ルールの檻
以下の注意事項があります。
- この物語はフィクションです。
実在の人物、団体、建物とは一切関係ありません。
- この作品を生成AIの学習等に使用するのはご遠慮ください。
- この作品の主人公は偏った性格(学力至上主義、度の過ぎた真面目、融通が全く利かない等)を持っています。
そんな主人公の一人称で物語が進んでいきます。
そのため、文章に不快感を感じる可能性があります。
- この作品に登場するセリフ等は登場人物の意見で私の意見ではないです。
- 部活を辞めることは悪いことではありません。
登場人物
- 私 : この作品の主人公。
学力は学年3位。
- 張山 縫 : 私の隣の席の女の子。
- 新月 虚 : 私が敵と認識している少女。
学力は学年2位。
- 満月 雅 : 私が敵と認識している少女。
不動の学年1位。
中学生2年の春。
同じ女子卓球部の部員の1人が合唱部に転部しました。
それは卓球部の間では大事件でした。
卓球部は彼女に転部理由を尋ねました。
彼女が言うには、
「合唱部の友達に『歌上手いんだから、合唱部に来ない』と誘われたの。
歌を歌うのは元々好きだから、私合唱部の方が向いていると思うんだ」
とのことでした。
その時の彼女の顔にはどこか後ろめたさがありました。
それでも、彼女は自分が本当に入りたかった部活は合唱部だったと言う風に語りました。
卓球部に残りたい気持ちもあるけど、合唱部の方が自分には向いていると言う風に語りました。
でも、私は分かっていました。
いや、部員達はみんな気づいていたのです。
彼女は合唱部で歌を歌いたかったのではないことを……。
彼女はただ卓球部の練習から逃げたかっただけのことを……。
その為の体のいい言い訳を合唱部に求めていたことを……。
だから、卓球部は彼女を軽蔑しました。
彼女がいるところでは、
「合唱部はどうでしょうか?
上手くいっていますか?」
と心配するふりをしていました。
そして、彼女がいないところでは「根性なし」と陰口を言い、見下しました。
部活を辞めることは悪いことです。
どんなに辛くても耐えなくてはいけません。
逃げてはいけないのです。
そんなことは根性なしの中途半端な人間のすることです。
不真面目な人間のすることです。
私は真面目で根性もあります。
ですから、私は絶対に部活を辞めません。
何があっても絶対に逃げません。
私はそこら辺の中途半端とは違うのですから……。
私は今日もいつもと同じように目を覚ましました。いつもと同じように起床の時間まで本を読みます。
最近は日に日に寒くなり、温かな布団の中にいる時間が幸せに、その反面布団から出るのが億劫になってきています。
それでも、私は起床の時間にはちゃんと起きます。私の辞書には『二度寝』や『スヌーズ』と言った単語はありません。
起床時間のアラームが鳴るとすぐにアラームを止めます。そして、布団から出て、自分の体を冷たい部屋の空気に曝しながら、温かい布団を畳みます。これで、布団への未練はなくなります。
日課に従い私は机へと向かい数学を始めます。
朝食の時間になると1階に降り、朝食を食べ終わると30分ほど数学の勉強をして、身支度を整えて学校へと行きます。
学校の自席に着くと、今日はホームルームまで生物基礎の勉強をします。
私は物理を選択する予定ですので、生物とは今年度いっぱいの付き合いになります。ですが、それが生物基礎を疎かにしていい理由にはならないので、今年度いっぱいは生物基礎もしっかり勉強します。
私が生物基礎の勉強をし始めてからしばらくすると、張山さんが登校してきます。
「ふくちゃん。おはよう」
「張山さん。おはようございます」
私たちは朝の挨拶を交わします。
張山さんは机の上にカバンを置くと、
「ねぇ、ふくちゃん。昨日部活で……」
という切り出しから部活の話をし始めました。
張山さんは実に希望に満ち満ちたいい笑顔を浮かべて、楽しそうに部活の話をします。
張山さんにとって部活動は自分の居場所なのです。
中学時代の私の様に……。
張山さんの楽しそうな話を聞いていると鼓動が速くなってきます。
賽の河原の様に何の成果も分からないまま、ひたすらサーブ練習だけを繰り返す私がいかに惨めなのかを改めて自覚させられます。
きっと張山さんの楽しそうな話を聞いている私の顔は今にも泣きだしそうな程情けない顔をしていたはずです。
ですが、私は張山さんに気を遣わせないために、張山さんの話に水を差さないように、沸き上がる感情を必死で押し殺し、贋作の笑顔で相槌を打ちました。
張山さんは話に夢中になってくれているので、きっと私のぎこちなさには気づいていないはずです。
そうやって私は私を殺しながら、張山さんの話に5分程もの時間耐え抜きました。
張山さんは満足して何時もの様に隣のクラスへと行きました。
私はそれを見届けて、何が可笑しいのか笑いの混じったため息をつきました。
午前の授業は、現代文、芸術、英語、現代社会でした。
それらが終わりお昼休みになると、私は独りでお弁当を食べます。
今日のお弁当は、鮭の塩焼きと卵焼き、アスパラベーコンに根菜の煮もの、プチトマトです。
「いただきます」をすると、私は鮭の塩焼きを箸で切り、口へと運び、白ご飯を口に入れます。
我が家の鮭の塩焼きは、スーパーマーケットで売っている味つけ済みのものを使用しています。我が家の味つけは薄味らしい(中学の時部活の娘とおかずの交換をしたときに発覚した事実です)ので、市販の鮭の塩焼きは他の料理と比べて味付けが濃く、白米が異様に進みます。
お茶を少し飲むと、次に卵焼きを一切れ口へと運びます。鮭の塩焼きの後だと、卵焼きは醤油や砂糖を入れ忘れたのではないかと思える程薄味に感じます。味つけのない卵をただ焼いただけの錦糸卵のような淡白な味わいに感じます。
次に根菜の煮ものへと箸を伸ばします。根菜はニンジン、大根、レンコンがあり、まずはニンジンへと箸を伸ばします。
そんなときに、後ろから男子の話し声が聞こえてきました。
そうです。護崎です。
「昨日は楽しかったな」
「ああ」
「下段攻撃からの俺のコンボすごかっただろう」
「すごかったけど……あれ、反則じゃない。
ゲージ半分持っていかれるってバランス調整ミスってない。
あのキャラナーフするべきだろ」
「やめろおおおおおおお。
技の出だしが他のキャラより平均2フレームも遅いんだぞ。
あのコンボがナーフされたら、グラフィックが可愛い以外の取り柄がなくなるだろおおおおおお」
2人は放課後ゲーセンでした何かのゲーム(私はゲームに明るくないのでよくわからないですが)の話をしていました。
2人ともすごく楽しそうに昨日の話をして、まるで現実とは程遠い虚構の世界の登場人物の様です。
部活から逃げた中途半端で根性なしの護崎が楽しそうに話をしている反面、逃げずに戦う真面目な私は独りで黙々と箸を動かします。
幸せそうな、楽しそうな護崎が羨ま……いや腹立たしくて、憎らしいです。
私はお弁当を食べ終わると、そんな2人から逃げる様に手洗い場へと向かいます。隣のクラスからはよりによって張山さんの楽しそうな声が聞こえてきます。
それに今日の水は何時もよりも冷たい気がします。その冷たさが私の腕を伝って、胸に達し、心が凍り付くような感触がします。
ただただ心細く、そして惨めです。
お弁当をすすぎ終えて、手の水気を軽く払うと、胸ポケットから真白なハンカチを出して手を拭きます。
張山さんの声から逃げる様に教室へと戻ろうとしたときでした。
良く研がれた刃物のような視線が、私に注がれているのに気づきました。
私は自分の顔中の筋肉を引き締めるような心構えで視線の方を見ました。
そこには高校生にしては小柄な少女が立っていました。彼女こそが私の未来の友人であり、現在の敵、学年2位新月 虚です。
彼女の髪はよくある黒のショートカットで、彼女の瞳はよくある黒の瞳でした。服装も普通の女子がする程度に崩していて、特段述べることはありません。おまけに小柄です。
顔立ちは整っていて可愛いですが、それ以外に特に目立つ要素はないはずでした。
そのはずなのに、彼女は周囲の視線を吸い寄せ、釘付けにするほどの存在感を放っていました。
恐らく彼女の中で絶えず沸き上がる自負と執着が、内側から漏れ出し、体にまとわりつき彼女の存在を4、5回り程も大きく見せているのでしょう。
その存在感の大きさは驚愕に値します。後で気づいたのですが、彼女の側には高薙さんが居ました。ですが、その時私は高薙さんに気づけませんでした。
身長180cmをも超えるはずの高薙さんが、中学生と間違われてもおかしくない新月さんの陰に隠れてしまうほど新月さんの存在感は偉大かったのです。
そんな新月さんは、私に見られていることに気づくと、何か言いたげにため息をつきました。そして、振り返り私から遠ざかっていきました。
放課後、私は沼地に足を取られたような重たい足取りで卓球部へと向かいました。部室には有象無象が相も変わらずいました。私はそんな有象無象にきっと心の中で笑われながら着替えを済ませ、卓球場へ向かいます。
卓球場に着くといつものように独り準備運動をして、
いつものように独りランニングをして、
いつものように独り素振りをして、
いつものように独りサーブ練習をします。
今日もアップダウンの練習から始めます。次にYGサーブ、王子サーブ。そして、私の主力武器のバックサーブ。
バックサーブに過剰ともいえるほどの磨きをかけます。心をすり減らしながら自分のサーブを研磨していきます。それしかできないので、それをします。
そして、時間が経ち、私は解放され、誰とも話さないまま片づけをして、今日の私の義務が終了します。
私は、部活の仲間と帰っている楽しそうな奴らを、無意識化で睨みつけながら、独り家路につきます。
今日もいつもと同じ時間に目を覚まします。今日は休日なので遅くまで寝ていても問題はありません。
ですが、休日だからと言って気を緩めてしまうと続く平日がしんどくなってしまいます。そのため、私は休日前でも夜更かしはせず、休日でもいつも通りの時間に目を覚まし、起床します。
休日でも私の規則は変わりません。朝食まで数学の勉強をして、朝食を食べ、朝食を食べ終わると、30分ほど勉強をし、制服に身を包んで学校へと向かいます。
学校に着くと、今日は教室ではなく、自習室へと向かいます。自習室にはすでに3年生の先輩が12人程いて、1、2年の生徒は私以外居ません。
私はいつもの癖で、自習室でも真ん中の1番前の席に座り、平日と同じようにこの時間は科学系の科目を行います。
朝のホームルームが終わるくらいの時間になると、私は1回自習室の外へと出ます。日の当たる中庭へと出て、目を閉じて体を伸ばします。
大分寒くなってきましたが、直射日光を浴びると温かく感じます。クローゼットから出したばかりの制服のブレザーは、黒色なのでよく熱を吸収してくれます。
息を吸って、息を吐きます。リラックスして視野が広くなってくると、周りの音が良く聞こえる様になってきます。
運動場からは野球部の掛け声が聞こえてきます。体育館からはボールのつく音が響いてきます。音楽室からは吹奏楽部の楽器の音が風に乗り流れてきます。
中学生の頃は当たり前の事でしたが、土日も部活はあります。そうなのです。
もちろん女子卓球部には土日の練習なんてありません。有象無象は今日も、部活をするでもなく、勉強をするでもなく、ただ遊んで1日を浪費するのでしょう。
部活がないことを喜ぶのは少し不真面目ですが、私は部活がないのをいいことに土日は思いっきり勉学に打ち込みます。
平日の私が卓球場で独り練習をする中、土日の私は旧制中学時代からの机が並ぶ伝統ある自習室で1人勉学に打ち込むのです。
満月さんと新月さんを倒すという目標のための、とても有意義な時間を時間を過ごすのです。
折角のこの時間を無駄にしないために、早く自習室に戻りましょう。
自習室では、日々の授業と同じ配分(50分勉強をして10分休憩する)で勉強をします。
休日の勉強は3科目(私は理系なので、特に数学と英語)を中心に行います。午前中は、数学Ⅰ、数学A、英文法、英作文の勉強をします。それらを終えると昼休を取ります。平日と違い掃除の時間がない分昼休みは多めに取ります。
当たり前ですが自習室内は飲食禁止ですので、お母様に用意していただいたお弁当を持って中庭へと向かいます。平日は人が多くて座ることが出来ない中庭のベンチも、休日は選び放題です。
私は畳3枚分程の小さなビオトープの前にあるベンチを選びました。
ビオトープを眺めがながらお弁当の包みを解き、「いただきます」をします。今日のお弁当は土日用の特別なお弁当サンドウィッチです。
8枚切りの食パンに具材を挟み、長方形になるよう半分に切ったサンドウィッチ、それが4つ断面が見える様に縦に入れられています。断面が見える様に入れられているため、層が出来ていて可愛いです。
具材は右からBLT、卵サラダ、鳥の照り焼き、ピーナッツバターです。
私は本棚から本を取り出す様に、お弁当箱の中から先ずBLTを取り出し口へ運びました。
BLTはパンに焦げ目がついており、歯を入れるとカリッと言う音を立てて表面が割れます。焦げ目はお母様のちょっとした一手間で、この一手間のおかげで更に美味しくなります。
レタスは水切りがしっかりとしているためシャキシャキで、ベーコンは分厚く柔らかいです。ベーコンの油、塩気がトマトのみずみずしさ、酸味と混ざり合います。美味しいです。
BLTを食べ終わると、次は小さな本棚から鳥の照り焼きのサンドウィッチを取り出します。
鳥の照り焼きは見た目からボリューミーで、手にずっしりとした重みを感じます。照り焼きは柔らかく、歯を入れると抵抗することなく簡単に噛み切れます。
味つけは甘みのある醤油風味です。
照り焼きを食べ終わると大分お腹がいっぱいになります。
次に卵サラダに手を付けます。
卵サラダはマヨネーズ少な目であっさりとした味付けです。
そのため、味の濃い照り焼きを食べた後に校内をすっきりさせるのに最適です。
そして、最後はピーナッツバターです。
私は実はピーナッツバターが大好きです。お母様はそんな私のためにたっぷりとピーナッツバターを塗ったサンドウィッチを入れてくれています。
断面を見るとピーナツバターの層が5mmもあります。そんなピーナッツバターのサンドウィッチを口へと入れます。
口の中に甘みとピーナッツの風味が広がります。幸せです。
そんなピーナッツバターのサンドウィッチはすぐになくなってしまいました。私はそれ程までにピーナッツバターが大好きなのでしょう。
私は弁当箱を閉めて「ごちそうさま」をすると、お弁当箱を濯ぐために手洗い場へと向かいました。
体育館裏の手洗い場が一番近いのでそこへと向かいました。その途中で体育館の1階にある卓球場の前を通りました。
男子卓球部が掃除をしていました。
男子卓球部は今日は昼から練習があるのでしょう。
私が自習室で勉強をしている間、男子卓球部の部員たちは卓球場で練習する。
私もいないので、女子卓球部の卓球台はすべて男子卓球部の1年が使うのでしょう。
当たり前ですが、そこに私の居場所はないのです。
それは当たり前のことのはずなのに、何故かそれだけで卓球場に拒絶されているような感覚になります。
ただただそう思うだけです。
本当に拒絶されているなら、とても楽なのに……。
手洗い場でお弁当を濯ぎ終えると平日の5限目の開始時刻まで中庭で休憩することにしました。
私が中庭に戻ると、私がさっきまで座っていた席には2人の少女が座っていました。
私が2人の前を通り過ぎようとすると、2人の内の1人が胸の前で小さく手を振りました。
私はその少女の方を見ました。張山さんでした。
「ふくちゃんも部活?」
張山さんは上機嫌な声でそう聞いてきました。
張山さんは私が卓球部であること以外部活に関することは何も知りません。だから、そう言う質問が出来たのです。張山さんに悪気はありませんでした。
私はそんな張山さんに、眉間にしわが寄らないように気を付けながら、
「今日は(も)部活は休みです。ですので、自習室に勉強をしに来ました」
と答えました。
張山さんは「流石ふくちゃん。勉強熱心だね」と言います。
私は「張山さんは部活ですか?」と聞きました。
張山さんは「うん。文化祭が近づいてきているからその準備をね」と答えました。そして、何かのスイッチが入ったかのように文化祭の事について話し始めました。
普段の部活でぬいぐるみばかりを作っている張山さんですが、文化祭ではなんと服を作って展示するらしいです。
服づくりは経験が全くなく、完成形が見えず大変らしいです。張山さんは「濃霧の中でフルマラソンをするようだ」という表現を使いました。
張山さんはそうやって、どれほど大変かとか、間に合いそうにないと言った不安を語りました。張山さんの目はきらきらと輝いていました。
ただただ淡々と出す相手のいないサーブの練習をするだけの私の部活とは大違いです。
張山さんの話は延々と続くかの様に思いました。ですが、張山さんとご飯を食べていた友達が助け舟を出してくださり、5時限目が始まる時間よりも前には打ち切られました。
私は自習室へと戻り、カバンの中にお弁当箱を仕舞うと、私はお手洗いに向かいました。
手を洗い終え顔を上げると鏡の中の私と目が合いました。私の目は張山さんの目とは違い鈍く濁っていました。
7限目が終わる時間になったので、私は片づけを始めました。
古典の文法帳と問題集、筆箱をカバンにしまい、机の上に散らばっている消しカスを集めます。
私はこの時間が土日の中で一番好きです。
集まっていく消しかすを見ていると、はたから見ると奇妙ですが私は幸せになれます。もしかしたら、緩んだ顔をしているかもしれません。
今集めている消しかすは私の今日1日の頑張りの証で、私はこの分だけ学年一位に近づけたのです。
私は集めた消しかすを掌に載せます。
私の努力は、風邪が吹けば飛んでいきそうなほど、物理的には軽いです。ですが、しっかりと6時間近い時間の努力の重みがあります。
意味のない義務の時間とは違う、しっかりと意味のある6時間分の重みです。
私はそれらを名残惜しく思いながらゴミ箱へ捨て、汗で手についた消しかすを払う様にして落としました。
『今日も頑張った』という満足感に浸りながら、私は路面電車が来るのを待っていました。
すると、「じゃぁな」という耳障りな声が聞こえてきました。
間違いありません。護崎です。
私は確かめるために横目で声のする方を見ました。案の定護崎が友人に手を振っていました。
そんな護崎は私の方へと近づいてきます。
私と護崎は同じ中学校の出身の為、家の方向が同じで乗る電車が同じだからです。
私はその時運悪く最後尾にいました。そのため、守り崎が私の隣に立ちました。
護崎も私の存在に気づいており、私達の間を変な気まずい沈黙が覆ってしまいました。
「……」
「……」
「……今日も部活だったのか?」
私が英単語帳を出そうとしたタイミングで護崎がそう聞いてきました。
私は社交辞令の声を作って、
「いえ、今日は勉強をしに自習室へ……」
と答えました。
護崎は何故か安心したように「そうか」と言いました。
私はそんな護崎に「護崎さんは今日は何をしに……」と尋ねました。
護崎は「気分転換がてら、卓球部の奴らと打ちに」と言って、ラケットを振る素振りを見せました。ラケットを振る素振りと言っても、護崎はカットマンなので、スマッシュとかの素振りではなく、フォアカットの素振りです。
私は驚いたように目を見開いていました。
「護崎さんは卓球部を辞めたのではないのですか?」
私はそう尋ねていました。
護崎はどこか物悲しい眼差しで「ああ」と答えました。
私はついつい「未練があるのですか?」と尋ねました。
護崎は「もちろん」と答えました。ですが、「でも、後悔はしていない」と力強い声で付け加えました。
何故だかわからないのですが、私には護崎が嫌悪するべき半端者ではなく、快い好青年の様に見えました。
電車が来ると空いている席が少なかったため、私達は自然と隣あって座ることになりました。
私達は特に話すことがなく、そのため、私は時間を潰すために英単語帳をカバンから出そうとしました。
ですが、その前に護崎の方を確認します。英単語帳を開くという行為が、私からの一方的な拒絶にならないように。
護崎と目が合いました。何故か護崎も同じことを考えていました。
護崎の手には、学校指定ではないどこかの予備校の古典単語帳が握られていました。護崎は中学の頃から国語が苦手でした。
そして、学校外では宿題以外の勉強をしないような天才型だったはずです……。
私はそう言った疑問を抱きながらも、自分にとって大切な英単語帳を開きました。護崎も古典単語帳を開きます。
温かなみかん色に染まる車内で、私達は黙ってそれぞれの単語帳に集中していました。
読んでくださりありがとうございます。
もし面白いと感じていただけたなら、11月22日か23日の22:30投稿予定のep3も見ていただければ嬉しいです。
[感想]
少し私の話をさせてください。
中学生の時は部活に入るのを強制されて、退部することは何か事情がないと許されませんでした。
そのため、中学生の時は退部が校則に背くぐらいには悪いことだと思っていました。
ですが、高校に入ると部活は自由になって、退部も気楽にできる。
高校一年生の時には、同じクラスの人が夏休みまでに2、3人も退部して驚かされた思い出があります。
ですが、そういうのを見ても中学時代の考えが変わらず部活を辞めることが悪いことだと思い続ける。勉強と部活を両立するのがしんどく、勉強一本に集中したいのに中学時代の考えがやめさせてくれない。
そんな私の高校時代の辛さをこの回では入れたつもりです。
それが少しでも伝わったなら、私はこの回の意図は達せられたと思います。
そして、それが少しでも伝わってしまったのなら、次の回でそんな不快感を払拭できるようにしたいです。
次の回では主人公に幸せになってもらいます。




