金の迷子
ダイアナが、ギルバート王子と南門方向へと続く回廊を歩いていると、中庭をはさんだ向こう側の回廊を歩いている女子生徒をみつけた。彼女の金色の髪にダイアナは見覚えがあった。ここからでは顔がハッキリと見えないが、学園パーティーでギルバート殿下と踊っていた子だろう。
ギルバート王子も彼女に気がついたようで、独り言のようにつぶやいた。
「おや? なんでこんなところにいるんだ?」
ここは普通は生徒が来る場所ではない。2人がお茶をしたサロンから南門へ行こうとすると、先生方の部屋がある教職員棟をぐるっと周ることになる。教職員棟の中を通ればいいのだが、先生と鉢合わせになることを考えると大抵の生徒は尻込みをしてしまう。
ダイアナも普段は教職員棟を迂回するのだが、今日はギルバート王子が「この中を通った方が早い」と言うので、王子に引っ張られる形で通った。
そんな教職員棟のそばを、左右をキョロキョロして1人で歩く彼女は、ちょっとした不審者だ。
「きみ、どうしたんだ?」ギルバート王子が声をかける。
振り向いた彼女を見て、さらに言った。「ジェシカ嬢じゃないか。こんなところでどうした?」
「殿下、実は迷ってしまって。。。」不安そうにおどおどした様子でジェシカと呼ばれた生徒が答えた。
ギルバート王子に声をかけられて、初めてダイアナたちに気がついたようだ。
そこでギルバート王子はダイアナを向いた。
「ああ、ダイアナ。こちらはバーグマン男爵家のジェシカ嬢。1年生だ。」
「ギルバート殿下のご婚約者のダイアナ様ですね。お初にお目にかかります、ジェシカと申します。」ジェシカはダイアナに挨拶をする。彼女はダイアナを知っていたのだろう。
「初めまして、ジェシカさん。ダイアナです。よろしくお願いしますね。」ダイアナは簡単な挨拶を返した。
「迷ったって、どこにいくつもりだったんだ?」ギルバート王子がダイアナに尋ねる。
「マダム・ジュネに頼まれて、薬草園に行くところです。以前行ったことがあるのですが、訓練場を右に曲がろうとしたら通行止めになっていて、、、」ジェシカが自分の状況を説明し始めた。
マダム・ジュネは、女子寮の管理人で、厨房も取り仕切っている。今晩の食事で使う予定なのか、ジェシカに薬草園からハーブを取ってくるように頼んだようだ。
「なるほど。。。訓練場脇の樹の枝でも落としているのかな。あの道はよく通れなくなるんだ。」ギルバート王子がジェシカの説明に頷いた。
「ここから薬草園に行くには、ここを突っ切れば早いけど、行けるかい?」ギルバート王子が教職員棟を見ながら言った。
ジェシカも教職員棟を見つめるが、その瞳には「無理」の二文字がハッキリと浮かんでいる。
「それが難しいなら、今来た道を戻って、特別教室棟の手前を右に曲がって、ポプラ坂の途中の横道を行けば、薬草園の裏に出るよ。」ギルバート王子の説明に、ジェシカの顔が青くなる。道順を覚えられないのだろう。
「殿下、私がジェシカさんをお連れしますね。」ダイアナも、1年生の時は何度か迷った。あの時の心細さを思い出し、自分が案内役をしようとギルバート王子に提案した。
「いや、キャサリンを待たせるのは良くない。ジェシカ嬢の案内は私がやろう。門まで一緒に行けなくなって、すまないね。」
「いえっ、私のことは気にしないでください。大丈夫です。」ジェシカが言うが、顔を見ると引きつっている。どう見ても1人で行けそうにない。
ギルバート王子が「さあ、こっちだ」と言って教職員棟の中へと歩き出す。ジェシカが小走りについて行くのを見て、ダイアナは妹が待っているだろう南門へと急いで向かった。




