中華の風、埼玉を焼く。〜DreamBoom、埼玉に爆誕〜
「……(無言で通販サイトを見ている)」
学食横のベンチ。
朱音が棒付き飴を口に入れたまま、スマホを見ていた。
舞花が隣に座った。
「お、また"ガジェット沼"か?」
「イヤホン壊れた。今度こそいいやつを探してる」
「嫌な予感しかしねぇな……」
「レビュー☆4.9。"日本最強音質"だって」
「絶対嘘だろ」
朱音が無表情で続けた。
「送料込みで999円」
「安っっっっ!!!!」
「品質と価格は比例しない。これは統計的事実だ」
「お前の口から"統計的事実"が出たとき一番信用できない!!!」
翌日。
朱音の手元に、謎の中華パッケージが届いていた。
「Super Hyper Mega Sound Pro Max 8D Earphone」
「……ネーミングセンスの暴力だ」
でも開けた。
接続した。
接続音が鳴った。
「ピポーン! コネクト・サクセス!」
「……意外と、悪くないかもしれない」
音楽を再生した。
5分後。
ピピッ……ピーー……ボフッ!!
右耳から煙が出た。
「……片方しか爆発してない」
舞花(電話越し)「"しか"って何!?!?」
朱音が燃えたイヤホンの残骸を見た。
製造元を調べた。
「ShenZhen DreamBoom Corp.」
「DreamBoomって——名前から爆発する気満々じゃん!!!」と舞花。
「次はBoomじゃない会社で買う」
「最低限の学習能力は残ってたか」
「フフフ……TEMUだヨ!!」
マイケルが「国際配送特有の銀光りした特有のビニール袋」に包まれた、巨大な段ボールを部室に運び込んでいた。
「おいマイケル、それ何だよ」と加賀。
「エアロキット、マフラー、LED、ブレーキパッド、あと**"ターボステッカー"**もセットで9999円ネ!!」
「……ターボステッカー?」と雅紀。
「貼るとターボになるらしいヨ!!」
「なるわけないだろ!!!」
「でも——レビューに"速くなった気がする"って書いてあったネ!」
「気のせいだ!!!」
朱音が段ボールを覗いた。
製造元を確認した。
「DreamSpeed Factory」
少し間があった。
「……住所、調べていい?」
「どうぞ」
朱音がスマホを叩いた。
30秒後。
「……住所、一致してる」
「え?」
「ShenZhen DreamBoom Corp.とDreamSpeed Factory——同じビルの同じフロアだ」
沈黙。
「つまり」と準。
「イヤホンを爆発させた会社が、マイケルのパーツも作ってる」
全員がマイケルを見た。
マイケルが段ボールを見た。
「……セーフ?」
「アウト!!!!!!」
「……お前ら、これどこ製?」
呉がパーツを一つずつ手に取った。
「DreamSpeed Factoryって書いてあったヨ!」
「聞いたこともねぇ」
「調べたら爆発するイヤホンと同じ会社でした」と朱音。
呉がメガネを外して、こめかみを押さえた。
「……お前らが"とりあえず付けてみよう"って言い出す前に言っておく」
「「「「「とりあえず付けてみよう」」」」」
「言うな!!!!!!」
「でも」とマイケル。「付けてみないとわからないヨ!!」
「わかってる。付けたら壊れる」
「壊れないかもしれないヨ!!」
「壊れる」
「根拠は?」
呉がパーツを持ち上げた。
エアロキット——両面テープで貼り付ける仕様。
マフラー——ステンレス製、だが薄い。爪で弾いたら「ぺこっ」という音がした。
ブレーキパッド——断面を見ると、摩擦材の厚みが純正の半分以下だった。
LEDキット——配線が剥き出しで、絶縁テープが巻かれていなかった。
ターボステッカー——ただのシール。
「根拠は十分だろ」
「……でも」とマイケル。
「ターボステッカーだけ、付けていいデスカ?」
全員が止まった。
呉がため息をついた。
「……ステッカーなら壊れない。付けろ」
マイケルが嬉しそうにターボステッカーをレガシィのエンジンルームに貼った。
全員が無言で見ていた。
「やっぱり試したい」
「やめろ」と呉。
「でも——」
「やめろと言った」
「1周だけ!! 大学の駐車場1周だけ!!!!」
呉が天を仰いだ。
「……お前らが言う"1周"が一番信用できない」
「今回はマジで!!!」
「……俺が見てる前でやれ。勝手に走るな」
マイケルが拳を握った。
夜の大学駐車場。
TEMUスペシャル仕様のレガシィが、スタート位置についた。
装備:
前後バンパー:ABS樹脂製・両面テープ貼り付け
マフラー:ステンレス(薄い)
サイドステッカー:「Racing King Power Drift Turbo 3000GT」
内装:青LEDが常時点滅
トランク:開かない(両面テープで接着されているため)
エンジンルーム:ターボステッカー貼り付け済み
「ターボステッカー、効いてる気がするヨ!!」
「気のせいだ」と加賀。
マイケルがアクセルを踏んだ。
レガシィが動いた。
最初の10秒——問題なかった。
「案外普通に走るじゃないか」と準。
15秒後。
ガタッ。
フロントバンパーが、片側だけ浮いた。
「両面テープ、剥がれてきてる!!!」
「止まれ!!!」
「もう少し!!!」
20秒後。
ガタガタガタッ!!
フロントバンパーが、完全に脱落した。
アスファルトの上を、バンパーが滑っていった。
「バンパーが走ってる!!!」
「止まれと言ったろ!!!」
マイケルが止まらなかった。
25秒後。
パキッ。
リアバンパーも脱落した。
「前後バンパー、完全離脱!!!!」
30秒後。
LEDが虹色に点滅し始めた。
「点滅が加速してる!!!」
35秒後。
マフラーから白煙が出た。
「エンジンサウナ!!!」
「それは違う!! それはヤバい方の煙だ!!!」
呉が走り出した。
「止まれ止まれ止まれ!!!!」
マイケルがブレーキを踏んだ。
レガシィが止まった。
静寂。
周囲に、バンパー2枚、LED配線、謎のカーボン風プラスチックパーツが散乱していた。
マフラーから、細い煙が上がっていた。
「……セーフ?」
「アウト!!!!!!!!!」
呉が、散乱したパーツを見た。
長い沈黙があった。
「マイケル」
「ハイ」
「お前、このパーツいくらだった」
「セットで9999円デス!!」
「ブレーキパッドも入ってたな」
「ハイ!!」
「あれ、付けて走ったら——止まれなくなってたぞ」
マイケルが止まった。
「摩擦材の厚みが純正の半分以下だ。熱が入ったら終わり。峠で踏んだら帰ってこれない」
「……」
「9999円で命買えるか」
マイケルが何も言わなかった。
「お前が安い買い物したいのは勝手だ。俺は止めない。でも——」
呉がマイケルを見た。
「命より安い買い物すんな」
駐車場が静かだった。
マイケルが、ゆっくりと頷いた。
「……ソーリー」
「謝る相手は俺じゃない。お前のレガシィに謝れ」
マイケルがレガシィのボンネットに手を当てた。
「……ソーリー、レガシィ」
呉がため息をついた。
「……修理代、今月の給料前払いで頼む」
「ハイ!!……いくらデスカ?」
「見積もり出す前に覚悟しろ」
「ノォォォォ!!!!」
後日。
呉自動車でレガシィの修理が終わった。
「なぁ、マイケル」と加賀。
「ナニ?」
「ターボステッカー——外したか?」
「外してないヨ!! あれだけ生き残ったネ!!」
「効果あったと思うか?」
マイケルが真顔で考えた。
「……ターボステッカー貼ってから、0.3秒速くなった気がするヨ」
全員が止まった。
「気のせいだ」と加賀。
「でも——気がするヨ!!」
「プラシーボだ」
「プラシーボでも速くなるなら——」
「ならない!!!!」
マイケルが親指を立てた。
「でも、マインドセットが大事ヨ!! レーサーも"イメージトレーニング"するだろ!!」
「それとこれは違う!!!」
「同じヨ!!」
準が小声で加賀に言った。
「……あいつ、なんかいいこと言ってないか?」
「言ってない」
「でも——」
「言ってない!!!!!」
朱音がメモ帳に書いた。
「DreamBoom Corp.とDreamSpeed Factory:同住所・同フロア。イヤホンとカーパーツで埼玉を2回爆発させた。マイケル:ターボステッカー継続使用中。呉:今月赤字」
「付記:マイケルのプラシーボ理論、論理は破綻しているが精神は健全だと思う。記録しておく」




