We are 今埼玉で一番イカした男子
まず最初に、ひとつ宣言しておく。
この話に出てくる男たちは、全員バカである。
善意のバカ、情熱のバカ、車に全財産を溶かした系のバカ。
種類はさまざまだが、共通点はひとつ。
救いようがないほど、車が好きだ。
そしてその救いようのなさが、今日も埼玉の空気を汚す。
※第16話まで人外がいないから覚悟しといてな
……春。
桜がまだギリギリ生き残っている四月の第一週。埼玉中央総合大学(偏差値56.8・微妙に高い)は、新入生勧誘ウィークで全身ごった返していた。
構内のあちこちで熱気と笑顔と謎のビラが舞い散り、健全なサークルたちが声を張り上げる。
「鉄道研究会ッス! 撮影も模型も全部自分たちでやってます!」
「軽音部でーす! 今日ステージで演奏しまーす!」
文化的だ。社会的だ。大学生の鑑である。
ただし――。
一箇所を除いては。
「……よっしゃ。準備完了」
E塔裏の駐車スペース。真っ赤なトヨタ・セリカ(ZZT231型・6MT・ウェーバースポーツ製フルエアロ)のボンネットをパタンと閉めながら、加賀練斗は満足げにうなずいた。
工学部機械工学科・三年生。前髪長め、ツーブロック12mm、黒髪。足元はプーマのスウェードクラシック(ハイリスクレッド)。
どこからどう見ても走り屋の大学生である。
その背後には、風にはためく手製のサークル旗。墨で大書された四文字――。
『S・H・B』
(Saitama Hashiriya Boysの略)
……名前がダサい。泣けるほどダサい。しかし本人は、至って真剣だ。
「……なぁ加賀。これ本気で勧誘する気あんの?」
隣のノートNISMO(ブリリアントシルバー・5MT)を磨きながら、鈴木準がため息をつく。文学部三年。重め前髪のソフトウルフ。アディダスのジャバーロー(グリーン)。
見た目は普通の大学生だが、ひとつ大きな問題がある。彼は重度のケモナーだ。今この瞬間も、ケモ耳の同人誌が助手席に積んである。
「もちろん。車サークルなんだから、車でアピールするのが筋だろ」
「エンジンかける必要はある?」
「心のエンジンもかかるだろ」
「うるせぇケモナー」
準は言いながら、ため息まじりに同人誌を積み直した。彼にとって、文学とはケモノであり、日産である。たぶん、もう手遅れ。
そこへ、黒いRX-8が「ブォン!!」と滑り込んできた。
「遅刻したあああ!! 舞花姉に見つかったら殺されるぅぅ!!」
ドアを蹴破るように飛び出してきたのは、一ノ宮雅紀。政治経済学部三年。ショートマッシュウルフ。バンズのオーセンティック(レッド)。このサークルきってのリアクション芸人であり、同時に最大の心配性でもある。
「もう手遅れだな」
「お前ら冷たすぎない!?」
「……舞花姉、また来るの?」
「来る」
練斗が即答した。雅紀は天を仰いだ。
舞花――一ノ宮舞花。社会学部四年生。雅紀の姉。
このサークルの天敵にして制裁者。彼女の前では、どんな爆音マフラーも沈黙する。
一方そのころ、構内カフェ。
「……また、やってますね」
赤髪セミロング・茶瞳の後輩、篠原朱音が、イヤホンを片耳だけ外して言った。向かいの席では、一ノ宮舞花がカフェラテをゆっくりかき混ぜている。黒髪ロングストレート。涼しい目。
「うん。たぶん今ごろ、埼玉の空気が汚染されてる」
「……どうします?」
「決まってるじゃない」
舞花は静かに立ち上がり、カップを置いた。
「制裁よ」
朱音は小さくため息をつき、イヤホンをくるくると巻き取った。
「また出動ですね」
「埼玉中央の平和のために」
二人は、揃って歩き出す。春の陽ざしの中を、まるで正義の執行者のように――。
E塔裏は、すでに騒音祭りだった。
「よーし! 俺のフィット、合法フルストレートver完成しましたよ!!」
「合法の意味わかってんのか」
「魂が合法なんですよ、魂が!!」
細田葵人。日本史学部二年。紺アンダーリムメガネ。七三分けの茶髪。ナイキのパシフィック(ゲームロイヤル)。
VTECを神として崇める、筋金入りのホンダ信者だ。愛車はホンダ・フィットGD3(パールホワイト・5MT)。
その隣でレガシィのルーフに肘をついているのが、マイケル・タナー。理学部物理学科三年。金髪天然パーマ。ニューバランス530(シーソルト)。屈指のJDMマニア。
「オー! サイタマ・チューオー・ユニバーシティ! ベリーホットサウンドネ!!」
「マイケル、黙って」
「OK、アイドリング・サイレンス」
黙る気、ゼロ。そのとき。
「お前らァァァァァァ!!!!」
怒声が、春の空気を切り裂いた。全員が振り返る。そこに立っていたのは――舞花と、朱音。
「大学の敷地でマフラー鳴らすなっつってんだろ、このバカども!!!」
「舞花姉!? ま、待って! まだアイドリング中だからセーフ!!」
「その理屈、裁判で通じねぇよ!!」
朱音が、ぼそっとつぶやいた。
「……春、ですね」
警備員も到着した。事態は加速度的に悪化する。
「君たち! ここでエンジン回すのやめなさい!!」
その一言に対する、五人の反応がこれだ。
「え、回してませんけど?」(直前まで全開で回してた)
「文化っすよ文化! 内燃文化!!」
「詩的表現としての爆音です!」
「やめろマジで全員黙れ!!」
「ノープロブレム! サウンド・オブ・ジャパン!!」
誰ひとり、まともじゃない。そして、事件は起きた。
「おい加賀先輩! エンジン音、なんか変じゃないっすか!?」
「……マジか?」
ヴォォォォォン!! パンッッ!!
爆発音。バックファイアが轟き、白煙がE塔裏に立ち込める。
「ぎゃあああ!!!」
「Wi-Fiルーターが焦げてるぞ!!!」
「お前らまたやらかしたな!!!」
舞花が朱音に目を向ける。
「朱音、やって」
「了解」
朱音がイヤホンを外した瞬間――彼女の集中力が、跳ね上がる。無言で消火器を構え、正確な角度で、迷いなく噴射。
シューーーーーーーーーーーーーー。
白煙と粉末が、E塔裏を静寂で満たした。
煙の中、全員が放心していた。五秒の沈黙。
「……よし」
加賀練斗が、真顔で言った。
「消火完了。みんな、これは夢だった」
「夢じゃねぇよ」
舞花が、底冷えするほど静かに返した。
数時間後。大学近くの整備工場「呉自動車」。
ダブルブリッジの眼鏡をかけたオーナー・呉福造(通称:ダブルブリッジ呉)の怒号が響く。
「お前らァ、またやらかしたなァァァ!!!」
「いや、おっちゃん。今回は風圧なんです」
「風圧で炎上するかボケ!!!」
「理論的にはゼロじゃないです」
「黙れフィット!!!」
朱音が、ぽつりとつぶやく。
「この人たち……ほんとに人間ですか?」
舞花が即答する。
「車型生命体」
「次やらかしたら工場貸さんからな!!!」
「ありがとうございます!!」
「礼言うなバカ!!!!」
夕暮れ。修繕中のE塔を背に、S・H・Bの五人はコンビニ前の縁石に腰を下ろして、缶コーヒーを開けていた。
「……結局、新入生勧誘ゼロ」
雅紀が天を見上げて言う。
「でも俺たち、存在感は残したろ?」
「大学広報のニュースに出てたしな」
「"環境破壊サークル"ってタイトルだったけどな」
「やめろ」
全員が同時に言った。マイケルだけが、懲りずに笑顔だ。
「ノープロブレム! ネクスト・タイム、ビッグ・サクセス!!」
カラスが一羽、鳴いた。舞花が、五人の背中を眺めながらつぶやく。
「……ほんとバカね、あんたら」
朱音が、小さく笑った。
「心中穏やかじゃありませんね」
夕陽の中で、セリカの赤……いや、スーパーレッドが一瞬だけ、鮮やかに輝いた。
埼玉中央総合大学・E塔裏。
今日もまた、誰かが無意味にエンジンをかける。
彼らはまだ知らない。このサークルが後に――大学史に残る"伝説のエセ走り屋集団"と呼ばれることを。
そして、もうひとつ。彼らのもとに、とんでもないものが来ることを――。




