第42話 オリエンス教会
アヴェドギルト主催の初心者講習の翌日。
帝都の空は如何にも晴れそうになく、鉛を厚く張ったかのような厚く重く垂れ下った曇り空だった。低気圧が上空を通過しているのか、北からの強く冷たい風が吹き荒れ、体感気温を氷点下までに下げていた。
ミノタウロスの大群へのギルトと騎士団の攻勢は空振りに終わり、関係者に微妙なしこりを残したが、そんな事は住人達には関係無くいつものように生活していた。
帝都に強風が吹き荒れ、埃や塵が吹き飛ばされていく道を、人々は服を重ね防寒して、足早に職場へと向かっていた。
真田はその住人達に交じってぶらぶらとあても無く、加工された平らな石で舗装された道を歩いていた。
本来ならばこの時間帯は日銭を稼ぐ為に真田はクエストを受けているのだが、ギルト本部でクエストボードに貼られているクエスト一覧を見た瞬間、何だかやる気が物凄い勢いでしぼんでいくのを感じたというダメ人間丸出しの理由だった。
真田も周囲の人々と同様に防寒にと亜空間から、クロコダイルのマークがついたポリエステル100%の黒のフード付きジャンパーを羽織り、同じ黒の無地でアクリル繊維100%のニット帽を、あまりの寒さに宿で起きた際に取り出していた。
日本で買った物で約2万円の防寒効果は伊達では無く、周囲の人々が寒そうにしているのにもかかわらず、真田は何時もと変わらないと言わんばかりに悠然と歩いていた。
周囲が布製の服を着ているのに、たった1人だけ化学繊維で作られた服でかためている事に非常に浮いているのだが、真田は気付いていなかった。
幾つかの通りと角を通ると、少し開けた場所に辿り着いた。
そこには周囲の家とほぼ同じ高さで、周囲を真田の腰の高さの丸木の柵に囲まれた木と煉瓦を組み合わせて作られたL字型の建物があった。
正面には真田より約1.5倍大きいアーチ型のシンプルな木製の扉や壁に数か所ある木の窓は、風が入らないように全て固く閉じられていた。
赤茶色の瓦の傾斜が緩い寄棟型の屋根や地面から伸びる幾つもの細い蔦が覆っているように見える日焼けした古ぼけた煉瓦の外壁が、創建からの建物の歴史を物語っていた。同じ敷地内にあるむき出しの地面には何処かの動物が掘り返したのか、小さな山が柵の下に出来ていた。
それは周囲の住宅も同様だった。
先程まで歩いていた通りに建つ住宅とは違って、比較的古さを醸し出していた。
真田はこの周辺だけがまるで時が止まっているかのような感覚を肌で感じた。
真田は何の建物かなと見回すと、扉の上に掲げられている木の板を見つけた。
こう彫られていた。オリエンス教会、と。
「(オリエンス教会か。この街の中心部にストラブール大聖堂があったよな。あれの出張所みたいな感じなのか)」
真田は観光地に来た観光客のような気軽さで、目の前の建物の扉の取っ手を引いて中に入って行った。
一応、入る際には『お邪魔します』と添えて。
教会のの床は水平に加工された石で出来ており、一般の住宅を吹き抜けにしたかのように天井が高いが、天井近くの窓から差し込む弱弱しい陽光しか無く。申し訳程度に明るく照らす程度で全体的には薄暗く、足元に落ちている物を踏んでしまいそうだった。
建物の奥にある古代ギリシア人が着ていた白い布を巻きつけたかのような服を着た若い男性の石像。その前に置かれている木製の机がポツンと置かれ。それらと対面するように大人数人が座れる長椅子が置かれていた。
内部は外見同様に古さを感じさせるものだが、掃除が行き届いているのか埃っぽさを一切感じさせなかった。
真田は観光客のように、周囲に何があるのか視線を忙しなく動かしていた。
何処かで見た事のあるような既視感に襲われたが、すぐに心当たりに辿り着いた。
「(サガムで見た神殿と同じような感じだな。やはり同じ思考形態を持つ知的生命体だから、物の配置や見せ方などに何処かしら似てくるのか)」
真田なりにサガムの神殿との類似点を探しながら歩いていると。
「それ以上、近づくなっ!!」
敵意に溢れた鋭い声に、真田は思わずその場に止まった。
すると石像の裏や机の下などの物陰から、小学校低学年から中学年ぐらいの背丈の子供達、男女数人が飛び出してきた。
子供達は犬歯を露出するかのような敵意剝き出しの表情で、手には薪や細長い木の棒といった一般家庭でも簡単に入手できる固い物を持っていた。
「さっさと帰れ。ここはお前が来るような所じゃないっ!!」
リーダー格と思しき1番背が高い短髪で金髪の少年が、微妙に身体が震えながらも気丈に真田に叫んでいた。
そんな子供達を前に真田は困惑を隠せないでいた。
「(さて困ったな。後方にある石像をただ見たいだけなのにな。初めて此処に来たばかりの俺に、初見の子供達から恨まれる理由は無い筈。‥‥‥もしかして何処かで会ったというやつなのか。だが、あの子供達の気配に覚えは無いな)」
割と本気で悩み中々帰ろうとしない真田にリーダー格の少年は苛立ちを見せていた。
「お前、聞いているのか。ここから帰れよっ!」
「私はただ君達の後ろにある石像を見たいだけなのだ。そこを通してくれないか」
優しく語り掛けるような真田の言葉に少年達に動揺が広がるが、リーダー格の少年は依然として厳しい表情のままだった。
「嘘を言うな。そう言ってお前達は俺達を騙して、またお姉ちゃんを虐めるんだろ!」
「‥‥‥お姉ちゃん? 虐める?」
身に覚えのない単語に真田は眉を顰めた。
少年は態度が煮えきらない真田についに堪忍袋の緒が切れた。
「もういい。こうなったら俺達の手でお前をここから追い出してやる!」
少年の宣言に仲間である他の少年達に衝撃が走った。
「‥‥‥本当にやるの?」
隣の同じ年齢位の少女の小さな問いかけに、リーダー格の少年は力強く頷いた。
「当たり前だ。何時も迷惑をかけているお姉ちゃんの負担を減らす為には、俺達がこうやって教会とお姉ちゃんを守るんだ。‥‥‥皆、行くぞっ!!」
リーダー格の少年の言葉に刺激された少年少女達は、真田に一斉に向かっていった。
事前に打ち合わせをしていたのか、少年達は真田を前に行かせないように横一列だった。
子供ながらのがむしゃらな走りで向かって来る少年達に、真田はほとほと困った顔をしていた。
「(向かって来るのは別にいいんだが、問題はあしらい方だ。子供相手に力を使う訳にはいかないよな。これが大人だったら気兼ねなく使えるんだが。‥‥‥ここは逃げた方が得策か)」
真田が石像を見るのは日を改めようと右足を後ろへとずらしたら。
「皆、何しているのっ!」
奥から聞こえて来た教会全体を震わせるかのような大音量の少女の声に、少年達は見えない糸で止められたかのようにその場に止まり、それに連動するかのように真田の動きも止まった。
奥に居たのは1人のシスターだった。
背丈は真田の目線位で、白い肌に碧眼。ストラブール大聖堂周辺でよく見かける分厚い布の漆黒の長袖長スカートを着ており、頭には1枚布のフードを被っているので髪は窺い知れないが、眉毛が金色なので同様だろうと推測できる。
顔は怒っているようにも見えるが心配しているようにも見えた。
向かって来ていた少年達が、決して会ってはいけない人物に会ったかのような立ち止まって動揺しているのが、真田からも見て取れた。
ここでシスターは気付かずにミスを犯した。
少年達が真田に向かって行くのを止めるまでは良かった。
だが。
それは少年達全員が床に足を付けている状態で止めるべきだった。
シスターの急な制止の声に驚いて、少年達はその場に足を止めたのだ。
その場所が床とは限らない。
リーダー格の少年に問いかけた少女は、信者が座る椅子の背凭れに足をかけ、今まさに足のバネを利用して飛び上がろうとしていた時にシスターの大声に驚き、飛び上がるタイミングを失ってしまったのだ。
他の少年少女達が動揺する中、少女は背凭れの上で何とかバランスを取ろうとするが、腐食していたのかそれとも少女の自重に耐え切れなかったのか、バキッ!!と、破裂音が教会内に響いた。
「‥‥‥へぇっ!?」
少女の処理能力を簡単に超え、間の抜けた声と共にされるがままに頭部から床へと落下していった。
突如の出来事に少年達が呆然として見ていると同様に、少女の視界は徐々に近づく床をされるがままにと映していた。
少女の視界が床一面に占められ、鼻が床に激突する寸前。何者かによって少女の身体は精密機器を扱うかのように優しく引っ張り上げられ、何時の間にか床に立たされていた。
「‥‥‥へぇっ!?」
一瞬で視界に映る景色が変わった事に少女は再び間の抜けた声を上げた。
少女は自身の立ち位置を確認しようと、何度も周囲を見回していた。
混乱する少女を引っ張り上げた張本人。真田は少女の目線に合うように腰を下ろすと、絵本を子供に語り掛ける親のように優しく声をかけた。
「怪我は無いか」
少女は一瞬、ビクッ!!と体を強張らせたが、真田に敵意は無いと考えたのか、躊躇しながらも頷いた。
真田はそれを見て安堵の表情をした。
「それは良かった。元気があるというのは良いが、時と場合を考えおくようにな。万が一怪我でもしたら大変だから」
「‥‥‥うん」
少女は控えめながらも頷いた。
真田は撫でるように少女の金色の髪を触ると、何か固い物にあたった気付いた。
「(これは‥‥‥)」
少女は訝しげる真田の様子に気付き、一気に距離を取り近くにいた少年に隠れるように背に回った。
少年は少女を守るように、持っていた木の棒を真田に向けた。
真田は立ち上がって少年達へと視線を向けた。
薄暗くて離れていた所為でよく見えなかったが、向かってきた少年達は住人達が普段着ているような麻製の服を着ているように見えるが、所々似たような色の布生地で当て布で補修し、少年達の生活環境が如何に質素なのか物語っていた。
それともう一つ。
少年達の身体には狼や猫、牛、羊といった動物の特徴的な部分が見られた。
真田が触った少女の頭には、まだ小さいが茶色の固い角が2本ついていた。
「(亜人の子供と何の特徴も無い子供が交じっていて、それに子供達が着ているのはつぎはぎだらけの質素な服装。此処の教会はもしかして‥‥‥)」
真田が確信めいた考えを抱き始めていると、
「あの」
尋ねるかのようにも探りを入れるかのようなシスターの声に真田は現実に戻った。
真田が振り向くと其処には大声をあげたシスターを、囲むように向かって来た少年達が居た。
「アンジェリカを助けていただき有難う御座います」
「いえいえ、彼女に怪我が無くて何よりです」
「それと此の子達が何かしたようで申し訳ないです。‥‥‥ほら、皆謝って」
『ごめんなさいっ!』
リーダー格の少年以外の少年達は異口同音とばかりに口を揃えて、申し訳無さそうにして頭を下げ謝罪の言葉を言った。
少年は冬眠前のリスのように頬を膨らませて、自分は悪くないと明後日の方を向いていた。
シスターは少年の態度を目敏く発見し、声を荒げた。
「デリク!」
シスターが注意するが真田を襲った少年デリクの態度が変わる事は無かった。
真田はデリクの態度を注意する訳では無く、寧ろ微笑ましく見ていた。
シスターは申し訳無さそうにした。
「すみません。普段はこんな子じゃないんですけど」
「それはよく分かりますよ。私は特に実害が無いので気にしていないですよ」
「そう言っていただけて助かります。‥‥‥ところで、貴方は何者ですか。当教会に一体何の御用ですか」
「ああ、これは失礼」
真田は被っていたニット帽を取ると、背中に回して誰にも知られないようにノーシェバッカスを発動させ、亜空間に収納すると同時にジャンパーの中心にある首元から下半身にかけての銀色のチャックを下ろし、ジャンパーの内ポケットからギルトカードを取り出した。
「私はアヴェドギルト所属のタクト=サナダと言います。これが証明のカードです」
真田は何時もクエストで依頼人に見せるようにギルトカードを見せるが、それでもシスターの疑念を払拭できなかった。
「その冒険者のサナダさんは当教会にどういったご用件でしょうか」
「趣味でその土地の風土や風習で調べているんですよ。道を当ても無く歩いていると、この教会を見つけましてね。これ幸いとこの地で信仰している宗教を教えてもらえればなと」
「それでこの教会に入ったのですか」
「はい。‥‥‥ですが、如何やら私は招かざる客だったみたいなので、また日を改めて伺います」
真田がその場を退席しようとしたが、シスターがそれを待ったをかけた。
「このオリエンス教会はあなたのような方の為に存続しております。まだまだ未熟者ですがヒュペリーオン教のシスターである私ツィスカ=クリューベが、教義を教えましょう」
「そうですか、有難う御座います」
「教義を記した本を持ってきますので、椅子に座って待っていてください。‥‥‥ほら皆、行くわよ」
シスターであるクリューベは羊飼いように子供達を引き連れて、奥の部屋へと消えて行った。
少し時間が経ち、真田が1番前の椅子に座って、美術品を見るような目で石像を眺めているとクリューベが戻ってきた。
その手には辞書サイズの表紙が黒い1冊の本を持っていた。
長年使っているのか白い筈の紙のページは日に焼け薄黄色になっていたが、同時に大切に使っているみたいで金の刺繡で施されている題字は、糸の解れなど見受けられなかった。
クリューベは石像の前にある腰の高さまである机に本を丁寧に置いた。
「では始めたいと思います。そもそもヒュペリーオン教とは、この世界を作った神々の一柱であるヒュペリーオン様を主神とした宗教なのです。その教義というものは‥‥‥」
クリューベがヒュペリーオン教の事を話し始めて数時間後。
「ふむ。まとめるとヒュペリーオン教とは魂の救済を主な目的にしているのですね」
「はい。例え悪行を為しても、真摯に反省し善行を行えば、主神であらせられるヒュペリーオン様の導きによって、天界に行けるのです」
「でもそれでしたら、信徒が悪行を為し見せかけだけで反省して、適当に善行をして天界に行こうとする場合はどうなるのですか」
「サナダさんの疑問も尤もですね。それに関しては大丈夫です。信徒の死後はまずヒュペリーオン神様の配下である天使様たちが選定を行い、その魂が善か悪か判断をします。善と判断されれば天界に導きられ、悪と判断されれば地獄に落されます。ですので悪人が天界に上る事はありえません」
「中々、厳しいのですね」
「はい。ですので私は信徒の皆さんに慎ましく正しく生活するようにと、教えを説いているのです」
クリューベの一切の迷いが感じられず、断言するかのように力強い言葉に真田は納得したかのように何度も頷いた。
「(サガムでの神樹信仰や日本での山岳信仰のような民間信仰、アニミズムに理論が付いているという訳か。サガムや日本のようにある程度、外界から閉ざされている訳では無いので、信仰というものを維持する為に、理論を確立する必要があった所為か)」
真田は頭に両手を回して、シスターでは無く後ろの石像を見ていた。。
「(基本的には無駄足だったな。結局はこの世界の人間も俺達と大した違いの無い価値観を持った知的生命体という訳か。‥‥‥それが分かっただけでも前進という訳か)」
真田は得られた情報量の少なさに内心落胆したが、それをおくびにも出さずにシスターへと視線を戻した。
「で、この教会が街にあるストラブール大聖堂が届かない所を補っているのですね」
真田の言葉が終わると、あれだけ自信満々だったクリューベの表情は、打って変わって痛いところを突かれたかのような強張っていた。
真田が怪訝な顔向けていると、クリューベは物凄く言い難そうにゆっくりと口を開いた。
「街にある大聖堂は、私達とは違うアストレア教の宗教施設なのです」
「え!? ‥‥‥でも、そこに出入りしているシスターの服は貴女と同じだったはずですが」
真田は記憶の中にあるシスター達の映像を照らしながら尋ねるが、クリューベからの回答は否定だった。
クリューベは1枚布のフードの額に接している部分に指し。
「私達のはこのように黒色ですけど、アストレア教のは白色なのです。‥‥‥これは世界創生に関わった神々を信奉する宗教の聖職者に共通しているのです。基本的な所は一緒なのですが額や胸元などの目につきやすい所で、違いを出しているのです」
「そ、そうなんですか」
真田は分かったような分からなかったような微妙な顔をした。
「一応、他の都市にヒュペリーオン教の大聖堂はありますけど、帝都ではヒュペリーオン神の同様に、世界創生に関わった一柱であるアストレア神を主神とするアストレア教が大勢を占めているのです。その所為か、ヒュペリーオン教の教会は此処だけなんです」
言葉に反応して底なし沼に沈み込むように落ち込んでいく教会の雰囲気に、真田はこれは駄目だと判断し、強引に話題を変える事にした。
「シスターは此処を一人で切り盛りをしているのですか。その歳で1つの教会を任せられるとは、よほど優秀なのですね」
クリューベは恥ずかしくなったのか、頬を少し紅潮させ首を振った。
「違いますよ。今は此処に居ませんがもう1人のシスターが居まして、その方が此処の教会の責任者なんですよ。今は留守を預かる私や子供達と一緒に運営しているのですよ」
「子供達ですか。‥‥‥という事は此処は孤児院ですか?」
「はい。此処は孤児院も兼ねていますから、身寄りのいない子供達を預かっているのです」
真田は何かを思い出すかのように遠い目をし、小さく呟いた。
「孤児院ね。何処の世界に行っても切っても切れない施設だな」
怪訝な顔をするクリューベを尻目に、真田は何処か満足したかのような表情に変わり立ち上がった。
「ならばシスターは子供達から慕われているのですね。先程もそうですが、今も心配そうに此方を見ていますから」
「え!?」
驚くクリューベは真田が指した方向を見ると、数人の子供達がドアを開けて奥の部屋から心配そうに見ているのに気付いた。
子供達はクリューベと視線が合うと、悪戯が見つかったかのように脱兎の勢いで奥の部屋へと逃げて行った。
クリューベは怪訝な顔で見つめていた。
「どうしたんだろ、皆。普段はあんな事をするような子達じゃないのに」
「大好きなお姉ちゃんが誰とも知らない馬の骨の冒険者と一緒にいるのですから、心配になるのは当たり前ですよ」
自虐的な笑みを浮かべる真田に、何を言っていいか分からないクリューベはただ黙っているしかなかった。
「勉強だけかと思っていましたけど、予想以上の収穫があって良い1日になりそうだ。有難う御座います、シスター」
「よく分かりませんが。貴方が良い1日を送れそうになるというのなら、私もお話しした甲斐がありました」
首を傾げながら見送るクリューベに、真田は最初から気になっていた事を聞いた。
「そういえば、シスター。最近、この教会で何か催し物があったのですか」
「まだないですよ。あるとしたら来月のミサぐらいですが。それがなにか」
「いえね。この教会の広さに対しての座る椅子の数が、あまりにも少なすぎるのじゃないかなと。‥‥‥これぐらいの広さなら、後数列は必要だと思いますけど」
指摘通りに教会内には信徒達が座る椅子が少なく、左右2つずつしかなかった。
真田は歩いていた時に建物の規模にしては、あまりにも少なくないかと考えていた。
サガムのケーニギン神殿で見たように扉の近くまで椅子を置いていないと、あまりにも不自然だった。
真田の何気ない質問に、クリューベは身を切り裂くかのような苦悩に冷や汗が背中を1滴伝うが、悟られないように少し強張った微笑みをした。
「それはですね。多くの椅子が老朽化していまして、職人さんへと修理を出しているのですよ。信徒の皆さんには申し訳ないと思っているのですが、座った瞬間壊れて怪我でもされたら大変ですから」
「確かに怪我でもしたら、礼拝どころじゃないですね。‥‥‥失礼、シスター。変な事を聞いてしまって」
「気にしないで下さい。実情を知らなかったら私でも聞いてしまいます」
「そう言っていただけて助かります。‥‥‥今日は色々と聞かせていただき、有難う御座います。それではこれにて失礼します」
「貴方にヒュペリーオン神の御加護がありますように」
クリューベの決まり文句を受け、真田は扉の方へと身体を向けて足を一歩踏み出したと同時に、バァァッン!!と、耐久性を全く考慮していないかのように扉が勢いよく開かれた。
真田とクリューベが弾かれたかのように扉の方を驚きを持って見ていると、がっしりとした骨格の大男数人が、ぞろぞろと入ってきた。
着ている服も薄汚れ、表情はニヤニヤと人を不快にさせるかのように笑みを浮かべており、どう見ても礼拝しに来たようには見えなかった。
ガラの悪そうな男達を真田は不審者を見るような疑いの目で見ていたが、クリューベは震え上がるかのような心持ちで見ていた。
先頭を歩く男が人の神経を逆なでするかのような甘ったるい声を上げた。
「ツィスカちゃーーん。お金を返して貰いに来たよぉ」
クリューベは、ビクッ!!と、身体を鋼のように硬直させた。
お金?と不思議そうに真田が振り返ると、クリューベは魔物に追い詰められた獲物のように怯えていた。
クリューベの脳裏には数日前に教会内で起きたある出来事が、脳裏に鮮明に映し出された。
沸き立つ恐怖を抑えるかのように『ヒュペリーオン様、私に勇気を』を何度も小さく呟いた。
恐怖心が少し薄まったのか、困難に立ち向かうかのように意を決したクリューベは男達に向かって歩き出した。
だが決意とは裏腹に、その足取りは地に吸われているかのように重かった。
ニヤニヤと薄笑いする男達の前に、クリューベは自身の震えを抑え込むように両手を強く握った。
「すみません。今は都合が悪いので、後で来て貰えますか。お金はその際に」
「あれぇ? 確か前もそう言ったよね。いや、その前もそのまた前も同じ事を言ったよねぇ。で、何時お金を返してくれるの?」
「いや、それは。その、いつか、必ず」
男からの指摘で痛いところを突かれ、クリューベの声はどんどんと小さくなっていった。
ニヤニヤとしていた男は急に真剣な表情になり。
「あのな、お嬢ちゃん。俺達は何も善意で金を貸しているんじゃねえ。お嬢ちゃんが貸してほしいというから貸したんだ。分かるな。‥‥‥それに借りた物は返すのが当たり前だ。そうだろ」
「そうですが。それでもあの金額は‥‥‥」
「あぁん!?」
男から眉を顰めチンピラのように威嚇されたクリューベは、今にも泣きだしそうな表情となった。
「金を返すのか返さないのかはっきりしろや!! こっちはお前にいつまでも付き合っている暇なんてないんだよ!! 全額、今すぐ払えや!!」
鼓膜が破けるかのような大声にクリューベは今にも泣きそうな表情となるが、今は自分しか教会を守る者はいないと、自身を奮い立たせた。
「お金は払います! ですがあの金額は今の教会に払えるものではありませんから、今すぐとはいきませんが。いつか必ず!」
人に教えを説く聖職者という職業柄、説得という行為に慣れているのか、クリューベの言葉には力が籠っているように聞こえた。
だが、男は二束三文の芝居を見たかのようにくだらそうに重い溜め息をついた。
「あのな、返済期限はとっくに過ぎているんだよ。お前の都合に一々付き合っていられないんだよ。‥‥‥それに」
男は教会内を隈なく見渡し。
「こんなオンボロ教会じゃ。てめえが借りている金額に到底届きそうに無いな。‥‥‥そこでだ。一気にお金を稼げる所を紹介してやる」
「‥‥‥それは、どこですか」
クリューベは嫌な予感をしながらも、聞くしか選択肢は無かった。
男はニヤリと下品な笑みを浮かべ。
「娼館だよ」
「えっ!?」
クリューベは持たされた単語に処理が追いつかず、思わず聞き返した。
「娼館だよ。娼館。お前だって聞いた事はあるだろ。男に媚て、若い女が身体を売る所だ。‥‥‥お前は身体つきがそれ程良くないが、シスターという触れ込みでやれば、直ぐに男共は食い付き、直ぐに金を稼げるようになり、借金返済出来るようになるぞ」
クリューベは男から持たされた言葉に、一瞬思考が停止しかけたが、それを責任感で何とか持ち直し、恐怖に震えながら口を開いた。
「な、何を言っているのですか。私はヒュペリーオン教のシスターですよ。そ、そんな所には‥‥‥」
「そんなもん、関係ねえよ」
男はクリューベの希望を圧し折るのように、言葉を遮った。
「お前がシスターだろうが何だろうが関係ない。人様から借りた金は耳を揃えて全額返すのが常識じゃないのか。それに俺達は金貸しだ。借りた期間内に出来た利子を含めて返して貰う。そして返す手立てが無ければ、返せる所に行きそこで働くのが当たり前だ」
クリューベは反論が出来ずにただ黙っている事しか出来なった。
男が言っている事はあまりにも正しかった。
何処をどう聞いても10人中10人が、その通りだと答える程に。
クリューベはその事には何も反論は無い。
だけれども。
「(でも。何で!! その働く場所が娼館なの!!?? 何で行かなくちゃならないの!!??)」
クリューベは娼館には行った事は無いが、人づてには聞いた事はあった。
そこは狭い部屋に攫って来た女の子を監禁し、見知らぬ男を抱かせて、その結果子供を妊娠したらや病気にかかれば、ゴミのように捨てられる場所だと。
クリューベは自身の想像に打ち震えた。
見た事が無いので当たっている確証も無いが外れている確証も無い。
だが、それに似たような施設だと容易に想像出来た。
見知らぬ男に抱かれるのも嫌だが、それよりも子供達と離れ離れなる事がとてつもなく嫌だった。
クリューベは何とか聞こえるような小さな声で
「‥‥‥い、嫌です」
男はとても面倒臭そうに溜め息をつき。
「人が優しくすれば付け上がりやがってよぉ。‥‥‥やはりもう1度、痛い目に遭わないと分からないらしいな。‥‥‥おい」
男が合図をすると後ろに控えていた男達がニヤニヤと君の悪い笑顔を浮かべたまま、クリューベの横を通り過ぎて行った。
呆然としていたクリューベは男達がやろうとしている事に気付き、男達を止めようと手を伸ばしたが、目の前にいた男に捕まり、その手は男達を掠める事しか出来なかった。
手を伸ばしたまま一歩、また一歩とクリューベにとって悪夢のような光景が男達にとって再び再現されると考えていると。
「お姉ちゃんを離せ!!」
その声に全員の視線が集まった。
声はデリクだった。
1度はクリューベの言いつけ通りに奥へと引っ込んだが、教会内の異変を感じ、他の子供達の制止を振り切って近くにあった木の棒を持って来たのだ。
だが勢いに任せて来たのはいいが、大柄の男達に対して自分1人という絶望的なまでの状況にあまりの恐怖を感じ、手に持っている木の棒どころか、膝まで震えが止まらなくなっていた。
「お、お姉ちゃんを離すんだ。離さないと、い、痛い目に遭うぞ!」
身が竦むかのような恐怖に苛まれながらも、デリクはなんとか言い放った。
最初は事態がうまく飲み込めずに、男達は鳩が豆鉄砲を食ったようにきょとんとした顔だったが、次第に手で腹部と顔を押え口元を大きく歪め、ゲラゲラと笑い始めた。
「おっかねえ! 早くそのシスターを離してあげた方が良いじゃないか!!」
「そりゃそうだ! おい、シスターを離してやれよ!!」
言葉ではデリクの要求を呑むような事を言っているが、男達は誰一人も動こうとはせずにただ天に向かって笑うばかりだった。
少しして男達の品性の欠片も無い笑い声が静まると同時に。
「おい。やれ」
クリューベを捕まえている男は、少年の近くに居た男に合図を送った。
男の意図に気付いたクリューベは血相を変えた表情となった。
「駄目です! 私はどんな事もされても構いませんが。その子には、その子には何もしないで下さい!!」
受け取った男はクリューベの悲痛な叫びを受けながらも、ニヤリと嗜虐に満ちた表情のまま、少年へと近づいて行った。
「デリク!! 私の事はほっといて今すぐ其処から逃げないさい!!」
クリューベは普段出さないような腹の底から絞り出すかのような叫び声で、デリクに逃げるように促すが。デリクは聞こえていないのか男を睨んだままその場を動こうとはしなかった。
クリューベはデリカへと行こうとするが、男の腕力阻まれ一歩も動けず、腕の中で暴れるだけだった。
「デリク! デリク!! デリィィィィィクッ!!!」
クリューベの悲鳴のような叫び声が教会内にこだまする中、男は右手を固く握りデリクの顔へと照準を整えた。
そして、クリューベや男達の脳裏に描く光景を再現しようと右拳を力の限り振り下ろした。
決まっていた予定のようにデリクは迫り来る男の拳によって吹き飛ばされる。
筈だった。
「ゴフォッ!」
腹部から全ての息を吐き出したかような声を出して、デリクに殴りかかろうとした男は周囲の想像に反して、後方へと飛んで行った。
ドサッ!!と、重い物が叩き付けられるような音を立てて壁の前で止まり、ピクピクと細かく痙攣すると事が切れたかのように動かなくなった。
これにはクリューベはもとより、男達も驚きのあまり目が点になり、光景を生み出した張本人である真田を呆然として見るしかなかった。
真田は男を殴り飛ばした右腕を下ろすと、そのまま自然な形でデリクの頭を優しく撫でた。
「少年。怪我は無いか」
「う、うん」
「そうか。絶望的な状況でも自分の大切なものの為に戦う姿勢、幼きながら立派だ。だが、この状況をひっくり返すのには力が足りない。故に僭越ながら私が、後を請け負おう」
舞台役者のような口上を言うと、真田はデリクの頭から手を離し男達へと向かった。
表情は何ともないように装っているが、内心は歓喜に打ち震えていた。
先日の草原でのミノタウロスの大群を殺す事への歓喜では無く、自身が理想とするものに手が届いたかのように感じたからだ。
シスターを捕まえている男は慌てた様子で。
「だ、誰だ。てめえは!!??」
「そこら辺に居るただの冒険者だ」
「はあ、冒険者だと!? 何の関係のねえ奴は引っ込んでな。これは俺達と教会の問題だ!」
「黙れ! 関係無くとも、自分達より力の弱い人達に暴力を振るっている奴を見過ごす事は出来ないね」
「うるせんだよ! ガキが。調子に乗りやがって、痛い目にあわしてやらあ!!」
男が指示すると、2人の男達が拳を振り上げて真田に突撃してきた。
「い、いけない。逃げて下さい!!」
クリューベの警告をどこ吹く風と気にせずに、真田は向かって来る男達へと歩いていた。
男達が真田へ拳を振り下ろそうとした瞬間。
男達は真田から離れるように吹き飛んで行き、綺麗な弧を描いて床に、バタンッ!!と、叩き付けられた。
2人の男達は気を失っているのか、指先一つも動く気配は無かった。
その場にいる全員が何が起きたのか理解できなかった。
2人が真田に近付くと同時に、何の前触れも無く吹き飛んだ。
そんな冗談みたいな光景が起きたのだ。全員の脳の処理能力が一時停止を起こして仕方が無かった。
真田がした行為は至極簡単で、2人の男達をただ殴っただけだ。
それが単純に、目にとどまる速さでは無いだけの話。
真田は2人の男達が間合いに入った瞬間、手加減しながらも目にも映らぬ速さで両手で殴り飛ばしただけだった。
クリューベを捕まえている男は、底知れぬ不安で顔を曇らせていた。
「(なんだ、あの見た事もねえ服を着ているガキは!? 自分に近付いた奴を触れずに飛ばしただと。そんな魔術師でもなさそうなガキがか!?)」
自身の常識を超えるような光景を目にして、ようやく男達は理解した。
目の前にいる人物は到底、自分達の手におえるものではないと。
「おい」
短いながらも迫力に満ちた真田の声に、男達はビクッと身体を硬直させた。
真田は仲間同士で雑談するかのような気軽さだった。
「今の私は機嫌が物凄く良いんだ。だから、お前達が何もせずに此処から立ち去るというのなら、私はお前達にこれ以上何もしないと約束しよう。‥‥‥だが」
声の質が180度、変わった。
氷のように冷たく物凄く平坦なものだ。
「彼女らに手を出すのというのなら、お前達は転がっている男達の程度では終わらない」
男達は真田が本気であると感じたのか、恐怖のあまり身体を小刻みに震わしていた。
クリューベを捕まえている男は、他の男達が自分を見ている事に気付いた。
その意味が分からない程、男は愚かでは無かった。
混乱する思考で、自分が助かる道を模索していた。
「(捕まえているシスターを解放して、此処から去れば俺達は生き残れる。だがそうすれば、俺達は役立たずとして処分されてしまう可能性がある。‥‥‥一体、どうすれば)」
この後に控えている事を思うと男は引くに引けなかった。
真田は何時まで経っても動こうとしない男達に苛立ちを覚えた。
「そうか。去る気は無いと。悲しいな、教会を血で染める事になるなんて」
真田が一歩一歩、男達にゆっくりと近づいて行った。
しかも普段の足音は無音に近い状態なのに、わざわざ聞かせるかのようにパタ、パタ、パタと靴音を立てていた。
真田の靴音が嫌に耳につく男達はただ近づいているだけなのに、自分達が断頭台にかけられ今すぐにでも処刑されるかのような錯覚を覚えた。
真田が近くに居た男達の頭蓋骨を木屑のように粉々にしようと、手を伸ばそうとしたが、
「待ってくれ!!」
クリューベを捕まえている男の言葉に反応して手を止めた。
「シスターを解放して、俺達は教会から出ていく。それでいいだろ」
「それと気絶している人達の回収もだ」
「わ、わかっているっ!」
男はクリューベを解放すると、男達に床に倒れている仲間達を回収するように命令を出した。
気絶している仲間を回収する男達は、余程ここにはこれ以上いたくないのか機敏な動きだった。
扉から出ていく何とか肩を貸して気絶している仲間を男達の最後に、クリューベを捕まえていた男は振り返り、握っている右拳の中指をピンと立てた。
「俺達にこんな事をして、ただで済むなんて思うな! 次にあったら、容赦はしねえ。覚えておきやがれっ!!」
見事な三下の捨て台詞を吐いて脱兎の勢いで去って行った。
「ア、アニキィィィィ!! 待ってくれよぉぉぉ!!!」
他の男達も情けない声を上げながら、男の後を追った。
それを聞いていた真田は『テンプレというもの世界共通なのか。世界共通だからテンプレなのか』と、割と無駄な事を考えていた。
「デリク!」
真田を現実に引き戻したのは、クリューベの叱責するかのような鋭い声だった。
クリューベは真田の横を通り過ぎ、デリクの前に立ち止まると視線を合わせるように腰を下ろした。
そして。
パッァァァァン!!と、乾いているように聞こえるが何処か瑞々しい音が教会内に響いた。
頬から伝わる鈍い痛みに、ようやくデリクはクリューベの叩く事に適さない柔らかい手によって、叩かれた事が認識出来た。
クリューベはデリクの鼓膜の事を一切考慮しないかのような大声で怒鳴った。
「危ないのに何で出て来たの!? 危ない時は奥の部屋に居なさいと言っていたでしょ!!」
「だ、だってお姉ちゃんが!」
「だってじゃない!! 今回は無傷だったけど、次は分からないのよ! ‥‥‥もしかしたら今回の事で大怪我をするかもしれなかった。そうなれば私は勿論の事、アンジェリカ、タイタス、ディック、ナタリアや他の皆が悲しむのよ。それでもいいの」
クリューベの母親が悪戯した子供を優しく諭すかのような口調に、少し興奮気味だったデリクも落ち着きを取り戻してきた。
そして自分が体験した恐怖がぶり返してきて身体が立っていられない程に膝が震えだした。
倒れそうになるデリクを支えるかのようにクリューベは優しく抱きしめた。
「‥‥‥でも。助けてきてくれた事は感謝しているわ。さすが男の子ね」
それがもう限界だった。
デリクの瞳の許容量を超えた涙は頬をつたい、石の冷たい床に1つの水滴が出来た。
それを皮切りに堰を切ったかのように泣き出した。
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああ、わあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
教会内にはデリクの生の感情が響いていた。
自分が逆立ちしても勝てない屈強な男達から受けた恐怖。それから生還した事への安堵感。姉と慕う人にそう思わせた事への罪悪感等々。デリクでもよく分からない色々な感情が混じり合い、化学反応のように変化を起こし、大爆発が起きてしまい我慢できなくなり恥も外見も関係無く泣き出した。
間近で聞いているクリューベはそれを嫌な顔一つせず、母親が泣いている赤ん坊を落ち着かせるかのように、ゆっくりと何度も背中を擦っていた。
自身も雫をこぼしながら。
真田はクリューベとデリクの2人から発せられる、決して壊してはいけない温かい雰囲気を見守っていた。
この温かさをどう守るかを考えながら。
「(このままハッピーエンドに終わらせるのにはピースが足りない。予想だと未だ有利なのは男達の方だ。このまま男達を力をもって撃退しても、行き着く先は暴力のオンパレードだ。最悪、此処が戦いの場となってしまう。そうなれば教会のイメージはがた落ちで、シスターや子供達が路頭に迷う事となる。‥‥‥それだけは避けたいな)」
最悪な想像して真田は覆わず身震いをした。
それを打ち払うかのようにクリューベとデリクが他の子供達と互いの無事を喜んでいる姿を見ていた。
如何やら奥の部屋から我慢できずに来たのだろう。
真田が邪魔者は退散しますかと、一旦教会から去ろうと身体を180度転換しようとしたら。
「待ってください!」
真田はピタッ!!と止まり、声がした方を向いた。
此方に駆け寄って来るクリューベと子供達が見えた。
真田は何だろうとぼんやり考えていると、目の前に来たクリューベ達がいきなり深々と頭を垂れた。
これには真田は驚きを禁じ得なかった。
「(うおっ!? 何だ何だ。何か頭を下げられるような事でもしたのか俺は!!!???)」
真田は必死に記憶の中を精査するが、該当するものが無く混乱の度合いは増していくばかりだった。
「デリクを助けていただいたばかりか、教会を守ってくださって有難う御座います。何とお礼を申し上げればよいのか」
真田の混乱はクリューベの言葉によって、落ち着きを取り戻していった。
「‥‥‥ああ、それの事ですか。礼なんていいですよ」
「いえ、あれだけのしていただけたのに、お礼をしない訳には」
「本当にいいんですよ。‥‥‥私もこの子達と一緒で孤児院出身なんです。だから何だかほっとっけなくて、この子達が他人事とは思えず、助力したまでです。お礼を言われる程では無いですよ」
「ですが‥‥‥」
真田は名案を思い付いたのような明るい顔となった。
「でしたら、昼食を御馳走になっていいですか。何食べようかまだ決めていないんですよ」
真田の提案に最初は狐に掴まれたかのようにクリューベは驚いたが、次第に表情に疑問が色濃くなった。
クリューベが思うものとは、かけ離れていたからだ。
「それぐらいでしたら構いません。ですけれどもそんなに豪勢なものは出せませんが」
「構わないですよ。こういう寒い冬の日は見せかけだけの料理では無くて、心温まる料理が欲しいなと思うのですよ」
「わかりました。少し早いですが、私が腕をかけて昼食を作りますので出来るまで待っていて下さい」
「分かりましたけど、何か必要な物はありますか。言っていただければ買いに行きますけど」
「いえいえ。そんな事はさせられないです。昼食が出来るまで椅子に座ってお待ち下さい」
クリューベは困り顔でやんわりと断ったが、聞いていたデリクを始めとする子供達はこれ以上無い位に目をキラキラと輝かせて、真田を見ていた。
子供の代表してデリクがおずおずといった様子で口を開いた。
「お、お兄ちゃん。言ったら何でも買って来てくれるの?」
「そうだぞ、少年。流石に高い物は無理だが、普段食べているようなものだったら大丈夫だぞ」
「だったらパンを買って来てほしい」
「パン? それだけでいいのか」
「うん。お腹一杯になるまで食べてみたいんだ」
デリクの些細なお願いに真田は不覚にも涙が出そうになり、クリューベは申し訳無さそうにしていた。
真田はデリクの頭を優しく撫でると。
「今から買って来るから、お姉ちゃんの言う事をちゃんと聞いて待っておくんだぞ」
「うん!」
真田はデリクからクリューベに視線を戻した。
「今からパンを買ってきますので、昼食の準備をお願いします」
「すみませんが、宜しくお願いします」
クリューベの申し訳無さそうな視線を背に受けながら、パンを買いに真田は扉へと駆けた。
その表情はとても晴れやかなものだった。
テンプレ!!!
何とも便利な単語ですが、頼りすぎると話が駄目になってしまう諸刃の剣。
避けたいけれども話を進めて行く上で、どうしても使ってしまうジレンマ。
そこら辺で何とか話を作ってみたいとは思うのですが、やはりテンプレになってしまう今日この頃。どうしたものかと(笑)
さて脱線しましたが、今回はここで筆を置かせていただきます。
誤字脱字がありましたら、御指摘の方を宜しくお願いします。




