01 断絶の危機
『男系男子』という言葉にヒントを得ました。王女に継承権が無い理由…それは、『男系男子にしか、開けられない扉』があるのです!もし、そんなものがあったら面白いなぁーと思い、書きました。どうぞ、お楽しみください。
建国から五千年。神聖マグナシルヴァ王国の玉座は、直系男子によって引き継がれてきた。しかし267代目である現王が、男子を成せぬまま、重い病に倒れてしまった。
急ぎ、五大老と呼ばれる執政官が集まった。筆頭家老のゼルコーヴァ公は、一同を見回して言った。
「5代遡っても、男系男子はいなかった」
黒髭将軍チェドラス公が荒々しく机を叩いた。
「そもそも側室が足りなかったのだ!私は10年前からそう言っている!」
「いいや。16人もいれば十分だよ。で?大神官殿。これは天意かね?」
金髪美男のジンク公が訊くと、大神官でもあるアルバ公は首を振った。
「天意ではない。冷害も旱魃もなく、流行病も無いのだから。王女しか生まれなかったのは、単なる偶然だ」
「じゃあ、どうする?このままでは内乱が起きるぞ?」
赤毛のロッソ公が問うた。だが皆、押し黙っている。
「…」
王という絶対的な権威が、国を安定させてきたのだ。もし断絶したなら、戦国の世に戻るだろう。普段は牽制し合う仲だが、大老達の思いは一致していた。
「埋もれた傍系王族を探そう。何百年遡っても良い。父から息子へと繋がってきた家系を見つけるのだ」
そう言って、ゼルコーヴァ公は会議を締め括った。
◇
数ヶ月後。王城の一室で見合いが行われていた。豪奢なテーブルに着いているのは、大老ゼルコーヴァ公の娘・ソフィア。波打つ茶色の髪は若い娘らしく下ろされ、流行のドレスを纏っているが、その新緑の瞳は冷めゆくティーカップを見つめている。
「…で、昨日着いだばがりだんだども、都の建物はどれも大ぎぐで、しったげ驚いだよ!」
向かいに座る男は、500年前に臣籍に下った王弟の子孫である。北部アビエス領で木こりをしていたそうだ。筋肉の塊みたいな体を上着に押し込め、黒い髪と髭に覆われた顔は、人に化けた熊のよう。黒い瞳をキラキラさせながら喋り続けている。
「市場も珍しぇものでいっぱいだどよ。今度、一緒さ行がね?」
酷い訛りに頭痛がする。彼女は顔を上げて、熊を睨んだ。
「行きません。これは仮の婚約です。陛下が本復なさったら、即、解消しますから」
「そんた寂しぇごど言わねで。仲良ぐするべよ、ソフィアぢゃん」
我慢も限界、令嬢は敬語を止めた。
「馴れ馴れしく呼ばないで!私が貴方を愛する事はない!」
「んだども、金受げ取っちまったがらなー」
(お金ですって?!)
あまりに卑しい。だが熊は、始祖マグナスの霊廟にある、“王の試練”と呼ばれる扉を開けた。その瞬間から、継承権第1位の王族となった。しかし、あまりに低い出自に不満の声も多い。そこで、五大老家の娘が伴侶に選ばれたのである。
兄弟のいないソフィアは、立派な当主になるべく努力してきた。なのに、気づいたら木こりの許婚にされていた。当然、納得がいかない。訛りや田舎臭い容姿も気に入らない。
「とにかく、私は馴れ合いたくない。お互い不干渉で行きましょう。では、ご機嫌よう。ウォルフガング殿下」
と言って、席を立ち、振り返りもせずに退出する。熊の能天気な声が追ってきた。
「ウォルでええよ。せばな!」
屋敷に戻ると、ソフィアは父の執務室に駆け込んだ。
◇
「あの人、本当に“王の試練”を開けたんですか?」
「そうだ。神官や、大老全員の目の前で開けた」
父は書類を読みながら淡々と答えた。気を利かせたのか、秘書たちはそっと執務室から出ていく。ソフィアは唇を噛んだ。
「王に相応しくありません。何もかもです」
「当たり前だ。つい先日まで木こりだったんだぞ。あれでも訛りが直った方だ。最初は通訳が必要だった」
「あんな熊みたいな人、嫌です!」
ようやく、父は顔を上げた。
「ほんの数分話しただけで判断すべきではない。お前なら支えられる、そう思ったからウォルフガング殿下の婚約者に選んだ」
「いいえ。五大老家に、私しか未婚の娘がいないからです。あの人は良いでしょうよ。ただの木こりから大金持ちになれて。私は最悪です。あんな田舎者の妻になるのよ?!」
「口を慎め。王あっての五大老家。見た目がどうであれ、お前の務めを果たしなさい」
「…」
ソフィアは、執務室のドアを荒々しく開けて出ていった。
◇
ずっと、ゼルコーヴァ家の当主になる事がソフィアの務めだった。それがこうもあっさりと。悔しくて悔しくて、夕食を拒否して自室に籠っていたら、母と妹のユリアが軽食を持ってきてくれた。
妹は熊に興味津々だった。
「おいくつなの?大きいって、どれくらい?何がお好き?」
姉はサンドイッチをつまみながら、そっけなく答えた。
「23歳。黒髭将軍と同じぐらい。市場が好きだって」
「へえ。きっと力持ちね。今度紹介して」
「無理。もう会わないから」
「でも、王様になったら、姉上は王妃様になるんでしょう?」
その時は白い結婚を貫く。子供は側室に産んでもらう…まだ10歳の妹の手前、口をつぐんでいると、母がしんみり言った。
「ご家族と離れて、一人で王都に来たのよね?きっと心細いと思うわ」
「まさか。お金目当ての下賤な男よ。今頃、王宮で贅沢三昧してるでしょう。陛下がお元気になったら、すぐに破談にしてね」
母はため息をついた。
「次はいつお会いするの?」
「だから!もう会わないの!父上にも言っておいて。書類上の婚約は我慢するけど、それ以上は無理だって!」
と宣言した数日後。熊が、のうのうとゼルコーヴァ家にやってきた。
◇
「おはよう。よぐ寝れだがぇ?ソフィアぢゃん」
食堂に入った途端、テーブルに着く黒髪の大男が見えた。髭を剃った熊だ。前回は貴公子風の服が全然似合っていなかったが、今日は軍服っぽいカチッとした服なので、多少は見られる。
母や妹とは挨拶を済ませたらしく、朝食を食べながら、
「殿下、もっとパンはいかが?」
「ありがと、母っちゃ。んだども、ソフィアぢゃんの分が無ぐなってしまうよ」
「じゃあ、私のを差し上げます!」
「ええの?ユリアぢゃん。優しすなぁ」
などと和やかに会話している。父が『座りなさい』と目で命じるので、ソフィアは渋々、熊の横に座った。あれほど冷たくあしらったのに。何故来た?…黙々と朝食を口に運んでいると、父が言った。
「ソフィア。ウォルフガング殿下は、今日から学園に通うことになった」
「はい?」
「お前と同じ3年生に編入する」
「こんなオジ…立派な大人の方が?」
ソフィアは18歳、王立マグナシルヴァ学園の3年生である。普通、16歳で入学し、遅くとも20歳までに卒業する。熊はとうが立ち過ぎなのでは?と思ったが、そこには政治的な理由があった。
「評議会の保守派が、殿下の立太子に条件を付けてきた。学園卒業資格を取れ、とな。何の解決策も出さんくせに文句ばかり言う阿呆共だが、無視できない。編入と言っても、教授達による個人授業になるだろう。でも、一部の実技は他の生徒と一緒になるかもしれない。昼食は、必ず一緒に取りなさい。分かったな?」
ソフィアは石のように固まった。
「そんた訳だんて。毎朝、迎えに来るがらね。ああ、今朝はゼルコーヴァ閣下と話す事があったがら、はえぐ来だんだ。ごぢそうさん、母っちゃ。うまがったよ」
熊は席を立つと、父と二人で別室に行く。母に「ソフィア?そろそろ支度をしないと」と言われて、彼女はようやく我に返った。
(熊と一緒に登校?毎日?嘘でしょう?!)
制服に着替えて、ノロノロと玄関ホールに降りていくと、熊が待っていた。逃げたい。だが、父が厳しい顔で見ている。否応なく、ソフィアは王家の馬車に乗せられた。結局、学園に着くまで、熊が一人で喋っていた。
「学校えぐの初めでなんだ。楽しみだなぁ。昼飯、一緒さ食うべ。ソフィアぢゃんの友達とも仲良ぐなれだらええな!」
彼女は横を向いたまま、沈黙を貫いた。熊とランチ。想像するだけで頭が痛い。




