第50話 帝立スキエンティア魔法学園 フェイズ4
最後の方にエピソードを追加しました。
真田がマリアンヌの依頼を断ってから、数日後の朝。
真田は何時ものようにメアリーと共にアヴェドギルトに到着した。
そして何時ものように依頼が貼られている掲示板へ向かおうとした時、赤髪の少女が遮った。
真田はその少女の横を通り過ぎようとしたが。
ガシッ!!と、跡が残るかのような力強さで腕を握られ、足を止められた。
「おはようございます。サナダさん」
笑顔で丁寧で聞き取りやすいイントネーションで発せられた挨拶は、その人柄を表し聞いた人物に安堵を与えていた。
腕からの痛みに耐えながら、真田は仕方が無しに朝の挨拶をした。
「おはよう。エステル」
真田の腕を掴んでいるのはマリアンヌの従者であるエステルだった。
「どうしたんだ君だけが此処に居るとは珍しい事もあるのだな。生徒会長はどうした」
真田の疑念も尤もだった。
常に従者としてマリアンヌに影のように寄り添い、何をするにしても一緒のエステルが、主から離れている。それだけでも真田にとっては疑念を持つのには十分だった。
「お嬢様は今日も学園で傷薬の製作を行い、講義を受ける予定よ」
「だとしたら君が此処に居るのは不自然では無いのか。詳しくは知らないが、君は従者で護衛役を担っているのだろ。だとしたら、その護衛対象から離れても大丈夫なのか」
「それは御心配なく、私より優秀な公爵家の親衛隊から人を出す事で話がまとまっていますから」
「なるほど。それで服が制服では無いのだ」
真田はエステルの爪先から頭部へと、食い入るように見ながら視線を移した。
今のエステルはスキエンティア魔法学園の女子生徒用の制服では無かった。
真田と同じような麻の服の上に防寒用にと茶色のマントを羽織っていた。
真田は何処か呆れた表情で。
「しかし、そんな事を自分で言っていて悲しくないのか」
「ほっといて下さいっ」
自覚しているのか、恥ずかしさに頬を赤らめていた。
話を区切るかのようにエステルはコホンと咳ばらいをした。
「そんな事よりも今日は貴方に依頼があってきました」
「依頼? 言っておくが、生徒会長の依頼は受けないぞ」
「ええ。それは重々にわかっています」
真田に依頼を受けさせる秘策でもあるのか、エステルの表情は自身に満ち溢れていた。
何だか面倒な事に巻き込まれそうだなと露骨に嫌な顔をしたが、エステルは暖簾に腕押しとばかりに顔を変える事はなかった。
しかし逃がさないとばかりに腕を掴んでいる握力は徐々に増加していた。
逃げられないと観念したのか真田は、面倒臭そうに頭を掻きながら。
「分かったから、手を離してくれ。話を聞くのはそれからだ」
エステルは疑わしそうに見るばかりで、腕を離そうとはしなかった。
「本当ですか? 離した瞬間に逃げるのではないのですか」
「逃げるか。もし本当に逃げる気だったら、君の腕を払い落としてさっさと逃げている」
「‥‥‥それもそうね」
納得したエステルは真田の腕を掴んでいた手を離した。
真田は異常が無いか腕を擦りながら。
「依頼の話を聞きたいが、此処では人の目があるから別の場所で移動しようか。何処か人の目が付かない場所を知らないか」
「うーん。私は基本的にはお嬢様と同行しているだけだから、帝都に何があるか詳しくないわ。知っているとしたら、私の自室がある公爵邸。剣の稽古に使う騎士団の稽古場。皇族の皆様が住まわれている王宮。それとスキエンティア魔法学園ぐらいだわ」
「おいおい。そんな1歩でも踏み入れば、牢屋にぶち込まれる所は勘弁してくれ。何処か静かで邪魔されない所は無いのか」
「知らないわ」
意外と絶望的な事をあっさりと言うエステルに真田は本格的に頭が痛くなってきた。
「(こりゃあ、聞かれるのを前提に食堂スペースの暖炉の前で話し合う事を、覚悟しなきゃならないな)」
真田が方向性のまるで違うベクトルの覚悟を決めていると。
「どうしたのですか、サナダさん?」
事務室で出勤の報告を終えたメアリーが声をかけて来た。
遅番の受付嬢と交代する途中で、真田とエステルが話しているのが気になって声をかけて来たらしい。
決して真田が見知らぬ少女と恋人のように見つめ合って話していたのが、気に入らなかった訳では無い。
「あのメアリーさん、何処か人目が付かない場所を知りませんか。ちょっと話をしたいので」
「でしたら2階の空き部屋はどうでしょうか。申請すれば、冒険者の方でも使えるようになっていますよ」
「へぇー、本当ですか。‥‥‥でも、そんな話は聞いた事は無いな」
「あまり冒険者の方に認知されていない上に、必ず職員1人が同席する事が条件ですから、使い勝手が悪いみたいで利用頻度は極端なまでに低いのですよ」
真田は納得したように頷き。
「その条件なら良くも悪くも自由を愛する冒険者にとっては、障害になるでしょうね。監視されているようで気に入らないとか言って」
「まさしくそうなのですよ。そんな意図は全くないのですが。‥‥‥では、空き部屋の使用申請書を取って来ますので、そのままお待ちください」
メアリーは満面の笑みを浮かべて、事務室へと戻って行った。
真田の役に立つのが余程嬉しいのだろう。
エステルはその後ろ姿から真田へと視線を移した。
その瞳は氷のように冷え冷えとしており、まるでゴミを見ているようだった。
端的に言えば、使用許可はあっさりと下りた。
メアリーが言うには普段なら1日位かかるとの事だった。
真田はやはり公爵家の影響力は強いのだなと人知れず涙を浮かべていた。
真田たちに当てられたのは、簡素な部屋だった。
部屋には中央には明り用のランプが置いている6人掛けの木製の長テーブルと人数分の背凭れ付きの椅子と、奥には窓が1つあるぐらいだった。
自治体が管轄する建物にある会議室のような無個性さを発揮していた。
「(誰もが利用出来るようにするという事は、あらゆる環境で一定の性能を発揮できる兵器の装備が単純化なるように、個性を極限にまで押し止めシンプルな普通になるのだな)」
真田は真ん中の席に座りながら、清掃のバイトで見て来た部屋を思い返していた。
エステルは対面の席に座り、メアリーは種火でランプの明かりを点け真田の隣に座った。
本来なら換気や明りを取り入れようと窓を開けなければならないが、時期が冬という事で寒いとの女性陣からの猛反対で窓は閉め切ったままだった。
真田は視線で射貫くような険しい目でエステルを見据え。
「話し合いを始めようか、エステル。私にさせたい依頼とは何だ」
エステルは真田から発せられる威圧感で、身体が小刻みに震えているのに気づいた。
「(目的の為ならばどんな事でもすると決めたんだ。こんな事で足踏みをしている時間は無いのだから)」
この事態を打開できるのは自分しか居ないのだから、何とかせねばならないと自信を奮い立たせた。
何とか少し楽になったエステルは、真剣な眼差しで真田を見てゆっくりと口を開いた。
「私の依頼は、‥‥‥お嬢様に稽古をつけ、勝利を勝ち取らせる事です」
真田はやはりかと内心溜め息を吐き、口に出すのも億劫な様子で。
「君が現れた時から薄々そうではないかと思っていたが、まさか当たるとは」
「どうですか、依頼を受けて貰えますか」
「その判断を下す前に2つ聞いていいか。‥‥‥1つ。私は前に君の主から同じ依頼を打診され、それを断った。その理由はその場に居た君も知っている筈だ。それを分かった上で、君は言っているのか」
エステルはそんな事は言われずとも分かっていると力強く頷いた。
「お嬢様の依頼を断ったのは、貴方が貴族が嫌いだから。それは解っている。だけど貴方はこうも言った。もしお嬢様が貴族でなければ、依頼を受けていたただろうと」
真田は何も答えずに沈黙し、エステルを見続けていた。
エステルはそれを肯定の沈黙と受け取り、更に続けた。
「だから私は考えたのです。同じ内容の依頼でも、貴族では無い私が依頼すれば受けてくれる筈だと」
エステルは支持者を前にしたリップサービスをする政治家のように言い切った。
「そうきたか」
真田はこの状況を楽しんでいるような口調だった。
朝からのエステルの自信は此処に集約していた。
真田が断ったのは、貴族が嫌いだから。
それは仕方が無かった。
何故かそう確信するまでに思ってしまったからだ。
だけれどもそれは逆に言えば。
貴族では無ければ、依頼を受けるのではないのかと。
貴族である主では無く、平民である自分が同じ内容の依頼をすればいいのではないかと。
あの時は混乱していたので考えがそこまで及びつかなかったが、時間が経つにつれその思いは強くなっていた。
だがこれは賭けに近かった。
貴族嫌いな人間に貴族を鍛えてくれという無茶な依頼を、受理してくれるか不透明にもほどがあった。
結局は嫌いな貴族を鍛えるという本質は何も変わっておらず、表面だけを取り換えただけだからだ。
前のように貴族が嫌いだからという理由で断れるかもしれない。
だけれどもエステルは叶えたかった。
どんなに無茶な願いだろうとも、自分を拾ってくれた主の恩義に報いる為に。
それだけが自分が存在している理由だと言い聞かせ、エステルは強い意志をその瞳に宿らせ、真田を直視していた。
真田もエステルを見据えていた。それは見るというよりも何かを試しているかのように見えていた。
「最後の質問だ。生徒会長が私に依頼した理由は、増長した生徒を懲らしめる為といった。それは本当にそうなのか。素行不良な生徒の指導などは学園がする事であって、いくら貴族とはいえ生徒会長の職務範囲外の筈だ」
エステルは言葉に詰まった。言っていいかどうか自分では判断が付かなかったからだ。
しかし言わなくてはこの依頼を決して受けてくれないだろうと考え、躊躇いながらも口を開いた。
「理由の一つでもあるけど、本質では無いわ。‥‥‥本当の理由は、ダニエルと負けた生徒達による不用意な決闘による周囲への人的被害と建物への物的被害を出さない為よ」
「‥‥‥どういう事だ? 所詮は生徒同士でのいざこざだろ。そこまで大事になるのか」
真田にはいまいちピンとこなかった。
力が有り余っている冒険者同士のいざこざならエステルの懸念通りの事が起きるが、所詮は発展途上の生徒。そんなに深刻な事態になるとは思えなかったのだ。
「数日前、お嬢様は言ったよね。私を含む学園の上位者が、悉くダニエルに負けたと。その上位者とは模擬戦での成績優秀者の事を差し、その多くは貴族で占められている。これはダニエルを始めとする平民に比べて、貴族が内包する魔力量が多い事と小さい頃からの家庭教師の魔術指導を受けていたから。これによって平民の上に貴族が君臨するという構図が出来上がり、学園内は安定してきたわ」
「しかしそれをダニエルが壊してしまったと」
「そうよ。お嬢様は優秀な人材がフィルド帝国に増えたと言って、あまり気にはしていなさそうだけど、他の貴族たちは違った。傷つけられたプライドを前面に出して、報復をしてやると息を巻いていたけど、相手は学園最強のお嬢様を撃ち破った生徒、今は手を拱いていて静かです」
エステルが紡ぎ出す言葉は、真田の危機意識を大きく変えるには十分だった。
「ですがこれが暴走し、徒党を組んで親の権力や家の財力を使えば大勢の人間を嗾ければ勝てるかもしれない。しかしその過程でどれ位の被害が発生するか分からないわ。最悪の場合、帝都の一角が廃墟とかしてしまうかもしれない」
真田は自分の甘さに大きく舌打ちをした。
完全に貴族たちの事を過小評価し過ぎていた。
ここは魔法の法則が支配する世界。
街の不良がナイフを持つように貴族の子息は、人を簡単に大怪我をさせる事が出来る初級魔術を覚えている。
プライドだけが肥大化している貴族が、何を為出かすは十分に解っていた筈だ。
時には国家にとって基本を為す法律を恣意的に曲げ、涙を流さなくてもいい筈なのに涙を流せる存在。
隣に座っているメアリーの誘拐事件が最たる例だった。
それが権力と財力を駆使し、学園最強と謳われるマリアンヌを破ったダニエルとぶつかればどうなるかは、火を見るよりも明らかだった。
真田は想像した事よりも事態が深刻に動いている事に顔を歪めた。
「それを防ぐ為にも、一刻も早くダニエルに貴族である生徒会長が勝つ必要があるのか」
「ええ」
真田は重要な会議に赴くかのような真剣な表情をし、腕を組んで黙り込んだ。
「(その理由なら依頼を受けるのも吝かでは無い。どこで衝突するか分からんが、もし俺の生活圏内で衝突されたらかなわないからな。それらを守るのに必要だろ。‥‥‥だが、この依頼の成功を意味するものは)」
依頼の先にあるものが何を意味するかを考えたら、真田としては素直に頷けないでいた。
報復を画策する貴族の前で、ダニエルを同じ貴族であるマリアンヌが倒せば、息巻いていた貴族たちの溜飲が下がるかもしれない。
それによって報復は起こらず、無意味な戦闘によって周囲の人的や物的被害は無くなる。
それはそれで素晴らしい事なのだろう。
だがそれは。
「(貴族達の支配が、より一層強固なものへとなる事を意味している)」
聞いた時から、それが真田の脳裏にちらついていたのだ。
だから依頼に慎重だったのだ。
貴族であるマリアンヌが平民のダニエルが打ち勝てば、それは平民がどう足掻こうと貴族に勝てない事を意味していた。
貴族にとっては歓迎するべき事であろう。
自分達の支配体制が確実なものとなっていき、より好き勝手に出来るのだから。
だが被支配者である平民はどうだろうか。
やはり自分達は貴族には勝てず、ただ暴虐を受け入れるしかないのだろうと。
ダニエルの件は一部ではあるが噂にはなっているかもしれない。
子供とはいえ貴族。いけ好かない貴族の顔に泥を塗ったのだ。
貴族に不満を持っている人々からしたら、歓喜するニュースだ。
貴族を勝たせて、再び絶望に陥れるような真似をしてもいいのだろうか。
真田の心情としてはダニエルを応援したいのだが、それによって生活圏内が荒らされる可能性が孕んでいるとなると話は違う。
自身の気持ちを抑え込んで、安定の為に貴族に手を貸すか。
それとも。
自身の気持ちに従い、事変を起きるのを見て見ぬふりをするか。
いつの間にか様々な人々の命運が、真田の双肩に載っているという事態になっていた。
真田は水を打ったかのような静かな部屋で、目を閉じて思考の海を漂っていた。
数分後、真田は静かに瞼を開けエステルを見据え、答えを出そうとその口を開いた。
エステルはその言葉一字一句を聞き逃さないと、真剣な眼差しで見ていた。
「‥‥‥君の依頼を受ける方向で話をしよう」
「そうですか。ありがとうございます」
「あまり嬉しそうじゃないな。まあ、勝利が確約した訳じゃないから不安なのは分かるが」
「いえ、そう言う訳では‥‥‥」
エステルは困惑の気持ちで胸が一杯にだった。
受けてくれた事には素直に感謝しているが、主であるマリアンヌの直々の依頼を断ったのに自分の依頼を受けるのは一体どういう事なのか。
やはり貴族が嫌いだからなのか
でも、依頼はその貴族を鍛えるというものだ。
そんな相反した依頼をどうして受けるようになったのか、エステルには不思議でならなかったのだ。
「別にそんな難しい事じゃない。どっちが将来的に良いか悪いか判断しただけだ」
「将来的ですか」
「ああ。君の依頼を受ければ、私の周囲に居る人達に迷惑が被る訳では無いので、日常を平穏に暮らせる。だが、無視しすれば周囲の人達に危険が及んでしまう可能性がある。その原因を知っておきながら、排除しなかったら私は彼らに顔向けで無くなる。だから私は依頼を受ける事にしたのだ」
真田の釘を差すかのようなはっきりとした言葉に納得したのか、エステルの声は先程よりも柔らかくなっていた。
「貴方が依頼を受けてくれるという方向が決まったので。早速、依頼の条件についてお話します。‥‥‥期間は今日1日。成功条件は明日の6限目に行われる模擬戦で、お嬢様をダニエルに勝たせる事です。成功報酬は前金と成功した時と別けて払います。何か質問はありますか」
条件を聞いた真田は驚きに満ちた表情をしていた。それは隣で聞いていたメアリーも同様だった。
真田は聞いた事も無いようなシビアな条件に頭が痛くなりそうだった。
「鍛える時間が今日1日って、ふざけているのか。負けている奴に勝つという事がどれだけ大変なのかは、剣士である君だって分かっている筈だ」
「そんな事は百も承知です。ですが時間が無いのです。生徒の異変を感じ取ったお嬢様は出来るだけ、有志の方と一緒に学園の見回りをしていたのです。そしたら昨日、ダニエルに絡んでいた貴族達を見つけたのです。それらは全員ダニエルに負けた生徒だったのです。その時はお嬢様が居られたので、事なきを得ましたが。それでは根本的な解決にはならないと思い、私がこうして来たのです」
「だから明日の模擬戦で、早々に決着をつけたいのか」
「はい。何もかも手遅れになる前に」
真田は観念したのか一旦留飲を下げるように溜め息を吐いた。
「時間が無いから、さっさと報酬の話をしようか。言っておくが貴族嫌いの私にしかもこんな急な依頼をしたのだからな。ちゃんとあるのだろうな」
「勿論よ」
自身に満ち溢れるエステルはそう言うと、マントの中から茶色い布の袋を取り出し、机の中央に置いた。
「この袋の中にはソリン小金貨56枚。私の全財産である56万フラルが入っているわ。これが成功報酬になるわ」
メアリーが確認の為、取った袋から中身を取り出すと、エステルが言うようにソリン小金貨が56枚入っていた。
「さっきも言ったように前金として半分の28万フラルを払い、残りの28万フラルは成功したら払うわ」
メアリーは中々待遇の良い条件ではないかと考えていた。
稽古をつけてほしいとの珍しい依頼だが、流石公爵家に勤めている人間、金払いが良い。
確かに期間が極端なまでに短いのが気になるが、特に何かあるという訳では無く、危険が無さそうな依頼だ。
「(でもサナダさんだったら、私達にとっての危険は安全の範囲内と言いそうだわ)」
真田の実力の一端を知るメアリーは、そんな光景が浮かび思わず苦笑が零れた。
これは素直に条件を飲むだろうと、真田の方を見たが。
「はっ、この程度の報酬で私にさせようなど片腹痛い。公爵家の令嬢を鍛えるのだぞ。こんなはした金でやれと言うのか」
真田は嘲笑うかような言い放った。
これにはメアリーは驚きに満ちた表情をした。
聞いた事も無い口調で人を馬鹿にするかのように言うのもだが、56万フラルという大金を手にする事は、真田がいるランクアハトでは決して見る事が無いものだ。それは何時も受けている真田がよく分かっている筈で、断るという事はあり得ないだろうと考えていたからだ。
当事者同士の問題で第三者である自分が言うべき事では無い事は理解しているが、良い条件を提示した相手にこれは幾らなんでも横暴すぎると思わざるえなかった。
一言を言おうとしたが、手を伸ばした真田によって遮られた。
混乱するメアリーだが、真田が真剣な表情になっている事に気付き、頭が氷に冷やされたかのように冷静になっていった。
その所為だろうか。
視界の端に映るエステルの表情が、大胆不敵な笑みをしているのに気付いた。
まるで最初から真田がそう言うのを分かっていたかのように。
「そうですね。お嬢様の価値を考えるのならば、56万なんてはした金そのものですよね」
「ならばどうする」
エステルは益々口元を大きく歪め。
「決まっています。足りない分は私の身体を使って、補填します」
その瞬間、部屋は耳が痛くなるほどの静寂に包まれた。
真田とメアリーは頭を思いっきり殴られたかのような衝撃に目が丸くなっていた。
次第に真田は思考が動き出し、楽しそうにニヤリと口元を歪めた。
真田が口を開こうとする前に、全身の血液を集めたかのように顔を真っ赤にさせているメアリーが噛みついてきた。
「なななななななななな、なんですかそれは!!!??? そんな報酬は認められませんよ!!!!」
勢いよく立ち上がって、鼓膜を劈くかのような大声だが、エステルは嫌な顔を一つせず。
「だが。従者である私に煌びやかな宝石やこれ以上の金銭は持っていない。持っているとしたら2本の短剣ぐらい。でもこれはお嬢様を守るのに必要だから、差し出せるとしたら我が身しか無いのだ」
「だとしても。そんな‥‥‥ゴニョゴニョな報酬は、ギルトとして認められません!!!」
必要以上に顔を真っ赤にしているメアリーは、何とかエステルに考え直すように迫った。
しかしエステルはこれしかないのだがと苦慮するばかりだった。
「エステル」
真田の呟きにエステルとメアリーは、一斉に視線を移した。
「その覚悟はあるのか。私にその身を何をされても、何の文句は無いのだな」
「はいっ」
短くともエステルがどのような思いでそれを覚悟したのか、鮮明に解かる程のハッキリとした言葉だった。
「例え苛ついて殴られようとも。剣の試し斬りをされようとも。心身の癒しに使おうとも甘んじて受けます」
真田は愉快そうに笑い、小さく呟いた。
「主の為に我が身を犠牲にするか。主冥利につく従者だな。‥‥‥いい覚悟だ。よかろう。その条件の下に依頼を受けよう」
真田の宣言には我が意を得たりと深々と頷いた。
しかしメアリーはまるでゴミを見るかのような冷たい目で見ていた。
「時間が無いのだろ? さっさと行動に移した方が良いな。生徒会長は学園の方に居るのか?」
「そうよ。今日は1限目に経済に関する講義があるから、それに出席しているわ」
「だとしたら、学園でした方が効率が良いな。家の方に覚られると後後面倒な事が起きるしな」
「? 何を言っているのですか」
エステルの疑問を意識的に無視し、真田は話を進めた。
「エステル。頼みがあるが、前に使ったスキエンティア魔法学園の男子用の制服を再び用意してくれ。この格好のままじゃ入れなくなるからな」
「それは構いませんが。私もこの格好では学園に入れませんので、一旦公爵邸の自室に戻ってになりますが。それでよろしいので?」
「それで宜しく頼む。それで此処アヴェドギルトに戻って来てくれ」
「分かった。‥‥‥一応前金の28万フラルを払っておくわ」
エステルは何時の間にか置かれていた袋から、ソリン小金貨28枚を机の上に置いた。
そして弾かれた矢のような全速力で、部屋を出て公爵邸へと戻って行った。
真田はソリン小金貨が規定数である事を確認すると、首からぶら下げている袋へと入れた。
色々と置いてきぼりになっていたメアリーに簡単な経緯説明をしようと、真田はメアリーへと向いたが、それが叶う事は無かった。
それはメアリーの瞳が氷がまだ温かいと思えるような冷たさを宿らせていたのだ。
なぜそうなったのか分からず混乱し、メアリーからの見えない圧に負けている真田は、何も出来ずただ座っている事しか出来なかった。
完全な無表情となっているメアリーは、立ち上がると真田を一瞥する事無く、そのまま部屋から出て行った。
部屋には事態が飲み込めずに呆然とする真田が、ランプに照らされているばかりだった。
数十分後。
エステルと合流した真田は、誰も居ない場所で男子用の制服に着替え、エステルと共にスキエンティア魔法学園に向かい、居るであろうと思われる専用の実験室がある実験棟に足を運んだ。
思惑は正しかったようで、実験室の扉の前には軽装備をしている女性騎士2人が、門番のように立ちはだかっていた。
部外者である真田は通れるようにエステルが、簡単な事情を話して貰い通して貰ったが、両側から何だかゴミを見ているかのような冷たい視線で、見られているような気がした。
部屋に入ると驚きの表情をしたマリアンヌに今までの経緯を話した。
「珍しく休みを貰いたいと言ったから、何処かに出かけるのかとは思っていたけど。まさかアヴェドギルトに行っていたとは、夢にも思わなかったわ」
「申し訳ございません、お嬢様。勝手な行動をしてしまい、罰はいかようにでも甘んじて受けます」
「何言っているの別に謝る事では無いわ。貴女がやりたいと思う事をやりなさい。それが私の幸せでもあるから」
「お嬢様」
跪くエステルは微笑むマリアンヌを薄らと濡らしている瞳で見ていた。
この方に仕えていて本当に良かったと、エステルは再び痛感した。
「(他者を諌める時の凛々しい顔、貴族同士の権謀術数の時のしたたかな顔もいいけど。このように他者を慈しむ顔がお嬢様の本来のお顔。‥‥‥だからこそあの時、私は救われたんだ)」
その時を思い出しエステルは、胸中に温かいものが広がっていくのが感じられた。
しかしそれを邪魔する者が居た。
真田だった。
歓喜に打ち震えるエステルを現実に戻すかのようにマリアンヌに声をかけた。
「生徒会長。私は君の従者の覚悟を感じて、この依頼を受けた。君はその従者に報いるだけの覚悟はあるのか」
あえて真田は冷たく威圧するように言い放った。
マリアンヌの覚悟を見る為だ。
もしこれで少しの揺らぎを感じるようだったら、依頼は破棄しようと考えていた。
マリアンヌはそのまま射貫くかのような目で、真っ直ぐ真田を見た。
「ええ。元々は不甲斐ない私の依頼をエステルが変わって成し遂げてくれた依頼。だからこそ私は如何なる事があろうとも、決して逃げない」
聞く人に偽り無しと思わせる程のハッキリとした言葉だった。
それは連綿と長きにわたってフィルド帝国を治めてきた一族の血が為せたものなのか。それともマリアンヌ個人の資質によるものは定かでは無いが。
公爵家の令嬢として申し分の無い資質を発揮していた。
真田はニヤリと小さく笑った。
「いい覚悟だ。‥‥‥では、時間が無いのでさっさと鍛錬を開始するか」
「構いませんが、何処か広い場所に移動するのですか。依頼している立場ですけど、あまり遠くは行けませんよ。流石に夜までに帰らないと、心配する家の者達が探しに来ますので」
「ああ大丈夫だ。夜までにはどころか、早ければ昼には終わるからな。そこら辺の心配は無用だ」
真田の言っている意味が分からず、マリアンヌ達はお互いに顔を見合わせて、肩を竦めた。
鍛錬という泥臭いものと無縁だったマリアンヌでも、鍛錬とは時間をかけてするもので、後数時間で終わるようなものでは無いのは容易に想像出来た。
「一応聞いておくが、この後は何も用事は無いのだな。それなりには時間がかかるものだからな」
「ええ、今日は1限目の経済に関する講義しか取って無いですし、公爵家の令嬢としての公務は生徒の間は学業優先にしてますので、どうしても出なければいけない最低限の式典も無いですので、この後の時間は自由に使えます」
「それは僥倖だ。後は扉の前に居る護衛をどうするべきかだな」
マリアンヌは1度扉の方を向いて、再び真田へと視線を戻した。
「彼女達がどうかしました。腕が立つ上に信頼に足る人物ですけど」
「それは君より下に居る者達なら効果があると思うが、君より上に居る者達の場合は効果が無いだろうな。しかも何も部屋から聞こえていない状態が続くと、確認の為に部屋を見るだろうし」
マリアンヌは真田の言っている意味が理解出来ず、眉を顰めていた。
真田がどうするべきか考えていると、エステルは何か閃いたのか晴れやかな顔になった。
「公爵様や陛下や皇族の方々」
エステルの呟きにマリアンヌは頭がすっきりしたかのようにハッとなった。真田が何故公爵家の令嬢である自分が言っているのに不安になっているか理解出来たのだ。
公爵家は確かに強い。
爵位が無い自分ですら他の貴族に牽制を送れるだけの権力を有し、貴族の中では最上位となっている。だからこそ、誤った使い方をしないように一生徒として振る舞っている。
しかしそれは貴族の中だけしか効力が無い。
その上の皇族や父親である公爵には何も役に立たない。
「生徒会長より上に居る公爵や皇帝に聞かれたら、彼女らの職務上答えざる得ないだろ。しかも今回の件は必ず父親である公爵の耳に入るだろう」
それらを踏まえてもそれが何故問題なのか、マリアンヌには理解出来なかった。
「それがどう問題になるのですか。言っては何ですが、お父様は私が誰に会ったぐらいで問題にするような人では」
「そんな事はどうでもいいんだ。問題なのは今回使う道具の件だ。今回は依頼期間が特殊だから、どうしてもあの道具に頼らざる得ない。しかしあれは人の手に余るもの。そう世に出して良い物では無いからな」
真田は恐れているのだ。
自分が作り出したものがどういうものか一番理解しているからだ。
国家間のパワーバランスを簡単に壊してしまう程の魔法工芸品を、多数所有しており。下手したら真田が保有する魔法工芸品を巡って、戦争が起きるかもしれない。
一応、自分しか扱えないようにセーフティーネットを仕掛けているが、何かの拍子でそれが作用しなくなる可能性を考慮しなければならない。
考えすぎだと他人から笑われるかもしれないが、作った者としての無責任ではいたくないのだと真田は考えているのだ。
真田は二進も三進もいかない状況にどうするべきか思案していると。
「サナダさん。私から彼女らに邸宅に帰るように言いましょうか」
「それは願ってもない事だが。‥‥‥良いのか。彼女らは君を守るために居るのだろう」
「本来彼女らは王宮や公爵邸、お父様達を守るのが本来の役目です。護衛役のエステルが戻って来ました。‥‥‥それにサナダさんも来てくれましたし」
頬を赤くしているマリアンヌは恥ずかしそうに俯いてしまった。
最後を聞き取れなかった真田は怪訝な面持ちで、エステルに何て言ったのか視線で問うたが、そっぽを向かれたので結局、聞けずじまいになった。
「ではサナダさん。彼女達に伝えて来ますので、少々お待ち下さい」
マリアンヌはエステルを伴って、部屋から出て行った。
数分後。
満足気なマリアンヌはエステルと共に部屋に入って来た。
「彼女達は帰りましたよ。説明したら納得したみたいで、特に反論も無かったです」
真田は即座に心の中で、違うだろと反論した。
「(公爵家の令嬢を護衛する立場上、彼女達は忠義が厚く腕の立つのだろう。幾ら本来の護衛役であるエステルが居るとはいえ、何処と馬の骨と知らない男と同室という状況は、憤慨してもおかしくないが。令嬢であるマリアンヌから帰るように言われた以上、それを唯々諾々と聞くしかないだろな。‥‥‥どうしても必要だったとはいえ、申し訳ない)」
真田が護衛役の彼女達のプライドを大きく傷つけた事に強い悔恨を感じると共にエステルも非常に気まずそうな顔をしていた。
マリアンヌだけが真田達の様子を、いまいち理解していなかった。
悲しみを抱えながら真田は、ノーシェバッカスを発動させ亜空間からあるものを取り出した。
それは透明で極端なまでに首が短い丸底フラスコだった。
同じものはマリアンヌの実験室にも数個置かれているのだが、特出すべきなのはその大きさにあった。
どう少なく見積もっても、マリアンヌが普段使っている丸底フラスコの十数倍はあった。
しかもマリアンヌが使っている物よりも、丹念に磨かれ光の屈折率が0%のような透明なものだった。
その巨大な丸底フラスコの中には、中心より少し低い位置に一枚の板が引かれていた。
その板の上には中と外を区分するかのように木目調の門があり、中には屋根に瓦や鬼瓦を使い、支える柱には樹齢千年以上の樹が使われているような、日本の田舎に出てきそうながっしりとした日本家屋があった。その周囲を木の柵と門が囲んでいた。
また中の物が出ないようになのかワインのようにコルクで蓋をし、丸底フラスコ自体が動かないように木によって固定されていた。
マリアンヌ達は目を丸くして巨大な丸底フラスコを見ていた。
あまりにも齎された情報量の大きさに何を言っていいのか分からず、ただ呆然と立っているだけだった。
真田は近くの机に割れないようにゆっくりと丸底フラスコを置き、蓋のコルクを抜いた。
「これは『小さな箱庭』。ここが君の鍛錬を行う場所だ。‥‥‥この開いている所に手を触れてくれ」
真田は唯一開いている注ぎ口である首に触るように促した。
これはボトルシップの形式を使った魔法工芸品だった。
しかしマリアンヌ達は困惑していた。
如何なる鍛錬する覚悟は決めた事には間違いは無いのだが、見た事も無いものに触れれるとなるとそれはそれで勇気がいる事だ。
「生徒会長」
中々動こうとしないマリアンヌ達に真田は次第に呆れた表情となっていた。
ハッと我に返ったマリアンヌは、このままでは真田が依頼を放棄してしまうと考え。心の中で信奉する主神アストレアに祈り、恐る恐るゆっくりとした速度で丸底フラスコの首に触れようとした。
「お嬢様」
エステルの遮るかのような声で、マリアンヌは手を止めた。
「何処に行くのも2人一緒です。お嬢様だけを行かせるような真似は致しません」
エステルは安心させるかのような穏やかな声で言い、マリアンヌの手を取った。
マリアンヌは驚いていたが、それが逆に緊張を緩和し気持ちが落ち着いて行った。
意を決したマリアンヌとエステルは、今から極悪非道な邪神の住処に行くようなひどく真剣な表情で、丸底フラスコの首に触れようと同時に手を動かした。
そして2人の手が丸底フラスコの首に触れた瞬間。
2人共は丸底フラスコに吸い込まれるようにして、消えて行った。
真田は上手く作動した事に頷くと、まるで自動販売機でジュースを買うような気軽さで丸底フラスコの首に触れた。
真田もマリアンヌ達と同様に吸い込まれるように消えた。
そして誰も居なくなった部屋では、コルクの蓋が独りでに動き出し、まるで引かれあうかのように出入り口に入っていき、完全に封をするように緩やかな回転をして止まった。
水を打ったかのような静かな部屋の中では、巨大な丸底フラスコが異様な雰囲気を醸し出しているばかりだった。
マリアンヌとエステルは、ほんの一瞬だが、自分の身体が引き伸ばされるかのような奇妙な感覚を味い、次の瞬間には見た事も無い木造建築物の前に居た。
状況を把握できていない2人共は、冷たい白い床の上で正座を崩したかのような女の子座りをして、マナーのテストがあれば間違い無く赤点を取るような口を半開きにして呆然とした表情で、聳え立つ建築物を見ていた。
マリアンヌ達の前に鎮座していたのは、高さが十数mもあるような冠木門だった。
両端の四角い門柱には、樹齢が数百年になるような太い樹木の幹が使われ。門柱を水平に保つ貫には、門柱より一回り小さい木材が上部で横に貫通しており、床と接地する面には貫とほぼ同じ太さの木材が十字の形で走っていた。門柱と貫の隙間を埋めるようにシンプルな門扉が、その口を固く閉ざしていた。
門には通常、開く際に使う取っ手や防犯の錠前がある筈なのだが、不用心にもこの冠木門にはそれらは無かった。
「あれは一体何なの」
マリアンヌの呟きに答えたのは隣に居るエステルでは無く。
「冠木門という、門の一種だ」
後ろから歩いて来ていた真田だった。
バッと振り向くマリアンヌ達に目線を合わせる事無く、真田は目を細めて懐かしそうに冠木門を見上げていた。
「君の所にも鉄の門があるだろ。それと同種の建築物だ。君達とは違う文化が育った国で作られたのを真似して作った物だ。機能は君達の所にあるのと一緒だ。土地と土地を区分し無用な客人を入るのを防ぐ物だ」
「そうですか。‥‥‥ところでサナダさん、此処は一体何処ですか」
マリアンヌ達は、観光地で名所を見て回っている観光客のように周囲を見回していた。
周囲に映るのは見慣れている筈の湾曲した実験室だった。
真田は呆れ果てた表情を浮かべ。
「おいおい。此処が絵本に出てくるようなファンシーな場所だと思えるのか。君は一体何に吸い込まれたんだ」
「それならやはり」
「ああ。此処は丸底フラスコの中だ。より正確に言うならば、取っ手の首の所だがな」
持たされ情報にマリアンヌ達は驚きを隠せないでいた。
学園で魔法科を選択しているとはいえ、講義の一環として魔法工芸品に関する講義があり、入学する前に王宮から定期的に派遣されてきた宮廷魔術師に教え込まれ、プロまでにはいかないがそれでも魔法工芸品に関する知識を持っている。
マリアンヌにとって魔術工芸品とは、使用者の魔術や剣術を行使する際に補助する物だ。
王宮の宝物庫にも使用者の魔力量を底上げする腕輪や古代の邪悪な魔物を討ち滅ぼした聖剣等々、非常に強力で使用すれば多大な功績を保障する物ばかりだ。
だけれども人を別の場所へと移動させる物など、見た事や聞いた事も無かった。
「門の向こう側が君の鍛錬場となる。今から門を開けるから待っていてくれ」
門に向かいながら真田は、亜空間からアウクシリアを取り出した。
マリアンヌ達は真田の隣を訓練された犬のように歩調に合わせて飛空するアウクシリアを、何て言ったらいいのか分からずに呆然としていた。
真田は門扉に感触を確かめるように触り、独り言のように呟いた。
「『小さな箱庭』に関する情報を提示」
真田の前に回り込んだアウクシリアから、ピピッ!!と電子音の後に半透明の緑のディスプレイが真田の目線の高さで展開された。
そのディスプレイには、様々な情報が羅列していた。
時間、重力、酸素濃度、気温、湿度、風速、気圧、照度といった人間が生命維持に必要不可欠な情報が、1つ1つの項目事に分かれていた。そして一番下の項目には魔力濃度の項目があった。
しかし今は稼働していないのか、停止を表すかのように全ての項目が灰色の文字となっていた。
「(前回使った後、物質を経年劣化させないように時間を停止させたままだから、あらゆる事象が動いていないか。‥‥‥この門は部外者の侵入を阻止すると同時にこの『小さな箱庭』の管理装置でもあるから、動かす為にはこの門を起動させなければいけない)」
真田は精神を落ち着かせるように1回深呼吸し、門に同調させるように魔力を流し込んだ。
「(門扉に張り巡らせている魔術回路を伝い、中央演算処理装置に干渉し、門を起動させる)」
真田は自身の魔力が魔力回路を伝って、門扉中に行き渡って行く不思議な感覚に襲われた。
そして。
何処からかガッコン!!と、何かが外れる音が周囲に響き渡った。
マリアンヌ達は突然聞こえてきた音に、キョロキョロと不安な面持ちで周囲を見渡すが何も見つける事は出来なかった。
真田は成功したと確信を得て、更に続けた。
「(起動を確認。これより事象変移に移る。‥‥‥まずは時間の停止を解除)」
再び何処からかともなく、ガッコン!!と何かが外れる音がした。
連動するかのように半透明の緑のディスプレイに写し出されていた灰色の文字は、全て白文字で表示された。
それは水を得た魚が動き出すかのように、全てが行使可能を差していた。
「(1秒の経過時間を通常の24倍に設定)」
ガッコン!!と、鳴った。
それはまるで真田が鍵で、事象変移を行使していく事に門扉にかけられた錠前を外されていくように聞こえた。
半透明の緑のディスプレイに表示されている時間の項目欄には、24倍速と表示された。
「(重力を1g。気圧を1010hPa。空気濃度を地上1m前後。気温を22℃。湿度を50%。風速を毎秒3m。照度を100,000lxに)」
ガコン!!、ガコン!!、ガコン!!と、冠木門から途切れる事無く、無機質な音が鳴り続けていた。
真田が設定する度にその項目欄には数字が埋まって行った。
「(そして、最後に魔力濃度を150%に設定)」
ガッコン!!と、最後の断末魔のように周囲に鳴り響いた。
門周辺は元の静けさに戻った。
「(これで全てのロックが外れ、門の向こう側に行ける。‥‥‥防犯レベルを高めるのと環境設定を簡単に変更出来るようにするとはいえ、このような手続きを一々せねばならないとはいささか面倒だな。マスターキーのような1回で解除出来るシステム構築を考えなければいけないかもしれない)」
手順の多さに門のシステムの変更という文字が、真田の脳裏にちらついた。
しかしその労力の大変さと時期じゃないという事で、頭の隅に追いやった。
アウクシリアを冠木門の端へと移動させると、『固定化』と呟きその場に固定させた。
「この門の向こう側が、君を鍛錬する場所となっている。何の障害物が無い平地が広がっているから、鍛錬するにはもってこいの場所だ」
真田が言い終わるのを待っていのか、門扉は見えない糸に引っ張られているかのように独りでに開き始めた。
完全に門扉が開かれ、門の向こう側の景色にマリアンヌ達は目を疑った。
「(な、なんなのこれは!?)」
無限と錯覚させるのに十分なまでに広がるのは白い床ばかりで、建物のような人工物は一切見当たらず、地平線が彼方の方で見えていた。
雪山や氷の大地とは違う主以外の生物が居る事を許さないような殺風景な光景だ。
マリアンヌは少し困惑した顔で周囲を見渡していた。
「凄く広いのですね。当ても無く歩いていたら迷子になりそうです。‥‥‥どのぐらいあるのですか」
「さあどれくらいだろうな。作ったのが結構昔だから忘れてしまった」
マリアンヌは真田の言っている意味が分からず、首をかしげた。
「さっさと行こうか。門を開けておくと影響がこちら側に伝わってくるからな」
真田はマリアンヌ達が付いて来るのを確認せずにそそくさと門の向こう側へと行ってしまった。
「ちょっ、ちょっと待って下さい、サナダさん!」
置いて行かれないようにマリアンヌ達が慌てて門を通過した。
それを待っていたかのように門扉は、余計な者達が入らないように独りでに閉まっていった。
そして音も無く門扉が静かに閉まり、ガッコン!!と盛大な音を立てて鍵を掛けた。
何も動くものが無くなったその場所では、アウクシリアの半透明の緑のディスプレイの時間だけが、その時を刻むばかりだった。
完全に説明回!!!
今回で一連の話を終わらせしようとしましたが、7千字辺りでこれどう考えても枠内で終わらないと考え、思い切って説明回にしました。
安心して下さい。次回で一様のケリはつきますので(笑)
次回が今年最後の更新になると思います。そう意味では区切りが良かったのかも。
それはさておき、誤字脱字がありましたら、御指摘の方を宜しくお願いします。




