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第2話 おっさん、まだまだ強かった

 俺は部屋を出て、廊下を歩く。

 目覚めた時には気が付かなかったが、この建物は廃城のようだ。埃っぽい赤いカーペットが敷かれた廊下を、苔むした石壁沿いに歩いて行く。




 途中、何人かのオークやダークエルフとすれ違ったが、全員が恭しく俺に頭を下げた事に驚きを覚えた。その内の一人に外への道を聞いた所、あっさりと教えてくれた。本当に警戒されていないというのが分かる。

 言われた通りに歩いて行くと、中庭へと辿り着く。中庭の向こう側には門が見え、そこから外へと道が続いている事が確認できた。




 だが、逃げるとしても焦ることは無いだろう。そう考えた俺は辺りを見て回る事にした。

 中庭の一角は垣根がすっかり取り払われ、幾人かのオークやゴブリンが棒を振り回しているのが目に入る。




「奴らも訓練とかするんだな」




 考えてみれば当たり前の事だが、これまでの俺は考えもしなかった事だ。さらに周囲を見渡せば、ゴブリン達がテーブルの周りを取り囲み、何かで盛り上がっている。




「何をやっているんだろう」

 キーキーと耳に響く甲高い声を上げている事から興味を引かれた俺は足を向ける。背の低い彼らの頭越しに覗くと、何かの盤を取り囲んでいる様子が見える。




 サイコロ博打だ、これもまた勇者としてあちこちを巡っている時には必ず目にした光景である。俺はほとんどやらなかったのだが、ヴィルカが好きで……




「……くそっ」




 “奴ら”の一人を思い出してしまい、舌打ちした俺はその場から離れる。

 カンカンという甲高い音に興味を引かれた俺が足を向けると、予想通りの光景があった。




 女オーク達が集まり、剣を作り上げている。彼女たちの作る剣の切れ味は素晴らしいというのは、俺は身を持って知っている。しかし、こうして実際に作り上げている光景を見るのは初めてだった。

 皆、手際よく鎚を振るい、女性とはとても思えぬ程に逞しい腕で剣を形作っていく。彼らの故郷で採れると言われている特殊な鉄を使ったその剣は、黄金色に輝いている。

 その光景を興味深く見ていた俺は、背後に迫る存在に気付かなかった。巨大な緑の手が俺の肩に乗せられ、初めて気が付く。




「おわっ」




 驚き、腰に手を当てながら俺は振り返る。実際に剣を下げている訳ではないが、身体に染み付いてしまった癖が出てしまった。

 照れ隠しのように首を捻りながら、俺はそのオークに話しかける。




「あれは見てはダメだったか?」

「いヤ、問題なイ。姫様ガ探してこイ、と言っていたかラ、俺はあんたを探していタ」




 ああ、ロレッタの使いか。そう納得した俺は彼を見る。オークにしては小柄な方で、俺と同じ位の身長しか無い。

 おそらくまだ年若いオークなのだろう。大人のオークとなれば俺は間違いなく見下されてしまう位に大きくなっているだろうから。




「勝手に部屋から出たのはやはり不味かったか、戻るよ」




 俺が戻ろうと踵を返した瞬間、そのオークは俺の前へと立ちはだかる。どうしたものかと彼の顔を見るが、別に怒っている訳でもないので余計に分からない。




「オ、俺ハ、ナーグルー。アイアンヘッド族、その中でも一番の戦士だっタ、ナーガルーの弟だ」




 ナーガルー、その名前には聞き覚えがあった。確か北方のドゥラガン要塞の戦いで、魔王軍の指揮官をやっていた男だった筈だ。

 最後は誰の介入も許さない一騎打ちで決着を付けた事まで容易に思い出せた。激しい戦いだった。打ち合う度に手が動かなくなるかと思うほどに強力な一撃を嵐のように繰り出し続ける姿を思い出す。

彼の弟だったのか。だとするなら、俺に対して何か言いたかったとしても不思議ではない。



「ああ、お前の兄貴は覚えている。強かった」

 俺がそう言うと、ナーグルーは嬉しそうに頷く。




「俺ノ、兄貴は強かっタ。部族の中でモ、一番の男だっタ」

「だろうな、今まで戦った事のあるオーク達の中でも飛び抜けた強さだった。それに立派な武人だったよ」




 一騎打ちの前に、負けたら兵を引かせる(俺が負けたら要塞から兵士たちを立ち退かせる)という約束を交わしたが、彼は間際の言葉でそれを守らせた。お陰でどれだけの生命が救われた事か。

 俺が思い出に浸っている間も、ナーグルーは無言で立ち尽くしている。そして意を決したように胸を叩きながら言った。




「あんたに会えテ、嬉しイ。俺ト、手合わせをしてくれるト、助かル。俺ハ、ここでハ一番強イ」

 そう言って恭しく腰に下げていた木剣を差し出してくる。




 木剣と言ってもオークサイズのものの為、俺に取っては大剣の部類に属する。

 一瞬、受けるかどうか迷った。身体が動くかどうか不安だったからだ。だが、俺は受ける事にした。

 ナーグルーの表情が真剣そのものだったからだ。俺が負けるかどうかという不安なんて大したことではない。




「いいだろう」




 俺は差し出された木剣を掴む。久々の感触だ。それを確かめるように、グリップを何度も握りしめる。

 息を細く吐きながら、距離を取る。




「いいぞ、始めよう」

 俺の言葉を合図として、戦いが始まる。 




 ナーグルーの得物は背負っていた彼の背丈程の長さがある木製の棒だった。だが、その太さは俺の腕もあり、それを軽々と振り回している彼の筋力が伺える。

 先手を取ったのはナーグルーだった。強く踏み込んでからの、強烈な切り払い。




「アアアアアッ!」




 それに続き、素早い速度で幾度となく棒は振り下ろされる。力任せの攻撃に見えるがスキは見当たらない。良く訓練されている。

 強烈な打ち込みが続く。俺はそれを躱し、時には受け止める。その度に腕が痺れて手を離してしまいそうになる。




 試合は完全に彼のペースと言って良かった。 

 だが、俺は決して勝ちを諦めた訳ではない。状況を伺いながら、最大の効果を与えられるであろうタイミングまで耐え、そして遂にその時が来た。彼の腕周りの筋肉が盛り上がり、これまでの一撃とは異なる全力の一撃が来る事が分かる。彼は試合を決めようと、最大の力で振り下ろしを放ってきたのだ。




 俺は、その攻撃を躱そうとはしなかった。そして、ナーグルーの全力の振り下ろしを、頭上で受けた。

 その途端、彼の表情が変わった。全力を込めた振り下ろしを受けて尚、俺が涼しい顔をしているからだろう。

 そして、俺は素早く懐に入ると彼の喉元にコツンと木剣の先を当てた。




「参っタ」

 ナーグルーは肩を落としながらもあっさりと負けを認めた。




「素晴らしいじゃないか」

 汗を拭う俺の背後から拍手と共に聞こえたのは、よく知った声。ロレッタだった。彼女はいつの間にか試合を観戦していたのだ。

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