13 終話・本当の気持ち
ソフィアは咄嗟に、護衛との距離を測った。幸い、聞かれていないようだが、道端ですべき話ではない。彼女は護衛を手招きした。
「馬車を呼んで。静かな所まで移動してちょうだい」
「あー。婚姻前にそういうのは、旦那様に止められてます」
「違うわよ!陛下とお話があるの!」
渋る護衛に命じて、あの人気の無い広場に行った。真ん中に馬車を停めさせて、話し声が聞こえない所まで護衛を遠ざける。それでようやく、本題に入った。
「それで?私が今、何を考えてるか分かる?」
ウォルは肩をすくめた。
「いいや。触れていないと読めない。離れていても感じ取れるのは、殺意や悪意、強い嫌悪の感情だけだ」
ザアっと全身に冷水を浴びせられた。では、見合いの時から、彼は知っていたのだ。熊のような容姿や酷い訛りを、ソフィアがどれほど疎んでいたか。跡取りの道を断たれた事を、どれほど恨んでいたかを。
「…なぜ、今になって明かしたの?」
震える声で訊くと、黒い瞳と目が合った。
「君が、俺の過去を気にしているから。アビエスで聞いたと思うけど、玉座を取り戻す事は、我が一族の悲願だ。ララの事がなくても、ゼルコーヴァ公の話に乗ったよ」
恋人の名はララ。彼の唇から溢れる優しい音に、視界がぼやけてきた。ソフィアはツンと上を向いて顔を逸らした。
「そんなに好きなら、呼んで良いわよ。側妃は無理だけど、愛妾なら、王妃である私が認めてあげる。子供が生まれたら、私の養子にしましょう。ゼルコーヴァ家が後見になるから、大丈夫…」
(白い結婚でも、大丈夫。耐えてみせる)
歯を食いしばり、必死に涙をこらえた。だが、ウォルが遮った。
「話は最後まで聞け。側妃も愛妾も置かない。というか、置けない」
「え?」
「ご先祖の遺言なんだ。それを守り続けたから、この能力があるんだよ」
◇
500年前。ウォルフガング1世は子孫に言い残した。
『多妻を禁ず。もし破れば、女神の恩寵は消える』
恩寵とは、始祖マグナスから伝わる“読心術”である。人の心を読み、操る力で、マグナシルヴァ王家は栄えてきたが、辺境の地では何の役にも立たない。それでも、ウォルフガング1世は、いつか返り咲く日を夢見て、その力を保つよう命じた。
「つっても、実際は、嫁1人を食わすので精一杯ってだけ。本家の方は、読心術より子孫繁栄を選んだ訳だ。皮肉なもんだな。民を統べるための力なのに」
「じゃあ、ララさんは…」
「呼んだって来ないよ。さあ、涙を拭いて。変な想像をしてたんだろ?読まなくても分かるよ。君は、すぐ顔に出るから」
ウォルはハンカチを差し出した。ほんのり森の香りがする。ソフィアは胸がいっぱいになって、止めどなく落ちる涙を押さえた。
「あれれ?俺の嫁さんは泣き虫だったか?」
「違うわよ!花粉症なの!…そう言えば、さっき、『操る力』って言わなかった?どうやって?教えなさい」
場合によっては読心よりも役に立つ。身を乗り出して訊くと、訛り言葉が返ってきた。
「簡単だやぁ。握手して、親しみやすぇ口調で話せばええんだ」
「それだけ?!」
「これだけで、君のお父さんは、大切な娘をくれたんだ。大したもんだろ?」
また標準語に戻り、ウォルは彼女を抱き寄せた。
「ゼルコーヴァ公と握手した瞬間、見えたんだ。綺麗な緑色の瞳にバラ色の頬の、妖精みたいな美少女が」
「…」
「巣から落ちた小鳥の雛を、助けようとしてたね。優しい子なんだって思った。夜遅くまで勉強してる姿も、何もかもが好ましかった。だから、全力で魔法をかけたんだよ」
それから後の事は、朦朧としてよく覚えていない。でも、頬に口付けられたような気がして、その夜は眠れなかった。
◇
王位継承者の仕事に、始祖の墓の清掃というのがあった。初めて聞いた時、『え?普通、王族が掃除とかする?』と思ったが、よくよく考えてみれば、“王の試練”の向こうに神官は入れない。神殿に頼まれた母とソフィア、ユリア、リリアの4人は、エプロンと三角巾を身につけて、霊廟に向かった。
着くなり、ヒルダと神官達にハタキや箒を渡された。
「じゃあ、今まで先王陛下がやってたの?」
ソフィアが尋ねると、親友は頷いた。
「お一人で大変そうだった。具合が悪くなってからは、やってない」
「それって、いつから?」
「3年くらい前?」
なら、今日は久しぶりの大掃除だ。真っ暗な闇の中、手探りで窓を覆うカーテンを開けた。光を入れると、横たわる始祖マグナスが彫られた石棺が見えた。
ユリアは顔を顰めた。
「わー。埃だらけ。これ、どうやって掃除するの?」
事前にヒルダに確認したのだが、先王陛下はやり方を残さなかったので、どんな手順でやれば良いのか、不明らしい。
「家と同じで良いんじゃない?上の方から、下に向かって埃を払いましょう」
母の指示で、天井に近い所からハタキをかける。長い棒の先に、鳥の羽根を付けた特殊なハタキだが、女性の身長では、梁など高い所に届かない。
「今度、ウォルがいる時にやってもらおうか…」
ソフィアが諦めかけた時、通気口から何かかが飛び込んできた。
「キャーっ!」
白い小鳥が、次々と入ってくる。
「何これ可愛いー!」「鳥さんだぁ!」
妹達は大喜びだが、ソフィアは恐怖だった。ウォルフガング1世の墓参りと、ウォルが即位を宣言した日に続いて、3回目だ。もう偶然では済まされない。
(何を言いたいの?!女性を認めたのは、始祖よ!文句なら始祖に言いなさい!)
震えながら念じた。しかし、小鳥達はパタパタと飛び回り、手の届かなかった部分の埃を落とし始めた。
「手伝ってくれてる…?」
母の呟きに、ソフィアは我に返った。慌てて持ってきたバスケットから、おやつのクッキーを取り出した。
「ユリア!リリア!砕いて!」
細かく割ったクッキーを床に撒くと、小鳥達は一斉に降りてきた。そして、一つ残らず食べ尽くし、また換気口から出ていった。母は興奮気味に言った。
「今の、アレよね?愛の女神の祝福。そう言えば、堀の橋を渡る時も、魚が妙に跳ねてたわね。ソフィアったら、凄いわ。お友達に自慢して良い?」
「霊廟の結界のせいかも。ヒルダに確認します…」
それから、落ちた埃を掃き集め、石棺を丁寧に拭いた。結構大変な作業だ。これを先王陛下は、お一人でやっていたのか。同じ事を思ったのか、母がしみじみと言う。
「みんなでやっていきましょう。一人じゃ寂しいわ」
最後に4人で祈りを捧げたら、始祖像が微笑んだように見えた。“王の試練”の外に出ると、早速、母はヒルダに小鳥の話をした。
「愛の女神の祝福よね?」
「その通りです。ソフィア様の守護霊ですから」
この間は、ウォルの使役魔法って言ってたのに。いい加減だ。
◇
日々は流れ、卒業が近づいてきた。『地方の領主達が集まるから都合が良い』という理由で、卒業式の翌日が婚礼になった。今日は、ゼルコーヴァ邸で婚礼衣装の最終確認をしている。
ソフィアは花嫁衣装の重さに悲鳴をあげた。母がダイヤを付けまくったからだ。
「これじゃ歩けないわ!」
「うーん。祭壇まで、ユリア達にトレーンを持ってもらう?」
「長過ぎるのよ!半分にして!」
「ダメ。ゼルコーヴァ家の威信を表すんだから」
そこへウォルが来た。引き締まった長身に、煌びやかな花婿の衣装がよく似合っている。メイド達が色めき立つ程の男振りだ。彼は婚約者を見て破顔した。
「おお!しったげ綺麗だやぁ!女神様みだいだよ、ソフィアちゃん」
「でしょう?なのに、裾を切れだなんて言うのよ!重いからって」
母から事情を聞いたウォルは、真顔で言った。
「じゃあ、俺が抱っこして運ぶべが?」
「そんな醜態を晒すぐらいなら、耐えてみせるわ。くっ…!」
ソフィアは全力で前に進もうとした。しかし、ベールの重さも加わると、もはや鎧である。よろめきそうになった、その時。開いていた窓から、白い小鳥が飛び込んできた。
「またーっ?!」
小鳥達はベールを脚で掴み、持ち上げた。すかさず、試着を見物していた妹達がトレーンを持つと、
「…」
一応、歩けた。メイドやお針子は跪き、涙を流して拝んでいる。ソフィアは叫んだ。
「これ、あなたのせいよね?!一体何なの?!」
「多分、君の持つ恩寵だぁ。始祖マグナスの妻は、動物ど話せだがら」
「え?」
そんな話、聞いた事もない。前も『始祖は疑り深い男だった』とか言っていた。まさか、ヒルダの言う通り、始祖マグナスの生まれ変わりなのか?
「さあ、ご褒美をあげでけれ。テラスでな」
ウォルは妹達にクッキーを渡した。小鳥達が離れて、どっと重さがのしかかる。ふらつく花嫁を、彼はヒョイと抱き上げた。
「やっぱし、これがええんでね?」
「良くない!ただのバカ夫婦じゃない!小鳥の方がマシよ!」
初めての“お姫様抱っこ”に、胸がドキドキする。ああ。いつまでもこうしていたい…ウォルが笑みを深めるのを見て、はたと気づいた。
「離しなさい!」
「なして?『いつまでも、こうしていたい』んだべ?」
読まれている。カッとなったソフィアは、思わず言ってしまった。
「あなたが魔法をかけたせいでしょ!」
「かけてない。好きな子は、正々堂々、口説く。君も、俺が好きだろ?」
急に真顔で言うから、心臓が爆発しそう。しかし、安易な降伏はプライドが許さない。花嫁は、ツンと顎を反らせた。
「…嫌いじゃないわ」
「大好ぎっつうごどだな」
と言って、花婿は大笑いした。
◇
ウォルフガング14世は、男系男子に拘らず、女性の継承者を認める法を定めた。以後、数多の女王が誕生し、神聖マグナシルヴァ王国は繁栄したという。
(終)




