馬車の中
エドワードは、キャサリンを王城から侯爵邸へ、馬車で送ることにした。
向かいの椅子に座って窓の外をぼーっと眺めるキャサリンを、エドワードはしばらく見ていた。表情からは何を考えいるか全くわからなかったが、先ほどの出来事を考えているに違いがない。
「大丈夫?」
「ええ。で、どう思います?」
エドワードが一言問えば、キャサリンも一言だけ返す。それだけで2人はお互いに言いたい事がわかった。
エドワードの意味するところは「突然の婚約の申し込みで驚いただろうけど気は動転していないか?」であり、キャサリンは「この婚約についてエディ様の意見を聞きたい」である。
「そうだね。。。今更、わざわざ言うことではないけど、僕にとってキャシーは妹といえる存在だよね。アスター侯爵のお考えもあって、僕たちは婚約者候補という関係を続けている。お互いに恋愛感情は持っていないけど、このままいけば数年後には結婚するだろうし、まあ、信頼関係で結ばれる良い家庭を築けると思う。でしょ?」
悪戯っ子のように笑うエドワードを見て、キャサリンもクスクスと笑う。
つい最近までエドワードが漠然と思い描いていた未来。自分の抱く恋心は決して叶うはずもなく、キャシーに恋することもない。それでも2人なら、まだ春の初めの風のない穏やか日の陽だまり、ついつい眠気を誘われるような温もり。そんな、のんびりとした穏やかな家族になることを想像していた。
「フレデリック殿下の友の1人として意見するなら、フレデリック様はお勧めできる物件だよ。女性に対して裏切る事はしないし、仕事もできる。見た目もいいしね。頭の回転も速い、少し腹が黒いけど。」
エドワードの話に、キャサリンはうんうんと頷く。
「キャシーが王子妃になるのは、能力的には十分だね。立ち居振る舞いやダンスという、淑女として身につけておくべき事は合格点でしょ。追加で妃教育が必要になるだろうけど、それほど量は多くなくてすみそうだ。気性も全く問題ない。周りをよく見て、柔軟に対応できるからね。キャシーは敵を作らないタイプだよね。」
友であるフレデリックから話を聞いたとき、始めはとても驚いた。しかし少しずつ、それも悪くないだろうと思った。
フレデリックとキャシーの2人なら、それは初夏の日差し。動けば汗ばむけど決して嫌な汗ではなく、吹き通る風が肌に気持ちがいい。家にいることがもったいなくて、つい出かけたくなるような。そんな心はずむ家になりそうだ。
「問題があるとすれば、周囲の環境だね。フレデリック殿下はこの国の王子で、将来も王弟として国を支えていく。その妻としての地位を狙っている者もいるだろうから。。。そこはすごく心配だな。」
妹を襲った悪意が、今度はキャシーを襲う。期待なんてしていないけど、きっとそれは必ずやってくる。
エドワードが不意に右手を伸ばし、キャサリンの手に自分の手を重ねる。しっかりと目線を合わせ、祈るかのようにゆっくりと告げた。
「キャシー、婚約について受けるかどうかは、自分でよく考えて返事をしてね。」




