呪いと正樹
呪いの周りの闇がうごめいて、暗い森のような背景に変化する。
そうかと思うと寂れた屋敷が映し出されたり、困窮に苦しむ農民の姿が現れる。
呪いを中心に背景が目まぐるしく変わっていく。
呪いが口を開いた。
「……これは儂が住んでいた時代じゃ。……ふむ、ひどい時代じゃろ? 正樹の身体に刀が刺さって儂は色々思い出したのじゃ」
なんでも無いような口調の呪い。
だけど呪いの涙が止まらない。
「儂は……どうやら天童家の先祖のようなのじゃ……そして、強大な力を天童家に与える儀式の生贄……儂はそれだけの存在だったのじゃ」
「呪いと化して千年、人間はいつまで経っても強欲で身勝手で独善的で……儂の中の呪いはどんどん肥大化していったのじゃ」
呪いの背景に玲子が映し出された。
小さな頃の玲子のようでとても可愛らしい……
「玲子は……儂にとって初めての存在じゃった。今まで取り付いてきた奴らには感じられなかった無垢で清い心を持った存在……儂は戸惑ってしまった」
背景が病室で寝ている玲子の姿に変わる。
「儂はこの子を殺したくなかったのじゃ。そして呪いがこの子の心に影響されて、呪いが変質していったのじゃ……そして……」
背景がいきなり明るくなり、無数の俺の姿が浮かんだ。
「……主と会ってからの玲子の気持ちが入り込んで、儂という自我が生まれ落ちたのじゃ。いわば儂は主と玲子から生まれた存在。……だが儂は呪いじゃ……玲子を殺すしかなかったのじゃ……」
呪いが俺に近づく。
一歩一歩ゆっくりと歩く。
呪いの顔がぐしゃぐしゃだ……
「儂は……主とともに歩いてみたかったのじゃ。主の存在力を感じ取った時、主なら儂を消してくれるかと期待したのじゃ……だが、全然駄目だったのじゃ……主は優しすぎて……こんな呪いの儂と遊んでくれて……儂がいくら言っても無駄な人助けをやめず……消す努力を一切せず、儂と一緒に旅立とうとしてくれたのじゃ。……ひぐっ」
呪いが俺の身体に到着した。
まるで子供が親に甘える様に抱きつく。
「儂は主と玲子が大好きなのじゃ……でも儂がいると主が死んでしまう。……玲子は乗り移れと言う始末……儂は……儂は……もうどうしていいかわからなかったのじゃ! わぁぁぁぁぁん!!」
呪いが子供のように大泣きをする。
俺の身体にしがみついて、涙と鼻水を押し付ける。
俺は優しく呪いの頭を撫でてあげた。
ぐずりながら呪いは俺に言った。
「……今、呪いは全うな血筋の玲子に呪いが移ったのじゃ。だが、刀の試練を耐えているのは主じゃ。……主の生命力は強い。しかし、全うな血筋でも無い主の身体は悲鳴を上げているのじゃ……だから儂は最後の力を振り絞って、この試練の手助けをするのじゃ……大丈夫なのじゃ。主が目を覚ましたら、二人とも元気になっているはずなのじゃ!」
呪いがなにかを我慢しているような顔をしながら俺から身体を離す。
呪いは泣き笑いをしながら俺に言った。
「正樹……楽しかったのじゃ……儂の精一杯の力を受け取ってくれ!!」
呪いの身体が闇の中で白く輝く。
呪いの意思で呪いを抑える。
呪いが消えようとしているのが分かる。
俺の身体の痛みが薄らいで行くのが分かる。
呪いが安らかな顔で旅立とうとしているのが分かる。
少しずつ呪いの身体が薄らいで行く。
呪いが勝手に消えようとしている。
おい、待て。
お前は何をしているんだ?
お前は俺の大切な……なんだ? 仲間? 友達? ……子供? ……そう、子供みたいなもんだ!!!
――なに勝手に消えようとしてるんだよ!!!
俺は叫んだ!!!
「馬鹿野郎!! 俺の子供だったら親よりも先に消えてなくなるんじゃねえよ!!! 言っただろ? 俺は玲子も俺も……お前も救ってやるってな!!!」
俺の身体の中から力が湧き出るのを感じる。
――俺の存在理由。
――自分を犠牲にして助けた奴らの想い。
――玲子の気持ち。
――楓の想い。
俺に関わる全てのものが俺の力へと変わる。
俺の存在力を今ここで開放した。
それと同時に俺の中の何かが抜け落ちていくのを感じる……
「ま、正樹……止めるのじゃ! そんな事をしたら主の身体が! 主の心が! あぁ…………」
「うるせー、お前は俺の言うことを聞いてろ。俺に……任せろ」
俺は暗い闇の中、泣きじゃくる呪いを強く抱きしめた。




