。

 真田は10の-24乗である1yg(ヨクトグラム)もマリアンヌの身体に残さないように慎重に魔力を自身に移動させ、疑似的な魔力回路を切断した。

 そして亜空間から厚さが10cmもある角材を出し、マリアンヌに渡した。


 「それを真っ二つにするんだ。今の君なら出来る筈だ」


 力仕事など全くした事の無いマリアンヌは出来るかどうか半信半疑だが、取りあえず真田の言う通りにした。

 すると少し力入れただけで、バキバキと音を立てて角材が割れていった。

 剣山のような断面を見てハンマーで思いっきり殴られたかのような衝撃を受けた。


 「(す、凄い。非力な私でも厚い木材を簡単に割れる事が出来るなんて。‥‥‥この『ブースト』が騎士団に普及すれば、騎士達の力は増大する事は間違いない)」

 

 マリアンヌはこの後、どうやって『ブースト』の有用性を上層部に伝えるか、算段していると。

 

 「水を差すようで悪いが、この『ブースト』を多用しない事と他の者達に伝える事は控えて貰おう」


 「何でですか!? この力を使えば騎士達の力は増大し、テラン王国や魔物との戦闘を優位に進める事が出来ます。それによって国民の被害が減少できるかもしれないのですよ!?」


 マリアンヌが思いの丈を伝えるかのように大声で言い放つが、真田は涼しい顔をしたままだった。


 「確かに『ブースト』を使えば、力が増強し今まで相手に出来なかった魔物に立ち向かう事が出来るだろう」


 「なら」


 「私は言った筈だ。『ブースト』は筋力を底上げし、あり得ない運動能力を叩き出す事が出来ると。‥‥‥だがそれは筋力を異常なまでに酷使しているだけに過ぎない。そんな状態を毎日続ければ、騎士達の筋肉と骨格がすぐに崩壊してしまう」


 「どういう事ですか」


 真田の言っている事がどうも繋がらないのか、マリアンヌは首を傾げるばかりだった。

 真田は生徒に知識を教える教師のような口調で。


 「人は自身の筋力を殆ど使えていない。これは筋肉や骨を保護する為に脳が抑制作用、リミッターをかけいて余程の事以外では筋肉や骨が自壊する事を防いでいる。だから休めば疲れが取れて、明日も動けるようになる。だが『ブースト』はそのリミッターを解除し、筋肉を限界以上に使う事になる。そうなれば、騎士達の身体が使い物にならなくなるぞ」


 「ちょっと、待って」


 エステルは自身の疑問を吐露するように呟いた。


 「そんな危ないものをお嬢様にさせようとしているのか」


 「異論は無しだぞ、エステル。生徒会長に最初に問うた筈だ。君の覚悟に報いるだけの覚悟はあるかと。そして答えた、ハイと」


 突きつけるかのような言葉にエステルは黙るしかなかった。

 悔しそうに真田を睨むエステルの肩にマリアンヌの手が乗った。


 「心配してくれてありがとう。でも大丈夫、エステルは私を信じて見守っていて」


 それが止めだった。

 エステルは何か言いたげそうな顔だったが、主に文句を言う訳に行かず。がっくりと肩を落とし、邪魔にならないように建物へと向かった。


 「さて、これから君にはその状態のまま、迫ってくるライトニングを避けつつ、私に魔術を叩き込め。最初は30分で3回当てる事で1セットとする。途中で魔力切れや3回当てられず時間切れでもやり直しだ。徐々に時間を短くし、最終的には模擬戦と同じ15分でやって貰う。いいな」


 「はい。宜しくお願いしますっ!!」


 マリアンヌは覚悟を決めたかのように力強く言い放った。


 「よろしい。では、始めるぞ」


 真田は周囲に浮遊させていたライトニングを頭上で横一列に並ばせた。

 それが合図かのようにマリアンヌは、真田から一気に離れた。

 

 白い床を走るマリアンヌの胸中に驚きが居座っていた。

 腕を組んでいる真田から絶え間なく矢のような速さで飛んでくる『ライトニング』を使った鍛錬を始めて数分間、全く一度も当たってないのだ。


 「(これを驚きと言わず、何と言うべきなのでしょう)」


 マリアンヌは世界的な発見をした研究者のような不思議な高揚感に包まれていた。まるで世界の全てを手に入れたかのようなものだった。

 それは無理は無かった。

 自分ではあり得ない、出来ないとしていた事がまるで用意されていた食事をするかのように手軽に出来ていたのだ。

 マリアンヌ自身にそこまでの身体能力は無い。

 というより同世代の少年少女達の平均的な身体能力より低い。

 基本的には家の細々としたものは使用人達に荒事はエステルや親衛隊の彼女達に任せっきりで、マリアンヌが自発的に身体を動かすとなると薬の製作ぐらいだった。

 普通に考えれば始めて数分以内に当たってしまい、何度もやり直しをしなければならなかった

 しかし『ライトニング』に1度も当たる事無く、マリアンヌは白い床を激走していた。

 それと同時に。

 甘かった。

 その一言が同時に存在していた。

 魔力の制御に関してはそれなりには自信があった。

 だけれどもそれは1つの魔術を行使する時だけだった。

 同時並行で2つの事を為すというのが、これほどまで大変なのだとマリアンヌは身を持って思い知らされたていた。

 脱兎の勢いで走るマリアンヌに真田は檄を入れるかのような大声で。


 「逃げてばっかりじゃ、勝てるものも勝てんぞ!!」


 「はい!!」


 返事は良いが、マリアンヌはそれが限界だった。

 とにかく今はライトニングに当たらないようにするのが精一杯だった。

 このままマリアンヌが逃げ続けて時間稼ぎになるかと思われたが、攻撃の機会は意外にも直ぐに来た。

 真田の攻撃が徐々にだが緩んで来たのだ。

 明らかにマリアンヌに攻撃させようと手を抜いてきたのだが、それに気付かずに千載一遇のチャンスだとマリアンヌは、魔術を発動させた。


 「我に仇なすものを撃て。イグニートヴェロス」


 空中に出現した魔法陣から1つの燃え盛る火の矢が射出され、真田に向かってライトニングと同程度の速さで向かっていた。

 マリアンヌは動きを止めてまで、真剣な表情で見守っていた。

真田は言った。対策を講じていると。


 「(どんな対策かは知りませんが。サナダさん、信じていますから。貴方ならこの程度ならどうにでもなると)」


 当てれば致命傷になりかけない火矢が迫り来るが、真田は何もせずにただ突っ立っていた。

 そして。


 「サナダさん!!」


 マリアンヌが警告を発するように大声を出した。今まさにイグニートヴェロスが真田に当たろうとしているのだ。

 立っている真田はマリアンヌの心配を余所に、命を刈り取ろうと迫り来る火矢を平然とした表情で見ていた。

 そして。

 イグニートヴェロスが激突する寸前、真田は持っていた命令球を瞬時に左手に移すと、何の躊躇いも無く右手で燃え盛るイグニートヴェロスを掴んだ。

 あり得ない光景に驚くマリアンヌ達を意に介する事無く、


 「ふんっ!」


 潰すかのように握りしめ、イグニートヴェロスは跡形も無く霧散した。

 自分の常識を打ち砕くかのような光景に、マリアンヌは呆然としていた。


 「生徒会長っ!!」


 鋭い大声にマリアンヌはハッと我に返った。


 「まだ鍛錬は終わってはいないぞ。ぼさっとするな!!」


 真田からの叱責と迫って来たライトニングを見て、マリアンヌは我に返り上体をそらし、間一髪の所で回避した。

 マリアンヌは走り出しライトニングから距離を取った。

 再び攻撃の機会を覗おうとして。


 「我に仇なすものを討て。イグニートヴェロス!」

 何十回目と知れない、炎系の初級魔術を真田に向かって射出した。

 もう最初に感じた真田に魔術を撃つ事への嫌悪感は消え、真田を超えるべき壁として認識していた。

 燃え盛る火矢、イグニートヴェロスは真田に強引に掴まれると、握り潰された。

 一見、魔術師にとって屈辱的な光景に見えるが、今のマリアンヌにとっては福音そのものだった。

 マリアンヌは動かしていたストップウオッチを止める真田を、食い入るように注視していた。

 そして。


 「規定時間内での3回の魔術攻撃。そして1回もライトニングに当たら無かった事を確認。‥‥‥よし、これを持って鍛錬を終了する」


 「はい、ありがとうございましたっ!!」


 溢れる嬉しさのあまり思わず腹の底から大声を出した。

 今まで体験した事の無い達成感が、マリアンヌを支配していた。

 幼少期、魔術の授業で家庭教師役の魔術師から褒められた時も、帝立スキエンティア魔法学園に首席で合格した時も全く感じなかった未知の感覚だった。

 制御できない感情に振り回され、マリアンヌは一種の興奮状態に陥っていた。


 「お嬢様、お疲れ様です。これで目的の達成の目途が立ちましたね」


 「ええ。サナダさんから戦いに関して色々な助言を貰ったし。後は私が勝って一刻も早く被害を未然に防がないと」


 駆け寄って来たエステルと共にフィルド帝国を治める一族としてのマリアンヌは使命感に燃えていた。

 近寄って来た真田はそんなマリアンヌ達を胡散臭そうな目で見ていて。


 「勝って貰わなければこっちが困るな。報酬もあるが、この『小さな箱庭(プティジャルダン)』をわざわざ使ったのだ。それに見合った成果を出して貰わねば、出した甲斐が無いだろ」


 「それは十分に解っております」


 マリアンヌは真剣な眼差しで重々しく頷いた。

 マリアンヌだって馬鹿では無い。

 この『小さな箱庭(プティジャルダン)』がどのような物なのか、只のフラスコの中の筈なのにあまりにも自分にとって快適すぎる空間がどのようにして作られたかぐらいは理解出来る。

 それは自分の人生を全て捧げても作り出せない物。

 そしてフィルド帝国全土から優秀な魔術師や魔術工芸品(アーティファクト)製作者を集めようとも、本物の足元にも及びつかない偽物しか作り出せない事も。

 そんなものを作り出した真田を、公爵家としてフィルド帝国に何としても引き止めたい気持ちも強くなっていった。

 真田をフィルド帝国に引き込めれば、持たされる利益や民衆の生活向上がどれぐらいのものになるか想像するだけでも、身震いしそうになる。

 しかしそれと同時に。


 「(絶対に無理だろうね)」


 マリアンヌの胸中には絶望に似た諦めの気持ちが蔓延していた。

 真田が何故貴族嫌いになったのか分からない。

 故郷で何があったのか、全く見当もつかない。

 だけれどもこれだけは解っていていた。


 「(それを知らない自分に分からせたという事は、余程の事を経験してきたという事になるわ)」


 マリアンヌの内心は恐怖が覆いそうになった。

 どれだけの事を体験すれば、あのような事が出来てしまうのか考えてしまったのだ。

 そんな真田を無理に入れさせる事、恩人にそのような仕打ちをするのは人として正しいのか。

 為政者の一族として、時には人の道を外れた事や判断を下さなければならない。

 でもそれは今では無い。

 

 「(例え父上や陛下から何で知らせなかったと非難されたとしても、サナダさんがこれだけの事を成し遂げられる人物だと、言う事はしない。エステルにもきつく言っとかなきゃ)」


 マリアンヌが1人で壮大な決意を固めていた。

 そんな事をつゆ知らずに真田は緊張感の欠片も無い大きな欠伸をしながら。


 「鍛錬は終了したから、実験室に戻るぞ」


 「はい!」

 

 来た道を戻ろうとする真田に遅れないようにマリアンヌ達は後を付いて行った。

 明日に控えるダニエルとの模擬戦に期待と不安を、胸中に入り混ぜながら。


 真田の鍛錬の翌日。

 マリアンヌとエステルは講師と同じ魔法科を選択している生徒達と共に帝都ユミルの郊外にあるコロッセオの観客席に居た。

 その中には、ダニエルの姿もあった。

 その周囲には数人の女子生徒が居た。

 授業中である事もあってか露骨なアピールは無いが、それでも自分が居る事をダニエルに軽く身体に触れたりしてアピールしていた。

 周囲の男子生徒は意図して見ないように、講師だけを見ていた。


 「これより模擬戦を始める。まずはアーリン=エルガー、エリーザ=ガーソンの模擬戦を始める」

 

 講師から名前を呼ばれた女子生徒2人は客席からリング上へと向かった。

 2人が黄金の腕輪を填め込んだのを確認すると。


 「それでは、模擬戦始め!!」


 講師の合図と共にリング上では、2人の女子生徒による魔術の激突が始まった。


 時間は流れ、模擬戦は順当に消化していった。

 講師は太陽の傾き具合を見ながら。


 「時間も無いので次を最後の模擬戦とする。‥‥‥ダニエル=ハリセイ」


 「お待ちください、先生」


 講師の読み上げ割って入ったのは、マリアンヌだった。

 突然の事に戸惑う講師だが、生徒の前で醜態を晒す訳に行かずれ平静を保ちつつ。


 「どうした、カノーヴィル」


 「ダニエルとの模擬戦を、このマリアンヌ=カノーヴィルにさせてください!」

 

 マリアンヌは宣言するかのように言い放った。

 暫しの静寂の後、周囲の生徒達は騒めき始めた。

 品行方正を地で行き生徒会長を務め、貴族なのに講師に注文を付ける事など一切無かったマリアンヌが講師に注文を付けている。

 異例の事に周囲の生徒達の動揺は中々収まらなかった。


 「それは何故だ。理由を言ってみなさい」


 「それは私がダニエルに負けたからです。このまま負けたまま新しい年を迎える事は私のプライドが許せません。今年の残り数少ない模擬戦では再選の機会は絶望的なので、今するしかないのです」


 マリアンヌはとってつけた理由を尤もらしく言った。流石に無関係の講師に本当の理由を言う訳にはいかなかったのだ。

 講師は困った表情でマリアンヌを見ていた。

 本来ならばそのような横槍は一蹴するべき事なのだが相手は貴族。自分のような平民を自由に出来る階級に居る存在。しかもその貴族を束ねる大貴族の息女。

 講師がどうしたものかと思案していると。


 「僕は対戦相手が変わっても大丈夫ですよ」


 マリアンヌ以外の全員が、声の主であるダニエルへと視線を向けた。


 「僕ぐらいの術者になると対戦相手として務まる人物が限られてきますから、そういう意味ではカノーヴィル生徒会長に対戦相手に変更するのは、当然の事ですね」

 

 それは勝者の言葉だった。

 相対する事で自らの魔術の技量を上げようとする向上の言葉では無く、どうやって相手を舐り痛めつけようと考えている、ドロのような粘着質な言葉だった。


 「わ、分かった。ダニエルの模擬戦の対戦相手をマリアンヌ=カノーヴィルに変更する!!」


 講師は大声を上げて強引に対戦相手を変更した。

 マリアンヌは騒めく生徒達の間を歩き、心配する取巻きの女子生徒達を宥めるダニエルに近付いた。


 「私の再戦の申し出を受けてくれて、感謝しています」


 「いえ、帝国臣民としてカノーヴィル生徒会長の申し出を受ける事は、私のような平民では当然でございます」


 ダニエルは使用人のような畏まった態度をとった。

 しかしそれに敬意の欠片など存在せず、見下すかのような馬鹿にしているのは見え見えだった。

 本来なら不敬罪と取られてもおかしくない態度なのだが、マリアンヌは気にしていないと涼しい顔だった。


 「今回はあなたの卓越した魔術を打ち破って見せますから、覚悟しておいた方が良いですよ」


 「それは楽しみですね。そろそろ一方的な試合は飽きてきたところですから、カノーヴィル生徒会長の頑張りに期待していますよ」


 好き勝手に言うとダニエルはリングへと向かっていった。

 その右人差し指に填めている黒い宝石の指輪が、弱弱しい陽光に照らされ自身の存在を発していた。

 近くで聞いていたエステルは、ダニエルの人をただ自分を楽しませるだけの存在の発言に思わず短剣を抜きそうになったが、主が耐えているのを見て、身を焦がすかのような激情に耐えるかのように奥歯を噛みしめて我慢していた。

 マリアンヌは模擬戦の邪魔だと思い、一先ず先程の発言を頭の隅に追いやった。

 鍛錬したとはいえ、1度は完全にまで敗北した相手。

 真田に鍛錬をして貰ったとはいえ、不安が無いと言えば嘘になる。

 だが。


 「(この1戦の結果によっては、多くの人命が失われてしまう可能性を高いわ。それを何としても避けなければいけない。それが栄光あるカノーヴィル公爵家に連なるものとしての責務!!)」

 

 使命感に燃える事で不安を払拭させようとした。

 リングへと向かうマリアンヌの表情は自身の感情を表すかのような厳しさを持っていた。

 リングへと向かうマリアンヌとダニエルの後ろ姿を、観客席の一番上で見ている人物が居た。

 それは真田だった。

 真田はある事が気になり、鍛錬が終了した際エステルからこそっと模擬戦を行う場所と時間帯を聞き出していたのだ。

 完全に気配を消している真田は、誰にも気づかれる事無くリングへと向かう2人の後ろ姿を現場検証をする捜査官ようにじっと見ていた。


 「(見れば見る程、普通の人間だよな。魔力量だって人間の平均的な量とさほど変わらず、マリアンヌの方が圧倒的に多いよな)」

 

 真田の魔力で強化した黒の瞳には、2人の頭上に数字が浮かんでいるのが見えていた。

 マリアンヌの数字はダニエルのより桁が2つ多かった。


 「(だとしたら何故ダニエルはマリアンヌに勝てた? 魔力量が多い者が勝つようになっている模擬戦で、マリアンヌに教えたような搦め手を使わずただ撃ち合うだけの正攻法で勝った。どうやって足りない魔力を補っている?)」


 真田が気になっていたのはそこだった。

 ただ単純に魔術の撃ち合いならば、例外もあるが先天性的に魔力の多い貴族が勝つ事となる。

 ならば魔力量が少ないダニエルがどうやってマリアンヌに勝てたのか。

 真田はマリアンヌから事の顛末を聞いた時からの疑問だった。

 真田はその疑問の答えを探そうと、ダニエルをストーカーのように観察しているのだが、どう見ても何処にでも居るような普通の人間にしか見えなかった。


 「(うーん、特出すべきものは何も感じられない。あるとすれば、男なのにただの指輪をしているぐらいか。‥‥‥一部の商人が自分の財力を見せつけるのに指輪をするが、そういう思考の類か)」


 中々見つけられない事に真田は、もどかしさを感じていた。

 真田が焦燥感に駆られていると、黄金の腕輪を装着したマリアンヌとダニエルはリング上へと上がり所定の位置に着いた。

 王者のように余裕が手に取るほどわかるダニエルと挑戦者のように表情が厳しいマリアンヌ。完全に立場が逆転している2人は、静かに互いを見据えていた。

 ダニエルが静寂の均衡を破るかのように口を開いた。


 「カノーヴィル生徒会長、初手はそちらに譲りましょう」


 マリアンヌは思わぬ提案に内心驚いたが、表情は崩さなかった。


 「嬉しい提案だけど、どうしてかしら」


 「深い意味は無いですよ。先程言ったように一方的な試合に飽きていますから、少しでも傷ついて勝つという事にしないといけませんから。それに1回も当てられないまま終わるなんて、カノーヴィル生徒会長もそれだけは避けたいでしょ」


 完全に神経を逆なでするような屈辱的な言葉だった。

 ダニエルは物凄い剣幕で罵るだろうと予想していたが、それは完全に裏切られる形となった。

 マリアンヌは気にしていないとばかりに涼しい顔となり。


 「お気遣いなく。そのような事をして貰わなくても、今の私ならあなた如きなら勝てますから」


 「それは楽しみです。ぜひそうして貰いたいものですね」


 ダニエルの表情は変わる事無く、余裕綽々といったものだった。

 マリアンヌの余裕ともとれる発言は虚勢であり、単なる自分の不安を払拭させると同時に此方側を慌てさせようとするだけだと判断した。

 ダニエルは冷ややかな意地の悪い微笑みを浮かべていた。


 「(生徒会長も大変だな。そんな小手先を使わないといけないとは、貴族の立場というものがそれをさせているだな)」


 勘違いしているダニエルは、マリアンヌに同情するかのように憐憫の眼差しを向けた。


 「これよりダニエル=ハリセイとマリアンヌ=カノーヴィルとの模擬戦を始める!! 制限時間は15分。先に3回魔術が当たった者が失格とする!!」


 コロッセオ中に講師の説明が響き渡った。

 ダニエルを気にする事無くマリアンヌは、深呼吸をして心を落ち着かせた。


 「(大丈夫、私はやれる。サナダさんが教えた通りに動けば、ダニエルごときの相手に遅れる事は無いわ)」


 マリアンヌは鍛錬の休憩中に真田から言われた事を思い出していた。

 そして自身の魔力を拡散させるように身体全身に行き渡らせた。

 『ブースト』の状態になり、マリアンヌは身体の奥底から力が漲って来ているのが感じられた。

 審判役の講師は手を天高く掲げ。


 「では、始め!!」


 「我が敵を撃ち抜け、ダークネスアロー!!」


 先手必勝とばかりに講師の手が振り下ろされた瞬間、ダニエルは闇の初級魔術を放った。

 こんな簡単な戦いは早く終わらせてしまえとの事だった。そこまでにダニエルはこの模擬戦に飽き飽きしていた。

 リング上を限界にまで引っ張られた矢のような速さで、黒い矢は真っ直ぐにマリアンヌに向かって行っていた。

 襲い来ている黒い矢にマリアンヌは何もせず、ジッと見据えていた。

 そして腕輪が反応しそうなまでに近付いたダークネスアローにマリアンヌは。

 まるで暴れ牛が迫って来たスペインの闘牛士のように、ひらりと軽やかにかわした。

 行き場を失ったダークネスアローは、リング周辺に展開されている魔術障壁に当たり霧散した。

 これにはダニエルは勿論の事、見ていたエステル以外の講師生徒は雷に打たれたかのような驚きの表情をしていた。

 魔術には魔術で迎撃するのが、彼らの常識であった。

 魔術はその威力や速さに於いて、他の武器とは一線を画していた。

 普通の人間の運動能力では、魔術を避ける事など無理だとされ。防ぐには防御魔術が付与された高級な装備品で防ぐか、魔術障壁は周囲に展開するか、同エネルギー以上の魔術をぶつけるしか無かった。

 だからこそ毒には毒とばかりに魔術には魔術で対抗するしかなかった。

 だけれどもマリアンヌはそれをいとも簡単に成し遂げた。

 ダニエル達が驚く事も無理が無かった。

 真田から教えられた『ブースト』によって、筋力の底上げと共に神経伝達速度も向上しているから成し遂げられただけであるのだが、マリアンヌの外見上は何も変化していないので、ダニエル達はそれに気付く事は無かった。

 そしてマリアンヌは畳み掛けるように。


 「我に仇なすものを討て。イグニートヴェロス!!」


 簡単に致命傷を与える火の矢が、ダニエルに矢のような速さで向かった。

 目の前で起きた光景に驚いたせいで、ダニエルがマリアンヌが放ったイグニートヴェロスを気付くのが遅れた。

 

 「危ないっ!!」


  取巻きの女子生徒の声で我に返ったダニエルが気付いた時には、もう魔術で迎撃する暇が無いまでに接近していた。

 突然の事に混乱するダニエルは思わず、交差させた腕で頭を庇った。

 そしてイグニートヴェロスが安全用の魔術障壁に当たった瞬間。


 「うっ」


 静電気並みの痛みが全身を駆け巡り、ダニエルは呻き声を上げた。

 腕輪の宝石の1つが光ると同時に後方に浮かんでいた光球の1つも光った。

 しばしの静寂の後。


 「「うおおおぉぉぉオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」」

 

 割れんばかりの歓声が観客席から上がった。

 それは観客席に居る殆どの生徒、ダニエルに負けた生徒達が上げていた。

 興奮状態の生徒達は、肩を組んだりして拳を天に突き上げたりしてマリアンヌに惜しみない称賛を上げていた。

 完膚なきまでに叩きのめし、異様なまでに相手を馬鹿にしていたダニエルに一撃を当てた。

 たったそれだけなのだが、ここまでの歓声が上がった。

 ダニエルの周囲からの嫌われようを端に表していた。

 ダニエルは腕輪の光る宝石を信じられない目で見ていた。


 「(この僕が。学園に居る貴族の子息どもを只の1度も当たる事も無く、完璧な勝利をもぎ取ってきたこの僕が。攻撃に当たった!?)」

 

 ダニエルのここ最近の模擬戦の成績は、ただ一度も当たった事が無い完全試合をだった。

 故に信じられなかった。

 貴族とはいえ格下の相手から魔術が当たった事が。

 ダニエルはショックのあまり身体が小刻みに震えていると。


 「危ない!!」


 その声に我に返ったダニエルは、目の前から火矢が迫って来ているのが見えた。

 ダニエルは慌てて『ダークネスアロー』を『イグニートヴェロス』に向けて発射させた。

 火の矢と闇の矢は、リング中心で衝突した。

 イグニートヴェロス、ダークネスアローの人の命を簡単に取りかねない魔術の激突は、ドォォン!!と爆発音と共に消え去った。

 煙が晴れると、ダニエルの目にはクスクスと笑うマリアンヌが見えた。


 「勝負の最中に余所見をするとは、その余裕が何処から出てくるのか教授願いたいものね」


 見下すかのようにマリアンヌはダニエルに言い放った。

 それが癇に障ったのか、ダニエルは犬歯を剝き出しにして不機嫌を露わにし、


 「我が暗黒の刃よ、無慈悲な死を晒し給え。シャドーエスパーダ」


 魔法陣から大人10人が一撃で切断できるかのような黒の刃が、弾かれた矢のような速さでマリアンヌに射出された。

 マリアンヌは慌てる事無く、まるでアフタヌーンティーを飲むような気軽さで飛び上がって迫り来たシャドーエスパーダを回避し、右手をダニエルに向けイグニートヴェロスを放った。

 ダニエルは驚きながらも、何とかダークネスアローをイグニートヴェロスにぶつける事に成功させた。

 着地したマリアンヌの胸中ではさざ波立たない穏やかなものだが、相対するダニエルは荒波のように激しいものだった。

 完全に試合前と立場が逆転していた。

 元々そうだったかのようにマリアンヌからは勝者の余裕が醸し出され、ダニエルからは敗者の焦燥感が醸し出されてきた。

 マリアンヌは一時的に『ブースト』から通常状態に戻し、


 「我が悪しきものへの欲求。破壊の炎となりて、全ての爆砕させよ。エクスプロート!!」


 ダニエルから攻撃を受けないように、素早く炎系の上級魔術を発動させた。

ダニエルはニヤリと気味の悪い笑みを浮かべ、


 「全てを虚構の彼方へ誘え。ソンブルロッホ」


 自身の頭上に闇系の防御魔法を発動させた。

マリアンヌに無駄な行為である事を知らしめる為に。

 しかしマリアンヌはそれは予定通りであると言わんばかりに、小さく口元を歪めた。

 確かに空中に幾何学模様が描かれた魔法陣を展開された。

 それはダニエルの頭上では無く、少し離れた場所だった。

 そして魔法陣から人など一飲みかのような巨大な火柱が、リングに向けて射出された。

 ドォォォォォン!!と、鼓膜を破るかのような轟音を立てた。

 離れていたダニエルと物質強化の術式をかけられ上級魔術に耐えられるようになっている床は傷一つついて無いが、代わりに濃霧のような煙がダニエルの周囲に立ち込めていた。


 「(生徒会長は一体何をしたかったんだ。上級魔術を床に当てるなんて、魔力の無駄使いでしかないというのに)」


 ダニエルはマリアンヌの不可解な行動に思考を廻らせていた。

 此処でダニエルは重大な間違いを起こした。

 煙に視界を遮られ、マリアンヌの姿を見失った事に気付くべきだった。

 自らの考えをマリアンヌの行動に当て嵌めず、さっさとその場から移動するべきだった。

 だから。

 横から水の矢が迫って来ていた事に気付く事は無かった。

 煙からいきなり出現した水の矢は、驚くダニエルに直撃する事は無かったが一撃目と同様に魔術障壁に遮られた。

 ダニエルは一瞬だが、苦悶の表情を浮かべた。

 そして腕輪の2つ目の宝石が光り、後方の光球も2つ目が光った。


 真田は一連のマリアンヌの行動を見て、納得したかのように頷いていた。


 「(やはりあの子は優秀な部類に入るだろうな。日も経っておらずまだまだ粗削りの所はあるが、それを差し引いても上手く魔力を身体全体に行き渡らせている。今後ちゃんとした指導者に出会えば、世に名を轟かせる魔術師になるかもしれんな)」


 これ以上マリアンヌを見ていても、別段問題は無いだろうと真田は瞳に覆っていた魔力を解除した。

 後は勝敗だなと、観客のように試合全体を見始めた。

 だからかもしれない。

 真田がそれに気付いたのは。


 『      』


 誰かに声をかけられたと思った真田は周囲を見回した。

 しかし真田の周囲に誰も居なか。

 生徒達はマリアンヌとダニエルの模擬戦に熱中し、誰も真田を見ていなかった。

 おかしいなと首を傾げ真田は試合に集中しようとした。


 『助けてぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!』


 女性の声が助けを求める声が聞こえた。

 真田は思わず立ち上がって、目を限界にまで開け周囲を見回した。

 しかし真田の視界の範囲内には、女性が助けを求めているような事柄は全く起こっておらず、コロッセオとして有り触れた光景が広がっていた。


 「(空耳か? 確かに聞こえたと思ったのだが)」


 真田は不思議な体験に眉を顰めて、その場に座ろうとしたが。


 『きゃあァァァあああ!!!』


 今度ははっきりと確実にまで、絹を裂いたかのような悲鳴が真田の耳に届いた。

 真田は慌ただしく周囲を見回すが、先程と同じように困難に直面している人は見えなかった。

 しかし。


 『いやァァァあああ!!』

 『助けてェェェえええ!!』

 『此処から出してェェェえええ!!』

 

 と恐怖を拡散させるかのような悲鳴が、真田にははっきりと聞こえていた。


 ところが同じ観客席に居る生徒達は気づいていないのか、誰も周囲を見る事は無かった。

 何度も真田が周囲を見回していると、ある事に気付いた。

 ダニエルが魔術を放つたびに、悲鳴が聞こえてくる事に。


 「(悲鳴の声はマリアンヌ? ‥‥‥いやでも、どう見ても悲鳴を上げているように見えないのだが)」

 

 真田が言う通りだった。

 ダニエルが放つ魔術をマリアンヌが避け続けており、その表情は遠くからでも余裕である事が見て取れた。

 とてもでは無いが、マリアンヌが困難に直面しているとはどう解釈しても見えなかった。

 怪訝な顔の真田がダニエルに何気無しに視線を動かしていると、右人差し指に填めている指輪が目についた。

 その瞬間、真田は驚愕の表情を浮かべた。


 「(あれはまさか。‥‥‥だとしたらあらゆる事が説明がつく)」


 真田は真偽を確かめようと、亜空間から刀を取り出し腰に装着させた。

 そして人知れず飛び上がった。



 「(凄い。サナダさんが言うように相手のテンポを崩すような戦い方をしたら、本当に私の思った通りの戦いが出来ている)」

 ダニエルからの攻撃を避け続けていたマリアンヌの胸中は、余裕で満ち溢れていた。

 別に高度な戦術論を言った訳では無く、真田はただ1つマリアンヌに簡単な助言をしていた。

 相手のテンポを崩し自分のテンポに引き摺り込むような戦い方をしろと。

 真田の助言を受けて、マリアンヌは自分なりの手法で真田を相手に試行錯誤をしていた。

 効果は劇的だった。

 あれ程、いいようにされていたダニエルを相手に一方的な試合を出来る事にマリアンヌは気持ちに余裕が生まれて来ていたのだ。

 マリアンヌは止めを刺そうと最後の仕掛けに動き出そうとしたが。

 無風に近い風であった筈なのにいきなり嵐のような暴風が吹き荒れた。


 「(いっ、一体何なの!?)」


 混乱するマリアンヌはスカートを押さえながら、暴風の中心へと向けるとダニエルが立っていた。

 ダニエルはマリアンヌを見ていたが、その瞳に光は宿っていなかった。


 「ありえない」


 ダニエルが小さく呟くと。


 「ありえない、ありえない、ありえない、ありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないィィィいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!」


 頭を掻き毟りながら狂気じみた叫び声に、全員の視線が集まった。


 「この僕が負けるなんてあり得ないんだよ。分かるか、誰にでも媚び諂うメス豚がぁぁ!!!」


 ダニエルの暴言に観客席にいた全員が固まった。

 平民が貴族に暴言を吐くという事は、自ら死刑宣告書にサインすると同様の意味だと。

 どんな仕打ちを受けたとしても、文句など決して言えない事だと。

 ダニエルは激しい狂気を宿した瞳でマリアンヌを見据えた。


 「殺す。僕の輝かしい経歴を汚すお前を殺す!!!」


 ダニエルの叫び声と同時に黒い球体が、ダニエルの前の前で形成されようとしていた。

 未知の現象に目を離せずに立ち尽くすマリアンヌが、このまま黒い球体に呑み込まれると誰もが思った瞬間。

 黒い球体は音も無く、何の前触れも無く綺麗に真っ二つに割れた。

 割れた黒い球体は床に落ちる頃は、何も無かったかのように消え去った。


 「えっ?」


 それがこの場に居た全員の心境だった。

 魔術によって形成されたものが割れる。

 そんな冗談かのような現象にコロッセオにいる全員が目を奪われていた。


 「(イグニートヴェロスやダークネスアローといった形の無い炎や闇が1つの形状として出現する以上、それを形成できるだけの膜に覆われている事になる。それは並の攻撃では、決して破ける事は無い。なのに‥‥‥)」


 マリアンヌは目の前で起きた現象について、信じられないものを見たかのような目で見ていた。

 そして同時に思った。

 こんな事を成し遂げる存在は一体誰なんだろうと。

 その答えは直ぐに出る事となった。

 上空からある人物が落ちて来て、ダニエルの前に音も無く静かに降り立った。

 ダニエルはその人物を愕然とした表情で見ていた。


 「お前は‥‥‥」

明けましておめでとうございます。

本年もまた本作の方を宜しくお願いします。

新年のあいさつはこれまでにして。

本当に申し訳ないです。orz

前回、年内に投稿する予定でしたが、大幅に遅れて申し訳ないです。

12月18日に最終調整をしようとデータを開こうとしたら何故か、

『このデータは破損しているので開けません』

という機械的な文章が、ウィンドウに表示されました。

その後何度も開らこうとしましたが、結果は同じでした。

本当にこの時は、Noooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!!!!

と思わず絶叫してしまいました。

この時ほど、何でバックアップを取っていなかったんだろうと後悔した日はありません。

その後の年末進行で忙殺されて、中々書ける日が無く大幅に日がずれ込んでしまった次第です。申し訳ないです。

後悔先に立たずとはまさにこれだとしみじみに思いました。

一応、今後とも2週間更新を目指してやっていきますので、温かい目で見守っていて下さい。


誤字脱字矛盾がありましたら、御指摘の方を宜しくお願いします。





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