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その14

「もう、夜勤明けで寝てたっていうのに!」


 今、警察側二人ならびに木俣探偵事務所の二人がいる中、昨日ガソリンスタンド勤務だった一人の若者が不満たらたら言ってくる。本来の接客姿とは雲泥の差だ。


「まあまあ、一応参考人だからな」


 この鎌井刑事の言葉に、若者は


「さ、参考人だって? 俺が何をしたって言うの?」


「まずは聞きたいが、このおにぎりに見覚えは?」


 いきなり指差しされた田部君だったが


「見たこともねえよ、こんな人。第一、今の今まで何かの置物とばかり思っていたし」


 これにご本人


「だ、誰が!」


 だが、そのクレームも無視して鎌井刑事が先を続ける。


「本当だね?」


「ああ」


「じゃあ、キミの名前と住まいは?」


「白石守。住所は……」


「わかった。で、事件発生時には、もう一人勤務してただろ?」


「ああ、名取先輩だよ」




「名取孝ですが。何か?」


 三十そこそこの男である。そしてやはり眠そうだ。


「早速だけどね、このおにぎりに見覚えは?」


 やはり紹介された田部君だった。が、その顔を一瞥した男は


「知りませんよ、こんなおにぎり顔なんて」


 これにすぐさま


「しょ、初対面のくせして、失礼な!」


 だが、やはりこのご本人の言葉も無視された。

 この時、一方の木俣さんはというと、目をつむったまま腕組みなんぞをしている。


「じゃあ、勤務中に何か怪しい人間を目撃しなかったかい?」


「刑事さん。悪いけど、スタンドから一歩も出てないんで、客以外は誰も見てないですよ」

 



「あなたのお名前、および勤務先をお伺いしたいのですが?」


 次の相手は、中年の男だ。


「岩沼昭です。サービスエリア内のフードコートで料理などを提供しております、それが?」


「まず最初に、こいつに見覚えは?」


 その、こいつを凝視している岩崎さん。やがて


「うちでもいくつかの種類のおにぎりを取り扱っていますが、こんなおにぎりは見たことないです」


 もはや、ご本人には抵抗する余力も残っていない様子。


「では、誰か怪しいやつは見ましたか?」


「うーん、特には」




 そして今度は、同じフードコート勤務のおばさんだった。


「塩釜絹代と言いますけど。それにしても、まずそうなおにぎりですねえ」


 いきなりである。


「それはさておいて、不審な人物は見ませんでしたか?」


「刑事さん。申し訳ないけど、見なかったですよ」




 続いては、ショッピングコーナー勤務の若い娘だった。


「お、大河原いづみ、ですが?」


 この顔を見た田部君、その表情を明るくして


「あ、あなたがレジをしてくれましたよね? ほら、パン三個とコーラを買った僕ですよ!」


 暫し相手の顔を見つめていた娘だったが


「いちいち、お客様の顔なんて覚えられませんから。それに、おにぎりがパンを買うってどう考えても不自然かと」


「ほ、ほっといてくれ」




 そして事件当時に勤務していた六人の中の、最後の人物が部屋に呼び出された。ショッピングコーナー勤務の中年の女である。


「あ! あなたは、女子トイレの中を探してくれたレジの人!」


 覚えてくれてそうな人物に出会え、思わず声を上げた田部君だったが、相手の女は下を向いたままである。


「お名前は?」


 相手は、この鎌井刑事の言葉にも反応してこない。


「お名前をお聞きしてるのですが?」


「……」


 ここで、部屋の片隅にいた女流探偵の目がカッと見開いた――瓶底の奥なので、よくはわからないが。


「名前って、坂梨さんじゃなくって?」


 これに思わず顔を上げた相手の女、そしてその目が大きく見開かれている。しかし、当人ではなく反応してきたのは警察側で


「さ、坂梨だって? はあ? それってガイシャの名前でしょが!」


「でもさ、鎌やん。このうろたえぶり、尋常じゃないよね?」


 確かに、相手の女の目はあちらこちらに泳ぎ回っている。これを認めた鎌井刑事も


「坂梨さん、なんですか?」


 だが、やはり女は貝になったままだ。そしてこれを見た乙川警部、次に視線を木俣さんへと移し


「間違いなく坂梨さんですね、この方は。しかし何故、そう思われたんです?」


「それはさ、警部さん。偽名を使うならば、普通はもっと一般的な名前を使うよね? それがいきなりの坂梨って、そこに何らかのメッセージが込められてそうじゃん」


「メッセージ?」


「んだんだ。被害者の男さ、いかにも『オレは、ちゃんと乗ってるぞ!』みたいな。他の名前じゃさ、偽早乙女純子も気がつかないだろうし。まさか、本名を使うわけにもいかないだろし……ユーシー?」


「だから、早乙女純子の本姓を名乗った……なるほど。二人にしかわからない、一種の暗号みたいなものか」


「そそ。ま、結局はその純子と誰かさんに殺されたんだけどね。でさ、一緒に人殺しできるって、母親の可能性もありだよね? この方、名乗ろうともしないし、見たところちょうどそれくらいの年齢だし」


 ここでようやく、ゆっくりと顔を上げてきた女。その表情から、すでに観念しているようだ――この痩せぎすの女には、とても太刀打ちできそうもない、と。

 やがて蚊の鳴くような声、だが語尾まで淀むことなく


「坂梨……坂梨幸江、と申します」


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