心の均等
「ニーナさん!」
マリアはニーナが運ばれた部屋に入った。
「あ、あなた……ここは?」
「ニーナさん、ここは私たちがいた世界じゃない世界、全く別の世界です。」
「よくわかりません……どうして? なぜ?」
ニーナは混乱している。
「ニーナさん、私も突然この世界に来てしまいました。どうしてここに来たのか、元の世界に帰る方法も全くわかりません」
「……ここは、どこですか?」
ニーナは部屋を見回しながら聞いた。
「ニーナさん、ここは、この世界の皇帝のお城です。安全な場所ですから安心して下さい」
マリアはニーナに優しく微笑みながら言った。
「あなたが私を見つけたのですか?」
ニーナは眉間に皺を寄せマリアから目を逸らし聞いた。
「はい、偶然に、空気が歪んでニーナさんが現れました」
(……目をそらされた)
ニーナの拒否反応を見て喉元を圧迫されたような苦しさを感じる。
「……少し一人にしてもらえますか?」
ニーナはそういって唇を結ぶ。一切マリアを見ないその様子にマリアの心は冷え切った。
「わかりました。ニーナさん、この子マリーザと言います。何かあればマリーザに言ってください。私は、下がりますね」
マリアは肩を落とし静かに部屋を出た。
(ニーナさんは私の名前を呼ばなかった)
全身が鉛になったように重く、心まで闇に沈みそうになる。
(新しく生き直す機会が与えられたわけじゃなかった)
目の前の世界が色褪せ、モノクロに見え始める。
幸せになれる権利はない。愛される資格はない。
マリアは自らの過去に飲み込まれていった。
*
「戻りました」
出来るだけ明るくいようと笑顔で部屋に入った。
「マリア、おかえり」
エリゼは部屋に戻ってきたマリアを見つめ安心した表情を浮かべる。
「皇帝様からこんな素敵な笑顔をいただけるなんて、私は世界一幸せな人間ですね」
「マリア、やっと自覚した? 君は特別なんだ」
「特別?」
「ああ、マリアだけが特別。マリアの知り合いの人は屋敷と人を提供する。それはマリアの知り合いだからだ。でもその人は城に来れないし、俺に会うことも出来ないんだ。これがこの世界のルールだ」
エリゼが言わんとする事が伝わる。
(エリゼ様は私の様子がおかしいと気がついて、こんな事を言ってくれている)
マリア顔に手を当て涙を堪えた。
「エリゼ様、ありがとうございます。心から感謝しています」
どんな言葉よりもこの言葉が今の自分の気持ちを表している。
ありがとう、嬉しい、大好き、幸せ、沢山の気持ちが『ありがとう』に入っていた。
「マリアの笑顔が見られてよかった」
エリゼはマリアを抱きしめる。
凍りついた心が溶ける。伝わる体温がマリアの心に流れ込み、ようやく緊張が解けた。
「エリゼ様、ありがとうございました」
エリゼは抱擁を緩め、マリアを覗き込む。
「今日、晩餐会でマリアを見たと騒ぎがあったぞ」
「あ、貴族の方がこちらを見ていたので、庭園から挨拶をしました」
「今一番注目を浴びている人だから」
エリゼそういって目を細める。その言葉にマリアは冗談で返す。
「珍しい生き物レベルですよ。パンダとかそんな感じだと思います」
「珍しい生き物という表現は面白いな」
エリゼはマリアの言葉に安心した。ようやくマリアらしくなった。
二人は見つめ合いキスをした。
お互いを何より大切にしていると伝わる愛あるキスはマリアの心を勇気づけた。
(ちゃんと、過去と向き合おう)
エリゼとの愛ある時間はマリアの心を前向きにした。
翌日の朝、マリアはエリゼと共にお茶会に出席するため支度をしていた。
近しい貴族たちにマリアを紹介するためお茶会が開催される。
ニーナはマリーザに任せてある。今朝マリーザにニーナの様子を聞いたがずっと眠っていたと言った。
(気になるけれど、ニーナさんはまだ私には会いたくないかもしれない)
「もし、ニーナさんが私に会いたいと言ったら教えてください。でも、私には会いたくないかもしれないのでマリーザに任せたいです」
ニーナのことを考えると気分は重いが、ニーナが落ち着くまである程度の時間が必要だと考え、マリーザに任せることにした。
*
「マリア、お茶会だが、マリアはなにもしなくてもいい。ただ俺の隣に居てくれるだけでいいから」
マリアをエスコートするエリゼが緊張気味に歩くマリアに声をかける。
「エリゼ様、お茶会ってお茶を飲むのですか? 前に一度、カエルが出てお姫様が驚いた時、少し参加したような」
エリゼの優しい気持ちに応えるようマリアは笑顔を浮かべ言った。あの時は楽しかった。
「あははは、そうだったな、懐かしい。カエルを殺させないよう庇うマリアは優しい娘だと感動したな」
「え?普通ですよ。命、大事にしたいです。生き物って誰かかもしれないですし……」
「意味がわからんな?」
「エリゼ様、生まれ変わるって概念、私たちの世界にあるんです」
マリアは立ち止まり窓から見える青空を仰ぎエリゼに言った。
「どう言う意味?」
エリゼも青空を見る。
「私たちの世界では人間が死んだら生まれ変わるって言われてるけど、必ず人間に生まれ変わるとは言っていないんです。だから、あのカエルは誰かだったかもしれないし、誰かじゃないかもしれない。でも命は同じですから、無闇に……奪いたくない……」
あの青年を思い出し、マリアは沈黙した。
「マリアは命を大事にするんだな」
エリゼはマリアの変化に気がついたが、気が付かぬふりをした。
「……いえ……」
(本当はそんな事を言える人間じゃない、ニーナさんがここに現れた意味はきっと……)
マリアは視線を落とし息を詰める。
「マリア、なんでもいいんだ。俺は今のマリアが何者でも俺にとってあのカエルと同じ大切な相棒なんだ」
エリゼの言葉に重苦しい気持ちが吹き飛ぶ。あの日、マリアが言った『カエルはエリゼ様の相?』という言葉を覚えていたのだ。
「プッ、エリゼ様、やっぱりあのカエル相棒だったんですね!! 可愛いし、嬉しいです」
エリゼは笑顔を取り戻したマリアを見てホッとする。
「じゃあ、今日も相棒が現れたらマリアと一緒に助けてあげよう!」
「はい!」
二人は庭園に向かった。




