第46話 【ゲーミフィケーション】と没入型VR。遊びが導く究極のリハビリテーション
スマートシティの医療インフラは、俺が導入したクラウド電子カルテと遠隔診療システムにより、完璧な状態を維持していた。
病気や怪我の早期発見・早期治療が実現し、都市の平均寿命は飛躍的に延びている。
しかし、人間を相手にする以上、システムだけでは解決できない「心」の問題が浮上してくる。
「レクト理事長! 困りました、患者さんたちが『リハビリ』をサボってばかりなのです!」
学園が運営するメディカルセンターで、専属の治癒士であるエラーラが、タブレットを抱きしめながら半泣きで報告してきた。
「サボっている? 怪我や病気の後の機能回復訓練は、日常生活に復帰するための重要な【伴走支援】のはずだが」
「頭では分かってくださっているんです。でも、単調な曲げ伸ばし運動や、重いものを持ち上げる反復練習は『痛いし、退屈でつまらない』と……。特にご高齢の方や、元冒険者の皆さんは、すっかりモチベーションを失ってしまって」
エラーラの言う通りだ。
どれだけ優れた医療設備があっても、本人の「やりたい」という内発的な動機づけがなければ、辛いリハビリは長続きしない。
「なるほど。辛い義務を、楽しい『遊び』に変換する。俺のいた世界で【ゲーミフィケーション】と呼ばれる手法を導入する時が来たな」
俺はエラーラを伴って、患者たちが集まる広大なリハビリテーション・ルームへと向かった。
そこには、重いダンベルを前にため息をつく老人や、平行棒の前で立ち止まっている怪我人たちの姿があった。
「よし、全員注目。今日からリハビリのやり方を根本からアップデートする」
俺は空中にシステム画面を展開し、患者たちの手元に、スタイリッシュなゴーグル型の魔導端末を一斉に錬成した。
「これを装着してくれ。今日からお前たちのリハビリは、ただの訓練じゃない。【VR(仮想現実)フィットネス・クエスト】だ」
「ぶいあーる……? なんだいこりゃあ」
かつては凄腕の戦士だったが、腰を痛めて引退した老人、ガンツが首を傾げながらゴーグルを装着した。
ピィンッ!
その瞬間、ガンツの視界が完全に書き換えられた。
無機質なリハビリ・ルームの景色は消え去り、そこは禍々しいモンスターが待ち受ける、超リアルな『古代の地下迷宮』へと変貌したのだ。
『Welcome to VR Quest! 最初の敵、ゴブリンが現れた!』
システム音声と共に、ガンツの目の前に凶悪なゴブリン(仮想ホログラム)が出現する。
「うおおおっ!? な、なんだ!? 敵か! 武器はどこじゃ!」
『攻撃するには、正しい姿勢で【スクワット】を3回行ってください!』
「すくわっとぉ!? ええい、こうか!」
ガンツが慌てて膝を曲げ伸ばしすると、ゴーグルのモーションセンサーがその動きを正確に検知。ガンツの仮想アバターが、ゴブリンに向かって強烈な剣の連撃を叩き込んだ!
『Critical Hit! ゴブリンを倒した! 経験値を100獲得! レベルが上がりました!』
ファンファーレが鳴り響き、ガンツの視界に『LEVEL UP』の派手なエフェクトが舞う。
「おおおおっ……! なんじゃこの爽快感は! ワシの動きと連動して、敵を倒せるのか!」
「そうだ」
俺は腕を組みながら解説した。
「ただダンベルを持ち上げるだけの運動は苦痛だが、『目の前のドラゴンを倒すための必殺技ゲージを溜める行動』になれば、人間は夢中になる。レベルアップの達成感や、ログインボーナス、ランキング機能も完備しているぞ」
ゲームとしての面白さが、リハビリの辛さを完全に上書きした瞬間だった。
「よし! 次は平行棒を歩いて、トラップ迷宮を抜けるぞ!」
「私はアームカールで、魔法の詠唱ゲージを溜めるわ!」
さっきまで退屈そうにしていた患者たちが、目を輝かせ、汗だくになりながら次々とリハビリメニュー(クエスト)をこなしていく。
「すごい……! あんなに痛がっていた患者さんたちが、楽しそうに限界まで身体を動かしています!」
エラーラが感動で目を潤ませた。
【一週間後】
「うおおおおっ! レイドボス『魔王』の討伐まで、あとスクワット1万回だ! みんな、足を止めるな!」
リハビリ・ルームは、完全に異常な熱気に包まれていた。
ガンツをはじめとする高齢者たちは、一週間前の弱々しい姿が嘘のように、筋骨隆々の凄まじい肉体(パンプアップ状態)へと変貌を遂げていた。彼らはランキング上位を目指し、毎日自主的に施設へ通い詰めているのだ。
そこへ、真紅のコートを脱ぎ捨ててトレーニングウェアに着替えたレオンティーナが乱入してきた。
「どけ! このサーバーのランキング1位は私だ! 最強の剣技を見せてやる!」
元帝国最強の将軍である彼女もまた、VRフィットネスの圧倒的な没入感と競争要素にドハマりし、仕事の合間を縫ってはここで凄まじいスコアを叩き出していた。
「レクト理事長。患者の機能回復率が、当初の計画の500%を突破しました。もはやリハビリというより、アスリートの養成施設になっていますが……」
報告書を見たエラーラが、苦笑いしながら俺に言う。
「まあ、健康になる分には問題ないだろう。対象者のモチベーションをシステムとエンタメで引き出す。これこそが、最高の【ゲーミフィケーション】だ」
俺たちは、魔王討伐のファンファーレと共に歓喜の雄叫びを上げる筋肉だるまの老人たちを眺めながら、平和なスローライフ(?)の新たな一ページを刻むのだった。
キャラクター・プロフィール
レクト
役割:主人公(日本創紀学園・理事長)
状況:退屈なリハビリに【ゲーミフィケーション】の概念を導入。モーションセンサー搭載のVRゴーグルを開発し、辛い機能回復訓練を「超熱中できるRPG」へとアップデートした。
エラーラ(New)
役割:メディカルセンターの専属治癒士
状況:患者がリハビリをしてくれないことに悩んでいたが、レクトのVRシステムによって患者全員が筋肉の権化と化したため、今度は「オーバートレーニングの抑制」という新たな悩みを抱えることになった。
ガンツ
役割:元戦士の老人(リハビリ対象者)
状況:腰痛で引退しモチベーションを失っていたが、VRクエストにドハマり。ランキング上位を目指してスクワットを繰り返した結果、全盛期を凌駕するムキムキの肉体を手に入れた。
レオンティーナ
役割:特務チーム研修生
状況:歌姫アリアの推し活に加え、VRフィットネスのスコアアタックにも人生を懸け始めた。無限の体力でレイドボスを一人で殴り倒す、サーバーの絶対王者。




