馴れ馴れしい男ね
ここ最近ずっとだ。
甲賀正樹が私に付きまとっている……
この男は何故私にかまってくるの?
今日も通学路で待ち構えていた。確か住まいは西早稲田のはずだよね?
今もこうしてベラベラずっと私に喋り続けている。
私はほとんど無視しているのに、時折なぜか心に響く言葉をかけて来る。
――これがリア充の力? ……私は中二の時からずっと暗いままで過ごしていたからわからないわ……
爽やかな笑顔で身振り手振りを交えて、一生懸命喋っている。
こいつはかなりのモテ男だろう?
私なんかにかまってないで、美人の幼馴染さんと登校すればいいのに……
「でさ、その映画が超面白くてさ! 天童は見たことある?」
――あれ? 私が大好きな映画だ。記憶を失っても、一度みたらすぐに好きになってしまった。
「あっ! そうだ、あの歌手ってまだ歌ってんだよな! 新曲明日でるぞ」
――寂しい時はいつも聞いていた曲を、この男は口ずさむ……
「ははっ! ていうか俺たちは学生だから不器用でもいいんだよ。だってお菓子を作れるように教わりに来てるんだからさ!」
――色々ためになるアドバイスをしてくる。
こいつは何なんだ? なんでこんなにも私の心に刺さる言葉を知っている。
しかも他の男と違って下心が全く見えない。
笑顔で私を見ているけど、見ていない……
なんだこの感覚は?
こいつは私の事を可愛いと理解している。
私だって自分の容姿を理解している。
でも、私は自分を隠す様にしている。だって……男は怖い。女も怖い。
目立つ者は自然と叩かれる。
だから私は地味に生きようとしているのに……
正直構わないで欲しい。
甲賀の事を嫌いになりたかった。
……でも嫌いにはなれない。だってこの人、凄く悲しそうなんだもん。
表情や態度では絶対わからないけど、凄く悲しんでいるのが伝わる。
――なんで私がそんな事わかるの?
こいつは私が歩きやすいように、さり気なく誘導してくれている。
急いでいるサラリーマン、後ろから来る車、横幅を広げて喋りながら歩く女子。
今も、通学電車を待ってるけど、こいつは私を守るように周囲に気を配っている。
電車に乗っても変わらない。
満員電車のなか、コイツは両手を壁につけて、他の乗客から私を守ってくれている。
でも絶対私の身体には触れない。
鍛えられた胸と端正な顔が私の近くにある……
正直少し恥ずかしい……
私達は無言のまま、二駅だけの空間を過ごした。
駅から学校までの道のりもこいつは離れようとしない。
「あ、そろそろ五月の箱根研修があるな。天童が嫌だといっても一緒に回るぞ!」
「え?……うん、でも……」
年に二回、学校が保有している箱根の保養所で2泊3日の研修が行われる。
ほとんど修学旅行みたいな物で学校のみんなはとても楽しみにしている。
……本当は少し嫌だった。行っても一人ぼっちだと思っていたから。……でも、もし――
――駄目よ。私に近づくとみんな不幸になるわ。
こいつ……甲賀君がいい人だって分かったし、幸せになってほしい。
だから私は……
「……やっぱり……私に関わらないで……」
学校のロッカールームで私はコックコートに着替える。
ゆっくり着替えながら私は考えていた。
私はある日突然記憶喪失になった。
何かの病気だったらしく、長い間入院していたらしい。
そして余命数ヶ月だった……
でも……記憶喪失になった瞬間、私は身体が回復したらしい。
……意味がわからなかった。
十歳から十四歳までの記憶が無い。本当に綺麗さっぱり無い。
自分の性格もわからなくなった。
親の顔はかろうじて覚えていた。
学校の授業は全くわからなかった。だから自宅学習の日々を送った。
私はどうやら日記を書いていたようだ。
その日記はとてもふわふわした文章で書かれていた。
まるで私じゃない別の誰かが書いたみたい……
その中の私は誰かに……恋をしていたらしい。
でもどこの誰かわからない。
ポエム的な表現が多すぎてわからない……
全く思い出せない。
そんな恋心、今の私には無い……本当に恋なんてしていたのかな?
日記は恐ろしく情熱的な文章が書かれていた。
初恋って凄いんだね……
いつ何時でも相手の事を想っている。
――私もいつかそんな恋ができるのかな?
私は、記憶を失う前の私が羨ましかった。
両親は記憶を失った私を腫れ物の様に扱う。
思春期の大事な経験を忘れているため、対人スキルが全くない。
高校デビューに失敗する。
友達も出来ず、ボッチな毎日を送る羽目になった。
ゲームの中では私はヒーローだった。
私は……不完全な人間……
日記の中に書いてあった、パティシエになりたいっていう言葉にすがって、親に頼み込んで私は製菓学校に入学した。
不器用な私には授業がとても辛い。
楽しさよりも窮屈さを感じる。
パティシエを目指して入学したみんなは私の事を邪魔者だと思っているだろう?
そんな中、あのリア充男がしつこく私に話しかけてきた。
初めは下心があるかと思ったが、どうやら違った。
甲賀君は何者なんだろう?
本当に唯の学生なのかな?
なんだろう……見た目からは想像も出来ない人生の重みを感じる……
興味が無いと言えば嘘になる。
でも、私は一人でこのまま自堕落に生きていればいい。
そして親が勝手に決めた結婚でもなんでもして、無気力な毎日を送ろう。
頭の中から変な声が響いた。
(――バカ! せっかくお菓子学校に入学したのに、頑張らなきゃ! ま、正樹君もいるのに!!)
――またよくわからない声が聞こえる。どうせこれは幻聴。自分で自分を否定しているだけでしょ?
それを気づかないふりをして、私は教室へ向かった。
その日の実習はアップルパイを作る事になっていた。
私はいつもどおり、道具の準備をして、洗い物が出るまでスマホでお菓子の作り方を調べながら教室の隅で待機していた。
いつもは私を放置している委員長がなぜか近づいてきた。
「……それ作り方調べてるの? ねえ、ちょっと今日は休みの子がいるから、作業お願いできない? 私は計量しているからさ!」
私は戸惑ってしまった。明らかに嫌われていたと思っていた委員長から、お願いされるなんて……
「うん……私不器用だけどいいの?」
「もちろんよ! ここはお菓子を習うために来てるのよ! さあ実習するわよ!」
私は大理石の上に粉を振るう、粉を泉状にしてその中に水と入れ、粉と少しずつ合わせる。
混ぜていると、汗が出てきた。
一生懸命混ぜる。
ただ混ぜるだけ。
それなのに食材達の変化を手で感じる。
粉と塩と水だけだったものが徐々にまとまってきて、一つのお菓子に変化していく。
こんな単純な事。
だけど……それなのに……私は感動してしまった。
ふと頭を上げると、委員長が優しい目で私を見ていた。
「はい、それで大丈夫そうね。えっと、ここから三十分休ませて……あれ、天童さんどうしたの? 目に粉が入った?」
私はなぜかこみ上げてくるものを感じた。
「あ、いや……こんな粉と水だけでお菓子ができるって……凄いなって……思って……」
人とうまく話せない。そう言えば、この学校で一番話しているのは甲賀君だ。
委員長はなぜか根気よく私の話を聞いてくれた。
その後も作業は順調に進み、お昼休みの時間に近づいた。
視線を感じる。視線の先には甲賀君がいた。
グループの子達と和気あいあいと作業をしていて、自己主張をしすぎず、かといってサボるわけでもなく、グループの要としてうまくバランスを取っているのがわかる。
感じた視線は……何故だろう? まるで家族を見守る親愛を感じられた。
「ねえ、天童さん? 今日はご飯どこで食べるの? もしよかったら一緒に食べない?」
委員長と班の子達がお弁当やパンを持って私を待っている。
突然の事に私はついていけない。
「あ、わわ、私は……」
「せっかくこれから2年間一緒に勉強するんだからいいでしょ? ほら、箱根研修の事もあるしさ!」
「う、うん……あ、ありがと」
私は初めて友達が出来たのかもしれない。
意固地な私の気持ちが胸の奥へ引っ込んでいった。
(――良かったわね。学校は友達と楽しまなきゃ! どうせなら甲賀君と食べればいいのに!)
その声は私の頭の中からはっきりと聞こえてきた……




