第58話 【VRメタバース】とテレワーク。引きこもりの才能を解き放つ『遠隔アバター就労』
AI家庭教師の導入により、スマートシティの教育格差は完全に解消された。
誰もが平等に学び、才能を開花させることができるようになった都市には、連日新たなイノベーションの波が押し寄せている。
だが、どれほど教育が行き届いても、「社会に出ること」自体に高いハードルを感じる者たちは存在する。
「レクト理事長。総合支援施設『ナゴミナ』の利用者の中には、高い知能や専門スキルを持ちながらも、どうしても『通勤』や『対面でのコミュニケーション』ができず、就労に至らないケースが多数あります」
理事長室で、サービス管理責任者のカメイが、対象者たちの【個別支援計画】を見ながら深刻な顔で報告した。
「極度の対人恐怖症や、過去のトラウマによる引きこもり、あるいは重度の身体障害でベッドから起き上がれない方々です。彼らは『働きたい』という意欲はあるのに、物理的な移動が壁になっています」
「なるほど。才能があるのに、環境要因で社会と繋がれないのは、都市にとっても本人にとっても最大の損失だな」
そこへ、財務顧問のアカザワが別の資料を持ってきた。
「折悪く、都市の『王立魔導工房』からクレームが入っています。彼らは最新の精密魔導具を組み立てる職人が足りず、深刻な人手不足に陥っているとのことですが……工房長は極めて頭の固い男です」
「職人不足と、働きたくても家から出られない才能たち。……完璧なマッチングの機会じゃないか」
俺は立ち上がり、カメイとアカザワを連れて王立魔導工房へと向かった。
【王立魔導工房にて】
「馬鹿者! こんな細かい回路の組み立てもできんのか! 気合と根性が足りんのだ!」
工房の中で怒鳴り散らしていたのは、筋骨隆々の工房長・ドノバンだった。彼は昔気質の職人で、汗水垂らして現場で働くことこそが美徳だと信じて疑わない男だ。
「ドノバン工房長。人手不足で困っているようだな。俺たちが優秀な人材を紹介しよう」
俺が声をかけると、ドノバンは訝しげに眉をひそめた。
「日本創紀学園のレクトか。優秀な人材だと? そいつは今どこにいる!」
「自宅のベッドの上だ」
俺はタブレットを展開し、一人の少女のデータを見せた。
「彼女の名前はエル。空間把握と魔力回路の設計において天才的な適性を出している。だが、極度の対人恐怖症で、家から一歩も出ることができない」
「はぁっ!? 家から出られない引きこもりだと!? ふざけるな!」
ドノバンが顔を真っ赤にして怒鳴る。
「仕事というのはな、朝早く起きて工房に通い、仲間と顔を合わせて汗を流すことだ! 職場に来られない奴に、仕事などできるわけがなかろう!」
「『職場に行くこと』自体が仕事の目的なのか? 違うだろ。お前が欲しいのは『精密な魔導回路を組み立てる成果』のはずだ」
俺は冷たく言い放ち、システムのメインコンソールを起動した。
「物理的な距離や肉体の制限が壁になるなら、次元を一つ上げればいい。今日からこの都市に、【VRメタバース(仮想現実オフィス)】と【テレワーク(遠隔就労)】を導入する」
俺がエンターキーを叩いた瞬間。
工房の作業台の前に、人間と同じサイズの精巧な『自動人形』が転送された。
「な、なんだこの鉄人形は!?」
「これは、エルの『アバター(分身)』だ」
俺が言うと同時に、ゴーレムの頭部のモニターに、明るく可愛らしいエルフのアバターキャラクターが映し出された。
『あ、あの……はじめまして! エルです! よろしくお願いします!』
スピーカーから、元気でハキハキとした少女の声が響く。
「なっ……!? 対人恐怖症で家から出られないのではなかったのか! なぜそんなに堂々と喋れるのだ!」
ドノバンが驚愕する。
「現実世界の対面では極度に緊張してしまう人間でも、VRゴーグルを被り、仮想空間で『お気に入りのアバター』を被ることで、心理的安全性が確保され、驚くほど流暢にコミュニケーションが取れるようになるんだ」
俺はカメイの作った個別支援計画に沿って、エルに最適な「働き方」をデザインしたのだ。
『では、さっそく作業に入りますね!』
自宅のベッドでVRコントローラーを握るエルの動きに完全に同期し、工房のゴーレムが動き出した。
その手さばきは神業だった。ドノバンの熟練職人たちが半日かけても終わらない極小の魔導回路の組み立てを、エル(ゴーレム)は一切の迷いなく、わずか十分で完璧に完了させてしまったのだ。
「ば、馬鹿な……! 1ミリの狂いもない完璧な仕上がり……! しかも、このスピードだと!?」
「エルは自宅のVR空間で、回路を3Dモデルとして拡大表示しながら組み立てている。視覚情報が完全に最適化されているから、人間の肉眼でやるより圧倒的に正確で早い」
俺は、開いた口が塞がらないドノバンにタブレットを突きつけた。
「どうだ? 『通勤して汗を流す』という無駄なプロセスを省いた結果、君の工房の生産性は10倍に跳ね上がる。これでもまだ、通勤にこだわるか?」
「……っ!」
ドノバンはその場にドサリと膝をついた。
「わ、私が間違っていた……。働くということは、場所に縛られることではない。その人間の持つ才能を、いかに引き出すかということだったのか……!」
完全に改心したドノバンは、アカザワが提示した高額なシステム導入契約に喜んでサインをした。
「レクト理事長、カメイ責任者! ありがとうございます!」
モニター越しのエルが、アバターの姿で深々と頭を下げる。
「私、ベッドから動けなくても、こうして誰かの役に立てるんですね……! 自分で稼いだお給料で、妹に美味しいものを買ってあげられます!」
「お前の才能が社会に出ただけだ。これからも無理のないペースで働いてくれ」
【その日の夕方】
「ふぅ……今日も完璧な伴走支援だったな」
仕事を終えた俺たちは、カメイや特務支援チーム【REDANGEL】のコイケたちを労うため、都市の郊外にあるリラクゼーション施設へと足を運んでいた。
天然温泉『あいの里温泉・なごみ』だ。
「ぷはぁっ! この広々とした露天風呂、最高ですね!」
コイケが肩までお湯に浸かりながら、極楽そうな顔をする。
「ええ。サウナの温度管理も完璧で、水風呂との交代浴で完全に整いました」
アカザワも眼鏡を外してリラックスしている。
VRメタバースとアバター技術により、障害や心の壁を抱える人々も、完全に社会と繋がり、自分の価値を発揮できるようになった。
「ITの力で、すべての対象者に『自分らしく働ける場所』を提供する。これこそが、真のインクルーシブ(包摂的)な社会だな」
俺は、湯上がりの冷えたフルーツ牛乳を一気に飲み干し、誰もが笑顔で暮らせるスマートシティの夜空を見上げた。
日本創紀学園が描く未来図は、現実と仮想の壁すらも越え、人々の心をどこまでも自由に羽ばたかせていくのだった。
キャラクター・プロフィール
レクト
役割:主人公(日本創紀学園・理事長)
状況:引きこもりや重度障害者の就労支援のため、【VRメタバースオフィス】と【テレプレゼンス・ゴーレム】を導入。アバターを通じた心理的安全性の確保と、遠隔操作による物理労働を可能にし、通勤という概念を過去のものにした。
カメイ
役割:サービス管理責任者
状況:対象者の特性を正確に把握した『個別支援計画』を作成。レクトのシステムと組み合わせることで、これまで就労不可能とされていた層を見事に社会復帰(アバター就労)させることに成功した。
エル(New)
役割:引きこもりの少女(支援対象者)
状況:極度の対人恐怖症だったが、VR空間でお気に入りのアバターを纏うことで本来の明るさと天才的な魔導回路設計の才能を開花。現在は自宅にいながら、工房のトップエースとして高給を稼いでいる。
ドノバン(New)
役割:王立魔導工房長(コンサル対象者)
状況:「現場で汗を流してこそ仕事」という昭和の根性論を持っていたが、テレワークの圧倒的な生産性の前に価値観を完全アップデート。現在は自分自身もたまにVR出社してサボる(?)ことを覚えた。




