文化祭狂想曲
某日。
秋の気配が漂い始めた埼玉中央総合大学の掲示板に、一枚の紙が貼られた。
【文化祭出展サークル募集!】
模擬店・展示・発表なんでもOK!
申請期限:今月末
担当:文化祭実行委員会
この一枚の紙が、のちに大学史上最大のカオス事件の引き金になることを、当時の誰も知らなかった。担当の田代(文化祭委員長・眼鏡・真面目・良識派)は特に、まったく知らなかった。
E塔裏・S・H・B部室。
「……なぁみんな、文化祭、出ようぜ」
唐突に言い出したのは雅紀だった。
「展示とか何やんの?」と加賀。
「そりゃもちろん――痛車展示だろ!!!」
一瞬、完全な沈黙。次の瞬間、爆発した。
「バカかお前!! 大学でやることじゃねぇ!!」
「逆にアリじゃね!? 目立つし話題になるし!!」
「俺のフィット、泉こなた仕様にする時が……来たか……!!」
「NO!! ワタシのレガシィは湾岸MIDNIGHT風にするゾ!!」
「俺のRX-8は電脳コイル痛車verで行く!!」
「チョイス渋いな!!!」
準だけが静かに、カー雑誌から目を上げて言った。
「……俺、ケモノ擬人化痛車作るけど、見たい?」
「見たくねぇ」
全員が即答した。準は静かにカー雑誌に目を戻した。
文化祭委員会・会議室。
加賀を先頭に5人が並んで座った。正面の田代が、眼鏡の奥の目を細めた。
「……つまり、あなたたちは"車を構内に展示したい"と」
「はい。文化的展示活動として、痛車の展示を」
「文化的……」
田代の眉間にシワが寄った。
「痛車は日本オタクカルチャーの結晶です(ドヤ顔)」と準。
「エアロとステッカー技術の融合……これはもう芸術(震え声)」と細田。
「あと、メシうまい屋台の横に置いたら映えます!」と雅紀。
「最後の理由が一番ダメだ!!!」
マイケルが前に乗り出した。
「オーケー! カルチャー・エクスチェンジ!!」
「なんでお前が英語にすると説得力がゼロになるんだ……」
田代は長い沈黙の後、こめかみを押さえた。最終的に、条件付きで許可が出た。
① 音出し禁止
② 萌え要素は"大学の品位を保てる範囲"で
③ 公序良俗に反しないデザインのみ
「わかりました!!」と5人が元気よく答えた。
田代には、この瞬間が後で「あの返事を信じた自分が悪かった」と思い返す日が来ることが、まだわかっていなかった。
翌週。E塔裏・痛車製作会議。
「いいか」と加賀が言った。
「今回はアートだ。学外の人間も来る。ふざけすぎは禁止」
一同、深く頷いた。――5分後。
「俺のこなた、超かわいくない!?」と細田がノートPCの画面を見せた。泉こなたが5ZIGENのホイールと並んでいるデザイン案だった。
「俺の初音ミク×RX-8コラボ爆誕!!」と雅紀が設計図を広げた。ドアにでかでかと"39"が入っている。
「ワタシのレガシィ、ボンネットに湾岸MIDNIGHTロゴ!!」とマイケル。
「俺、狐耳メイド痛車」
「お前それ絶対アウトだろ!!!」
文化祭当日。
秋晴れの構内に、模擬店の香りが漂っている。そのメインストリートの一角に、異様な空間が出現した。
加賀のセリカZZT231――ボンネットにカミナ。GTウィングの根元に「お前の心のドリルで天を突け」の文字。
雅紀の黒いRX-8――ドアからルーフにかけて初音ミクが大きく走っている。
細田の白いフィットGD3――ボンネット全面に泉こなた。その下に小さく「SOHC VTEC LEGEND」。
準の銀のノートNISMO――「狐耳学園」の文字と、銀毛の狐耳少女。
マイケルのネイビーのレガシィBH5――ボンネットに「湾岸MIDNIGHT LEGACY」のロゴ。リアに「走り屋魂」。
通行人が、足を止めた。
「……なにあれ」
「アート……なのか?」
「品位って……どこ……?」
田代が走ってきた。
「お前ら!! "大学の品位を保てる範囲"って言っただろ!!!」
「保ってます! 魂の品位です!!」
「魂じゃない! 社会的評価の話だ!!」
田代が一台ずつ指さした。
「セリカ! カミナはギリギリ許容として――なんでGTウィングに説教が書いてある!!」
「天を突けってかっこよくないですか!?」
「RX-8! ミクはまぁいい! でもスカートが!!」
「清楚仕様です!!」
「どこが!!!」
「フィット! こなたはわかった! でも"SOHC VTEC LEGEND"って書く必要あるか!!」
「あります(即答)」
「ノート! 狐耳学園って何!!! あとこの少女は何者!!!」
「精神的自由の象徴です」
「病んでんだよお前は!!!」
田代がレガシィに向かった。
「マイケル! このリアの"走り屋魂"は――」
「世界平和祈ってます!!!」
「――それとこのアメリカ国旗は!!」
「ジャパニーズ・アメリカン・ドリーム!!!」
「意味がわからない!!!!!!」
午後。気づけば痛車エリアに人だかりができていた。スマホを向ける来場者。
「#埼玉中央大_痛車展」がSNSで流れ始め、2時間後には大学名でトレンド入りした。ニュースサイトの記者が取材に来た。
「あの――このユニークな展示の意図を教えてもらえますか?」
加賀がカメラを向けられて、一瞬考えた後、答えた。
「……ノリっすね」
「マジでノリっす」と雅紀が横から言った。
「やめてくれぇぇぇ!!!」と田代が後ろで崩れ落ちた。
翌日の記事のタイトルは、「大学生たちによる"痛車芸術展"、SNS拡散――その意図は"ノリ"」になった。田代は3日間、学食に来られなかった。
夕方。撤収。
呉福造が車で通りかかり、窓から5台を眺めた。
「……お前ら、なんかすごいことしてんな」
「褒めてますか?」
「呆れてる」
舞花と朱音が片付けを手伝いながら言った。
舞花「また大学が炎上してるわよ」
朱音「"痛車芸術展"のハッシュタグ、まだ伸びてます」
加賀「……まぁ、バズったしいいか」
朱音「プラス思考通り越して神経イカれてる」
準がノートNISMOのステッカーを慎重に剥がしながら、小さく言った。
「……また来年もやりたいな」
全員が少し間を置いた。
「やろう」と加賀。
「やるか」と雅紀。
「来年はDOHC VTEC仕様で!!」と細田。
「お前のはSOHCだ!!!」
夜。E塔裏・打ち上げ。
缶コーヒーを持って、全員がコンテナの前に座った。秋の夜風が、汗を冷やしていく。
「……文化祭、成功だったよな?」と雅紀。
「物理的被害ゼロって意味ではな」と細田。
「精神的ダメージは田代さんが全部被った」と準。
しばらく笑い声が続いて、静かになった。加賀が缶コーヒーを一口飲んで、空を見上げた。
「……まぁ、いいじゃねぇか。笑われても、変だって言われても。俺らは俺らの好きなもん、貫いてんだ。車も、痛車も、ケモも、VTECも――全部ひっくるめて、俺らじゃねぇか」
呉が缶を傾けながら、低く言った。
「……そういうの、嫌いじゃねぇぞ」
カン……。冷えた缶コーヒーの音が、夜空に響いた。
(来年も、ここでやろう。もっと派手に。もっとうるさく。俺らが好きなものを全部乗せて――)
「――あ、そういや」
雅紀が突然言った。「田代さんから、さっきメッセージ来てた」
全員が振り向いた。雅紀がスマホを読み上げた。
「"来年は絶対に許可しません"」
沈黙。そして、全員が同時に笑い出した。
来年の申請書は、翌朝には完成していた。




