第40話 初心者講習 3日目~最終日昼
ギルト主催の初心者講習は3日目となり、真田たちは森の奥地を歩いていた。
奥地は相も変わらず魔物が出て来そうな変な緊張感を醸し出していたが、運が良かったか悪かったのか分からないが、昨日のように魔物に遭遇する事無く、マリアンヌ達に護衛として出していたハンゼルとジョアンナとも無事合流し夜を迎えた。
真田がいつものように薪用の枝を拾っていると、前方に他の場所で枝を拾っている筈のボルジャー、マクシム、ジャコモが立っていた。
「何か用ですか」
真田が尋ねるがボルジャー達は答える事無く、不愉快そうに見ていて黙っていた。
「あのー」
「お前、あまり調子に乗るなよ」
唐突に発せられた言葉の意味が分からず、真田は思わず聞き返した。
「それはどういう意味ですか」
「そんな事も分からねえのか、そのまんまの意味だ。昨日、お前が公爵家の令嬢とそのメイドを助けただろ。その事でオークランド教官やハンゼルさん達から一目置かれたからって調子に乗っている後輩に、先輩として忠告にしにやってきたんだぜ」
これはつい先ほどの出来事に起因していた。
今回の野営地に行く途中に、オークランドがふさふさした尻尾を地面に垂らして、鼻を地面につけるかのように近づけて獲物を探している狐1匹を発見した。
オークランドは夕食にとアラン達に狐を捕まえて来るように言った。
だが狐の方が一枚上手で、アラン達は狐を捕まえる事が出来なかった。
しかし、身体的能力が高すぎてオークランドから狐狩りから外された真田が、アラン達よりも遅く行ったのに悠々と狐を捕まえて来た。
見事狐を捕まえて来た真田には、オークランドやハンゼル達から流石だと称賛された。
それがボルジャーは気に入らなかった。
雑用の依頼ばかり受けている臆病者では無く、魔物を退治してきた勇敢な自分がされるべきなのにと。
「それは私が気に食わないというのですか」
「そうだ」
あまりにはっきりとした肯定に、真田は溜め息を吐いた。
「それはボルジャーさんが私より活躍すればいいだけの話じゃないですか。そうすればオークランド教官達の目は、自然とボルジャーさんに向きますよ」
「それが出来れば苦労はしない。だがな活躍する場面が一向に来ないんだよ」
「仕方が無いですよ。時期的なものがありますから。今は活動が活発な夏では無く、比較的大人しくなる冬ですから、それは諦めて下さい」
真田が話は終わりと再び枝を拾いに行こうとしたら、マクシムによって遮られた。
「何ですか。枝を拾いに行かないといけないんですけど」
「枝拾いはしなくていい。優しい先輩である俺達が、生意気なお前に礼儀というものを教えてやるからな」
人を不愉快にさせるような気味の悪い笑顔のボルジャー達が、剣先を真田に向けた。
真田はそれを冷めた目で見ていた。
「昨日の公爵家の人間を助けた時に、私の実力を見せましたよね。言っておきますけど私の実力はあなた達より上ですよ」
「はっ、そんな嘘は通じねえよ! 確かに俺達の目の前で消えたのは驚いたが、どうせあれは魔術の類か何かだろ」
「それに違いねえ。どうせ助けた奴らと結託して、自分がいかに実力があるかのように俺達に見せつけるようにしたんだろ。そうすれば教官たちの目に留まりやすくなり、今後の冒険者としての生活が上手くなるからな」
「そうだそうだ。だからそう証言して貰う為に俺達の前に連れて来たんだろ。‥‥‥俺達は騙されねえぞ!!」
ボルジャー達の暴論に近い自分勝手な言い分に、真田は絶句していた。
「(あの現場を見た事のある人間が居ないとはいえ、ここまで自分にとって都合のいいように言えるものなのか。‥‥‥まあ、自分の精神を安定させる為に不都合な真実を見なくなったからかもな)」
停止していた思考を動かし、真田はどうしたものかと考えた。
一歩も動こうとしない真田に、ボルジャーは見下すかのように冷笑を浮かべた。
「おいおい、此奴恐怖のあまり身震いも出来ていないぞ」
ボルジャーの軽口に、マクシムとジャコモは下品な笑いをした。
如何やらこの場をどう上手く切り抜けられるか考えていたのを、3本の剣を向けられた事で恐怖に身が竦んだと勘違いしたらしい。
真田はボルジャー達の下品な笑いを聞いた途端、一気にもうどうでもよくなった
何だか考えている自分が馬鹿らしくなったからだ。
真田は軽く蹴飛ばすかと、ボルジャーに蹴りを入れようとモーションに入ろうとしたが。
「一体何をしているんだっ!!」
森中に響き渡るかのような鋭い大声によって、遮られた。
真田たちが声が飛んできた方向を見ると、そこには目を険しくしてるアランがいた。
「ボルジャー、同業者とはいえ無抵抗の人間に剣を向けるとはどういう事だ。事と次第によっては、今回の責任者であるオークランド教官にこの事をそのまま伝えるが、それでいいのだな」
アランの脅しにボルジャーは、チッ!!と、露骨に舌打ちをして剣を鞘に戻した。
ボルジャーの狙いは真田に向いているオークランド達の目を自分に向けさせる事にあった。もしこの事がオークランド側に露見すれば、もう二度と目を掛けられる事が無いと考えた。
隣で見ていたマクシム達もボルジャーを倣って、剣を鞘に直した。
ボルジャーは真田を見下すかのような冷たい目で見ると、フンと息を鳴らすとテントがある野営地と向かって行った。
ボルジャー達が居なくなるの見計らって、アランは真田に近付いた。
「何があったんだ」
「まあ見ての通り。私の事が気に食わないから、剣で根性を叩き直すつもりだったらしいですよ」
「なんだそれ? そんなつまらない理由で、人を傷つけようとしたのか」
「本人にとっては、つまらない理由じゃないから面倒臭いこの上ないですからね」
アランは同意するかのように、強く何度も頷いた。
「どうする。この事をオークランド教官に言うか。言うのなら俺も一緒に」
「言ってもいいですけど。変に逆上されて闇討ちされるのは勘弁してほしいですからね。今のところはアランさんの胸の内にしまっておいて下さい」
「お前がそれで良いのなら、俺は構わないが。それで大丈夫なのか」
「大丈夫じゃないですか。オークランド教官達の目もありますから、そう凶行に走る事も無いでしょう」
そう笑いながら、真田は話はこれまでと再び枝拾いを再開した。
アランは能天気さと思えるかのような真田の態度に、呆れ果てていた。
この後、4.5日目と魔物に遭遇する事もボルジャー達からの嫌がらせも無く過ぎ、6日目となった。
空はこの時期らしいどんよりとした墨色の雲が広がっていた。
時折冷たい風に吹かれながら、真田たちは今日もノーウェイの森をオークランドを先頭に、北に向かって歩いていた。
真田たちはノーウェイの森を出てエーベネ平原を入り、昼頃になると街道から外れた所で昼食を取る事となった。
オークランドが休憩に入ると言った同時に、アラン、アシュレイ糸が切れた人形のように地面に座り込み、ボルジャー、マクシム、ジャコモは大の字になって草原をベット代わりにしていた。
初心者講習が始まってからの連日の獣道での長時間の歩行。1日の終わりにプロスポーツ選手のようにストレッチやマッサージをする訳では無く、ただ食事や睡眠で休憩するだけなので疲労が蓄積され、アラン達の膝や筋肉に大きく負担がかかり、熱を持ったかのように熱かった。
草原を突き抜ける冷たい風に、疲労で火照った身体を当てて冷やしていた。
起き上がれないほどの疲労でぐったりしているアラン達を、真田は苦笑交じりに見渡していた。
「死屍累々の現状ですね。今、魔物に襲われたら全滅必至ですね」
「そうだな。対処出来ていたゴブリンですら、今なら負けそうな気がしてきた」
アランは力無い笑顔で、真田に同意した。
「周囲を警戒しておきますので、その間はゆっくりと休んでください」
「それは頼むが。‥‥‥お前は何でそんなに元気なんだ。歩いている距離は全く一緒なのに」
「慣れですよ慣れ。毎朝帝都を走っていますから、長時間歩くのに慣れているんですよ」
「毎朝? 帝都に来てから毎日か。だからツキノクマの食堂で1番最初に食べているのか。そりゃあ、お前より早く食べられる訳が無い筈だ」
「でも、きっちりと終わった時間に朝食が取れる訳では無いですから、その間に起きれば最初に朝食を取れますよ」
「いやいいよ。そこまでして朝食が食べたいわけじゃないから。‥‥‥俺は少し休むから周囲の警戒宜しく」
「了解です」
真田は横になって瞼を閉じていくアランを見ながら、小さく呟いた。
「これでも昔と比べたら体力は落ちたんですから、お恥ずかしい限りですよ」
「うん? 何か言ったか」
「いえ、なにも」
おくびにもださずに真田はシレッとした顔で、魔物が近付て来てないか周囲を警戒しに行った。
その夜。
アラン達と見張り役をしている真田は、満天の星空を見ていた。
月の光も無く光に照らされたダイヤモンドのような輝きを放つ星々が、闇夜を塗りつぶすかのように広がっていた。
「(なんだかんだあったが、初心者講習もあと1日を残すばかりだな。帝都に帰ったらまず風呂に入って、部屋で休み。そして翌日からいつも通りの生活に戻る事になるか)」
真田は星を眺めながら、ぼんやりとだがこの後の事を考えていた。
星を見ている真田の視界の端には、じっと焚き火を見ながら何かを考え込んでいるアランの姿を捉えた。
初心者講習中の見張りの時だけだが、このような姿が最初の時から見られた。
真田は当初周囲360°全方位敵だらけで、警戒しているのだと思っていたが、どうやら違っていた。
ただじっと焚き火を見るばかりで、周囲を気にしているような素振りが見受けられなかったからだ。
何か1つに没頭できるだけの集中力があるのはいいが、多少は周囲に気を配ること出来ないとなと、少し呆れて見ていた。
その後も同じように見受けられたが、年頃だから何か思う事でもあるのだろうと真田は特に何も言う訳では無く、そのままにしていた。
真田が微かな明暗のさざ波をたてる焚き火に照らされながら、数百光年先にある恒星に思いを馳せて見ていると、不意に自分の名を呼ぶ声が聞こえた。
「なあサナダ、ちょっといいか」
アランに呼ばれた真田はちょっと驚きながらも向いた。
アランは真田に視線を合わせる事無く真剣な表情で、焚き火を見ていた。
「サナダ、初日にお前はボルジャーから臆病者と呼ばれても怒らなかった。それは怒る必要性が無いと感じたから。で、その理由が何故人間が二足歩行なのか何故馬車が左右両輪で動くのかだったよな。それは今でも変わらないか」
「そうですね」
真田の返答に当てが外れたのか、アランは難しい顔をした。
「それが分からないんだ。何でお前が臆病者呼ばれされても怒らないのが、人間の足や馬車に関係があるんだ。全く関係ないだろ」
アランは力強く断言するかのように言った。
如何やら初日に言った真田なりの冒険者としての信条をずっと考えていたらしい。
「(そんなに深く考える事でも無いのにな)」
真田はそんな生真面目なアランに可笑しそうに微笑んだ。
気付いたアランは少し剥れて不満を表した。
「笑う事は無いだろ。こっちは真剣に悩んでいるんだぞ」
「すいません。まさか私が言った事をそんなに考えていたとは思ってもいなかったので」
「お前が言った事はそんなに大切な事では無いのか」
「いえ、大切ですよ」
「なら、真剣に悩むだろ。‥‥‥俺は冒険者にとって勇敢さが1番大事と考えている。だが、お前はそうでは無くて臆病さこそが1番大事と考えているのか」
「そうでは無いです。勇敢と臆病は両方持つことが大事ですから、両方持つのが望ましいです」
アランは益々眉間の皺を濃ゆくした。
「そこだよ。その相反するものを持つ理由が無いだろ。臆病さを持ってしまえば、いざ剣を振るう事になれば、迷いが出てきてしまうだろ」
「迷いは出るのでしょうね。だけれども臆病さは持つべきです。‥‥‥まあ、その理由はオークランド教官やハンゼルさん達も分かっていますけどね」
「そ、そうなのかっ!?」
驚いた表情で向くアランにオークランド達は苦笑をしていた。
「まあな。サナダとは少し言葉が違うが、同じような事を先輩に言われたな。‥‥‥なあ、ハンゼル」
「そうですね。思い出すと懐かしいけど少し恥ずかしいですね。俺もアランのように新人の頃は、ただ勇敢さだけを追求していたからな。その度にオークランド教官から口酸っぱく言われてたな。‥‥‥あの時はどうもありがとうございます。教官が言ってくれたおかげで、このように素晴らしい仲間達とこうやって冒険者を続ける事が出来ます」
隣ではジョアンナが、嬉しそうに噛みしめていた。
「いいってことだ。お前のような才能溢れる若者が私と同じような道を辿るのも忍びなかった。お節介ながらも口を出したんだ」
何だか昔の思い出に浸っている2人に、言い出したアランは不満顔をしていた。
答えが得れるだろうと期待していたのだが、当てが外れてむくれていた。
真田は面白そうにニヤニヤと笑っていた。
「理由はそんな簡単に得られませんよ。こればかりはアランさんが、身を持って理解するしか道は無いですから。これが分かって初めて冒険者として1人前になれるのですから」
「生意気だぞ。俺よりもランクが低いくせに」
睨むアランの視線に真田は涼しい顔で受け止めていた。
真田とアランのやり取りを見るオークランドは楽しそうにしていた。
「それで『臆病さ』の意味を分かっている1人前のサナダは、自分が理想と為す冒険者になれたのか」
「まだまだ道半ばといったところですか。この生活を続ければ続ける程、自分の理想とした冒険者像に遠のくが感じられますね。‥‥‥理想というのは決して手が届かないから‥‥‥」
そう言いかけた真田は、中断して押さえつけられたバネのように勢いよく立ち上がると同時に、背後に視線を移した。
「(な、何だ!? ほんの一瞬だが。確実に間合いに何かが引っかかた。だが一体何がだ!?)」
視界を覆うように広がる漆黒の闇の中を探る真田の目は、獲物を探している肉食動物のように見えた。
その険しい目に同調するように真田は全神経を尖らせた。
それには今の時間帯とこの世界自体が大きかった。
今は草木も眠る丑三つ時を過ぎ、場所も野外で街道から大きく外れており、人が通る事は全く言っていい程無い。事実、真田が昼間歩いた時も人には1回も会う事は無かった。
しかもこの世界は、現代日本のようにコンビニやレストランといった24時間営業している店など存在しない。夜遅くまで開いている酒場もこんな深夜まで営業している所は無い。
基本的には陽光の帳が上げれば外に働きに出かけ、下りれば家に帰ると言う人間という生物にとって正しい生活スタイルを送っている。
そんな世界で人間がこんな深夜で野外に出かけている事は、何かの事情で街に居られなくなった犯罪者の類と考えられ、真田にとって警戒に値するべき事だった。
唯一考えられそうなのが冒険者だが、こんな深夜に眠らずに歩くと言うのはあまりにも不自然すぎて、考える考慮に入れなかった。
また日本がある世界で、口伝や絵によって伝えられている魑魅魍魎の類が、現実としている世界なので警戒にするに越した事は無かった。
真田の危機感を表すかのように、マントの中の刀には両手が掛けられており、何時でも放てるように準備していた。
アランは出会ってからののほほんとした真田では無く、ピンと糸を張りつめたかのような緊張感を漂わしている真田に、驚きを持って見ていた。
「サナダ、何かいたのか」
不意に聞こえた固い声に、首の骨が折れるかもしれないような速さでそこに振り向いた。
そこには真田と同様に厳しい表情をしているオークランド達が立ち上がっていた。
オークランド達も最初は真田の突然の行動に驚いていたが、表情を見ると何か起きたと察して、立ち上がって何時でも戦えるように準備をした。
「たった一瞬ですが、何かが引っ掛かっりました。‥‥‥今は何も感じられ無いですが」
「そうか」
緊張感を滲みだすオークランドの呟きを背に、真田は眼前に広がる光すら通さないような濃度の闇を見据えていた。
心に微かだが確実に引っかかっている、一抹の不安と共に。
「いやー、危ない所でした。ありがとうございます。オルグレンさん」
「気にするな。これも任務の内だ、アレックス」
少しでも離れれば見えなくなる暗闇の中、体験を背負う大男のオルグレンは視線を合わせる事無く、素っ気なく答えた。
何時もの事なのか眼鏡をかけた優男のアレックスは、特に非難する事は無かった。
「しかし‥‥‥」
アレックスはあるグレンが向いていた方に首を動かした。
その視線の先には、立ち上がって自分達を見ている真田を捉えていた。
今は月明かりすらない闇の中、だが常人では見える筈もない暗闇でも見えるように魔術で強化された目を持つアレックスにとっては昼間のように見えていた。
「彼の間合いがここまで広いとは、実力は完全に予想を上まっていますね」
真田が何かが自分の間合いに触れたと思ったのは、アレックス達だった。
自分達がやるべき事を終えたアレックス達は、次の目的地に向かう途中にアレックスが真田の間合いに触れそうだったのを、オルグレンが強引に引き離したのだ。
突然の事に驚くアレックスを他所に、オルグレンは何もない虚空を触れるかのように手を動かした。
そして手を数cm先まで動かした瞬間、アレックスは視界の端で何かが動いたのが見えた。
それは真田だった。
アレックスはようやく悟った。
もしあのまま行けばあちら側と不用意に接触してしまい。その結果、計画に支障が出てしまう可能性が出てきてしまうと。
「『あの御方』が自分と並び立つ者と評しているのだ。これぐらいの力量があったとしても不思議ではあるまい」
「確かに」
オルグレンの率直な答えに、アレックスは素直に頷いた。
アレックスは自分達を見ている真田を見ながらオルグレンに尋ねた。
「で、どうですか」
「何がだ」
「彼と戦ってみたいですか」
その言葉が引き金に、オルグレンの表情が一変した。
淡々とした事務的な硬い表情から、口元を大きく歪めたまるで目の前にプレゼントがある子供のような嬉々とした表情となった。
「ああ、戦ってみたいな。戦士として生まれた以上、強者と戦うのは本望だ。例えそれが死ぬ事となってもな。‥‥‥彼と戦ったら楽しい一時となるだろうな」
想像して光悦とした表情をするオルグレンに、アレックスは呆れた表情となっていた。
「戦士というのは難儀ですね。死ぬと分かっていても戦いに臨まなければいけないと言うのは。自分には分からない感覚ですね。‥‥‥一応、言っていきますが」
「分かっている。彼との接触は時期尚早なのだろ。私も我慢が出来ない子供では無いのでな、自制は出来るつもりだ」
憑きの物が落ちたかのように元の淡々とした機械的な表情のオルグレンにアレックスは安堵した。
「‥‥‥でも」
アレックスの呟きに興味をひかれたのか初めてオルグレンが向いた。
悪だくみを企むかのような意地悪な表情をしていた。
「このまま素通りというのも味気が無いですね」
「と、言うと」
「ヴァーグ草原での借りを返さなければいけませんからね。お金でも物でもそうですけど借りっぱなしはいけません。人間は誠実に生きてこそですから」
オルグレンは表情は変えなかったが、声に何処か呆れが入っているのは気の所為では無かった。
「それをお前が言うのか。‥‥‥で、どうするつもりだ。接触出来ない以上、近接戦闘をするのは無理があるぞ。それとも帝都に戻ってチンピラ共を洗脳して、戦いに仕向けさせるか」
「そんなゴミみたいな連中に使うなんて勿体無いですよ。‥‥‥ここは一つ、試したい事があるのでそれを使いたいなと思います」
「試したい事?」
「ええ」
そう言ってアレックスはこれから起きるであろう出来事を想像して、ほくそ笑むばかりだった。
北の街道を横切り帝都から北西の位置で、真田たちは何時ものように円陣を組んで朝食を取っていた。
真田の不安を他所に特に何かが起きる訳でも無く、平常通りに東の地平線から太陽が昇った。
何事も無く昇る朝日を見て、真田は『魔物がいる世界だから、少し過敏になっていたのかも』と、感じていた不安を頭の隅に追いやった。
真田達が朝食の準備をしていると、テントから前の見張り役だったボルジャー達が朝日に誘われて外に出て来た。
まだ眠いのか目を閉じたままフラフラ歩いてくるボルジャー達の姿に、真田はネットカフェで見た60年代のゾンビ映画を何故か思い出した。
各自の朝食の後片付けも終わり、延焼しないように土をかけて焚き火の後始末を終えるとオークランドが徐に立ち上がった。
「お前達、1週間の初心者講習も今日が最終日。今日の夕方頃に帝都に着く予定だ。‥‥‥言っておくが、最終日だからと言って油断するな。俺の経験上、最後に気が緩んで死んでいった奴を腐るほど見て来た。だが、お前達はそうでは無いだろ」
アラン達は口を堅く結んで、力強く頷いた。
オークランドはそれを満足そうにして笑った。
「ならばいい。これより北に迂回して、集合場所であった帝都西門に向かう。‥‥‥では、出発する」
オークランドの合図に真田たちは一斉に立ち上がり、一路北へと向かった。
北への街道を横切り帝都から北西の位置で昼食を取る真田たちの雰囲気は、一見周囲の魔物を警戒して緊張感が漂うように見えるが、何処か気が抜けたようにも見えた。
オークランドが油断無いようにと言ったのだが、きつい思いをした1週間の初心者講習が今日で最後と言うのもあって解放感がアラン達を包み。また、遠くに帝都の城壁が見ている事もあって、安堵感も相まっていた。
真田はギルトから配給された黄色の固形物のスープと保存食として帝都のイートミッティングで購入した、最後の燻製された豚肉の切れ端を食べていた。
「(あまり食べなくてもいいように設定されているから、保存食は残ると思っていたけど、案外無くなるものだな)」
自分の身体の事を感慨深く思いながら、よく噛んで豚肉の切れ端を飲み込み、心の中で『ごちそうさん』と作った人や命の糧となった豚に感謝を述べた。
周囲も真田と同様に昼食が終わり、汚れたスープ皿を布で拭いたりして食後の余韻に浸っていた。
アランは気軽さが感じられる声で、真田に声をかけた。
「サナダは初心者講習が終わったら、どうするんだ。やっぱり前のように雑用の依頼をこなしていく生活になるのか」
「そうですね。雑用の依頼をこなしていく生活が気に入っていますから、この生活を続けていきたいですね」
「そうか。‥‥‥結局、お前が言っていた臆病者の意味は分からずじまいか。冒険者に必要な事は分かっておきたかったんだが」
「わかりますよ。アランさんが何かを成し遂げたいと思うのなら」
「ふーん。成し遂げたいのならねぇ」
アランは反芻するかのように呟いた。
真田とアランの会話を聞いていたボルジャー達、チームシュキーンのメンバーはせせら笑いをしていた。
「アラン、そんな奴のいう事を聞くだけ無駄だぜ。何せ冒険者なのに臆病者呼ばわりされても、怒るどころか何も言い返さないんだぜ。雑用の依頼で十分な奴だからな」
「確かになっ!」
ボルジャー達は此処が危険な野外である事も忘れて、馬鹿みたいに大声を出して笑い出した。
アランは鬱陶しそうにしながら、ボルジャー達を指した。
「‥‥‥あのような事を言っているが」
「彼らも何時か分かるでしょ。この冒険者というものを続けるのなら」
断言するかのように言う真田に、アランは探りを入れるかのような慎重な声で。
「なら、分からなかった時は」
「所詮はそこまでという事で。今までお疲れ様ですね」
真田は雑談でもしているかのような気軽さだった。
言外の意味が分かったアランは、気軽に言う真田を意外な顔つきで見ていた。
不意にアランはある事に気付いた。
「(ハンゼルさんは意味が分かったから、仲間達と冒険者を続ける事が出来るといった。そして分からなかったのが、そうであるならば。なら、『臆病者』という意味は‥‥‥)」
何故、真田が臆病者を自称するかのような言い方をするのか、アランが分かりかけていたその瞬間だった。
ブモオオオオオオオオオオオオッ!!と、牛の鳴き声のようだが、それにしてはあまりにも死の匂いを感じ取れさせる危険な鳴き声が鳴った。
草原中に鳴り響くかのような鳴き声にアラン達、初心者講習の参加者は目を見開いて驚き。真田とオークランド、ハンゼルを始めとするチームズワールトは一斉に立ち上がった。
真田たちはその声がした方へと目じりを険しく吊り上げて見て、何時でも各自の得物を抜き出せるように柄を持っていた。
ハンゼルは睨んでいるかのような目つきで草原を見据えたまま。
「‥‥‥オークランドさん、今の鳴き声は」
「俺の勘が正しければ、『あれ』だろう。だが‥‥‥」
「ええ。『あれ』はこんな所には居ない筈です」
「だろうな。俺もあの場所以外で出現するとは聞いた事無いからな」
聞いていたアランが慌てた様子で、ハンゼル達の会話に入った。
「ちょっと教官達、一体あの鳴き声はなんだっていうんですか!?」
オークランド達は視線をずらす事無く、忌々しそうに呟いた。
「あれはミノタウロスの鳴き声だ」
「えっ!?」
きょとんとするアランを他所に、オークランドの言葉が示すかのように、ドドドドドッ!!と、大地を揺るがすかのような足音が聞こえて来た。
昼食を取る真田たちを遠くから豆粒サイズで見える位置で、見ている2人組が居た。
アレックスとオルグレンだった。
2人は特に何かする訳でも無く、ただ向かって来る遠くの真田たちを見ていた。
「何とも呑気な事だ。こうやって我らが見ているというのに。‥‥‥そろそろ離れないと、向かうに察知される可能性が出て来るぞ」
「分かっていますよ。だからこうするんですよ」
アレックスは徐に地面に跪いた。
そして茶色の皮手袋を地面につけると、自身の魔力を活性化させた。
風が吹いていない筈なのに、アレックスの黒の服が不自然に揺れていた。
「古の迷宮に生けし番人よ。血に染まりし哀れな者よ。その猛威を我の前で存分に示せ。‥‥‥いでよ。ミノタウロスっ!!」
幾何学模様が散りばめれている魔法陣から出て来たのは、大男であるオルグレンすら隠してしまう程に巨大な、牛の頭を持つ巨人だった。
茶色の肌で、瞳は血のように紅く。2本の角は太く、人間など簡単に突き刺してしまうかのように鋭い。胴体はまさしく筋骨隆々といった言葉の通りで、大胸筋、腹直筋、上腕二頭筋、大腿四頭筋といった身体を構成する筋肉が異常に鍛え挙げられており、ボディビルダーも真っ青な肉体を晒し、腰には1枚の布を巻きつけていた。
手の指ですら子供の腕の太さほどあり、その異常さと巨体さを伺い知れた。
その手には鉄製の巨大な斧を持っていた。
柄は円柱型の木製で、太さは大人の太腿ぐらいだった。刃は刃毀れはしているが、人間では無くとも2日目に襲ってきたグランデハバリーですら、いとも簡単に切断出来るサイズを有していた。
それが数十体、アレックス達の周囲に展開していた。
オルグレンは目の前のミノタウロス達を見据え。
「単一種族での多重召喚術式か」
「ええ。今までは同種族の魔物を複数召喚する時ですら、同数の召喚陣を展開しなければならず、それによって魔物の大群を展開しようにも、ある程度広さを持った場所でなければいけませんでした。ですが、この術式を使えば同種族ならば、術者の魔力が続く限り魔物を召喚し続ける事が可能になりました。これで普段外壁に守られている都市ですら、誰にも知られずに魔物の大群を街中に送り込む事が出来ますよ」
「そんなによく惨い事を思いつくな」
「褒めないで下さいよ。照れるじゃないですか」
にやけて頬を緩めるアレックスをオルグレンは冷淡な目で見ていた。
少しして感情を置くに引っ込め、アレックスは機械的な口調でミノタウロス達に命令を下した。
「お前達はあそこで座っている連中を殺せ」
ミノタウロス達は了解とばかりに、『ブモオオオオオオオオオオオオッ!!』と、鼓膜が割れんばかりの大きな野太い鳴き声を一斉に天に向かって放った。
興奮して身体が熱くなったのか湯気が立ち込め、鼻息を荒くして真田たちの所へと、その巨体に似合わない猛然とした速さで向かって行った。
アレックスとオルグレンは今から起きるだろう事態を想像して、口元を大きく歪めて楽しそうに笑っていた。
大地を揺るがすかのような足音を立てて、地平線から迫り来る死を招く茶色の壁にアラン達は、指1本すら動かす事すら出来ずにいた。
理性は早くこの場から逃げるように、サイレンのようにけたたましく警告を発していた。
そんな事は冒険者であるアラン達は十二分に分かっていた。
ただ。
脳の処理能力を越した圧倒的な光景に、目を奪われて動けずにいただけだ。
その事がどんな事を意味する事なのかも。
動けずにいるのは、今まで幾つもの死線を潜って来たオークランド達も同様だった。
今まで見た事も経験した事も無い光景に、脳天に攻撃が当たったかのような衝撃を受けて呆然としていた。
ミノタウロスは本来ならば、このような草原では無く、迷宮の最深部近くにいる魔物からだ。
しかもボルジャーのような新人が潜れる迷宮では無く、ハンゼル達のようなランクドライでようやく潜り込める神代からの迷宮に生息する魔物だ。
苦労してようやく迷宮の最深部の到着した冒険者達の前に、壁のように立ちはだかるミノタウロスは、宛ら迷宮の財宝を守る番人のように見え。何とか生き残った冒険者から恐怖が伝えられ、一時は冒険者達の間では恐怖の権化と為し、何時しか古の迷宮の番人と呼ばれるようになった。
ミノタウロスの厄介さは、異常にまで鍛え上げられた筋肉による自前の鎧での物理的な防御力。
それと。
「ジョアンナ! 目の前のミノタウロス共に水の上級魔法『イヌンダション』を!!」
「え、ええっ!!」
ハンゼルの叫びに呆然としていたジョアンナは我に返り、込み上げて来る恐怖を押さえつけながら両手を前に突き出し、魔力を高めていた。
親の仇を見ているかのような険しい目で、迫り来るミノタウロスの大群を見据え。
声高に宣言した。
自分達の死をもたらすものを。
「万物の根源にして形なきものよ。その大いなる力を持って敵を滅ぼし静寂をもたらしたまえ。‥‥‥イヌンダションッ!!」
ジョアンナの前の虚空に幾何学模様が散りばめられた魔法陣が展開された。
そして魔法陣から真田が、公爵家のメイドであるバレルの傷口の汚れを拭き取ろと出してもらった水の量とは比較にならない程の膨大な量の水が、平原を我が物顔で扇状に走り、迫り来るミノタウロスの大群を1匹残らず飲みこんだ。
圧倒的な質量を持った水量に負けて、ミノタウロスの大群はまるで濁流に飲み込まれた石のようになされるがままに流されていった。
途中、ミノタウロスの岩のような巨体がアレックス達にぶつかりそうになったが、防御用の魔術を展開しているのか、周囲を円形に切り取ったかのように避けて通っていた。
少しして膨大な水が完全に引き、草は朝露を纏っているようになっていた。
完全に自分達の目の前からミノタウロスの壁が消え去った事に、アラン達は死の恐怖から解放された事に歓声を上げて喜んだ。
だが、魔術を発動させたジョアンナを始め真田たちは、表情を変えずに険しいままミノタウロスが流れて行った方を見ていた。
草原にその巨体を転がしているミノタウロスは、少しの時間だけだったが洗濯機に入れられた衣服のように水に揉みくちゃにされ目を回していたが、それも時間を置けば草を踏みつぶすまでに回復した。
ジョアンナの水の上級魔法イヌンダションによって、何体かミノタウロスの数を減らしたが、全体から見ると些細な数で影響が出る程では無かった。
冒険者にとって1番の難点は、このミノタウロスの魔法耐性の高さにあった。
ミノタウロスは迷宮の最深部に生息している。
冒険者は最深部に辿り着くまでに魔物や罠に警戒して疲弊している事が殆どだ。 それ故に剣や槍といった物理的な攻撃が満足に振るえる事が少なかった。だからこそ筋力の要素が全く加味しない魔法攻撃が重要になって来るのだが、ミノタウロスは魔法耐性が高いので半端な魔法攻撃は効く事は無かった。
運悪く疲れて休憩を取っていた冒険者のグループが、休憩中にミノタウロスに襲われてほぼ全滅したという話もあるぐらいだ。
ミノタウロスは好き勝手にされた事に怒り心頭となり、両手を固く握り天に向かって雄叫びを挙げた。
回復したミノタウロス達は近くにあった巨大な斧を取ると、猛然とした速さで真田たちへと向かっていた。
再び迫り来るミノタウロスの大群に、オークランド達は其々の得物を抜き放った。
そしてオークランドは責任者としてある決断をした。
オークランドは遠くに見える帝都を指しながら、アラン達に命令を下した。
「お前達は今すぐ南下して、帝都に行き。ギルトと騎士団に救援要請をしてくるのだ」
「えっ!? 教官達はどうするのですか」
「俺達までもが帝都に行くと、あのミノタウロスの大群がそのまま帝都に流れ込んでしまう。そうなってしまえば、どんな被害が出るのか考えたくも無い。だから俺達はこのまま足止めとしてこの場に残る」
聞いていたボルジャーがぎょっとした顔で
「そんな教官達だけを残す事は出来ないです! 冒険者の端くれですけど俺は此処に残って、一緒に戦います!」
チームメンバーであるマクシムとジャコモは、同調するかのようにうんうんと頷いていた。
ボルジャーなりの義侠心からくる提案だが、オークランドからは。
「図に乗るな。ひよっこ共!!」
ミノタウロスに負けない程の大声の一喝に、ボルジャー達は驚きのあまり目が点となっていた。
「残って戦うだぁ? ふざけた事を抜かすな!! たかがゴブリン程度を倒せたからといい気になるんじゃねえ!! いいか、ランクゼクスのお前が居たってな何も出来ないんだよ。寧ろ戦う俺達の足手まといだ。お前に出来る事はな、一刻も早く帝都に行き、ギルトや騎士団にこの事を報告し、救援要請するだけだ。分かったな!!!」
怒気を大量に含れる荒げた声にボルジャーは外見も恥も関係なく、今にも泣きだしそうになっていた。
先程の怒りとは打って変わって、優しさにあふれた声で。
「だから、お前達は生き残れ。そして、強くなれ。2度と俺達のような犠牲者が出る事が無いように。お前達の後に続く者達の為に。いいな」
「はい!」
色々な感情が込み上げてマントで涙を拭くボルジャーの肩に、苦笑交じりのオークランドは手を置いた。
何だかアラン達にいい雰囲気が流れているが、現在進行形で危機的状況に陥っている事は確かだ。
「では、教官達。ご武運を」
アランが皆を連れて帝都に出発するのだが、1人だけその場から動ことしない者が居た。
真田だった。
静かに事態を見守っていた真田は。
「ここまでか」
そう呟くと羽織っていたマントを脱ぎ、背負っていた布の袋と共に地面に置き、悠然とした態度のまま、迫り来るミノタウロスの大群に向かって歩き始めた。
真田の不可思議な行動に気付いたアランは、止めようと慌てて真田の腕を掴んだ。
「お前は一体何をしているんだ。ここはオークランド教官が言った通りに帝都に向かうんだ」
アランを見て真田はある事に気付いた。
「ああ、そう言えばアランさんには『臆病者』の意味を教えようとするばかりで、その行き着く先を教えて無かったですね」
「そ、そんな事はどうでもいいだろ。今は帝都に行って一刻も早く救援を呼ぶんだ!!」
「それこそどうでもいいでしょ。今はアランさん達に臆病者を見せつける時ですから」
アランは意味が分からなかった。
言葉の意味では無い。
何でこのような眼前に迫り来る死の恐怖があるのに、なんでそんなに皆を包み込むような優しい微笑みが出来るのかと。
アランは目の前の真田を、自分とは別の生き物かのように見ていた。
真田は力が抜けた腕を掴んでいた手を優しく除けると、再び歩き出した。
そして、こう言い放った。
「見ておけ、これが臆病者の成れの果てだ!」
真田は迫り来るミノタウロスの大群に向かって駆け出した。
開始のベルが鳴り、幕が上がった。
臆病者と哀れなる者達の決して報われる事の無い戦いが。
何だか色々アランと絡ませたいなと思っていたら、タクト君無双回は次回に持ち越し!! だが、後悔は無い!!(≧◇≦)
後、話の展開上カットした、タクト君アランにセクハラする!?は、何時かしたいと思います。
誤字脱字矛盾がありましたら、ご指摘の方を宜しくお願いします。




