接触
初恋って経験したことある?
いつもその人の事を考えてしまう。
想うと胸が苦しくなる。
少しでも話すと、背中に羽が生えたように身体が軽くなり、胸がドキドキする。
そして、大抵の初恋は実らないのであった。
もちろん俺も例外ではない。
俺の初恋は絶対実らない。
俺は早朝、新宿の花園神社近くまで向かった。
玲子の住所は調べ済みだ。
いつもの登校時間を逆算して、俺は玲子が出てくるまで待ち伏せする。
――まるでストーカーだな……あ、玲子だ……
ぼさぼさの頭に、へんてこなトレーナーを着た玲子が現れた。
暗い顔の玲子はふらふらと駅に向かおうとしている。
――胸がバクバクする。年月が経っていても愛情は変わらない。大丈夫、俺なら隠せるさ……
俺は自然を装って玲子に声をかけた。
「あれ?? 天童さんだよね! 俺、俺だよ! 甲賀正樹だよ! いや〜、新宿でオールして、早朝散歩してたらまさか天童さんを見かけるとはな!」
玲子は俺の事を一瞥して無視して足早に駅へ向かおうとしている。
「あ、ちょっと待って! せっかくだから一緒に行こうぜ!」
俺は強引に玲子の隣を歩いた。
玲子は少しだけ迷惑そうな顔をして、ずっと下を向いたまま無口であった。
可愛い顔がボサボサの髪で隠れてしまっている。
俺は取り留めのない話を喋り続ける。
まずは俺と喋ることを慣らす必要がある。
「いや、まいったよな〜。学校の授業って結構ハードだよな? ていうか、天童さんはなんでお菓子屋をめざしたの?」
これは俺が本心で聞きたかった事だ。
なんでお菓子屋なんだ?
ずっと反応しなかった玲子が口を開いた。
その問いかけが玲子の何かを触発したみたいだ。
「……わからない」
立ち止まって目を閉じて自分の胸に手を当てている。
その立ち姿は天使のようであった。
熊さん柄のトレーナーだけどな!
俺は玲子の頭を撫でようとして……思いとどまった。
――おい、俺は何をしようとした? 駄目だろ? このバカチンが!
俺は適当な返事しか出来なかった。
「そっか……甘いもの好きなんだな、最高じゃん! ほら電車に遅れるぞ!」
「……うざ」
俺は玲子の態度を無視してそのまま一緒に学校へ登校した。
途中で楓も加わり、俺達はずっと玲子に喋りかけていた。
もうすぐ学校に着く頃になると、玲子は重い口を開いた。
「……もう私と関わらないでくれる? だって私といたら不幸になるから……」
玲子は突然走り出して、一人で学校へ向かってしまった。
「あちゃー、失敗しちゃったな……」
幼馴染の楓は呆れた顔をしていた。
「……ねえ、もういいんじゃないの? 天童さんって一人が好きみたいだし……」
「あん? 一人が好きな奴なんて本当はいないぞ! そいつは拗らせているだけだ。……だからそれを素直にさせるしかねえな」
「……そう。ていうかあんた今日の放課後暇? ミーコ達とご飯食べるんだけどさ」
「あ、わりー。今日は書きかけの小説を書くんだ! すまん! また誘ってくれ」
「……あんた最近いつもそれね。はぁ、わかったわ。ミーコ達はあんたが来るのを期待してたんだけどね。……私だってあんたと……」
「はは……すまん……」
俺は乾いた笑いしか出来なかった。
だって友達は一定以上仲良くなっちゃ駄目だ。
俺が死んで悲しむのは辛い。だから人と壁を作る。
本当だったら人里離れたところで静かに死んで行くんがいいんだろうけど、そこは俺も人間だ。そんな修行僧みたいな事は無理だ。
どうせなら普通に暮らして、普通に死にたい。
頭の中で声が響いた。
(――一人は寂しいからのう。儂もずっと一人じゃった。しかし人間は面白いものじゃ。人と関わりたくないと言って、自分のテリトリーから出ようとしない。なのに、学校という人の群れから離れようしない)
――ああ、そうだな。人間は複雑だよな……だから人生が面白いんだよ。
(――ふむ、興味深いのじゃ)
――私と関わると不幸になるか……そんな人間いねえ。俺は不幸じゃねえ。俺は玲子と出会えて幸せになった。余命なんて関係ない。
俺は幼馴染がいることを忘れて、思考を繰り広げていた。
「……バカ」
学校の授業が始まった。
今日の実習はシュークリームだ!
俺たち生徒は、班ごとに作業をする。
一班に五人〜六人生徒がいる。
手分けして計量をしたり、リーダー格の子が作業をする順番を指示したりする。
俺は実家がお菓子屋だったから、大抵のお菓子を作れる。
だから計量と片付けをして、他の子に技術的な作業を譲ることが多い。
班で行う作業だから休みやサボる奴がいると、真面目にやっている生徒が割を食う。
そして軋轢が生まれる……
まあ作業をやりたがるやつにとっては丁度いいのかもしれないな。
俺はチラリと玲子のグループを見た。
あそこの班は委員長タイプの堅い子がリーダーとなっている。
玲子は実習始めの話し合いにはちゃんと加わっていた。
作業が始まると、洗い物と片付けしかしてない……
洗い物がなくなると、教室の隅で座り込んでスマホをいじりだした。
俺の頭の中で声が響く。
(――せっかくお主が生を分け与えたのに、全然楽しそうじゃないのじゃ! 儂もシュークリーム食べたいのう……)
――今日持って帰ってやるから待ってろ! おい、バカ! モヤを出すな!?
もしかして玲子は委員長の子から好かれてないのか?
ちょっと後で話してみるか。
休み時間になり、俺はさり気なく委員長に話しかけた。
「よっ! 今日も張り切ってるな! 流石委員長だぜ!」
「あ、甲賀君。お疲れ様! へへ、せっかくお菓子の学校に入ったから頑張らなきゃね!」
「でもみんなで作業って難しいよな? どうしても作業が均一に割り振り出来なくて悩むな……」
委員長は腕を組んで考えている……フリをしてるように見えた。
「うーん、そうね……私の班はやる気のある子に率先して作業をやってもらう様にしてるわ。……天童さんが大変なのよ……ちょっと不器用で、何をやっても失敗するし、全然やる気ないし……どうしてこの学校に入ったんだろ?」
俺に愚痴をこぼすように話す委員長。
……悪い子じゃないんだけど、自分の考えが全てだって思っている奴だ。
「そっか! 俺はみんなが楽しくできればいいかなって思ってるよ! ……ていうか委員長ちょっと顔色悪い? なんかあったの? 俺で良ければ相談のるよ?」
俺は委員長の肩を軽くポンポン叩いた。
委員長は少しだけ顔を赤くしながら頷いていた。
「……う、うん。実は色々悩みがあってね……でも重たい話だから大丈夫だよ!」
「委員長、今日一緒にカフェでも行かね? 俺が聞いてやるよ。ちょっとは楽になるぞ」
「――え、うん。ありがと。じゃあ放課後ね!」
委員長はグループの仲間の元へ小走りして行った。
グループに向かって小声で自慢していた。
「……ねえねえ、甲賀君としゃべっちゃった! へへ、いいでしょ!」
「マジで! いいな〜」
「お、フラグたったんじゃね?」
「委員長可愛いからね」
女子は姦しい。
このクラスには男子が数名しかいない。
だから女子校みたいなノリなんだろうな。
玲子は一人スマホをいじっている。
俺はその姿を見ると、ひどく悲しくなってきた。
委員長とのカフェは速攻終わらせた。
収穫はあった。それだけでいい。
俺は無機質な部屋で呪いと一緒にシュークリームを食べている。
こいつは実態化することによって、普通に飯が食える。
謎存在だな……
「もぐもぐ、うむ。この時代の食事は大変うまいのじゃ! 儂は正樹が通っている学校の菓子が大好きなのじゃ!」
「……ていうか本当にお前ってなんなの?」
「む、もちろん呪いじゃ。そんじょそこらの呪いじゃないのじゃ! 高貴な呪いなのじゃ!」
「はぁ……俺が死ぬ時ってお前も消えるの?」
「そうじゃ! 儂がお主の身体を喰らい尽くして一緒に消える感じなのじゃ!」
「マジで! ちょっと怖いんだけど!?」
「ふふふ、安心せい。痛くしないのじゃ……」
ロリ呪いは妖艶な笑みを浮かべて俺に抱っこを要求した。
俺は仕方なく後ろから脇に手をいれて持ち上げて、俺の膝の上にスポッと収めた。
「うむ、中々良い座り心地なのじゃ。落ち着くのじゃ」
「はいはい。良かったね……」
俺は玲子の状況を考えた。
委員長と今の玲子の相性が悪すぎる。
玲子は本当に何も考えずにこの学校に入った。
目的意識を持って入学した委員長とは違い過ぎる。
まあ、でも委員長の件はどうにかなるだろ。
玲子は人と関わりたくないって言っていた。
でも学校には休まず来ている。
本当はちゃんと人と関わって生きたいと思っているはずだ。
唐突だが、玲子は本当は凄く可愛い。
ほわほわしていて笑顔も素敵だ。
病院から退院した後何かあったのか?
記憶が無くなったままだから精神的に成長してないのか?
私といたら不幸になるって……呪いが関係してるのか?
……とりあえず玲子と毎日話すか!
俺はジャケットを羽織って新宿の街へと繰り出した。




