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加賀、異世界に飛ばされるも3日で帰る ~なろう系はもうお腹いっぱいな件について~

呉自動車。昼下がり。

ガレージに、赤いセリカが止まっていた。

フロントバンパーが外れて、床に置かれていた。

「おう加賀。バンパー割れてっから一週間預かるぞ」と呉。

「了解です。代車は?」

「貸さん」

「なんでですか」

「前回俺のスイフトで"テスト走行"してサイド引いたろ。タイヤ4本丸坊主だ」

「あれは挙動確認ですよ」

「確認の結果が丸坊主なら確認になってない。歩いて帰れ」

「……歩いて帰ります」

加賀がガレージを出た。

秋晴れの空だった。

セリカなしで歩くのは久しぶりだった。

歩道を歩きながら、加賀は思った。

(車がないと、世界がこんなに遅いのか。)


そのとき。

遠くから、音が聞こえてきた。

軍歌だった。

スピーカーから流れる、古い行進曲。

それから拡声器の声。

「——諸君!! 我が大日本○○同盟は——!!」

加賀が振り返った。

漆黒の大型車が来ていた。

ボディに白い文字で「大日本○○同盟」と書かれていた。

のぼり旗が何本も立っていた。

日章旗と、意味不明なスローガンが書かれた旗が、風に揺れていた。

拡声器が叫び続けていた。

「——売国奴を許すな!! 祖国の誇りを——!!」

加賀が立ち止まった。

(なんで街宣車が交差点でこっちを向いてるんだ)

(しかも曲がれてない)

(ていうか速度が——)

「は?」

ドンッ!!


白くなった。

景色がスローモーションになった。

どこかから声が聞こえた。

「そう——これが"埼玉から異世界へ至る最短ルート"である」

マイケルの声だった。

なぜマイケルの声がナレーションで聞こえるのか、加賀には分からなかった。


草原。

加賀は土の上に倒れていた。

起き上がった。

空が青かった。

埼玉の空より、少し透明度が高かった。

「……また呉の店の裏で寝てたかと思った」

「お、おお!! 勇者様!! 異界より現れし御方!!」

若い女性の声がした。

エルフの耳をした女性が二人、跪いていた。

「……またこれ系か」

加賀の頭上に、文字が浮かんでいた。


【加賀練斗】

魔導 Lv.30

剣術 Lv.1

弓術 Lv.1

料理 Lv.1

───────────

固有スキル:【鉄の鼓動(Iron Pulse)】

*内燃機関の稼働状態を直感的に把握する


「……使い道がない」

「勇者様、この世界をお救いください!!」

「車はあるか」

「え?」

「車。内燃機関。エンジン。ガソリンで動く四輪の乗り物だ。あるか」

「えっと……馬車なら」

「馬車のトルク曲線を教えてくれ」

「……何ですか、それ」

加賀がため息をついた。

「馬はATか、MTか」

「……馬は馬です」

「それじゃ峠は攻められない」

エルフ二人が顔を見合わせた。


鍛冶屋の前。

鍛冶屋の老人が、剣を差し出した。

「この剣はいかがで。勇者様に相応しい業物にございます」

「鉄は鋳造できるか」

「は?」

「エンジンブロックを鋳てほしい。1800ccの直列4気筒。ボア86mm、ストローク86mmの等スクエアで。できればDOHCで頼む」

「……何を言ってるんですか」

「ついでに6速MTのギア比を——1速3.166、2速1.904、3速1.310、4速1.000、5速0.815、6速0.666——この比率で歯車を削れるか」

「……勇者様、我々は剣と盾しか作れません」

加賀が頭を抱えた。

「剣と盾で時速200kmは出せないのか」

「出せません」

「……帰ろう」

「え?」

「この世界、俺には向いてない。走れないから」

エルフが慌てた。

「ま、待ってください!! 魔王がいるんです!! 倒してもらわないと——!!」

「魔王の乗り物は何だ」

「え?」

「魔王の移動手段だ。馬車か、徒歩か、転移魔法か」

「て、転移魔法を使います」

「じゃあ追いつけない。俺はターボ車がないと勝負にならない。帰る」

「————」

「あと"転生勇者"が何人いるか数えてみろ。全員チートスキル持ちで最強設定だろ。俺なんかいなくても誰かが倒す」

エルフが黙った。

「……いますね。53人」

「多すぎる。供給過多だ。帰る」


3日後。埼玉。

大学構内。

雅紀と準と葵人が話していた。

「加賀が右翼の街宣車にぶっ飛ばされて異世界に行ったってマイケルが言ってたぞ」と雅紀。

「お前ら、いつもメタが現実を越えてくるよな」と準。

「ニュースになってたからな。"走り屋大学生、意識不明"」と葵人。

朱音が通りかかった。

「意識不明(物理)かと思いきや、マジでいないの草」

「意識不明じゃなくて異世界にいたんだよ」

「どっちでも同じだろ」

「同じじゃない!!」

ドアが開いた。

「ただいま」

加賀が立っていた。

全員が固まった。

「異世界3日観光、終了ヨ!? 早ッ!!」とマイケル。

「車がなかったから帰ってきた」

「それだけか」

「それだけだ」


「マジで異世界行ってたんだよな」と雅紀。

「行ってた。全員"転生勇者"名乗ってた」

「チートスキル持ちか」

「全員持ってた。でも誰一人エンジンの整備ができなかった。あんな世界に用はない」

「"実は俺最強でした"系のやつは」

「50人いた。最強が50人いたら誰も最強じゃない」

「論理的だ」と準。

「あと主人公補正で何でも都合よく解決するやつが多すぎた」

「なろうあるある」と葵人。

「ハーレム要員のヒロインが5人いたが、全員に車の話をしたら誰も理解できなかった。会話にならない」

「それはお前の問題じゃないか」と雅紀。

「走り屋と話が合わないやつとは生きていけない」

「基準が高すぎる!!!!」

加賀がポケットから何かを出した。

光る結晶だった。

「これ、異世界のアイテムらしい。"無限の魔力が宿っている"とか言われた」

準が身を乗り出した。

「鑑定したら——」

「燃えるゴミの日に出す」

「なんで!!!!」

「使い道がない。俺の固有スキルが"内燃機関の稼働状態を直感的に把握する"だったが、内燃機関がないから一度も使えなかった。そういう世界だ」

「"鉄の鼓動"スキルを異世界で発揮できなかったのか」と葵人。

「そうだ。最強の異世界転生チート能力が、車のない世界では完全に死に技だった」

全員が少し黙った。

「……それはある意味、最高の皮肉だな」と準。

「なろう系の主人公は異世界で最強になる。俺は3日で帰ってきた。どちらが現実的かは明白だ」

「お前が正しい」と加賀(自分で言った)。

「自己肯定が強い!!!!」


呉自動車。夜。

溶接機の火花が散っていた。

「おい加賀、板金代まだ払ってないぞ」

「異世界に行ってる間、口座が止まってたんですよ」

「言い訳がラノベ」

「実際にラノベの展開だったんですよ」

「俺が言いたいのはそういうことじゃない」

呉がメガネを外した。

「……お前ら、人生がなろうより展開意味わかんないからな。毎週何か起きてる」

「それは認める」

「異世界から帰ってきた理由が"車がなかったから"ってのは——」

呉が少し間を置いた。

「……まあ、お前らしいわ」

「褒めてますか」

「褒めてない。でも否定もしない」

セリカが、ガレージの奥に仕上がって止まっていた。

新しいバンパーが取り付けられていた。

塗装が乾いていた。

加賀がセリカのドアを開けた。

乗り込んだ。

ステアリングを握った。

エンジンをかけた。

ヴォォォン。

2ZZ-GEが、夜のガレージの中で目を覚ました。

「……やっぱ俺にはこっちの世界が似合う」

「異世界より埼玉の方が地獄だぞ」と呉。

「それでも、俺のセリカがあるなら天国です」

加賀がシフトを入れた。

セリカがガレージを出た。

夜の川越街道に、赤いセリカが消えていった。


翌日。大学の屋上。

「なろう世界も、こっちも、面倒なやつばっかだ」と加賀。

「こっちは車があるし、もふもふいるし、朱音さんいるし」と準。

「なんで私がもふもふの隣なんだよ」と朱音。

「ネタのジャンルがすでに交通事故ヨ」とマイケル。

加賀が空を見上げた。

「俺らは俺らで走り続けるだけだ」

「次どこ走る?」と準。

「現実」

「現実に道はあるのか」と葵人。

「ある。川越街道だ」

「それは現実じゃなくて国道だろ!!!!」

「国道は現実だ」

「哲学始まった!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


朱音がメモ帳に書いた。

「加賀:異世界に行った。3日で帰ってきた。理由:車がなかったから。固有スキル"鉄の鼓動"は内燃機関のない異世界で完全に死に技だった——最高の皮肉だと思う」

「なろう系への総括:主人公補正・チートスキル・ハーレム・最強設定——全部この大学にも存在するが、誰一人それで万能にはなっていない。走り屋は走ることでしか強くなれない——記録しておく」

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