楓がいたから
中学三年生の時、全校生徒の前で腐った教師を叩きのめした。
家出少女を匿って、ヤンキー共に追われる羽目になった。
刃物を持ったコンビニ強盗と対峙する時もあった。
失恋した女の子のために素敵な彼を頑張って探した。
ドラックを売りさばく同級生をバックの組織ごと潰した。
迷子の犬を少女と探した。
田舎から出てきて騙された女を助けた。
中年親父の身代わりになって海に沈められそうになった。
ばばあの借金を肩代わりした。そして逃げられた。
二丁目の陽気な仲間達に面白半分に襲いかかる大学生を懲らしめた。
大切な幼馴染につきまとうストーカーを……
みんな俺の事を良い人だと言ってくれる。
違う、違うんだ。俺はむしゃくしゃしていただけなんだ。
好きな子と喋れない。
大切な幼馴染と距離を置かなければいけない。
俺は壊れそうになる心を壊さないために代替行為を求めていた。
俺は玲子と再会しただけで幸せだった。
遠くから見てるだけで良かった。
玲子のイメチェンなんて唯の口実だ。もっとスマートなやり方だってあった。
楓が不機嫌そうに俺に話しかけてくるだけで良かった。
もしかしたら俺は死なないんじゃないか? と思った時期もある。
そんな事はない。着実に俺の身体は蝕まれている。
時たま、心臓が発狂する様な痛みを上げる時がある。
身体が思うように動かない時がある。
俺は自分の死期を認識していた。
――だけど死ぬ前にこんな幸せな日々を過ごしてもいいんじゃないか? と思ってしまった。
玲子が隣にいて、楓も楽しそうにしていて、ついでに委員長も賑やかしにいてくれて……
――そんな事を考えたら、俺の心の壁が崩壊してしまった。
玲子と楓の温かい心に包まれたら、もう……自分がわからなくなっちゃったよ……
弱い俺でゴメンな……
「うぉぉおぉぉ……うぉぅぅぅ……れ、玲子……楓……ごめん……ごめんなさい……ごめんなさい……俺がいけないんだ……俺が……」
俺は二人に包まれながら意識が遠くなった……
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箱根ガラスの森林美術館には広々とした芝生の広場がある。
人がポツンポツンといるだけで誰にも邪魔されずに会話ができる場所であった。
正樹が意識を失ったあと、大柄な体格の雫に引きずられて、私達はここのベンチに座ることにした。
正樹の両サイドには私と玲子ちゃんが座っている。
私と玲子ちゃんは正樹が消えて無くなりそうな予感がしてたまらない。
そんな不安を押し殺す様に、私達は正樹の身体に抱きついていた。
雫は鼻息を荒く、ベンチの前で仁王立ちをしている。
妹さんを助けてもらった恩があるけど、純真な雫は正樹の本質をちゃんと見ている。
雫は正樹の言葉を信じてない。
悪びれた言葉が全て嘘だと見抜いている。
雫は正樹の事が大好きになってしまったようだ……恋愛的って言うよりも、家族的な愛情?
みんな無言だった。
玲子ちゃんの様子も少しおかしかった。さっきの玲子ちゃんは、普段と全然違った。
まさか、あそこまで正樹の事を想っているとは思わなかったわ。
――でも想いだったら私だって負けない。
私は正樹とずっと同じ小学校、中学校、高校、専門学校。生粋の幼馴染よ。
正樹がおかしくなり始めたのは中学の二年生頃から。病院を退院してから変わった。
内気で私の影に隠れていた可愛い正樹は、私と徐々に距離を取り始めた。
初めは思春期の何かかと思っていたけど、様子が違う。
私の事を大切にしたいのに、距離を取らなければいけない……あいつの行動は常に矛盾を抱えていた。
私がいくらアプローチをかけても流すだけ。挙げ句、あいつが私に男を紹介しようとした時は本気でぶん殴ったけどね。
……私は高校の頃から、正樹を遠くから注意深く観察することにした。話したとしても、心には思っていないキツイ言葉をかけたり、嫌いだって言ってみたり……
そうすると正樹は喜んでいた。でも、正樹から深い悲しみを感じられた。
正樹に何が起こってるんだ? 疑問に思うばかりだった。
そんな時に私のストーカー事件が起こった。
正樹が私の彼氏役になるって事で、私は不謹慎ながら凄く喜んでしまった。
そんな喜びもすぐに終わった。
――正樹はめった刺しにされた。
警察の話しでは全く抵抗した気配がないって言ってた。
普通なら死んでいた、生きてるのがおかしい、と言われた。
正樹は驚異的な回復力で傷はすぐに完治してしまった。
ストーカーは殺人未遂で逮捕されて、風の噂では獄中で死んだって聞いた……
私は悲しみで気が狂いそうになった。
正樹が私の知っている正樹じゃなくなっている。
どんなに話しかけても遠いところばかり見ている。
どうすればいいかわからなかった。
どんなに誘っても乗ってこない。
話しかけても壁に話しているみたいで手応えがない。
私は諦めたくなかった。
だから私は正樹と同じ専門学校へ通うことにした。
大学なんてどうだっていい。
私は正樹を治すためならどんな事だってするって誓った。
……そんな時、専門学校で玲子ちゃんを見つけてから正樹は変わった。いや、昔に少しずつ戻って行くのが分かった。
正直、私は悔しかった。
あんなに私が頑張ったのに、一瞬で追い抜かれちゃうなんて……
でも嬉しかった。
正樹が心から笑っている姿を久しぶりに見る事が出来た。
私の恋が叶わなくてもいい。
正樹を救ってくれるなら私じゃなくていい。
――私一人じゃ荷が重いよ……玲子ちゃん、力を貸して……
私は正樹を抱きしめながら、玲子ちゃんの背中に手を回した。
玲子ちゃんと目があった。
そこにはオドオドしていた玲子ちゃんはいない。
キリッとした瞳には絶望がない。希望の眼差しであった。
玲子ちゃんは叫んだ。
「楓ちゃん! 諦めないで! 楓ちゃんがいてくれたから正樹君はここまで生きてくれたんだよ! ……本当にありがとう……」
――わ……私が? 正樹に何か与えていたの?
「そうよ! 楓ちゃんが正樹くんとずっといたから正樹君は消えなかった。でもこれからは一人じゃないよ! 私もいる……雫ちゃんだっている! それに……出てきて!!」
玲子ちゃんが叫ぶと、正樹の身体から黒いモヤが出てきた。
モヤは人の形を作る。
……そこには着物を着たキレイな少女が悲しそうに立っていた。
「……玲子。すまんのじゃ。儂はもう……乗り移る力がないのじゃ……ぐすっ……」
「バカ! 泣かないの!! 私達でどうにかして正樹君を助けるんだから!!」
私は少女を無視して玲子の言葉を反芻した。
「正樹を助ける……正樹を助ける……正樹を助ける! そうよ、泣いてなんかいられないわ! なんだかわからないけど、絶対正樹を助けるわよ!」
雫が号泣しながら少女を巻き込んで私達に突進してきた。
「うわぁぁぁぁぁ!! よくわからないけど、私も頑張るぞ!」
「ぶはぁ!? く、苦しいのじゃ!! れ、玲子助けるのじゃ!!」
私達は正樹を中心に全員で大泣きをしていた……




