表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
83/148

阿部亜里沙、雌狐と化す 〜夜遊びの代償、きゅるきゅる狐地獄〜

深夜0時。

霧ヶ崎神社。

阿部亜里沙が石段を登っていた。

「んだるい、暇すぎ。ほら澪、肝試し行こうぜ」

「……フフ。闇夜に潜む"影"が私を呼んでいる」と澪。

「絶対なんか起きるからやめときって言ったのに」と奈々。

「起きないって。こんな古い神社、ただの廃墟みたいなもんじゃん」

「廃墟じゃない」と奈々。

「まあ肝試しのテンションに水差さないでよ」

「テンションではなく安全の話をしている」

「細かいこと言うなよ」

阿部がペットボトルを飲んだ。

飲み残しがあった。

「邪魔だな」

ポイッ。

石段に転がった。

その瞬間。

空気が「ズン」と重くなった。

「……穢れを撒き散らすとは」

声がした。

後ろからだった。

静かだった。

「神域を何と心得る」

阿部が振り返った。

狭霧が立っていた。

白い和装。

目が細くなっていた。

「ひっ」


「貴様、肝の座りは褒めてやろう」と狭霧。

「あ、あの、すみません、拾います、今すぐ拾います」

「礼節を欠く輩には——罰が必要だ」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさ——」

もふっ。

頭に何かが生えた。

ふわふわだった。

大きかった。

狐の耳だった。

「……え?」

腰の後ろから何かが出た。

黒とピンクのふわふわだった。

尻尾だった。

「……え?」

口が勝手に開いた。

「きゅ、きゅ〜〜ん……」

「なんで私今こんな声出した」

「きゅるるる……っ」

「出た!また出た!やめろ!口よ!やめろ!」

「身を律するまで、続くぞ」と狭霧。

「やめてくれやめてくれ!こんなキャラちゃうやろ私!ドラムで暴れるキャラやろ!」

「「きゅ〜〜……っ」」

「出てるやんか!止まらないやんか!」

狭霧が石段のペットボトルを拾った。

「ゴミは持ち帰れ」

「持って帰ります!神様!持って帰ります!」

「神ではない。妖狐だ」

「妖狐様!」

「様も要らない」

「狭霧さん!」

「それでいい」

「きゅるる……」

「声は続く。礼節を身につけるまで続く」

「いつまで続くんですか」

「わかるときがわかる」

「……きゅ〜〜」

「帰れ。ゴミを持って帰れ」

「帰ります!きゅるるる……!」


翌朝。軽音部の部室。

阿部が部室のソファに丸まっていた。

尻尾を抱えて震えていた。

「きゅ、きゅ〜〜……っ」

「ちょっと!え!え!亜里沙!なんか甘えた動物みたいになってる!」と奈々。

「……これは……禁断の"獣化呪詛"……」と澪。

「澪、絶対今知ったやろそれ」と麻衣。

「……知ってた」

「知らんかったやろ」

「……知ってた」

「知らんかったやろ」

「……まあ、今知った」

「素直に言え」

阿部が丸まったまま言った。

「……やめてくれ。なんか胸の奥がキュってなる。止まらない。ドラムスティック持ったら少し落ち着くかと思って持ったんやけど——」

「どうだった」

「きゅるるっ……って鳴きながらドラムロール打ってた。自分でも怖い」

「ドラムロールしながら鳴いてたのか」と麻衣。

「鳴いてた。なんでやねん」

奈々が尻尾を少し触った。

「きゃぅんっ」

「ごめん!なんかごめん!」と奈々。

「触るな!なんで触るねん!」

「ふわふわだったから——」

「ふわふわでも触るな!これ私の尻尾やから!」

「……本物の尻尾が生えてるのか」

「生えてる!生えてるから困ってるんやろ!」

「……これは問題だ」と奈々。

「問題なんよ!学祭のライブどうするねん!ドラム叩きながらきゅるるる言ってたら観客どうなるねん!」

「面白い演出になるかもしれない」と麻衣。

「演出にするな!」

「でも——」

「演出にするな!」

麻衣が考えた。

「呪い解除の薬を買うしかない」

「薬が売ってるのか」と奈々。

麻衣がスマホを開いた。

AliExpressを検索した。

「……あった」

「何が」

「"狐呪解除薬(レビュー☆2.3)"だ」

「星2.3か」と奈々。

「"この薬は本物の霊に効きます"とレビューに書いてある」

「本物の霊に効くのか、この薬」

「"飲んだ翌日に髪が抜けた"というレビューもある」

「副作用が怖い」

「"発送:深セン"だ」

「中国から来るのか」

「来る。でも解除薬だ」

「星2.3で髪が抜けるやつを飲むのはどうなのか」

「……ヨシッ!全部買う!!」

「いやいやいやいやいやいや」と奈々。

「闇の薬草……デンジャラスな気配がする……」と澪。

「澪も止めてくれ」

「……止める力は……私にはない……」

「止める力を持て!」

麻衣がポチった。

「……ポチった」

「ポチったのか!」と奈々。

「ポチった。これで解決する」

「解決しない!髪が抜けると書いてあった!」

「亜里沙の髪より尻尾の方が問題だ」

「順番がおかしい!」

阿部が丸まったまま言った。

「……きゅる……どっちでもいいから早く解決してくれ……きゅるるる……」

「落ち着け、亜里沙」と奈々。

「落ち着いてるよ……落ち着いてるけど……きゅ〜〜……」

「落ち着いていない」

「落ち着いてるけど声が出てる……」


数日後。

税関から連絡が来た。

警視庁からも来た。

「榎本麻衣さんですね? 輸入品について確認があります」


税関の取調室。

麻衣が机に手をついていた。

スーツの担当官が向かいに座っていた。

「この"薬"、全部あなたが注文を?」

「あの、その——サークルの子が呪われまして」

「呪い?」

「いや、ほんまなんですって!狐耳が生えて、きゅんきゅん言うてもう——」

担当官Aが小声で言った。

「……もしかして徹夜明けですか」

担当官Bが小声で言った。

「学生ってこういうの好きよね」

「違う!ガチなんですって!!」

「ガチ、というのはどういう意味ですか」

「本当に狐耳が生えているんですって!見に来てください!部室に!」

「……部室に」

「来てくれたら信じてもらえます!うちの後輩、今もきゅるるる言ってるはずですから!」

担当官Aが書類を確認した。

「"狐呪解除薬"……レビュー星2.3……発送は深センですね」

「そうです」

「成分表示がないですね、これ」

「……あ」

「何が入っているかわかりません」

「……あ」

「輸入する際は成分の確認が必要です」

「……すみません」

「今回は——まあ、未開封でしたので廃棄処分にします」

「廃棄ですか」

「廃棄です。次回からは成分確認をしてから輸入してください」

「わかりました。でも狐耳の件は——」

「狐耳の件は——」担当官Aが少し間を置いた。「担当外です」

「担当外なのか」

「当庁では狐耳の案件は扱っていません」

「……そうですか」

「はい」

「……じゃあ誰が担当するんですか」

「……わかりません」

「わからないんですか」

「わかりません」

奈々が後から言った。

「言わんこっちゃない!!!」


その頃、部室。

阿部の狐化が悪化していた。

昨日より耳がふわふわになっていた。

尻尾の艶が増していた。

「……きゅぅ……きゅるる……っ」

「昨日より甘くなってない?」と奈々(戻ってきた)。

「……妖力が増してる……このままでは人ならざる領域に……」と澪。

準が廊下から覗いた。

「……狐耳……尻尾……甘え鳴き……」

変態スイッチが入りかけた。

「ちょっと触って——」

「やめよ」

狭霧が横に立っていた。

「はいすみません絶対見ません」と準。

「見ていないではなく、覗いていた」

「……ごめんなさい」

「謝罪は受け取った。下がれ」

「下がります」

準が廊下に引っ込んだ。

狭霧が阿部の額に手をかざした。

狐のオーラが「もくもく」と立ち上った。

「……悪化しておる」

「なんで悪化するんですか」と奈々。

「彼女は神域の穢れを生み、それが妖の力を引き寄せた。穢れが残る限り、力は増す」

「穢れ、というのは——」

「ポイ捨てだ」と細田(どこからか来ていた)。

「然り」と狭霧。

「ポイ捨て1回でこうなるんですか」と奈々。

「場所が問題だ。神域にポイ捨てをした場合——強い反応が出ることがある」

「どのくらいで治るんですか」

「身を律することを学べば治る」

「学ぶのに時間がかかる?」

「人による」

阿部が丸まったまま言った。

「……どうすれば律せるんですか……きゅる……」

「今それを自分で考えることが第一歩だ」

「考えます……きゅるるる……」

「鳴きながら考えるな」

「鳴くのが止まらないんです……きゅ〜〜……」

「止まるまで考えろ」

「考えます……きゅ……」

少し間を置いた。

「……あの、狐耳って——触ってみていいですか」と細田(小声で加賀に)。

「やめろ」と加賀(小声で)。

「でも——」

「やめろ」

「でも——」

「やめろ」

「……わかった」

「走り屋は自分の車以外に無闇に触らない」

「走り屋の原則が人耳にも適用されるのか」

「適用される」

「……そうか」

狭霧が準を廊下から呼んだ。

「準殿」

「……はい」

「見ていたことは知っている」

「……見ていません」

「見ていた」

「……少し見ていました」

「少しも多くも同じだ」

「……すみません」

「詫びは受けた。だが——」

「だが?」

「阿部殿の件、何か動けることがあるか考えよ。ケモナーとしてではなく——人間として」

準が少し間を置いた。

「……神社の掃除でも手伝いましょうか」

「何故だ」

「神域を清めることが呪いを弱める手助けになるかもしれない。ならば阿部さんの呪いも少し和らぐかと思って」

狭霧が少し間を置いた。

「……まあ、そうかもしれない」

「やります」

「やるか?」

「やります。呉さんの工場の掃除をするのと同じ気持ちで」

「走り屋が神社を掃除する理由が呉自動車か」

「場所が違っても、お世話になっている場所を清めるのは同じだと思います」

狭霧が少し間を置いた。

「……準殿は時々正しいことを言う」

「時々ですか」

「時々だ。いつもではない」

「時々でいいです」

「……まあ、来い。明日から来い」

「わかりました」


阿部が丸まったまま言った。

「……きゅるる……ありがとう……準くん……」

「礼は要らないです」と準。

「……きゅ〜〜……ありがとう……」

「要らないです」

「……きゅるるる……」

「まだ出てる」

「……まだ出てる……」

「……治るといいですね」

「……治りたい……きゅるるる……」

「治ります」

「……きゅ〜〜……」

「治ります」

「……そうだといいな……きゅる……」


朱音がメモ帳に書いた。

「阿部亜里沙:霧ヶ崎神社でポイ捨てをした結果狐耳と尻尾が生えた。きゅるるる鳴き声が止まらない。麻衣がAliExpressで狐呪解除薬を購入→税関で廃棄処分→警視庁は"担当外"と言った。準が神社の掃除を申し出た——"呉自動車の掃除と同じ気持ちで"と言った——走り屋の原則が神社掃除に適用された——記録しておく」

「狭霧:"準殿は時々正しいことを言う"と言った——時々、というのが狭霧らしい評価だと思う——記録しておく」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ